Death on the Nile(2022 アメリカ)

監督:ケネス・ブラナー

脚本:マイケル・グリーン

原作:アガサ・クリスティ

製作:ケネス・ブラナー、サイモン・キンバーグ、リドリー・スコット、マーク・ゴードン、ジュディ・ホフランド

撮影:ハリス・ザンバーラウコス

編集:ウナ・ニ・ドンガイル

音楽:パトリック・ドイル

出演:ケネス・ブラナー、ガル・ガドット、アーミー・ハマー、エマ・マッキー、トム・ベイトマン、アネット・ベニング、ソフィー・オコネドー、レティーシャ・ライト、ラッセル・ブランド、ジェニファー・ソーンダース、アリ・ファザル、ドーン・フレンチ、ローズ・レスリー

①ようやく公開!

本作は本格ミステリなので、基本ネタバレなしでいこうと思ってます。

ミステリの核心である犯人やトリックについては触れません。ただ、それ以外の展開については多少踏み込んだ記述があるかもなので、ご了承ください。

 

2017年の「オリエント急行殺人事件」に続く、ケネス・ブラナー監督主演によるアガサ・クリスティのポアロ・シリーズ第2弾。

前回の映画化での「オリエント急行」〜「ナイル殺人事件」の流れを引き継ぎ、「ナイルに死す」の映画化となります。

 

前作のラストで、ポアロがエジプトでの事件に招かれる…という形で予告されていた本作。

もうずいぶん前から予告編が流れていて、何度も延期されてきた作品の一つです。

度重なる延期を経て、ようやく公開ということになりました。

 

作風は前作と同様。本格ミステリとしての推理要素より、ポアロを中心とする人間ドラマにフォーカスした内容です。

シェイクスピア俳優であるケネス・ブラナーらしい、愛や悲劇を前面に出した作品。

また同時に、アメリカ映画らしいエンタメ感も強い。

 

英国情緒あるアガサ・クリスティの原作や、1978年版の旧作とも異なる、独自の「ヒーロー・ポアロ」映画と言えると思います。

②戦争の傷が生んだポアロの性格

美貌の若き大富豪・リネット(ガル・ガドット)は友人のジャッキー(エマ・マッキー)から、婚約者サイモン(アーミー・ハマー)の仕事を世話するよう頼まれます。しかし6週間後、リネットはサイモンとの結婚を発表することになります。リネットとサイモンはエジプトに新婚旅行に出かけますが、行く先々にジャッキーが追ってきます。身の危険を感じたリネットは、探偵エルキュール・ポアロ(ケネス・ブラナー)に護衛を依頼します…。

 

本作は意外にも、第一次大戦の塹壕から始まります。

冒頭で描かれるのは、若き日のポアロが爆風を浴びて顔に怪我をして、恋人の勧めで髭を生やすようになる顛末。

しかしポアロは戦争で恋人を失うことになります。

 

その後悔と心の傷が、偏屈で人間嫌いのポアロの性格を形作ることになった…というのが、本作の基本的な骨子となります。

だから、本作でのポアロはやたらと攻撃的

すべての人物を容疑者扱いして捜査していくのはいつも通りですが、今回は特に棘が強い。

皆に本気で嫌われるし、親友であるブークにも強いトーンで迫っていきます。

そしてそんなポアロの態度は、大きな悲劇を招くことになります。

 

…というふうに、本作のストーリーはポアロ中心

もちろん「ナイル殺人事件」としてのストーリーがそこにあるわけですが、映画全体としての焦点は、事件の犯人よりむしろポアロの方にあるように感じます。

前作以上に、ポアロ物語とでもいうべき作品になっているのが今回の映画です。

 

③事件への興味は薄め

前作「オリエント急行殺人事件」もそうだったんですが、前回の映画化と比べて、本格ミステリ部分へのこだわりは低くなっています。

「ナイル殺人事件」の肝はアリバイトリックだと思うんですが、その部分はあまりクローズアップされない。

事件の夜、誰にアリバイがあったのか、事件の不可能性はどこにあるのか、その辺りはあまり明瞭にされません。

 

なので、意外な犯人が明かされても、いまいち意外に感じないんですよね…。

また、ポアロが真相に辿り着いたきっかけもよく分からない。

総じて本格ミステリとしての満足度は高くないのですが、それは前作「オリエント急行殺人事件」も同じ感じではありました。

トリックや推理より、人間ドラマにクローズアップするのが、今回のケネス・ブラナー版の特徴です。

 

…なんですが、今回、犯人側のドラマもかなり淡白に感じました。

犯人が指摘されて、犯人とポアロが丁々発止の駆け引きをして、そして観念した犯人が、犯行に至った思いを独白する。

人間ドラマとして、大いに盛り上げられるところだと思うのですが。

意外とあっさり。あまり情緒的な引っ張りもなく、犯人は退場していきます。

 

この辺りからも、本作の興味が犯人よりも事件よりも、ポアロその人に向いていることが感じられるんですよね。

④2部作の完結編?

原作のキャラクターはかなり変更されていて、黒人キャラクターが加えられているのは昨今のポリコレを感じさせます。

時代背景的に正しいのかどうかは…よく分からないのですが。

 

これも、主にポアロに関する人物が変更されてますね。

「オリエント急行」の登場人物であるポアロの友人ブークが再登場して、事件の中で重要な役割を担うことになります。

ブークが愛するロザリーの母サロメは作家から歌手に変更されていて、ポアロが愛することになる…のかな。そこは明言されてはいませんが。

 

推理小説って、探偵役というのはどちらかというと狂言回しのような存在で、物語の中心は犯罪の当事者である犯人(や被害者、容疑者)にあることが多いと思います。

だからこそ、同じ探偵を主人公にしたシリーズが成り立つわけで。

 

本作を観てると、ケネス・ブラナーはこれで最後のつもりなのかな…という印象がありますね。

次への引きもないしね。ポアロの一代記と言える2部作はこれで完結…という意図があるのかもしれません。

 

と言いつつ、「既に3作目が準備されている」という声も聞こえてきました。発言者は20世紀スタジオの社長。

それによれば、3作目は「戦後のベネチアが舞台で、マイナーな小説を映画化したもの」なんだとか。

 

「地中海殺人事件」じゃないみたいですね! 割と好きなんだけどな、前の「地中海」。

地味な話だけど、最後に犯人がガラッと豹変するとこが好きなんですよね。あの人を食った感じが、本来のポアロものの味だと思う。

 

本作も本当は、同じ構図がラストにあるのだけど。

それまで見えていた人間関係の大逆転。恐ろしくて毒の効いた、立場の瞬間的な下剋上。

そこを、思う存分強調してドラマチックにできたと思うのだけど。どうしてそこをスルーしたんですかね。

⑤独自性は、確かにある

「オリエント急行」と同様、本作も「旅ミステリ」としての魅力が味わえる作品です。

ピラミッドナイル川クルーズアブ・シンベル神殿など、スケールの大きな風景が、映画館の大きなスクリーンによく映える。

 

…なんだけど、本作の風景はいかにもCGであることを感じさせるものではあります。

これも、前作と同様なので、予想のついたことではあるんですけどね。

 

惜しみなくCGを使った豪快で迫力のある壮大な風景。その中で繰り広げられる、ケレン味ある人間ドラマ。あくまでも「主人公」ポアロを中心にして…

というのが、ケネス・ブラマー版ポアロの持ち味と言えるでしょう。

 

原作あるミステリの映画化としては、今回ちょっと事件それ自体への興味が薄すぎるのは否めないですね。反面、主人公への興味が濃すぎる。

ケネス・ブラナーという人、結構なナルシストなのかもしれない。…なんてことを思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガル・ガドットのワンダーウーマン前作。