Pearl(2022 アメリカ)
監督:タイ・ウェスト
脚本:タイ・ウェスト、ミア・ゴス
製作:ジェイコブ・ジャフク、タイ・ウェスト、ケビン・チューレン、ハリソン・クライス
製作総指揮:ミア・ゴス、ピーター・ポーク、サム・レビンソン、アシュリー・レビンソン、スコット・メスカディ、デニス・カミングス、カリーナ・マナシル
撮影:エリオット・ロケット
美術:トム・ハモック
編集:タイ・ウェスト
音楽:タイラー・ベイツ、ティム・ウィリアムズ
出演:ミア・ゴス、デビッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、マシュー・サンダーランド、エマ・ジェンキンス=プーロ
①「X エックス」の前日譚
1918年、テキサスの田舎町で、出征した夫を待ちながら、両親と農場で暮らすパール(ミア・ゴス)。父の介護に追われる母ルース(タンディ・ライト)は抑圧的で、パールはダンスで身を立てて農場を出ることを夢見ていましたが…。
タイ・ウェスト監督、ミア・ゴス主演のホラー映画「X エックス」(2022)の続編。というか前日譚で、ほぼ同時に撮影が進められており、「X エックス」の最後には本作の予告編がついていました。
…それを見た時は、てっきり冗談かと思ったんですけどね! 「X エックス」が人を食った作風だったので。
「X エックス」は70年代を背景に、ポルノ映画を撮影する若者たちがロケ作の農場で殺人鬼に一人一人殺されていく物語。
その殺人鬼が、老人と老婆である、というのがミソでした。
「悪魔のいけにえ」などを連想させる70年代風のザラザラした質感で世界が構築される一方で、若者たちがポルノ映画作りに結構真剣に打ち込む姿を描く、なかなかユニークな作品でした。
前半は映画作りムービーとして面白く観れる一方で、後半になって老人たちの殺戮が始まると、とことん悪趣味に暴走していく。
それだけに、前日譚の続編というのは出オチのネタみたいに思えて、かなり半信半疑だったのですが。
前作とはガラッと趣を変えて、面白い作品になっていました!
前日譚なので、前作の知識も必要なし。
前作にあった、エイジズム的な若干の居心地の悪さもないので、こちらの方が割と多くの人に勧めやすいんじゃないかという気がします。
後半の悪趣味さは健在なので、人は選ぶと思いますが!
②往年のハリウッド風に描く夢見る狂気
前作は70年代ホラー映画風でしたが、今回は老婆パールの若い頃を描くということで、第一次大戦中の1918年が舞台。
映画のトーンも黄金期のハリウッド映画のような、原色を強調したテクニカラー的色彩になっています。
前半は、農場で厳格な母の下に暮らしながら、映画の中のダンサーに憧れ、農場を出て都会へ行くことを夢見る、一人の若い女性パールの姿を描いていきます。
そのストーリーも、いかにも往年のハリウッド映画的なスタイル。それを丁寧にじっくりと描いていく。
…なんだけど、でもやっぱりこのパールという女はどこかおかしい!のですね。
物語のスタート時点から、やがて殺人鬼になっていくパールの異常性、不気味さが垣間見えてきて。
明るいトーンでストレートなストーリーを描きつつも、どこか不穏で気持ち悪い…という下地が、じっくりと醸成されていきます。
あえて前半にショックシーンを入れず、じっくりゆっくり描いて、後半との落差で驚かせるのは、「X エックス」と同様の構成ですね。
群像劇だった前作と比べても、本作はパール一人に焦点が絞られていて。
感情移入させられる。それだけに、後半の大暴走が生きることになっています。
③ミア・ゴスという俳優の凄み
パールを演じるのはミア・ゴス。
「X エックス」では主人公である若者マキシーンを演じていました。
マキシーンはものすごく能動的にポルノ映画にも取り組み、殺人鬼への逆襲も前のめりに突っ走っていく、超ポジティブな人物になっていて、それが映画に強い独自性と魅力をもたらしていました。
「X エックス」では、ミア・ゴスは一人二役で、特殊メイクで殺人老婆のパールも演じていて。
そういうわけで、若い頃のパールも必然的にミア・ゴスということになるわけです。
なので、「X エックス」も実はミア・ゴス出ずっぱりの映画だったのだけど。一方の役は特殊メイクで老人になっていたので、彼女とは分かりにくかったんですよね。
今回は、素顔のままなので。最初から最後までパールに焦点が当たるので、全編ミア・ゴス尽くしになってます。
本作のミア・ゴスは本当、凄いですよ。「夢見る田舎の少女」と「異常なサイコパス」のせめぎ合いを、一人で壮絶な顔芸で見せていくという。
ある女性の一代記を演じ切ったという点で、「TAR ター」のケイト・ブランシェットと双璧じゃないかと思いました。いやマジで。
凄まじいのは、終盤の見たこともないようなダンス。
そこからの、異様に長い(ホラー要素もない)涙のワンカット長回しの一人芝居。
そして、ラストの見たこともないような笑顔。
まさにミア・ゴス祭りです。
彼女の代表作になるだろうけど、でも代表作がコレで本当にいいのか?と、俳優としてのキャリアが心配になるような気さえしますが。
しかしミア・ゴスは制作総指揮と脚本にも名を連ねていて、自らパールという人物の創造に打ち込んでるんですよね。これまた凄い!
④歴代ホラー映画の系譜にも
「X エックス」からの派生でネタ先行かと思った作品ですが、テーマ的にも見どころは多い。
過去を舞台に、女性が抑圧されていて、その背景に戦争があり、抑圧が母から娘へ受け継がれていってしまう…という構造は、現代にも通じる問題提起になっていました。
また、「抑圧的な母親による支配と、それによって歪んでいく子供」というテーマは、「サイコ」から繋がるホラーの伝統的な構図ですね。
母の狂気が娘の中で増幅するのは「キャリー」でもあります。
テキサスの農場という、一見オープンに見えるけれど閉鎖的な環境で育まれる狂気。
その中で、家族自体が狂人の共同体になっていく…というのは、前作でもオマージュになっていた「悪魔のいけにえ」のイメージが濃厚です。
そんなふうに、歴代のホラー映画の精神も上手いこと受け継いで、正統派のホラー映画にもなっている。
というわけで、「X エックス」での予告編から感じたのを大いに凌駕する、面白いホラー映画になっていたと言えます。
「ミア・ゴス・サーガ」は3部作だそうで、次は「MaXXXine マキシーン」に続くそうです。こうなると3作目も楽しみです。
ミア・ゴス出世作はこちら。