X(2022 アメリカ)
監督/脚本/編集:タイ・ウェスト
製作:タイ・ウェスト、ジェイコブ・ジャフケ、ハリソン・クライス、ケヴィン・チューレン
撮影:エリオット・ロケット
音楽:タイラー・ベイツ、チェルシー・ウルフ
出演:ミア・ゴス、ジェナ・オルテガ、マーティン・ヘンダーソン、ブリタニー・スノウ、スコット・メスカティ、オーウェン・キャンベル、スティーヴン・ユーア
①70年代ホラー・ブーム到来?
1979年。ポルノ女優のマキシーン(ミア・ゴス)は仲間たちと共に、ポルノ映画「農場の娘たち」を撮るためにテキサスの農場へやって来ます。農場には気難しい老人ハワード(スティーヴン・ユーア)と、その妻パールが暮らしていました…。
ここのところ、70年代を舞台にした映画が続いてます(「リコリス・ピザ」、「ブラック・フォン」、そして本作「X」。)
中でも、「ブラック・フォン」と「X」は共にホラーで、前者が1978年、後者が1979年という時代設定。
共に70年代らしい音楽やファッションが散りばめられ、共に「悪魔のいけにえ」へのリスペクトを込めている。
その一方で、「ブラック・フォン」はジュブナイル、「X」はポルノがテーマでゴア度も高めのやり過ぎハードコア…と対照的な作風でもあります。
たまたまだけど、なかなか面白い取り合わせでした。というわけでまずは「X」。
癖の強い映画で定評のあるA24製作。とは言え、話題になるのはちょっと久々ですかねA24。
主演は2018年版「サスペリア」や「ハイ・ライフ」で一部に偏愛されるミア・ゴス。
監督/脚本はタイ・ウェスト…この人は僕は初見です。
70年代グラインドハウス的ジャンル映画への愛情をモロ出しに、様々な映画の引用を散りばめつつ、素っ頓狂な異常な描写で見せていく。タランティーノやロドリゲスが好きそうな…という感じです。
②意外に真剣な映画作りパート
本作は割と前半スローペースで、ポルノ映画で一発当てようとする若者たちをじっくり、まったりと描いていく。そこは「ブギーナイツ」にも通じるところがありますね。
70年代はポルノ映画がブームになった時代で、「ブギーナイツ」はまさにその業界を描いていたのだけど、「リコリス・ピザ」でもゲイリーが「ディープスロート」などの新聞広告を見てました。
「タクシードライバー」でも主人公がデートにポルノ映画を選んでどっちらけ…というシーンがありましたね。
ただ、このブームはビデオの台頭と共に終わっていくことになる。1979年なので、本作の彼らはだいぶ出遅れてる感もあります。
コカインで気合い入れながら「自分らしいことしかやらない」と意気込むマキシーン。
ポルノ女優としてのプロ意識旺盛なボビー・リン(ブリタニー・スノウ)。
ポルノで映画界に革命だ!とぶち上げるウェイン(マーティン・ヘンダーソン)。
映画としても評価されたい監督RJや、ベトナムで地獄を見てきた絶倫男優ジャクソン。
やってることは本番ポルノなんだけど、みんな真剣に取り組んでいて、結構な熱情が描かれている。なかなか見応えのある映画づくりストーリーになっています。
RJの彼女で録音係としてついてきたロレイン(ジェナ・オルテガ)が、最初は嫌悪しかなかったのに、だんだんみんなの熱に当てられていって、遂に「私も出たい」と言い出す。ここが前半パートのクライマックスになってます。
③サクサク殺す後半ホラーパート
そして、映画はここで転調。
グロくてエグい後半ホラーパートへ突入していきます。
今回のホラーモンスターは老夫婦。
「史上最年長殺人鬼」と話題になってますね。
老人が殺しまくるホラーといえば「ドント・ブリーズ」を思い出しますが、あれは盲目とはいえかなり戦闘力の高い老人でした。
本作では、本当にただのヨボヨボの老人。しかも片方は老婆。
それで、血気盛んな大勢の若者たちをどうやって血祭りにあげるのか…が本作ならではの工夫のしどころになってます。
というわけで、老婆や老人が若者を1人ずつ殺していくわけですが、本作では上手いことそれほどの無理もなく描いていたと思います。
基本は「油断を誘って不意を突く」ですね。さすがに、誰もヨボヨボの老人相手に警戒しようと思わない。
夜中に徘徊していても、むしろ心配して近づいてきてくれる。
老人であればあるほど、「油断はマックス」なのでね。またワニなど上手く織り交ぜることで、老人殺人鬼に説得力を持たせていたと思います。
もちろん反撃されたら勝ち目はないので、基本一撃で殺す。
なので、本作の殺人シーンは割とストイック。サクサクと、前半のまったりムードを取り戻すようにテンポ良く殺していきます。
殺し自体はサクッとあっけなく、殺人鬼自身の描写はねちっこく醜悪に、不快さを煽っていく…というこの構成も、「悪魔のいけにえ」ですね。
④老いの恐怖と、悪趣味な「キツさ」
後半で強調されるのは、「老いの恐怖」。
若い頃の美貌や性的快楽への執着を捨てられず、ハワードや若者たちに激しく迫っていくパール。老いさらばえた姿で自ら裸になり、浅ましくセックスを求めていく滑稽さ、醜悪さ。
不気味でなおかつ痛々しい、「キツい光景」をあえて見せつけていきます。
前半で奔放にセックスを楽しむ若者たち、またセックスが仕事だったり自己実現の方法であったりする若者たちとの対比として、セックスを求めても得られない老人の残念な姿が描かれています。
でも、老人は同時に若者たちの未来の姿でもある。若さを謳歌する若者たちは、いずれ自分たちも必ず辿る醜悪な未来を、見せつけられることになります。これまた、リアルなホラーですね。
そういう文脈の悪趣味の極地として描かれるのが、ハワードとパールの映画史上最高齢じゃないかと思える濡れ場。
ベッドの下でその一部始終を聞かされるのがマキシーンというのも含めて、極めてキッツイものになっています。
このキツさはもちろんわざとではあるのだけど、まあ本作の好みの別れるところではあるでしょうね。
⑤ミア・ゴス/マキシーンのサーガ?
ところで殺人老婆パールは特殊メイクで表現されていて、演じているのは実はマキシーンのミア・ゴス。
「サスペリア」でティルダ・スウィントンが男性の老人キャラを特殊メイクで演じていたように、伏せられた一人二役になっています。
本作では老人の醜さ、惨めさがかなり強調して描かれてるので、実際にお年寄りの女優に演じさせるのは、エイジズムの観点からも問題があるとの判断だったのかもしれません。
というわけで、ますますミア・ゴス偏愛の作品になってるわけですが、これには両面あって。
特殊メイクは結構それと分かるものなのでね。パールのキャラの現実味はかなり薄れていたように思います。
本作のトーンを決めているのは、マキシーンのやみくもな前向きポジティブパワーですね。終盤はコカインでキメたマキシーンの逆襲・無双になります。
「自分らしくないことはやらない」と宣言してアンモラルにも臆せず突き進んでいくマキシーンは、ポルノでも殺人でもガンガン突っ走っていくことができます。
そんなマキシーンの背景にはテレビ宣教師の父親という抑圧があったということが最後にサラッと示されて、マキシーンの行動に首尾一貫したものを示しています。この見せ方も上手かったと思います。
ところで、エンドクレジットの後には「続編の予告」があります。その名も「Pearl パール」。
今度は「X」より更に60年前が舞台で、パールの若い頃が描かれるとのこと。若き日のパールを演じるのはもちろんミア・ゴス。
これ、グラインドハウス的ネタ画像として面白いなと思ってたんだけど、実はマジだったようですね。
前日譚の続編「パール」は既に撮影されていて、3部作として制作されることが(冗談でなく)決定しているそうです。
うーん……どうかな! 3部作もやる強度のある話だろうか。ネタのフェイク予告編にとどめた方が面白かったような気が…わかんないですけど。
文中でも触れてる続編。この時点では懐疑的だったけど…まさかの傑作!
多大な影響を与え続ける強烈な金字塔ホラー。
個人的に偏愛する作品。ミア・ゴス出世作。
ミア・ゴス出演。「変な映画」が好きな人に見て欲しい、隠れた変態SF。
ブリタニー・スノウがバウティスタと共演したアメリカ内戦シミュレーションものの秀作。