これは2021年のドゥニ・ヴィルヌーヴ版「DUNE/デューン 砂の惑星」について、原作との比較など掘り下げた解説記事です。

ネタバレしています。また、映画は原作の半ばまでなのですが、原作に触れている関係上、パート2で明かされるだろう内容にも触れている部分があります。ご注意ください。

ヴィルヌーヴ版「DUNE/デューン 砂の惑星」のレビュー記事はこちら。

1984年のデヴィッド・リンチ版「デューン/砂の惑星」記事はこちらです。

 

この記事は、「ネタバレ解説その1」「ネタバレ解説その2」「ネタバレ解説3」の続きです。

コリオリの嵐

追っ手のオーニソプターを振り切って、ポールとジェシカのソプターは「コリオリの嵐」の中へ。

予知夢の通りに嵐に身をまかせることで、死の危険を乗り切っていきます。

 

小さな飛行機で嵐の雲に飛び込んでいく様子、抵抗せず身を任せることでそれを乗り切る対処法。

この辺り、「天空の城ラピュタ」を連想してしまいます。

小さな飛行機が雷雲に飛び込んでいく描写は、「ラピュタ」だけでなくいくつもの宮崎駿映画で見られるものですね。

環境SFとしての側面やサンドワームについてと同様、「砂の惑星」の宮崎駿への強い影響が伺えるシーンではないでしょうか。

 

コリオリの嵐(原作ではコリオリスの嵐)は、アラキスの砂漠に吹き荒れる風で、惑星の自転によって強められ、時速700キロにも達します。

コリオリの力とは、惑星の上空で生じる嵐に、その惑星の自転の影響を受けて渦を巻かせる力のこと。木星の大赤斑がその力で出来ているとされています。

ハルコンネンのオイル風呂

レト公爵の毒ガスによって体にダメージを受けたハルコンネン男爵は、真っ黒なオイルによる「薬湯」に入り、その傷を癒します。

このオイル風呂は、当初スパイスの色で想定されていましたが、後に黒に変更されました。茶色の液体に浸かるのはちょっと…と思ったのかも。

オイルは水、着色した植物油、蜜蝋の混合物で作られており、ステラン・スカルスガルドは特殊メイクを身につけてここに浸かりました。

 

オイル風呂のシーンは原作にはなく、リンチの描いたグロテスクなハルコンネンの描写へのオマージュを感じさせます。

サンドウォークとドラムサンド

ポールとジェシカのソプターは嵐を超えて不時着し、フレメンが支配する南半球の砂漠へと歩き出します。

アラキスの砂漠の撮影は、ヨルダン、アラブ首長国連邦の砂漠で行われています。

ポールとジェシカがフレメンと出会う岩山は、ヨルダン南部にあるワディ・ラムと呼ばれる地域で撮影されています。

ワディ・ラムには紀元前にペトラを中心に栄えたナバテア王国の人々が描いた壁画が残り、「アラビアのロレンス」と馴染みの深い場所としても知られています。

 

サンドワームを引き寄せることを避けるために、フレメンはサンドウォークを身につけています。

サンドウォークは、わざとリズムを崩した歩き方で、一定のリズムを砂に伝えないようにすることで、サンドウォームに察知されることを避けます。

 

しかし、ドラム・サンドのある土壌では、サンドウォークも通用しません。

ドラム・サンドは結晶の形成によって、足音を増幅してしまいます。

サンドワーム(シャイ・フルド、メイカー)

ドラム・サンドを駆け抜けたポールとジェシカは、サンドワームを引き寄せてしまいます。

 

サンドワームはアラキス固有の生物で、広大な砂漠を支配しています。

非常に大きなサイズに成長し、最大の長さは450メートルにも達します。南極地域には、700から1000メートルサイズのワームが存在するとも噂されています。

寿命は長く、仲間に殺されるか水で溺れるかしない限り、非常に長い年月を生き続けます。

 

サンドワームの体表には、リトルメイカーと呼ばれる「反植物反動物の病原媒介者」がつきます。

リトルメイカーの排泄物が、プレ・スパイス・マッスを形成します。

プレ・スパイス・マッスは、「リトルメイカーの排泄物に水がかぶさった時にできる、真菌生物の大発生段階」です。

この段階にあって、砂漠深部と上部の物質が交換されて、大規模な爆発が起こります。爆発によってマッスは砂漠表面に運ばれ、太陽光線と空気に触れることで、スパイス・メランジとなります。

このような生態系サイクルをもって、アラキスのサンドワームはスパイスを生成しています。

 

サンドワームに近づくと、強烈なスパイスの匂いを感じます。つまり、シナモンの匂いです。

水はサンドワームにとっては致命的な影響を与えます。水が体内に入ると、サンドワームは苦しみながら死んでしまいます。そしてその時に毒性の高い副産物を排出し、それはフレメンの間で「生命の水」と呼ばれます。

 

フレメンはサンドワームを神聖視しています。

フレメンの間で、ワームはシャイ・フルド(Shai-Hulud)と呼ばれます。この言葉は「砂漠の老人」「永遠の父」「砂漠の祖父」などを意味します。

また、ワームはメイカーとも呼ばれます。

 

リンチの映画でも、今回も、ワームは目を持たず、体の正面に丸い大きな口だけを持つ、ミミズ状の生物として描かれています。

ヴィルヌーヴ版のワームは、「メッセージ」でヘプタポッドをデザインしたカルロス・ファンデによってデザインされました。

口にはリンチ版より多くの歯が並び、クジラのように砂から栄養物を濾し取って食べます。

ワームは砂の中を移動する時に強い震動を生み出し、砂を液状化して、その中を進んでいきます。そのため、ワームが近くにいると砂漠は海のように液体と化し、そこに立った人々は砂の中へと飲み込まれてしまいます。(映画でリエトに起こったのがその現象ですね)

 

左がリンチ版、右がヴィルヌーヴ版のワーム

ワームと王蟲

ワームとオーム。語感も似てますね。ってまあ、ワームはWORMで、英語の普通名詞なんだけど。

「風の谷のナウシカ」に登場する王蟲は、「デューン」のワームが発想の元(の一つ)になっているとされています。

砂漠を守るワーム。腐海を守る王蟲。

王蟲はその体を媒介にして、腐海の領域を広げていく役目を担っています。

 

ワームはミミズ、王蟲はダンゴムシがデザインのモチーフになっていますが、どちらも自然の環境サイクルの一部になっている土壌生物であるという共通項があります。

ミミズもダンゴムシも、枯れ葉などを分解して土を耕し、豊かな土を作っています。その巨大版であるワームや王蟲は、アラキスや地球の惑星全体の環境を形成するサイクルの一部になっています。

 

王蟲を含む腐海という生態系は、汚染された地球を再び浄化するための環境改変装置でした。

王蟲や腐海がその役割を果たした時、浄化された環境では王蟲や腐海の植物、生物は生きていくことができず、絶滅することになります。

ワームはアラキスの砂漠という環境を使ってスパイスを生み出し、スパイスは人類の進化と、それに伴うアラキスの緑化をもたらします。

アラキスが緑化されれば、水を弱点とするワームは死に絶え、スパイスも失われることになります。

フレメン

ワームから逃れたポールとジェシカは、スティルガーに率いられたフレメンの一団と遭遇することになります。

 

フレメンはアラキスの先住民で、伝説によればその起源はさまよえるゼンスーニ派の末裔とされています。

アラキスの過酷な環境はフレメンをタフな戦士に育てました。

フレメンにとってもっとも貴重なものは水であり、フレメンの戦士が死んだ時、その体の水は一滴残らず回収されて権利を持つ者に渡されます。

 

フレメンの言語はチャコブサ語で、ヴィルヌーヴはアラビア語を元にして、オリジナルの文字や言葉をデザインしています。

 

スティルガー(ハビエル・バルデム)は、ダンカンに連れられてレトに謁見したシーンで登場していました。それ以来久々の登場になります。

スティルガーのフルネームはStilgar Ben Fifrawi。タブールのシーチのリーダーです。

 

フレメンの中には、チャニ(ゼンデイヤ)がいます。

彼女はリエト・カインズの娘です。父親はフレメンの男ですが、既に死んでいます。(原作ではもちろん、この父と母は逆になっています)

チャニは序盤からずっと、ポールの夢の中に登場していましたが、本格的に登場するのはここが初めてとなります。

ポールがマフディーかもしれないと聞かされていたチャニは、実際のポールを前にして思ったより子供だと感じます。

 

リンチ版では、スティルガーは「ツイン・ピークス」のエドでおなじみのエヴェレット・マッギルが、チャニは「ブレードランナー」でおなじみお騒がせ女優のショーン・ヤングが演じています。

タハッディの挑戦

ジェイミス(バブス・オルサンモウン)はスティルガーの側近の一人で、ポールがリサン・アル=ガイブであることを信じず、ポールに挑戦します。

 

フレメンの間での戦いは、アムタールの掟によって詳しくルールが定められています。

掟によって、ジャミスは新参者の役割をテストする権利を有します。また掟によって、サイヤディナーに挑戦することは許されていません。

ジェシカはベネ・ゲセリットの力を認められ、スティルガーによってサイヤディナー(Sayyadinas)に認定されています。サイヤディナーとは、フレメンの宗教体系における、女性の新参者のことです。

 

この戦いはタハッディの挑戦と呼ばれます。タハッディの挑戦には引き分けはなく、必ずどちらかの死で終わります。

ポールはチャニのクリスナイフを借りて戦います。

人を殺したことのないポールは戸惑いますが、ジェイミスを殺すことでこの挑戦を退けます。

ポールは自分の死を見せた予知夢を乗り越えたことで、クウィサッツ・ハデラックに近づいたことを自覚することになります。

 

ポールとジェイミスの挑戦のシーンは、リンチ版でも撮影されていましたが、完成された映画からはカットされてしまいました。

リンチ版の決闘シーンと、その後に続くポールがジェイミスの妻子と会うシーンは、アラン・スミシー監督作品になってしまった「テレビ放映長尺版」で見ることができます。

デザート・パワー

フレメンの保護を得たジェシカは外の世界へ助けを求めることを要求しようとしますが、ポールはより深く、砂漠の奥へと入っていくことを選びます。

父の目的はデザート・パワーを得ることだった」とポールは語ります。

 

シーチへ移動する途中、ポールはワームに乗って砂漠を移動するフレメンを目撃します。

 

ワームに乗る技術を身につけたフレメンは、サンドライダーと呼ばれます。

サンドライダーはサンパーを使ってワームを呼び出し、メイカー・フックを使ってその背中に乗って、ワームの移動する方向を操ることができます。

巨大なワームをその手足とすることで、フレメンはいよいよ強力な砂漠の力(デザート・パワー)を手にすることになります。

 

後編では、ポールがマフディーとしてフレメンの指導者になっていき、デザート・パワーを得て、ハルコンネン、更にはその影にいる皇帝に挑戦していく様が描かれます。「デューン」の本編は、まさにここから。

物語は始まったばかりと言えます。