これは2021年のドゥニ・ヴィルヌーヴ版「DUNE/デューン 砂の惑星」について、原作との比較など掘り下げた解説記事です。

ネタバレしています。また、映画は原作の半ばまでなのですが、原作に触れている関係上、パート2で明かされるだろう内容にも触れている部分があります。ご注意ください。

ヴィルヌーヴ版「DUNE/デューン 砂の惑星」のレビュー記事はこちら。

1984年のデヴィッド・リンチ版「デューン/砂の惑星」記事はこちらです。

 

この記事は、「ネタバレ解説その1」の続きです。

 

アラキスへの到着

アトレイデス家がアラキスの首都アラキーンに入城する儀式。

ここではバグパイプが演奏されています。

アトレイデス家の祖先は地球のギリシャにルーツを持つという設定になっています。

 

現地のフレメンたちは、ポールとジェシカを見て「リサン・アル=ガイブ」と呼びます。

「リサン・アル=ガイブ」は「外からの声」を意味し、フレメンの間に伝わる伝説の救世主です。「水の贈り主」とも訳されます。

この言葉はアラビア語の「見えない舌」という言葉から取られています。イスラムの文脈では「預言者」を意味します。

 

伝説によれば、リサン・アル=ガイブは外からやって来る異邦人であり、ベネ・ゲセリットの母を持つ息子とされています。

これは偶然ではなく、ベネ・ゲセリットが遠大な計画によって、将来において送り込まれる救世主候補者がスムーズに受け入れられるよう、フレメンの間にわざと植えつけた伝説です。

 

民衆の間に迷信を広めることを目的としたベネ・ゲセリットの集団を、保護伝道団(ミッショナリア・プロテクティヴァ)と呼びます。そこで教え込まれる伝染性のある迷信は"暗いもの"(ダーク・シング)と呼ばれます。

フレメンの間では、リサン・アル=ガイブはマフディーとも呼ばれます。

メンタート、スフィル・ハワト

アトレイデス家のメンタート、スフィル・ハワトが先遣隊として公爵たちを出迎えます。先遣隊の任務は、ハルコンネンが撤退後に残していった妨害部隊を排除して安全を確保することでした。

スフィル・ハワトは3代に渡って仕えているアトレイデス家の護衛責任者で、アトレイデス家を外敵から守るセキュリティの全般を担当しています。

 

メンタートは、「最高の論理計算ができるように訓練された帝国市民の階級」を指します。人間コンピュータとも呼ばれます。

人工知能との戦争であるブトレリアン・ジハドを経て、思考機械の代わりとしてメンタートが開発されました。

メンタートは、サフォの果汁をとることでその計算能力を高めることができます。サフォの中毒者は、唇が赤く染まるという特徴を示します。

リンチ版のメンタートは「ワインの染みのように」下唇を赤く染めていましたが、ヴィルヌーヴ版ではもう少し洗練されて見えるように、下唇の小さなタトゥーのような表現になっています。

ヴィルヌーヴ版では、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソンが演じています。

オーニソプター

原作では、鳥のように羽ばたいて飛ぶ鳥型飛行機ということになっています。

技術的制約から、リンチ版では羽ばたくことはなく、ずんぐりした金物のようなスタイルになっていました。

今回、初めて羽ばたくソプターが視覚化されました。ヴィルヌーヴ版のソプターは、鳥というよりトンボをイメージさせるデザインになっています。

アラキスで運用されるオーニソプターは7人乗りの大型と、2人乗りの小型の2種類があります。

左はヴィルヌーヴ版のトンボ型ソプター。右はリンチ版の黄金のオーパーツみたいなソプター。

シャダウト・メイプス

使用人の候補者がジェシカに紹介され、ジェシカはその中からフレメンの女性シャダウト・メイプスを選び出します。

彼女はフレメンの特徴である青い目を持ち、しなびたような外見の一方で、ジェシカは強い生命力を感じます。

「シャダウト」はフレメンの言葉で「井戸くみ人夫」を示します。

 

彼女はフレメンの聖なる武器であるクリスナイフを隠し持っています。クリスナイフは、死んだサンドワームの歯から作られています。

彼女は、ジェシカが「その人」であれば贈り物とするために、もしそうでなければそれによって命を奪うことを意図して、その武器を隠し持っていました。

ジェシカがナイフに関して、「メイカー」という言葉を言ったことから、シャダウトはジェシカが「その人」であることを確信しました。

 

メイカーとは、フレメンが呼ぶサンドワームの別名です。サンドワームはまた、フレメンたちからは「シャイ・フルド」とも呼ばれます。

シャイ・フルドは砂漠の神も意味する言葉です。

アラキスの宗教

フランク・ハーバートがアラキスのフレメンを構想したのは、アラブのイスラム文化がその発想のもとになっていました。

リンチ版では、その比喩はあまり目立たなかったのですが、ヴィルヌーヴ版ではかなりはっきりとした形で、コーランを詠唱するようなイメージが描かれています。

 

10191年の世界の宗教体系を、フランク・ハーバートは細かく設定しています。

ブトレリアン・ジハドの後、多くの古代宗教の指導者たちが意見を交換し、全協会翻訳者委員会(CET)が結成され、オレンジ・カトリック・バイブルという信仰テキストが作られました。

それは多くの古代宗教の要素を含み、「なんじ、魂をゆがめることなかれ」という戒律を共有しています。

 

アラキスの土着の宗教は、オレンジ・カトリック・バイブルにも含まれる、マオメス・サーリを起源としていました。

マオメスとは、ムハンマド3世の別名。マオメス・サーリはムハンマド3世の教えを信仰する古代宗教の一つです。

マオメスからは神秘的なものを強調するゼンスーニ派が分離し、フレメンは「放浪するゼンスーニの後裔」と呼ばれています。

アラキスの2つの月

アラキスには大小2つの月があります。

大きい方の月はクレルンと呼ばれ、アラキスの地表に対して常に同じ面を向けています。

その表面には手形のような模様があり、これは「神の手」と呼ばれます。

 

小さい方の月はアーヴォンと呼ばれ、表面には砂漠に生息するトビネズミ、ムアドディブの形の模様があります。

アラキーン

アラキーン(Arakeen)はアラキスで最大の都市であり、アトレイデス家が住む領主公邸はこの街にあります。

アラキーンはアラキスの北極近くに位置しています。シールドウォールと呼ばれる断崖に守られており、砂嵐やサンドワームの侵入を防いでいます。

 

アトレイデス家が着任する前、アラキーンの領主公邸には、皇帝の右腕と言われるフェンリング伯爵が住んでいました。

 

アラキーンの領主公邸には、20本のナツメヤシが植えられています。

これは領主の莫大な財力の象徴です。

毎日、ナツメヤシ1本につき、人間5人分の水を必要とします。従って、20本のナツメヤシは、毎日100人分の水が消費されていることを意味します。

 

原作では、公邸の屋上の特別な部屋に、植物が茂る温室が作られています。その部屋の存続には、アラキスで1000人分の人間を生かしておくだけの水が使われています。

その部屋でジェシカは、以前に公邸に住んでいたフェンリング伯爵の妻マーゴットが残した、ハルコンネンの陰謀を警告するメッセージを見つけます。

リンチ版でもヴィルヌーヴ版でも、このシーンは割愛されています。隠された温室のイメージは確実に「風の谷のナウシカ」に影響を与えていると思われるのですが、そのイメージは後にリエト・カインズの研究室という形で出てきます。

ハンターシーカー

ポールの自室にハンターシーカーが侵入し、ポールの暗殺を狙います。空中に浮かぶ暗殺装置であるハンターシーカーは、ハルコンネンが残していった刺客によって遠隔操作されていました。

 

リンチ版では、ハンターシーカーは空中に浮かぶ注射器のような形で描かれていました。

ヴィルヌーヴ版では、蜂や蚊のような昆虫をイメージさせるデザインになっています。オーニソプターと同様のコンセプトですね。

 

ポールはハンターシーカーを手づかみすることで、シャダウト・メイプスの命を救うことになります。

セキュリティの責任者であるスフィル・ハワトは辞任を申し出ますが、レトは面目よりスパイを捕らえよと命じます。

 

ちなみに、原作にはハルコンネンが意図的にジェシカをスパイと疑わせる陰謀を行い、スフィル・ハワトやガーニィ・ハレックがジェシカをスパイと思い込む…という展開があるのですが。

これはリンチ版でも、ヴィルヌーヴ版でも割愛されていますね。

ハルコンネンと皇帝の陰謀

ジエディ・プライムのハルコンネンの城で、黒い蜘蛛のような生物がペットとして?飼われている様子が描かれています。

 

ベネ・ゲセリットの教母ガイウス・ヘレン・モヒアムが訪れて、吸音エリアの中でハルコンネン男爵と密談をしています。

モヒアムは皇帝の読真師(Truth Sayer)でもあります。読真師はすべての嘘を見抜き心を読むことができるので、皇帝の前では誰も本心を偽ることはできません。

彼女はハルコンネンがアトレイデスを討つために、皇帝が力を貸すことを伝えています。

皇帝の戦力であるサーダーカーが、ハルコンネンのために派遣されることになります。

 

モヒアムはジェシカとポールを傷つけないことをハルコンネンに約束させます。

ハルコンネンはその約束を守る気はありませんが、しかし読真師に真実を読まれることは恐れています。そのため、ハルコンネンは直接ジェシカとポールを殺さず、砂漠に放置することで間接的に殺すことを命じます。

 

この会合シーンは原作にはなく、当然リンチ版にもありません。

皇帝がハルコンネンに加担していることを物語的に示すために用意されたシーンですね。

スティルガー

アラキーンでは作戦会議が行われ、ハンターシーカーを止めたポールは賞賛されます。

ハルコンネンがスパイスによって、1年で100億ソラリスもの利益を得ていたことが報告されます。

 

その後の屋外のシーンで、スフィル・ハワトは日本式の番傘のようなものをさしています。

オーニソプターが着いて、ダンカン・アイダホが到着します。

彼はフレメンとの交渉の任務を帯びて、先遣隊としてアラキスに派遣され、フレメンの居留地であるシーチに4週間滞在していました。

ダンカンはフレメンのリーダーの一人、スティルガーを連れてきています。

 

ダンカンは、フレメンがこれまで知られているよりずっと数多く存在することを報告します。

1つのシーチに1万人のフレメンが暮らし、そんなシーチが数百存在しています。

 

スティルガーはレトに会い、その机にを吐きます。

ガーニィらは腹を立てますが、ダンカンが止めます。唾を吐くことは、何よりも貴重な体内の水分を献上するという意味で、フレメンの尊敬の印です。

スティルガーは砂漠の彼らの領域に立ち入らないことを求め、ポールに対しては「お前を知っている」と述べます。

 

ヴィルヌーヴ版では、ハビエル・バルデムがスティルガーを演じています。

リンチ版では、エヴェレット・マッギルが演じていました。リンチの「ツイン・ピークス」でエド・ハーリーを演じていた人です。

リエト・カインズ

帝国に仕える惑星学者(planetologist)生態学者(ecologist)であるリエト・カインズは、今回もっとも大きな変更が加えられたキャラクターです。原作では(リンチ版でも)リエト・カインズは男性でしたが、ヴィルヌーヴ版では女性に変更されています。

 

リエトの父は、アラキスの初代惑星学者であるパードット・カインズでした。

アラキスの砂漠に生きるフレメンの生命力に興味を持ったパードットがフレメンに受け入れられたきっかけは、フレメンの少年を殺そうとしたハルコンネンの暴漢たちを殺したことでした。

パードットはフレメンの中に入っていき、フレメンの女性と結婚して、アラキスの生態系が改造し得ることをフレメンに説いていきました。やがて、彼はフレメンの精神的リーダーのような存在になっていきます。

 

パードットはフレメンの信頼を得て、帝国の植物試験場から道具をシーチに持ち込み、ウィンドトラップ(風水弁)と地下の貯水池を組み合わせて密かに水を蓄え、ハルコンネンの目が届かない南部地方で植物の栽培を始めました。

パードットはアラキスの環境を改良するエコ・システムを作り上げた後に事故で死亡し、その仕事は息子(映画では娘)のリエトに引き継がれることになります。

 

リエト・カインズは父の仕事を継承し、帝国の監察官と、フレメンが惑星環境を改善する上でのリーダーと、2つの顔を持っています。

リエトはフレメンの一人としてリサン・アル=ガイブの伝説を信じていますが、同時に皇帝の配下でもあって、アトレイデスの移封を見届けて皇帝に報告することを命じられていました。

また、ハルコンネンと皇帝の陰謀に関しても、傍観するよう命令されていました。

 

リンチ版ではマックス・フォン・シドーが男性のリエト・カインズを演じていましたが、ヴィルヌーヴ版ではシャロン・ダンカン=ブルースターが女性のリエト・カインズを演じています。

リエトは、フレメンの男性と結婚していましたが、その男は既に死亡しています。やがてポールと愛し合うことになるチャニは、リエト・カインズの娘です。

スティルスーツ

スティルスーツは、アラキスで開発された、砂漠での生存を可能にするスーツです。

その繊維はマイクロ・サンドイッチ構造になっていて、熱を遮断し、体から排泄される水分をろ過して集め、飲料水として再利用することができます。

鼻のチューブは、鼻呼吸の際に生じるわずかな水分さえも集めて再利用するためのものです。

 

スティルスーツの各部分には水を蓄えるポケットが装備されています。回収された水分は、キャッチポケットから伸びるチューブを使って飲むことができます。

スティルスーツなしでは、砂漠では2時間も生き延びることはできません。スーツを身につけていれば、何週間か、砂漠で生き延びることが可能になります。

 

スティルスーツの着用にはコツが必要で、着方を誤ると砂漠での重大な事故に直結します。

ポールは誰にも教えられずにスティルスーツを完璧に着こなし、リエトを驚かせます。「その者は、生来行き方を知る」というのも、フレメンに伝わる伝説の一つです。

左がヴィルヌーヴ版の、右がリンチ版のスティルスーツ。よく似ています。

スパイス採掘

アラキスの砂漠は日中50度を超えるので、スパイスの採掘作業は薄明から夜間の時間帯に行われます。

採掘は、サンドクローラーと呼ばれる巨大な移動式掘削装置によって行われます。

熱気球に似た飛行型運搬装置キャリオールによってサンドクローラーが運ばれ、スパイス濃度の高い砂漠の地点に降ろされます。

サンドクローラーは砂を集めてその中からスパイスを抽出し、不要な砂を周囲に撒き散らします。採掘現場は、常に濃厚なスパイスの香りに包まれることになります。

 

スパイスの採れる土地は、サンドワームの生息地帯でもあります。採掘作業は常に、上空からワームサインを探す見張りと共に行われます。

視察したレトは誰よりも早くワームサインを発見し、スパイス採掘人夫たちの脱出を優先させる命令を下します。

 

人々をソプターに収容する過程で砂漠に降り、スパイス混じりの砂に身をさらしたポールは、白昼夢としてフレメンやチャニが登場する予知夢を見ます。

茫然自失となったポールはガーニィに助けられ、サンドクローラーは巨大なサンドワームに呑まれてしまいます。

 

ここでの事故は、キャリオールの故障が原因でした。

スパイス掘削のための道具はハルコンネンも使っていたものですが、ハルコンネンは撤退に当たって、「ガラクタ同然」の道具を残していっています。

リエト・カインズは、惑星の領主がアトレイデスだろうとハルコンネンだろうと「私には関係ない」と言います。「ただ、リーダーが変わるだけだ」と。

しかし、スパイスよりも人命を優先した態度から、リエトは公爵に好意を抱き始めます。

スパイスの精神への作用

戻ったポールは、ユエ医師の診察を受けます。

ポールは砂漠で見た予知夢について話します。

夕日に立つチャニ。チャニとのキス。

自分自身がナイフに刺されるビジョン。

そして、ポールはジェシカが妹を妊娠していることに気づきます。

 

全宇宙の中でもアラキスのみで産出されるスパイスは、メランジと呼ばれます。

このスパイスは主に老人病に効くとされ、フレメンは健康維持のためにそれを利用しています。

帝国においてスパイスが重要なのは、それが恒星間移動の要になっているからです。ギルドのミュータント化したナビゲーターは、スパイスを服用することによって、宇宙船を動かずに移動させることができます。

 

しかし、スパイスの真価は更に別のところにあります。

それは精神に作用し、人間の潜在能力を引き出して、「超人間」クウィサッツ・ハデラックの目覚めを促すとされています。

 

その3に続きます。