これは2021年のドゥニ・ヴィルヌーヴ版「DUNE/デューン 砂の惑星」について、原作との比較など掘り下げた解説記事です。

ネタバレしています。また、映画は原作の半ばまでなのですが、原作に触れている関係上、パート2で明かされるだろう内容にも触れている部分があります。ご注意ください。

ヴィルヌーヴ版「DUNE/デューン 砂の惑星」のレビュー記事はこちら。

1984年のデヴィッド・リンチ版「デューン/砂の惑星」記事はこちらです。

アバンタイトル

冒頭、ワーナーとレジェンダリーのロゴが出る前にエピグラフが出て、劇中の音が鳴るので、前置きなくいきなり始まる印象があります。

これいいですね。最近は特に制作会社のロゴが大量で長々やったりすることが多いので、ロゴを作中に取り込むのは好印象です。

 

エピグラフは「夢は深淵からのメッセージだ」

ポールが見る予知夢を取り上げたものになっています。

 

アラキスの砂漠の風景にチャニの声がかぶさり、スパイスが舞う砂漠の情景の描写、夜にスパイスが採掘されること、フレメンがハルコンネンを「我々の土地を荒らしにくる敵」と見做していることが語られます。

 

フレメンのハルコンネンへの攻撃、ハルコンネンが皇帝の命令によって撤退していく様子を見せるのは、ヴィルヌーヴ版の独自の描写です。

 

リンチ版では、皇帝の娘であるイルーラン姫の語りで始まり、物語の焦点となるスパイスの設定を詳細に語っています。

原作がいちばん説明は少なくて、ポールがベネ・ゲセリットの苦痛に耐えるテストを受けるシーンからいきなり始まります。

カラダン

カラダンはデルタ・パヴォニス(孔雀座デルタ星)第3惑星で、雨の多い、海の惑星。荒れた海を中心にしたカラダンの描写は、最新版とリンチ版でよく似ています。

 

カラダンの山岳地帯に建つアトレイデスの城は、蜂の巣をイメージしてデザインされていて、六角形の連なりで構成されています。室内のインテリアも六角形のパターンが多用されています。

カラダンの風景は、ハンガリーやノルウェーなどで撮影されています。

ポール・アトレイデスとジェシカ

ポールとジェシカが朝食をとるシーンはヴィルヌーヴ版のオリジナルで、原作にも見当たらないですね。

 

朝食の席で、ジェシカはポールに「ヴォイス」の練習をさせています。

ヴォイス(声)はベネ・ゲセリットの技で、声の出し方で相手の行動を意思に反して操ることができます。

ヴォイスは中盤で捕まったポールとジェシカが脱出する決め手になるので、映画的には伏線は必要ですね。

「スター・ウォーズ」でジェダイが声で行動を操ることができるのは、「デューン」からの引用と言われています。

 

レト・アトレイデス公爵と妾妃レディ・ジェシカの息子ポール・アトレイデスは、カラダンで生まれ、大公家の跡継ぎとして、ダンカン・アイダホとガーニィ・ハレックの二人の武術師範の厳しい訓練と、メンタートの訓練、そして母からはベネ・ゲセリットの訓練を受けてきました。

 

ポールは10175年生まれの設定。

物語が始まる10191年、ポールは15歳です。

リンチ版でポールを演じたカイル・マクラクラン、ヴィルヌーヴ版のティモシー・シャラメどちらも、映画完成時点で25歳ですね。

アレハンドロ・ホドロフスキーは実現しなかった映画で、当時12歳の自分の息子ブロンティス・ホドロフスキーにポールを演じさせようと考えていました。

 

レディ・ジェシカはレトの公式な側室で、ベネ・ゲセリットの教母(Reverend Mother)でもあります。

ベネ・ゲセリットは、娘を産ませてハルコンネンに嫁がせることを意図して、ジェシカをアトレイデスに送り込みました。

しかしジェシカはレトとの愛から、レトが望んでいた息子を産みます。それがポールです。

ベネ・ゲセリットは訓練された身体能力で、子宮をコントロールして胎児の性別を選ぶことができるとされています。

 

ベネ・ゲセリットの伝統で、ジェシカの出自は秘密にされています。

ジェシカ自身も知らない事実として、彼女はハルコンネン男爵の非嫡出子である、という秘密があります。それは映画では(まだ?)描かれていないですね。

 

ジェシカはヴィルヌーヴ版ではレベッカ・ファーガソンが演じています。

リンチ版では、イギリス人女優のフランチェスカ・アニスが演じていました。

デューン世界のテクノロジー

本と投影動画を使って、アラキスについて予習するポール。

このような形で設定を説明するシーンは、リンチ版にもありました。

ここではワームについて、ワームがシャイ=フルードと呼ばれること、フレメンの目がスパイスの影響で青くなるイバードの目、スパイスが「健康維持」に使われ、スパイスなしに恒星間の移動は不可能であることが説明されています。

 

ポールが勉強に使うのはネットではなく、アナログなフィルムブックです。

これは原作が60年代に書かれたから…ではなく、「デューン」世界は前史として人工知能と人類の間で全面戦争(ブトレリアン・ジハド)が行われたという設定があり、コンピュータのような高度な思考する機械を作ることが禁止されたからです。

コンピュータは存在せず、代わりに訓練によって人間コンピュータというべき計算能力を身につけたメンタートが存在しています。

 

ポールの部屋には、浮遊して移動するランプがあります。

これはグロー・グローブ(照明球)と呼ばれ、「デューン」世界で重力制御が普通になっている例の一つです。

「デューン」世界ではホルツマン・フィールドと呼ばれる位相を発生させることで重力を打ち消すことができます。

皇帝の使者

皇帝の伝令官がやって来て、アトレイデスにアラキス統治を任命するシーンもヴィルヌーヴ版のオリジナルです。

巨大な卵型の宇宙船と、緑の絨毯を敷いた豪華なタラップが印象的です。

「デューン」の世界では重力制御が実現しているので、宇宙船は流線型をしておらず、静かにゆっくりと浮上・着陸します。

 

ここでは、この世界の支配者である皇帝の権威が強調されています。

皇帝は原作でも終盤まで姿を見せませんが、リンチ版では早々に登場して、世界観を手早く説明しています。

 

任命の立会人として、ギルドとベネ・ゲセリットの代表も列席しています。

諸公家を束ねる皇帝、経済を掌握するギルド、宗教的権威であるベネ・ゲセリットの3者は、「デューン」世界を支配する権力構造です。この構造を紹介することも、任命シーンが追加された目的の一つでしょう。

 

ここではまた、レト公爵の権威を示す指輪型の印章が紹介されています。

この印章はアトレイデス家のシンボルとして、レトからポールに受け継がれます。

ダンカン・アイダホ

ポールが慕うダンカン・アイダホが紹介されます。彼はアトレイデス家の剣術師範の一人で、ポールの師でもあります。

彼はフレメンと接触・交渉する任務を帯びて、先遣隊として明日アラキスへ派遣されることになっています。

ポールはダンカンが戦闘で死ぬ夢を見たので心配していますが、ダンカンは「夢は物語を作るが、人は起きている時に何かを成し遂げる」と言います。

 

当初は、ダンカンが先遣隊として、アラキス軌道上の宇宙船から単身降下し、砂漠に降り立つシーンが予定されていたようです。

このシーンは実際に撮影もされたようですが、世界観を損ねるという判断からカットされています。

 

ヴィルヌーヴ版では、ジェイソン・“アクアマン”・モモアが演じています。

原作に忠実になることで、大幅に出番の増えたキャラクターです。

リンチ版では「摩天楼はバラ色に」などのリチャード・ジョーダンが演じていました。

レト・アトレイデス

レト公爵が先祖の墓を訪れ、ポールと会話するシーンもヴィルヌーヴ版のオリジナルです。

惑星ごと移封するということは、先祖の墓地は置いていくことになる…という発想から生まれたシーンです。

皇帝の命令は、アトレイデス家が先祖とのつながりを断ち切られることも意味するわけです。

 

ポールの祖父、レトの父に当たる先代のアトレイデス公爵は闘牛を好み、それが元の怪我で死亡しました。

闘牛のモチーフはアトレイデス家のあちこちに見られます。

食堂に飾られた牛の首の剥製はカラダンからアラキスに運ばれます。また、牛の置き物も繰り返し映されています。

闘牛は、アトレイデス家の男がスリルと冒険を好むことの象徴でしょうか。レトも「パイロットになりたかった」と話しています。

 

レトは皇帝の命令でアラキスへいくわけですが、そこに陰謀があることにも気づいています。

皇帝は人気のあるアトレイデスを脅威に感じ、ハルコンネンと戦わせることで力を削ぐことを狙いにしています。

レトはそれに対抗するため、フレメンと手を組み、デザート・パワー…砂漠の力を手に入れることを意図しています。

 

レッド・デュークとも呼ばれるレト・アトレイデス公爵。アトレイデス家は皇帝のコリノ家の親戚にあたる「大公家(ハウス・メジャー)」で、26代に渡って惑星カラダンを統治してきました。

ヴィルヌーヴ版では、「スター・ウォーズ」のポー・ダメロンでお馴染みオスカー・アイザックがレトを演じています。髭面は「エクス・マキナ」(2015)を連想させます。

リンチ版では、ドイツ出身のユルゲン・ポロノロフでした。ウォルフガング・ベーターゼン監督の「U・ボート」(1981)で艦長を演じています。

ガーニィ・ハレックと「シールド」

ドアに背を向けたポールが、足音でガーニィであることを聞き分けるシーンは、リンチ版にも出てきます。

リンチ版では、ここでガーニィの他、スフィル・ハワト、ドクター・ユエまで一斉に紹介しています。

 

「ムードじゃない」と嫌がるポールを無理やりに、ガーニィは戦闘訓練を課します。

この世界では、戦闘員は常に携帯型のシールド発生装置を身につけています。スイッチひとつで起動して全身を力場で覆い、速度の遅い攻撃しか通さなくなります。

重力制御に使われるホルツマン・フィールドの反撥効果が、シールドにも生かされています。

ナイフや剣を使った戦闘術は、素早く動いて攻撃を避けながら、ゆっくりとナイフを動かしてシールドの中に差し込むというテクニックになります。

レイザー兵器であるラス・ガンの攻撃がシールドに当たると、危険な素粒子融合爆発を引き起こします。

 

ガーニィ・ハレックは武術師範であると同時に、バリセットという弦楽器を演奏する音楽家でもあります。

バリセットはチュシクという音楽惑星をルーツに持つ9弦の楽器。

原作ではガーニィがバリセットを弾いて歌うシーンが何度かあり、リンチ版にもあるんですが、ヴィルヌーヴ版では(少なくともパート1では)登場しませんでした。

 

ヴィルヌーヴ版ではジョシュ・“サノス”・ブローリンがガーニィを演じています。ブローリンはヴィルヌーヴ作品では「ボーダーライン」に出演しています。

リンチ版では、「スタートレック」のピカード船長や「X-メン」のプロフェッサーXでお馴染みパトリック・スチュワートがガーニィを演じています。

ジエディ・プライム

蛇遣い座B星の第3惑星、ジエディ・プライムはハルコンネン家の本拠地。

ハルコンネン男爵のあくなき富への追求のため、ジエディ・プライムは全表面が工業化され、汚染されています。

スモッグにより太陽が遮られ、陽にあたれないため、ジエディ・プライムの住人は白い肌を持ち、頭髪も眉も失っています。

 

ハルコンネン男爵の城は巨大なドーム状で、その中に入っていくのは巨大な生物に呑まれるイメージで描かれています。

内装は巨大生物の内部をイメージさせるよう、クジラの肋骨のようなデザインになっています。

ウラディミール・ハルコンネン男爵

極度の肥満で、重力中和装置で常に浮かんでいるウラディミール・ハルコンネン男爵

その巨体を再現するために、ステラン・スカルスガルドはファットスーツをまとい、最大7時間かけて特殊メイクを施しました。

 

スキンヘッドで闇の中に佇むハルコンネンの姿は、「地獄の黙示録」でマーロン・ブランドが演じたカーツ大佐を連想させます。

リンチ版では、ケネス・マクミランが演じていました。そこでは特殊メイクは肥満ではなく、リンチがこだわる醜悪な皮膚病に使われていましたね。

 

グロス・ラッバーンは男爵の甥で、伯爵の爵位を持っています。男爵のもっとも年下の妾腹の弟アブラードの息子にあたります。

演じるデイヴ・バウティスタは、ヴィルヌーヴ作品には「ブレードランナー2049」に続いての出演です。

リンチ版ではポール・L・スミス

 

ハルコンネン男爵はラッバーンを取り立てていますが、後継者にはもう一人の甥であるファイド・ラウサの方がふさわしいと考え、ラッバーンにアラキスで圧政をさせた上で、救世主としてファイド・ラウサを送り込んでラッバーンを討たせるということを計画しています。

ただし、ヴィルヌーヴの映画にはまだ今のところファイド・ラウサは出てきていません。

ガイウス・ヘレン・モヒアム

皇帝特使の宇宙船を小型化したような卵型の宇宙船でやって来たベネ・ゲセリットの教母ガイウス・ヘレン・モヒアムが、ポールにテストを行います。

このシーンは原作では冒頭に置かれていますが、リンチ版でもヴィルヌーヴ版でも、ある程度の設定紹介を経た後に移されています。

 

ガイウス・ヘレン・モヒアムはジェシカを育てた教母で、皇帝の読真師(トゥルース・セイヤー)でもあります。

彼女は自分が訓練したジェシカにレト・アトレイデスとの間に娘を産ませ、その娘をファイド・ラウサ・ハルコンネンと交配させる計画を立てていました。それが、クウィサッツ・ハデラックを生む可能性の高い交配だと思われていたからです。

しかしジェシカは裏切り、レトとの間に男の子を産むことになります。

 

モヒアムを演じているシャーロット・ランプリングは、実現しなかったアレハンドロ・ホドロフスキーの「デューン」で、レディ・ジェシカ役にキャスティングされています。

ベネ・ゲセリットのテスト

ベネ・ゲセリットは女性だけの宗教結社で、ブレトリアン・ジハドの後、女子学生のための肉体と精神を訓練するための学校として作られました。

修行によって、ベネ・ゲセリットの修道女たちは心を読む、声で人を操るなどの超能力を身につけています。

ベネ・ゲセリットは公家の婚姻に干渉することで遺伝子を操作します。隠されたその目的は、精神力によって空間と時間に橋をかけることができる男性のベネ・ゲセリット、クウィサッツ・ハデラック(Kwisatz Haderach、翻訳によってはクイサッツ・ハデラッハ)を作り出すことです。この言葉は「同時に多くの場所に存在し得る者」という意味です。

 

ポールに課せられるテストは、手が焼ける苦痛を擬似体験させる石の箱に手を入れ、そこから手を抜かずに耐えることです。テストに失敗すると、ベネ・ゲセリットの毒針ゴム・ジャッバールが静かに命を奪います。

 

モヒアムによるテストの目的は、ポールにクウィサッツ・ハデラックになる資質があるかどうかを見極めることです。

モヒアムはジェシカに「アラキスでの下準備はした」と語りますが、これはベネ・ゲセリットが何世代にも渡って、アラキスのフレメンの間に救世主伝説を植え付けたことを指します。

これによって、ポールが砂漠に受け入れられる可能性が高まることに繋がります。

ドクター・ウェリントン・ユエ

テストの前にはユエ医師が居合わせて、ポールのバイタルを測っています。

ユエ医師はレト公爵の主治医です。

彼はスーク医学院で開発された「帝国式条件反射(インペリアル・コンディショニング)」の処置を施されていて、人命を奪うことを妨げる条件付けが行われています。額にある黒いダイヤモンド型の刺青は、その印です。

これによってユエは疑われることがなく、ハルコンネン男爵のために動いている正体を見破られることもありませんでした。

 

ユエの妻はベネ・ゲセリットであるワンナで、彼女はハルコンネンに拉致され、その命と引き換えにユエは裏切りを命じられることになります。

ハルコンネンのメンタートであるパイター・ド・ブリースは、帝国式条件反射を解除する方法を見つけ、ユエをそこから解放してしまいます。

 

ユエは後にレトをシールドを解除してアトレイデス家滅亡の引き金を引くことになりますが、そのきっかけになった妻ワンナは既に殺されていました。

ユエ医師は台湾出身のチャン・チェンが演じています。彼は「牯嶺街少年殺人事件」(1991)で主人公の少年を演じ、ウォン・カーウァイ監督作などに多く出演しています。

リンチ版では、リンチ作品の多くにも登場するディーン・ストックウェルが演じています。

カラダンからアラキスへ

海からアトレイデスの巨大宇宙船が浮上し、いよいよアトレイデス家のアラキスへの移封が行われます。

宇宙船はカラダンの大気圏外で、ギルドの更に巨大な輸送母船(ハイライナー)に収納され、スパイスの力で空間を制御する能力を得たギルドのナビゲーターによって遠い距離を飛び越え、アラキスに到達することになります。

 

宇宙帝国を実現させているのはこの恒星間移動の技術ですが、それはギルドが一手に握る秘密になっています。

これにより、ギルドは皇帝に対しても強い影響力を持っています。

そして、恒星間移動の秘密は上記の通りアラキスのスパイス、メランジによります。

そこから、スパイスを支配するものは宇宙を支配する…ということになるわけです。

 

その2に続きます。