これは2021年のドゥニ・ヴィルヌーヴ版「DUNE/デューン 砂の惑星」について、原作との比較など掘り下げた解説記事です。

ネタバレしています。また、映画は原作の半ばまでなのですが、原作に触れている関係上、パート2で明かされるだろう内容にも触れている部分があります。ご注意ください。

ヴィルヌーヴ版「DUNE/デューン 砂の惑星」のレビュー記事はこちら。

1984年のデヴィッド・リンチ版「デューン/砂の惑星」記事はこちらです。

 

この記事は、「ネタバレ解説その1」「ネタバレ解説その2」の続きです。

サルサ・セカンダスとサーダーカー

サルサ・セカンダスはガンマ・ワイピング第3惑星。

公家コリノの故郷の惑星でしたが、王家がカイダインに移ると共に帝国の牢獄惑星とされました。

 

この星は、かつては地球に似た穏やかな環境の惑星でしたが、原子力災害が環境を一変させました。

現在では、多くの野生の獣と極端な気温、困難な地形に覆われた、宇宙でもっとも過酷な場所として知られています。

 

この星は、皇帝直属の狂信的戦士、サーダーカー(Sardaukar、翻訳によってはサルダウカー)の生産拠点として知られています。

サーダーカーはサルサ・セカンダスの過酷な環境の中で訓練され、11歳になるまでに13人中6人が死ぬという厳しさの中で鍛えられています。彼らは非常さと、個人的安全への徹底した無関心を教え込まれています。

つまり「デューン」世界の戦力は惑星の環境の過酷さに比例するのであり、ここにも環境が大きな影響を持つ世界観が見えます。

サーダーカーの指揮官はバシャール(Bashar)と呼ばれます。これはアラビア語で「嬉しい知らせをもたらす者」の意味です。

 

皇帝とハルコンネンの密約により、アトレイデスへの攻撃にサーダーカーが加わることが決定されました。

サーダーカーの戦闘力に対抗できるのは、サルサ・セカンダスと同じくらい過酷な環境で鍛えられたアラキスのフレメンだけであるとされています。

ユエの裏切り

ハルコンネンの攻撃が行われることになる夜、レト公爵はジェシカに対して、「君のことを疑ったことはない」と告げます。

ジェシカがベネ・ゲセリットとして影の行動をしており、ポールがモヒアム教母と会った後で変わったと気づいていながら、レトはジェシカに全幅の信頼を置いています。

原作では、ハルコンネンの陰謀によってガーニィやスフィル・ハワトがジェシカをスパイとみなすことになるので、レトの信頼はより際立ちます。

ジェシカが疑われる展開は、映画では一切省略されていますね。リンチ版でも、ヴィルヌーヴ版でも。

 

ハルコンネンによって妻を人質に取られ、スパイに仕立てられているドクター・ウェリントン・ユエは、支持通りにハルコンネンの侵略のお膳立てを行います。

その行動は、以下の3つ。

ポールとジェシカに睡眠薬を飲ませ、身柄を拘束すること。

レトの体の自由を奪い、ハルコンネン男爵の前に連れて行くこと。

そして、シールドを解除することです。

 

原作では、ここでユエは密輸業者のエスマール・チュエクも殺しています。密輸業者はフレメンと取引をしているので、チュエクはシャダウト・メイプスと密談をしていたものと思われます。

エスマールの息子スタバン・チュエクは後に、脱出したガーニィ・ハレックを仲間に加えて、砂漠で暗躍することになります。この密輸業者親子の少なくとも父親については、映画では省略されたようです。

 

ユエはシャダウト・メイプスをナイフで殺し、そこに近づいたレトを「低速麻酔針発射銃」で撃って眠らせます。これはシールドを貫くための専用の武器ですね。

原作では、レトはシールドを作動させるのが間に合わず、ユエに毒矢を射られて倒されています。ヴィルヌーヴ版ではレトはいち早くシールドを作動させていて、当然の用心深さと、それを予測して上を行く行動をとるユエが描かれています。

妻を助ける引き換えにレトを引き渡すことを認めたユエとハルコンネンの取り引きは、原作ではシャイタンの取り引きと呼ばれています。シャイタンとはイスラムの悪魔、アラビア語によるサタンのことです。

 

ユエはレトの歯を毒ガスを仕込んだ義歯と取り替え、ハルコンネンに毒ガスを吐きかけるよう命じます。

そうすれば、レトはもちろん死にますが、ハルコンネンを道連れにすることができます。

その見返りとして、ユエはジェシカとポールの命を助けることを約束します。

サーダーカーの攻撃

シールドが失われ、ハルコンネンの侵略部隊と、それに混じって皇帝直属軍サーダーカーが降下してきます。

爆弾の先制攻撃によって宇宙港の宇宙船が破壊され、アトレイデスは退路を断たれることになります。

ここで描かれている低速爆弾(スローボム)は、ヴィルヌーヴが映画のために新たに投入したアイデアです。シールドを貫く低速銃と同様に、スローボムは標的に近づくと減速し、ゆっくりと降下して宇宙船のシールドを通り抜けて破壊します。

 

ガーニィが先頭に立って迎え撃ち、戦闘になります。アトレイデスの兵士たちは、マオリ式のハカの儀式で自らを奮い立たせます。

互いにシールドを装備した戦闘は、基本的に中世のような剣による斬り合いになっています。これは日本の時代劇も連想させます。

アトレイデスとサーダーカーの戦いでは、階段という舞台が効果的に使われています。これは、古典的映画「戦艦ポチョムキン」の有名なオデッサの階段シーンからインスパイアされているそうです。

 

ヴィルヌーヴの映画では、この後ガーニィがどうなったのかは描写されていません。

また、スフィル・ハワトも侵略以降は姿を見せていません。

原作では、ガーニィは脱出して密輸業者のグループに身を隠し、スフィル・ハワトはハルコンネンに捕らえられパイター・ド・ブリースに代わるメンタートとして使われることになります。

ガーニィとスフィルの辿った運命については、後編で描かれることになりそうです。

ジェシカとポールの脱出

ハルコンネン男爵は、ジェシカとポールを砂漠に捨てることを命じます。

ガイウス・ヘレン・モヒアムとの密約で、ジェシカとポールは殺さずベネ・ゲセリットに委ねることが命じられていました。これを欺いてもトゥルース・セイヤーであるモヒアムに見抜かれてしまうので、あえて自分では殺さず、砂漠で死ぬのに任せるという奸計です。

 

ハルコンネンはジェシカのヴォイスを警戒し、口枷を噛ませた上で、兵士の一人には聾唖者を用意していました。

それでも、ポールがヴォイスを使えることは計算外だったようです。

ポールのヴォイスは未熟なものでしたが、ジェシカに突破口を開かせるには十分なものでした。枷を外したジェシカは、ベネ・ゲセリットの体術で、あっという間に兵士たちを全滅させてしまいます。

 

ジェシカとポールを乗せたソプターは、砂漠で動きを止めてしまいます。これも、ハルコンネンによって仕組まれたものでした。

ということは、ハルコンネンは自分の兵士たちも見殺しにするつもりだった…ということですね。

ユエが用意したスティルテントで、ジェシカとポールはどうにか砂漠で生き延びることができます。

スティルテントはスティルスーツのテント版で、中にいる人間の呼気に含まれる水を回収して再生できる仕組みになっています。

レト・アトレイデスの死

アトレイデスの象徴である牛の首が飾られた食堂で、ハルコンネン男爵はご馳走を貪り食っています。

ひどい肥満体である男爵だから、食うシーンは必要…という判断でしょうか。ここでは、不気味なトカゲの丸焼きなどが、テーブルの上に並べられています。

 

ハルコンネンは無情にもユエを殺し、次に裸にしたレトに近づきます。

朦朧とした意識の中で、レトは歯を噛み砕き毒ガスを吐き出します。

パイター・ド・ブリースを含むハルコンネンの多くが倒れますが、男爵は天井近くに浮上して、辛くも難を逃れることになります。

 

この一連のシーンは、ヴィルヌーヴ版とリンチ版は共に原作に沿ったものになっていますが、微妙に異なっていますね。

リンチ版では、レトは霞む目でハルコンネンとパイター・ド・ブリースを見間違え、パイターに毒ガスを浴びせてしまうことで、ハルコンネンは生き延びます。生き延びたことを知ったハルコンネンが高笑いしながら空中を飛び回る狂気のシーンが強烈です。

ヴィルヌーヴ版の方がより原作に忠実で、毒ガスは部屋の中にいたほとんどの者を殺しますが、男爵は浮遊装置のおかげで助かり、後遺症を残すことになります。

 

ダンカン・アイダホはハルコンネンのオーニソプターを奪取して戦場を脱出します。

リエト・カインズを見つけたダンカンは、彼女を連れ出します。

ダンカンは皇帝の企てであることをリエトに認めさせようとしますが、リエトは「何も言うなと命令された」と答えます。

ポールの幻視

スティルテントの中で、砂漠の砂に混じるスパイスを摂取したポールは、また意識の変容を感じます。

ポールは未来の風景を幻視します…砂丘を歩く白い服のチャニ、砂漠で戦うフレメンとサーダーカー、クリスナイフ、血に染まった手などです。

ポールは、聖戦(ジハード)が宇宙に広がる未来を見ます。それは、ポールの名前のもとに展開される戦争です。

カラダンらしき風景を見下ろすポールとチャニの姿が一瞬見られます。

戦士団の上にはアトレイデスの旗がはためき、戦士たちはレトの骨を掲げます。

原作によれば、レトの遺体はアラキスの「頭蓋骨の墓(Skull Tomb)」に埋葬されています。

 

ポールがジェシカに対して「ベネ・ゲセリットによって怪物にされた」と責めるシーンは、原作に準拠しています。

毒物であるスパイスの効果で、ポールは自身が怪物、フリークに変えられたと思っています。

自分自身が変わってしまうことへの悲しみと怒りはここだけで、ポールはこの後、自分の運命を粛々と受け入れていくことになります。

ポールは父の死を察知し、形見である印章の指輪を身につけます。これは、彼が公爵を継承したことを意味します。

ムアドディブ

ムアドディブ(Muad'Dib)はアラキスの砂漠に生息する小さなカンガルーネズミで、その祖先は地球からアラキスに持ち込まれたと言われています。

アラキスの第2の月には、ムアドディブの形が刻印されています。この名は、後にポールのフレメンの間での呼び名になります。

 

ムアドディブは、砂漠で生き延びる能力の高さから、フレメンに敬われている動物です。

劇中でも、耳についた朝露を集めて飲み水として利用する様子、まるで蜘蛛のように糸の繭を作って、その中で暑さをしのぐ様子が描かれています。

その生態描写から、スティルスーツやスティルテントの機構も、ムアドディブを参考にしているらしいことが伺えます。

帝国の生態学試験場

ダンカンとリエトがソプターで迎えに来て、ポールとジェシカは帝国の生態学試験場へと向かいます。

これは、原作の補遺で語られるリエトの父パードット・カインズが設立した、アラキスの生態系を改造するための研究施設と思われます。

 

「アラキスは楽園になれた。でも、スパイスが見つかった途端、人々は砂漠を望んだ」とリエトは語ります。

試験場には、緑の植物が栽培されています。環境を改変する目的で、秘密裏に植物が栽培されている様子は、「風の谷のナウシカ」でナウシカが腐海の植物を育てていた秘密の部屋を連想させます。

「風の谷のナウシカ」は惑星全体の生態系の改変が大きなテーマになっている点で、「砂の惑星」の影響を受けているとよく言われます。

ここでは、逆に映画「風の谷のナウシカ」からの影響が感じられますね。

 

ここで、これからどうするかが話し合われます。

ジェシカはアラキスを脱出し、皇帝の行為を告発して、他の大公家と共闘することを主張しますが、それは宇宙全体を巻き込む大規模なジハドを意味するとポールは言います。

その場合には、未来はポールが幻視したように、戦闘に明け暮れる生臭いものになるのでしょう。

ポールは、皇帝には息子がなく娘だけであることから、自分が結婚して皇帝の座につくことを言い出します。

それは、しがない逃亡者に過ぎない現時点では夢物語ですが、実際にポールはその目標に向けて動いていくことになります。

 

研究所の各建物をつなぐ中心部分はネクサスと呼ばれています。

リエトの配下のフレメンの男たちがスパイスコーヒーを淹れるシーンは、原作に基づいたものです。

サーダーカーが降りてきて、この場所も追い詰められることになります。

ダンカンとリエトの最期

サーダーカーに気づいたダンカンは扉をロックし、ポールたちの逃げる時間を稼いで、自らは戦いに果てることになります。

リエト・カインズはずっと、ポールたちに味方するか、皇帝の元で偽りの中立に立ち続けるべきかを迷っていましたが、ダンカンが扉を閉めた時に自分の行く道を決めます。

 

ポールとジェシカをソプターに乗せて脱出させ、リエトは一人砂漠に向かいます。

彼女はサンパーをセットします。サンパーはサンド・ワームを呼ぶためにフレメンが使うスプリング付きの杭で、一定の振動を起こすことで近くにいるサンド・ワームをおびき寄せます。

これを使ってフレメンはワームに近づき、これに乗って砂漠を移動することができます。ワームを操縦する技術を持つフレメンをサンドライダーと呼びます。

リエト・カインズはサンドライダーであったことになります。

 

サンパーを作動させたところでサーダーカーの襲撃を受け、リエトはスティルスーツを刺し貫かれて水を失います。

リエトはサーダーカーと共に、サンドワームに呑み込まれ果てることになります。

 

原作では、リエトはハルコンネンによってスティルスーツを破壊され、砂漠に捨てられています。

砂漠をさまようリエトは、地中深くで起こる爆発的なスパイス生成に巻き込まれ、死亡します。

 

リンチ版では、リエトはラッバーンによってスティルスーツを破られ、砂漠に捨てられることになります。

リンチ版では、ダンカンとリエトがポールとジェシカの脱出に手を貸すシーンは省略されているのですが、ダンカンはサーダーカーに決死の特攻を行って死に、リエトは砂漠に捨てられる。二人の死に様は原作にできるだけ沿った形で描かれていますね。

リンチ版のダンカンは、公邸でサーダーカーの攻撃に突進していきます。リエトの死に様も、ヴィルヌーヴ版よりむしろ原作に近いものになっています。

ヴィルヌーヴ版では、リエトのスティルスーツから水が吹き出るシーンがあるのですが、これはリンチ版へのオマージュじゃないかという気がします。

 

その4に続きます。