「TENET テネット」のネタバレ解説記事です。自己解釈なので、公式な解釈とは異なっている場合があります。

最後まで完全にネタバレになります。ご了承ください。

この記事は「TENET テネット ネタバレ解説1」ならびに「TENET テネット ネタバレ解説2」の続きです。

 

プリヤとは何者か

警備の厳しいサンジェイ・シンの邸宅ビルに、名もなき男とニールは「バンジー飛び」で侵入します。

この侵入方法も斬新でスピーディ、面白いシーンです。ものすごい見つかりやすそうですが。絵的に面白いので、そんなの気にならないですね。

「バンジー飛び」もCGなどではなく、実際にワイヤーをつけた人を屋上から巻き上げ機で引っ張り上げています。最初の部分では実際に主演の二人が飛び、6mの時点で止めて、あとはスタントマンが飛んでいるようです。

侵入シーンもだし、脱出シーンも見どころです! 素早く脱出を図る名もなき男の後ろで、びゅーんと飛び降りていくニール。

ここも、主演の二人は実際に飛び降りて、いくらか下に貼られた安全ネットに落下しています。残りのジャンプはスタントマンがこなしています。

 

名もなき男はサンジェイ・シンに銃を突きつけて逆行する銃弾について問いただしますが、「テネット」の合言葉を口にし、指を組み合わせる合図を見せたのは妻のプリヤ(ディンプル・カパディア)でした。

夫は武器商人としての顔でしたが、実際に組織を取り仕切っていたのはプリヤでした。

 

プリヤはアンドレイ・セイターの名前を名もなき男に伝えます。

名もなき男はその名を、ロシアの大物武器商人として認識していました。天然ガスで財を築き、モスクワとは不仲、ロンドン在住。

天然ガスではなくプルトニウムだ、とプリヤは訂正します。

逆行する銃弾を売ったのは確かだが、売った時は正常だったとプリヤは言います。銃弾を買ったセイターが逆行させたのだ、と。

セイターは未来人との仲介役なのだ、とプリヤは言います。

セイターを探るよう、プリヤは名もなき男に示唆します。「セイターに近づくには主役が必要」だから、と。

 

これを受けて、名もなき男はセイターに近づいていくのですが、しかし実際にはプリヤは既にセイターの役割も運命も知っているはずです。何しろ、キエフのテロと同じ日に、プリヤの配下の部隊がスタルスク12で大規模な作戦を繰り広げ、アルゴリズムを取り戻しているのですから。そのことを、この時点のプリヤが知らないはずはありませんね。

それを知った上で、プリヤがどのように振る舞えばよいかと言えば、当初の予定通り、名もなき男をセイターに近づかせ、9個目のアルゴリズムを渡すように仕向ければよいということになります。

一見するとわざわざ敵を有利にするような奇妙な行動ですが、その結果として最終的に、自分たちの側が9つのアルゴリズムを手中にできることが、分かっているからです。

従って、プリヤは名もなき男がセイターに近づき、タリンでアルゴリズムを奪われるように仕向けていくことになります。ややこしいですね…。

 

プリヤとは、そもそも何者なのか。これも、劇中で語られる情報は極めて少ないですが。

まず、武器商人であること。表向きには夫であるサンジェイ・シンを立てていますが、実質的には彼女が取り仕切っているようです。

合言葉と合図から、テネットのメンバーであること。

テネットのリーダーの一人、あるいは黒幕であること。プリヤ自身は、自分が黒幕だと思っているようです。

プリヤの正体がわかりにくいのは、テネットの組織それ自体があえてわかりにくく、全容が見えないようにされているからでもあるようです。組織の中でリーダー格である人すら指揮系統が見えず、真の黒幕を知らない。

それは、テネットの創設が未来に位置する、まだ起こっていない出来事であるから…と言えるでしょう。未来からの逆行によって、テネットの指示は現代や過去にも届いていますが、しかしそのテネットを誰が作り出し、取り仕切るのか…主役になるのか…は、まだ未来にあって、確定してはいないのです。

 

プリヤとは、武器商人としての立場から未来人からの情報を知り、未来人に抵抗することを選んだ人物と言えるでしょう。名もなき男がまだ何も知らない現在の時点で、プリヤはテネットの黒幕にもっとも近い人物と言えます。しかし、その立場は名もなき男によって書き換えられていくのです。

マイケル・クロズビー卿

英国の大物であるセイターの情報を得るために、名もなき男は英国情報部の協力を求めます。プリヤが紹介したのは、マイケル・クロズビー卿(マイケル・ケイン)

名もなき男がクロズビー卿と出会うシーンは、映画全体の中では寄り道というか、息抜き感が強いですね。

マイケル・ケインの出番を作るのが主要な目的…というか。

007的英国スパイ映画へのリスペクトの表明、というニュアンスもありそうです。

 

クロズビー卿は、セイターが旧ソ連の秘密都市スタルスク12の出身であることを伝えます。

スタルスク12は、1970年代に20万人の人口があった都市でしたが、事故により核汚染され、捨てられた「地図にない街」です。

2週間前の14日、キエフでテロがあった日ですが、北シベリアで爆発が観測されました。これがスタルスク12であると思われます。

この会話から、名もなき男とクロズビー卿の会合が「キエフのテロから2週間目」のできごとであることがわかります。ちょうど2週間なら、28日ということになります。

 

セイターに近づくために、クロズビー卿はセイターの妻キャサリンを利用することを勧めます。

キャサリンは英国貴族バートン卿の娘。セイターは彼女の地位を利用して、英国の上流階級に入り込みました。

キャサリンは絵画の鑑定士ですが、トマス・アレポという名の贋作製作者と知り合い、彼が描いたゴヤの贋作をオークションにかけることに協力します。

それを贋作と知って競り落としたのはセイターでした。キャサリンとアレポの浮気を疑ったセイターは、詐欺の証拠となる贋作を手に入れ、それをネタにキャサリンを支配していたのでした。

 

ゴヤの贋作を描いたというトマス・アレポは名前だけで映画には登場しないのですが、その名前はキーワードの一つです。

タイトル「テネット」の由来である、"SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS"は、古代ローマ時代には既に知られていたラテン語による回文です。

意味は「農夫のアレポ氏は馬鋤きを曳いて仕事をする」。前から読んでも後ろから読んでも同じ…というだけでなく、5X5のマス目に配置することで縦方向にも回文になります。

 

 

"SATOR"は、アンドレイ・セイター。

"AREPO"は、トマス・アレポ。

"TENET"は、秘密組織の合言葉であり、映画自体のタイトル。

"OPERA"は、冒頭のキエフのオペラハウス。

"ROTAS"は、オスロのフリーポートを管轄する会社「ロータス社」です。

 

クロズビー卿は名もなき男のスーツを「ブルックス・ブラザーズかね?」と尋ね、もっとマシなものを買えと、名もなき男にクレジットカードを渡します。

ブルックス・ブラザーズも庶民じゃ手の出ない名門ですけどね。英国紳士であるクロズビー卿にしてみれば、アメリカの服屋なんてちゃんちゃらおかしい…って感じなんでしょう。

キャサリン/キャット

セイターの妻であるキャサリン・バートン、通称キャット(エリザベス・デビッキ)は、息子マックスを迎えに学校にやって来ています。しかし、会えた時間は束の間で、マックスはすぐにセイターの部下たちによって、彼女から引き離されてしまいます。

 

赤いレンガの壁に"CANNON PLACE NW.3"の標識が目立つ場所は、ロンドンのハムステッドにあります。

マックスの学校に見立てられているのは、"Cannon Hall"という歴史的建造物で、1720年ごろに建てられたものです。

キャノン・ホールは「テネット」以前にも、オットー・フレミンジャー監督のカルト映画「バニー・レークは行方不明」(1965)で使われています。

 

Google Mapのストリートビューより。

 

名もなき男はロンドンのオークション・ハウス「シプリーズ」を訪れ、絵画の鑑定士であるキャットに出会います。

トマス・アレポ制作のゴヤの贋作を見せてキャットの気を引いた名もなき男は、キャットと食事を共にします。

名もなき男はキャットから、セイターがアレポのゴヤを高額で落札したのは、詐欺をネタにキャットを支配するためだと聞きます。息子マックスを人質にとられ、キャットはセイターの暴力的な支配から逃げ出すことができずにいます。

 

セイターがゴヤを競り落とした金額は900万ドル。「1回のバカンスより安い」とキャットは言って、名もなき男は「火星にでも行くのか?」と呆れます。

セイターとキャットが、セイターの所有する豪華なヨットでベトナムにバカンスに行ったのも、2週間前のことでした。

キャットはベトナムの美しい夕日を眺め、セイターをもう一度愛そうと努力しますが、セイターに「自由になりたければ息子を諦めろ」と言われて絶望します。

キャットは衝動的に灰皿を投げ捨て、マックスと共にボートに乗ってヨットを立ち去ります。

しばらくしてキャットが戻った時、彼女はヨットから海に飛び込む女を見ます。キャットはその女の自由さに、強い嫉妬を感じます…。

 

この、ベトナムでキャットが見たものは、後に逆行したキャットによって繰り返されることになります。

名もなき男はアレポの行く末を尋ねますが、キャットは「アレポには誰も会えない。アレポはどこにも行けない」と答えるにとどまります。

はっきりとしないのですが、成り行き的に、アレポはセイターに殺されたと見るのが自然であるように思われます。

おそらく、アレポ氏は暗い庭で何者かに襲われ、喉を掻っ切られ、そこに引っこ抜いたタマを詰め込まれたのではないでしょうか。

 

セイターの部下ボルコフ(ユーリー・コロコリニコフ)たちがやって来て、名もなき男を取り囲みます。どうやら、キャットは彼を信用せず、あらかじめセイターの手下たちに知らせていたようです。

ボルコフ自身はレストランの客席に残ったまま、部下たちは名もなき男をキッチンに連れて行ってリンチしようとしますが、反撃にあってしまいます。

 

後日、キャノン・プレイスでキャットと会った名もなき男は、セイターが所有するゴヤの贋作は、オスロ空港のフリーポートにあるのだと聞き出します。キャットによれば、セイターは年に5回もオスロ空港のフリーポートを訪れているようです。

名もなき男はゴヤを盗み出し、キャットを自由にする手助けをするかわりに、セイターへの面会を取り次ぐようキャットに取り引きを求めます。

オスロ空港のフリーポート

ノルウェーのオスロ空港にはロータス(ROTAS)社が経営する「フリーポート」があって、そこは税金を逃れて美術品を海外に持ち出したり持ち込んだりすることのできる、タックスヘイブンの美術品倉庫になっています。

スイス銀行のように、世界の大金持ちたちがそこに美術品を預けているようです。貴重な財産を守るため、火災の際には水でなくガスが倉庫を満たして消化を行います。その時に人がいると窒息してしまうので、スタッフは非常ベルから10秒の間に外に逃げなければなりません。

 

下見でそれを見極めたニールは、名もなき男と相談し、火事を起こして人々の気をひき、その隙にフリーポートに侵入する計画を立てます。しかしこの人たちは、結構平気で街中でヤバい計画の話しますね。

気をひく花火は飛行機の衝突。それを取り仕切るのはマヒア(ヒメーシュ・パテル)。この人、「イエスタデイ」(2019)でビートルズ・ナンバーを熱唱してた人ですね。

マヒアは、月に一度金塊の輸送があって、それをバラまくので皆の注意はそちらに取られると言います。

金塊は、後にセイターが未来人から受け取るものが出て来ますが。この金塊がそれと関係あるのかどうかは、不明です。

 

ロータス社のマークは五角形。その複雑なラインを立体図形とみなせば、これはエッシャー的な、現実ではあり得ない不可能な立体となります。

フリーポート自体も、いくつかの入れ子構造になった五角形の形状をしています。特に、中央に五角形の閉ざされたエリアがあって、そこが「回転ドア」になっています。

 

 

ですが、少なくとも名もなき男はそこが「回転ドア」であることをまだ知りません。名もなき男の目的はあくまでも、キャットのためにゴヤを盗み出すことです。そして、いちばん厳重な最深部の倉庫に、セイターのゴヤがあると考えています。

一方で、ニールがそこにあるのが回転ドアだと知っているかどうかは、わかりません。

 

この時点での名もなき男の目的を整理すると、

・セイターに近づくために、キャットの信用を得ようとする

・キャットの信用を得るために、セイターがキャットを縛っているゴヤの贋作を盗み出そうとする

という経緯で、オスロのフリーポートへの侵入を図っているのだと思うのですが。

それにしても、かなり回りくどい感はありますね。そのためにジャンボジェット機を空港にぶつける…というのも、ややバランスが悪い感があります。

また、結局フリーポートの中で名もなき男は、ろくにゴヤなんて探していない…というのもあります。(まあ、格闘になったのでそれどころじゃなかったですが)

結果、セイターの使っている「回転ドア」がそこにあることを見つけたので、ゴヤよりも価値があった…ということになるわけですが。やや結果オーライ感が。

一応、「セイターが月に5回通っている」という情報も得ていたので、ここに何かがあるということは睨んでいたのでしょうけど。

 

キャットが絡むことで、名もなき男の行動がややわかりにくくなる…というところが、映画のあちこちにあるように思います。これも本作の「難しさ」の一因になってるんじゃないでしょうか。

キャットをセイターによる支配から解放する…というのは、未来との戦いをめぐるミッションにはまったく関係がないんですが、名もなき男は時々そっちの方に行動の重点があるように見えることがあります。

これ、映画の中では個人的な背景がほとんど描写されず、名前すらない「名もなき男」というキャラクターの、唯一の個性というか、それこそ「テネット(主義、信条)」なんですよね。

困ってる人がいたら、助けるということ。そういう義侠心

恋愛的な思い…というわけでもないように見えます。まさしく、正義の心というか。

名もなき男のこの「テネット」が、本作の「裏テーマ」のようになっている気がします。

 

いよいよ決行の日、名もなき男とニールは大金持ちのビジネスマンを装って、フリーポートを訪れます。なぜか、エスプレッソを持って入る名もなき男。

消火ガスが充満する間息を止めるために、深い呼吸を繰り返す名もなき男。ニールが「ヨガだ」とごまかすのが楽しいですね。

一方でマヒアは飛行機を乗っ取ります。マヒアの相棒の男は、ついでの金塊を1本ちょろまかしていますね。

ここ、本物のボーイング747を使ってる。CGには出せない迫力が、どんなに難しくても求心力を失わない本作の秘密だと思います。

 

飛行機が激突して火災が起こり、消火装置が作動して、スタッフが逃げ出すと、名もなき男は絵の額を一部外してピッキングの道具を作り、奥の部屋へのドアを開けていきます。

3、4、5の数字の書かれたドアを順に開けていく。名もなき男が手こずると、ニールが手助けしてドアを開けます。ニールは鍵のかかった部屋を開けるのが得意…という、これは終盤の展開への伏線となります。

第1の回転ドア〜逆行の男との戦い

名もなき男とニールは、最後の五角形の部屋へ入っていきます。そこは2つに仕切られた部屋で、入口も2つあります。

名もなき男は左の部屋、ニールは右の部屋へ。左右の部屋は大きなガラスの窓で仕切られていて、互いに行き来できません。

部屋の最後には、それぞれ独立した二つの入り口があります。

 

これこそが、時を逆行することができる回転ドア

一方のドアから入って反対側から出ると、時間の中でぐるっとUターンして、時間を逆行することができます。

また、逆行状態で回転ドアを通れば、順行に戻ることができます。

 

部屋がガラスの壁で二つに仕切られているのにも、理由があります。

まず第一に、回転ドアに入る時には、必ず窓の向こうを確認して、自分自身がそこにいるのを確かめなくてはなりません。

回転ドアから出たら時間を逆行するので、ドアに入ろうとしている時に反対側を見れば、ドアを出てきた自分が見えるのが道理です。

自分が見えないのに回転ドアに入ってしまったら、因果関係が崩壊してしまい、そこから永久に出られなくなってしまうとされています。

 

また、仕切られた部屋は、回転ドアに入る自分と出てくる自分がぶつかってしまわないための安全装置でもあります。

時間の上でUターンするということは、場所を移動せずにドアを出たら、自分がいた場所に重なって存在してしまうことになります。そうなると、「対消滅の大爆発」が起こってしまいます。

回転ドアは、実際のビルの入り口の回転ドアのように、180度ぐるっと移動させることで入る人と出る人の位置を変えさせ、仕切りによって2人の自分を接触させないようにする仕組みになっています。

 

名もなき男が入った左の部屋の床には銃が落ちており、窓には弾丸が貫通した穴があります。

回転ドアが作動し、左右のゲートから同時に黒服の男が飛び出して来ます。

左の部屋の黒服の男は名もなき男ともみ合いになり、その中で窓に向けて銃を発射…ではなく「弾丸をキャッチ」していきます。

右の部屋の黒服の男は、ニールを突き飛ばして逃げていきます。

 

この二人の黒服の男は、実は同一人物

左の部屋の黒服の男は「逆行」であり、右の部屋の黒服の男は「順行」です。

ここで起こっていることは、逆行した黒服の男が、名もなき男と格闘し銃を発射しながら左の部屋を移動してきて、回転ドアに飛び込み、回転ドアの中で逆行から順行に移行して、右の部屋に飛び出し、ニールを突き飛ばして逃げていく…という一連の流れです。

黒服の男の主観的には一連の流れなのだけれど、その前半は時を逆行しており、その後半は時を順行しているので、客観的には同時に起こっているように見えるのです。

 

黒服の男は、回転ドアを基点として、過去と未来に分かれて存在していることになります。

見方を変えれば、回転ドアはそこに入った一人の人間を二人に分裂させる道具、という言い方もできます。

ここでは、同じ人物が同時に3人存在していることになりますね!

 

回転ドアによる逆行が混乱を招くポイントは、主観的な世界が逆転してしまうところにあります。

このシーンで、左の部屋に入った名もなき男は、回転ドアから出て来た黒服の男とそこで「出会って」、「その後」格闘しながら移動していくことになるのですが。

しかし、黒服の男の主観からすると、「この前に」名もなき男と格闘しながら移動して来た黒服の男が、回転ドアに飛び込むことで名もなき男からそこで「逃げ切った」シーンになります。

 

↑図解してみました。左から右へ、順行の時間が流れています。名もなき男とニールの視点は黒で、逆行の黒服の男の視点は青で、順行の黒服の男の視点は赤で示してあります。黒の部分は左から右へ。青の部分は右から左へ行って、赤でUターンしてまた右へ戻ります。

 

もみあいながら黒服の男は銃を発射するのですが、もしその銃弾が名もなき男に当たってしまったら、(「自分殺しのパラドックス」はさておくとしても)、そこで因果関係が破綻して、矛盾が生じてしまうことになります。

というのは、黒服の男はその時点で、名もなき男と格闘しながらここまで来ているからです。ここで名もなき男を撃って殺してしまったら、名もなき男はこの後で黒服の男を追いかけることができなくなり、黒服の男の経験している「過去」(それは名もなき男にとっては未来ですが)と矛盾が生じます。

だから、決定論的な考えに立てば、「黒服の男は決して名もなき男に銃弾を当てることはできない」ということになりますし、すべてが偶然に左右されるなら、パラドックスはいとも簡単に生じるということになります。

 

格闘の中で、名もなき男は鍵を開けるのに使っていた額の部品を、黒服の男の腕に刺します。

この攻撃による傷がまた、非常にややこしいことになるんですが。それについては、後半の逆行視点で触れたいと思います。

 

逃げる黒服の男を追いかけたニールはマスクを剥ぎ取り、そいつの正体を知ると、マスクを投げ返して黒服の男が逃げるのに任せます。

後半でわかるように、黒服の男は名もなき男なわけですが、ニールはさすがにそのことは知らず、ここで初めて気づいたようです。

ニールの逆行は未来の名もなき男の指示だったのだけど、逆行先で起こる細かいことについては、知らされていなかったようです。「無知こそが武器」ってやつですね。

 

格闘しながら、部屋や廊下を移動していく名もなき男と逆行の黒服の男は、やがて外へのシャッターに面する部屋にやってきます。逆行の黒服の男視点では、こっちの方がスタートですが。

馬乗りになって、黒服の男に銃を向ける名もなき男。ニールが慌てて「殺すな!」と声をかけ、外で飛行機のエンジンが爆発して、黒服の男は外へ吸い出されていきます。(黒服の男視点では、外から爆風で中に送り込まれる)

 

もしここで名もなき男が黒服の男を撃って殺していたとしても、パラドックスは生じません。黒服の男は名もなき男の過去ではなく、未来だからです。

しかしもちろん、ここで殺してしまったら名もなき男にとって破滅であるのは同じです。彼は自分自身の未来の死を確定させてしまうことになります。

 

ネタバレ解説4に続きます!