Tenet(2020 アメリカ)

監督/脚本:クリストファー・ノーラン

製作:エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン

製作総指揮:トーマス・ヘイスリップ

撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ

編集:ジェニファー・レイム

音楽:ルドウィグ・ゴランソン

出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ディンプル・カパディア、マイケル・ケイン、ケネス・ブラナー

 

①最高に難しくて楽しい!

いや〜難しかった!

難しかったです! ノーラン映画史上でも相当高いレベルで難しい

難しさを読み解くことに楽しさがあるノーラン映画なんでね。そりゃもう考える楽しさはたっぷりとあります。

開き直ってますねノーラン監督。わかりやすくしようなんて気はさらさらない。

ここまでノーラン映画を観てきて、みんなこれくらい難しくでも大丈夫でしょ?ていう感じ。難しくないと物足りないでしょ?と。

そういう意味では、観客を信頼してるんですよね。

 

ストーリー自体は、そこまで複雑じゃない。凄腕エージェントが世界各地を巡っていく、007的スパイ映画です。

物語の焦点は、”プルトニウム”だったり”アルゴリズム”だったりしますが、要はマクガフィン

名前のない主人公がいて、相棒がいて、守るべき美女がいて、悪辣な武器商人のラスボスがいる。

大目的は、「第3次世界大戦を防ぐこと」です。古典的と言ってもいい、シンプルな勧善懲悪物語。

 

でも、そこに絡んでくる「時間逆行」というテーマが、とにかく難しい!

エントロピーが減少する。机の上に置かれた銃弾が、浮かび上がって手に吸い込まれる。

壁にめり込んだ銃弾が空中へ飛び出して銃口へ戻っていく。

クラッシュした車が起き上がり、後ろ向きに走って行く。

 

映像として展開されるのはある意味で古典的な「逆回し」なんだけど、その中に身を置いて逆行する時間を体験するのがどういうことか…というのが、なかなか直感的に理解しづらいので、実感するのがとても難しいんですよね。

更に後半になると、時間を順行する人と逆行する人が互いに入り混じり、順行する人のスタート地点が逆行する人のゴール地点になり、逆行する人が更に反転して順行に転じたりその逆だったり…とエスカレートしていく。

この辺、ノーラン明らかにわざとやってるんじゃなかろうか。

 

だからもう本当に、最初から最後までずーっと難しくて、頭をフル回転させてくれる。

映画を観てる時に難しいことは考えたくない…頭からっぽにしたい、という人には、これはまったく向かないと思います。

映画を観ながらあれこれ考えるのが好き!という人には、これはこの上なく充実した映画体験になるんじゃないでしょうか。

僕は考えさせてくれる映画は大好きなので。最高に楽しかったですよ!

 

②見たことのないアクションの連続

いきなり「難しい」ことばかり書いちゃいましたが、本作はとりあえず、めくるめく面白さの洪水みたいな映画です。

上で書いたように、ストーリー自体はシンプルだから。主人公も名前すらないくらいで、ひたすらアクションが続いていく。

 

そのアクションが、どれもこれも猛烈に面白いです。時間逆行のことをさておいても、普通のアクションシーンだけでもめちゃくちゃにレベルが高い。

冒頭のオペラハウスでのアクションから…これはIMAXでの予告編で既に観ていたシーンですけど…あっという間に引き込まれる

状況とか背景とか何も分からなくても、グイグイと引きつけられる。

 

やっぱりここはノーランのこだわり。全編フィルム撮影、それもIMAX撮影で、アクションの迫力と臨場感を極限まで高めることを追求している。

そして、極力CGを使わない、生身の人間とロケーションを使ったアクション。空港に突っ込む飛行機も本物を使ってるとか。

今どきの映画でよく感じる、「これ迫力あるけど、たぶんほとんど緑色のバックの前なんだろうな…」というしらけ感がない。

 

そこにプラスして、時間逆行という突飛なアイデアを絡めていく。本当に一度も見たことのない、オドロキに満ちたシーンが次々と繰り出されていきます。

時間を互いに逆方向に進む者同士が格闘するという、もうそれだけ聞いても何のこっちゃわからないようなアクション

よくこんなアイデアを思いつくなあ…そしてよく本当にそれを撮っちゃうなあ…と思わず笑ってしまうようなシーンですね。

それが一つや二つじゃない。映画の時間のほとんどが、そんなシーンで構成されているという。

 

とにかく、誰もまだ見たことのないアクションシーンを見せてやろう、という野心とサービス精神。

その旺盛さに嬉しくなってしまって、上映時間中ずっとニヤニヤしながら観てた気がします。

③時間逆行の因果関係の謎

回転ドアを通って時間の向きに対して「回れ右」することで、時間を逆向きに進むことができる。1時間かけて1時間後の未来へ行くのと同様に、1時間かけて1時間前の過去に行ける。このイメージは分かりやすいです。

 

ただ、そこでややこしいのは因果関係ですね。原因があって結果がある、という通常の順序が逆転する。

逆行している敵と戦う時、敵と出会った瞬間は敵にとっての最後の瞬間を見ているわけです。

ということは、出会った時点で敵が生きているということは、その後いくら戦っても敵を倒すことはできないということが出会った時点でわかってしまってる…ということになりますね。

逆に、その後の戦いで勝つ場合は、出会った時点では敵は死体になってる。

死体がおもむろに起き上がり、その傷が消えた瞬間にこちらの撃った弾が命中する、という流れになるはずです。

 

順行と逆行の戦いでは、互いに相手の運命は前もってわかっている状態になる、ということです。

ただし、自分がどうなるのかは、お互いにわからない。だから、とりあえず必死で戦う必要がある…ということになるのかな。

 

順行の人は逆行の人の行動の結果をあらかじめ知ることができるので、やりようによってはその結果を変えることができる…過去を改変することができるように思えます。

たとえば、順行の人が、逆行の仲間が死んでいる結果を見る。ということはその後で仲間が殺されるイベントが起こるわけだから、それを知っているなら何とかして仲間が殺されるイベントを回避するように立ち回れば、仲間の死という結果を変えられそうに思える。

例えば、仲間(の死体)が起き上がって撃たれる瞬間にその前に立ち塞がって自分が銃弾を受ければ、仲間は死なずに済みそうです。

でもそうなると、順行の人が見た過去と事実に矛盾が生じる。仲間が死んでいるのを見なければ、自分が身代わりになろうともしないはずなので、堂々巡りになる。パラドックスですね。

 

この設定、こういうタイプのパラドックスが、それこそ無数に生じそうに思えるんですよね。

どうなのかな…それを回避するとしたら…と考えていくと浮かんでくるのが、次の問題です。

④自由意志の問題

因果関係の問題とともに、もう一つ浮上してくるのが自由意志の問題です。

我々は普通、未来の出来事を決めるのは自分たちの自由意志であって、いくらでも変更可能だと考えます。

でも、時間の向きが交換可能なのだとしたら、過去の出来事が決まっていて変えられないのと同様、未来の出来事も決まっていることになります。

 

映画の最初の方で、逆行する銃弾が登場しますね。

机の上に置かれた銃弾が、手に吸い上げられる。的にめり込んだ銃弾が、的から飛び出して銃へ戻る。

この時、主人公は銃弾を掴んだり(手にした銃弾を手放す逆の行動)、銃の引き金を戻したり(引き金を引くのと逆の行動)してるはずですが、それらの動きはすべて結果が先行していて、結果に導かれた行動です。

つまり、ここでは主人公の自由意志は行動に関連していないことになる。

 

自由意志が存在するなら、たとえ結果を見た後であっても、主人公は銃弾を掴まなかったり、銃の引き金を操作しないことを選べるはずです。

そこは劇中ではっきり明示されていませんが、主人公はそれを選べないのではないかと思われます。

結果を見てしまった以上、それに対応する原因が絶対に起こらなければならない。

通常の時間の流れで、原因が起こったら絶対に結果が伴うのと同じことで。

そう考えていくと、「テネット」の世界観では人間の自由意志というものは否定されているんじゃないかと思われます。

 

その場合、上に挙げたような場合で、仲間の死をあらかじめ知ったとしても、後からどうあがいてもそれを変えることはできない…ということになります。

 

劇中では、ほぼそのような形で進行しているようですね。

キャットの命を救うために主人公は逆行して過去を変えようとしますが、起こってしまったことを変えることはできない

逆行する主人公にとって過去は未来ですが、それでも変えることはできない。

であるならば、順行する場合でも未来は決まっていて、変えることはできない。

自由意志は幻である…。

 

でもそうなると、未来人が過去に干渉してるのとか、テネットの組織がそれに対抗してるのも、決まっている結果を変えられないことになってしまう…。

うーん。やっぱり難しい。あと2、3回は観ないと、なかなか歯はたたないみたいです。

⑤映画全体が回文!の映画

劇中でも言ってたけど、”Tenet”というのは「主義」とか「信条」の意味ですね。

この言葉がキーワードに選ばれているのは、意味よりもむしろ字面。

上から読んでも下から読んでも”TENET”、という回文構造がキーになっているのだと思われます。

これ、"SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS"という、ローマ遺跡で発見されたラテン語の回文の一部であるようです。この他の単語も、登場人物の名前や映画内の要素に使われていますね。

 

本作はある時点で回転扉を通って文字通り「Uターン」し、前半辿ってきた道を後半は逆行していくことになります。

前半に見てきた同じルートを逆行視点で辿り直し、ラスト地点とスタート地点が一致する。

前から読んでも後ろから読んでも同じ。映画自体を回文構造にすることに挑んでますね。

 

だからこれ、やっぱり「メメント」に非常に近い。

普通の時間軸を逆転させてゴールからスタートに向かって描く「メメント」は、本作の後半部分と同じ構造だと言えます。

「メメント」の試みを更に発展させて、スタートから始めてゴールでターンして、またスタートまで帰ってくる。なおかつ、前からと後ろからの物語を一致させる。

 

いや、なんでそんなことをするんだ?とか、そんなことをやって映画として意味があるのか?とかのツッコミは可能だと思うんですが。

なんでそんなことをするのかと言えば「面白いから」ってことになるでしょうね。

そりゃやっぱり、これは面白いですよ。こんな無謀なこと、チャレンジする奴は他にいないですからね。

 

本作は変形のバディムービーでもあります。主人公とニールの関係は映画ラストの時点がゴールなんだけど、そのスタートは映画が終わった更に先、未来に位置しているんですね。

つまり、映画が終わった後に更に、もう一つの「メメント」構造の前後逆転したストーリーが待っている。

 

掘っていけばまだいくらでも、発見がありそうです。やっぱりあと何回かは観ないと。

何回も観るだけの価値のある、じっくり味わえる映画だと思います。いつかネタバレ解説記事が書けると…いいなあ。

 

…といいつつ、ネタバレ解説記事を書きました。こちら。