優しさがいちばん -5ページ目

聖霊講義4 メモ

エゼキエル36:26 ゼカリア4: ダニエル9:24

使徒1:8 使徒2:1、14−39、

使徒5:1。。。。13:1

ローマン8:11

テモテII 1:7

ヨハネ14:16

コリントII 13章

イザヤ53:1ー52

ヤコブ 4:8 神に近づきなさい

 

全部が理論・仮説なのでわかりにくい。具体的行動の仕方がわからない。

精霊からの返事を信じて待たなければいけない。

 

コリントI 12:11

世界の総人口とクリスチャン2

神は人類を愛し助けるためにイエス様を地上に送った。

その結果、どれだけの人間がその恩恵に預かったか?

 

人類の過去の推計で別の資料があった。ここ(wiki)

year    population(億人)

           1*               *2
-8000    0.01    0.05

-2500    1             0.15
0          2              2.6
1000    3              2.5
1650    5              5
1800    10            9.8
1900    20           16.3
1960    30           30.
1974    40           40.
1987    50           49.
1999    60           60.
2006    65           65.
2050    91           92.

 

1* http://arkot.com/jinkou/keitai/2.htm

2*   https://ja.wikipedia.org/wiki/世界人口

 

これを直線近似で荒っぽく荒っぽく積分すると

1/2x1600年x80億人 ~= 64,000 億人・年

年平均で言えば40億人/年。

 

さて世界の現在のキリスト教徒は1/3。カトリックとプロテスタント、そして東方正教会との

割合が国や大陸によって大きく異なる。

 

プロテスタントの立場からするとカソリックや東方正教会などはとてもクリスチャンとしては受け入れられない。

大きく見積もってプロテスタントが半分とすると、プロテスタントは全世界の人口の1/6。

このプロテスタントの中で真のキリストの教えて言えるものはどれくらいだろうか?

これはクリスチャンの基準をどう取るかによって、大きく異なる。0.01%-10%にはいるだろうか?

それくらい範囲が広い。

 

聖霊講義3 メモ

まず先週の続き

 1、どのように助けてもらうか

 2、祈り方

計画(父)、準備(イエス)、実行(聖霊)

 

イザヤ 53:1ー イエスの予言 ペテロI 24:

ヨハネ14:26 16節 15:26 16:13 5箇所での説明

癒してくださいとは書いてない。

 

 14:26聖霊は教える!>イエス様が用意した恵の現実化の方法を教えてください。

 

ルカ 24:49

ヤコブ 1:5 知恵が必要な時は父に願いなさい。

 知恵をどうしたら受け取ったらいいのでしょうか?

 正しく受け取るように助けてください。

マタイ28:18 マルコ16:17

ヤコブ4:7 ヨハネ15:7 ヨハネ16:23

 

十字架で準備されているものと準備されていないものを区別する。

 

 

世界の総人口とクリスチャン

神は人類を愛し助けるためにイエス様を地上に送った。

その結果、どれだけの人間がその恩恵に預かったか?

 

人類の過去の推計がここにある。その推計の仕方や根拠は示されていないのは残念だが。

それによると

year    population(億人)
-8000    0.01
-2500    1
0    2
1000    3
1650    5
1800    10
1900    20
1960    30
1974    40
1987    50
1999    60
2006    65
2050    91
 

これを直線近似で荒っぽく荒っぽく積分すると

1/2x1650年x80億人~ ......

 

(積分値の意味合いを考える必要がありそうだ)

 

聖霊講義2

メモ

創世記1:1複数の神、2:7命の息、イザヤ32:15 神の霊、イザヤ 6:6−11 主の声=聖霊、使徒 28:25 聖霊がいった(イザヤを引用)、エレミヤ31:31ー、ヘブル

父、イエスは聖霊をとおして人間にかたりかける! ヨハネ21: 、使徒1:1−2、ヘブル9:11

マタイ 3:17、雷の声、」ヨハネ12:28,マタイ17:5 弟子たちは怖がった 黙示録 1:9、

リントII3:17、創世記3:14−15、。。。

ヨハネ6:48、ヨハネ、12:49、使徒10:38、ヘブル10:12−13、ヨハネ14:26、

ヨハネ15:26、コリントII 5:1、エペソ1:13−14

 

準備はイエスがととのえた、実行は聖霊

 

聖霊にどのように働いてもらうか(東康男)

聖霊にどのように働いてもらうか(東康男)

の連続 説教テープその1

http://www.int-christian-center.org/onsei/seireikaratikarawo/seireikaratikarawo01.mp3

信仰の障害とは

強い信仰がクリスチャンには求められているがこれが極めて難しい。

強い信仰を阻むものは

1、理性

強い信仰を持てるクリスチャンはその多くが理性と論理に弱い。その方が神様に喜ばれているという。

たとえ盲目の信仰であっても、理屈が通らなくても、神の実在、イエス様の様々な属性についてたとえ

理屈が通らなくても信じられる人々がいる。多くの女性がこの点で有利だ。その一方で仕事上で論理のただしさを

拠り所にしてきている人々は理屈が通らないことを信じろと言われると途方にくれてしまう。

 

2、へりくだる心。

これは人生の生存競争で生きてきた人々はなかなかへりくだることができない。特に論理の通らないことに服従しろと

言われてもそうは心がついていけない。特に論理のわからない多数の牧師に言われて牧師やその周りの人々にへりくだることは難しい。

 

3、神への愛の表し方。

heart, soul, mind, strengthをその最大値を持って神にあらわせとイエス様は言われる。

これを

心情、霊、頭脳、チカラを持って全力で実行せよと言われても

頭脳、チカラと愛がどんな関係にあるのか理解しがたい。

 

さらに五感で感じることのできない天の父やイエスキリストを、どちらもオトコ、をオトコがいかに愛するのか

これがわからない。

 

こういった訳でこれらをどうやって克服したら良いのか?

 

信仰とは(故東康男牧師)

箴言とソロモン

聖書を読み解くのに理屈をこねるとよく思われないことが多い。

その理由は多数の信仰のあついクリスチャンは理屈を通さないで信仰を持つようになったからだ。

彼らのほとんどは論理を通すことをしない。

その正当化としてイエス様は無学のものを多く救ったからだという。

 

多くの信仰のあついクリスチャンは聖書の聖句を丸暗記することに力を尽くす。

その吟味には関心は薄く盲目の信仰に近い。彼らはただ主に依拠して生活する人々が

多い。パウロのように権威にしたがって生きていく人が多い。

パウロが全ての権威はそれがよかろうが悪かろうが神様から与えられている

などというものだからそれを信じて権威が部分的に悪くてもそれを第二の生活基準としている。

 

大抵はそれでいいのだがすべち良いかというかというとそうではない。

 

それは聖書を(物理的)論理だけを持って読み解こうとする人々には非クリスチャンが多いこともある。

彼らは聖書のセントラルメッセージである愛や霊性を無視している。

 

両者の溝は深い。

実は聖書はそのメッセージを鵜呑みにしろとは言っていない。イエスをとくメッセージが正しいかどうかを旧約聖書で確認

しながら読む人々を褒めてさえいる。

 

さらに箴言という旧約聖書にある書では

1:1[編集]

ダビデの子、イスラエルの王ソロモンの箴言。

1:2[編集]

これは人に知恵と教訓とを知らせ、悟りの言葉をさとらせ、

1:3[編集]

賢い行いと、正義と公正と公平の教訓をうけさせ、

1:5[編集]

賢い者はこれを聞いて学に進み、さとい者は指導を得る。

1:6[編集]

人はこれによって箴言と、たとえと、賢い者の言葉と、そのなぞとを悟る。

1:7[編集]

主を恐れることは知識のはじめである、

愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。

 

思慮のない者に悟りを与え、若い者に知識と慎みを得させるためである。

 

これだけでは一般の書と変わりがないように見えるが震源は

ソロモンが神への祈りの結果与えられた知恵に基づいている。

つまり単なる人間の知性が理性で表した書ではないのである。そのはずである。

 

 

民数記と箴言

民数記を通しで読んでみた。神の怒りと聖絶がテーマであった。

天の父”主”がモーゼとアロンに日常的に直接会話をしていて天の父の性格がよくみて取れるが

よく言われる愛の神とは真逆の様子に恐れをなした。

特に聖絶とは敵というか神様の選んだユダヤ人以外の民族は根絶やしにされてしてしまうことだ。

こんな記事をまともに読んだら、神様が遠のいて、そんな神様をどうやって愛したらいいのか途方に

暮れてしまう。

そこで一度聖書を伏せて詩篇を開いてみたがどうも音楽の歌詞らしい。

キリスト教音楽は馴染みがないのでそれではと思い

箴言を開いてみた。

すると箴言の著者はかのソロモンだという。

そして震源はあ知恵を訓戒を学び悟りの言葉を理解する方法だという。

難解な聖書を理解する方法が聖書自身に書いてあるというのだ。

サービス満点。

 

この箴言の最初の教えが

”主を恐れることは知識のはじめである”

だ。民数記の後にぴったりではないか?