日々の事 5枚のCD
山梨に行く前にツタヤでCDを5枚借りて、道中に車のなかで聞いていた。ラインナップはこう。
○僕チョイス
・ナイトメア 『killer show』
・SID 『play』
・Visual Bloom 『BARKS』
○奥さんチョイス
・9mm Parabellum Bullet 『The World e.p』
・ELLEGARDEN 『Pepperoni Quattro』
はい、全く判らない人もいっぱいですね。ナイトメアとシドは、最近人気の「ネオ・ビジュアル系ロック」です。で、三枚目は11組のビジュアル系バンドを集めたCDだったのです。
奥さんチョイスの方は、ノーマルなロックバンド。ただしアジアンカンフーとかサンボマスターとかまでは、いってない(これで判るのか?)。
奥さんはエルレは前から気になってたみたいだけど、実はつい先ごろ活動休止が発表された。それに合わせてベストアルバムが出て、これは結構売れたらしい。これはそのエルレガーデンの3rdアルバム。歌詞が英詩のものが大半なので、僕としては不満。9mm~は、結局、それほどでもなかったらしい。
僕はビジュアル系が好きなのである。ナイトメアは一番新しいアルバムだったのだが、前の方がデキがよくてガッカリ。どうしたんだろ? 燃え尽き症候群か? とか思った。
シドは最近、『黒執事』とかいうアニメのOPになったらしく、ラジオで聞いてちょっと気になったので借りてみた。結構、聞けるかな、とか思う。
しかし、この5枚のなかで結局、僕が一番気に入ったのは『BARKS』に入っていた、Aoiというアーチストの『VISION』という曲だった。
実はこのアルバム自体、この一曲が目的で借りたのである。元々はラジオを聴いていて「BOUNTY」というバンドの音を聴いて、「これはイイ!」とか思ったのだった。それでこの「BOUNTY」なるバンドをネットで調べていたら、このAoiに行き当たったのである。
実はこのAoiはビジュアル系なのにソロで活動していたという変り種だったらしく、それが元ファナティック・クライシスのギターとユニットを組んで「BOUNTY」として活動し始めたということらしかった。いや、このAoi、ちょー美形! イカす!! カッチョいー!
で、今日は仕事中、このAoiの『VISION』をエンドレスリピートでずっと聴いていた。こういうバカみたいなところが、僕にはある。そんな訳でちょっとラルクに似てるとか思うけど、これからバウンティが来る! とか思ってるのである。
・バウンティとしてのシングル曲、『Coming brand new days」
http://jp.youtube.com/watch?v=E99Rn3oWaDA
・Aoiのシングル曲 『VISION』
http://jp.youtube.com/watch?v=jsqUeUnMTSE&feature=related
けど、今イチバンいいのは、前にも言ったけどUVERworldである。ガンダムの主題歌で一躍トップヒットを出したけど、ウーバーは前から良かったんだよ。ウーバーは絶対、来ると思ってた。バウンティ来るかな~、来て欲しいなあ。
武術散策 慣れと淡白さ
ドラネコ日記である。まずいつも通りの柔術の稽古の後に推手をやる。しばらくするとダイクマさんが「じゃあ、目を閉じてやってみましょう」と言う。「え~」とか思いながらも目を閉じると…
えーっ! と驚くことしきりである。眼を開けている時のに比べると、数段、敏感に相手の力感を身体で感じてるのが判る。自分の力んでる場所が判り、力を抜いて相手を受け流す。眼を開けてるときに比べ、数段よくなった感じがあった。こういう鍛練法かあ、これが「聴勁」かあ、すげぇ、とか思って練習した。
しかしこの日は精妙さの稽古はここまで。あとはなんと、地獄のフィジカルトレーニングが待っていたのである。まずは蹴り。「適当に蹴ってみて」と言われ、ミドルのでたらめキックをビシバシ蹴る。以前にも書いたが、僕は蹴りはほとんど練習しない。
その後で修正点を注意される。軸足も蹴りと同時に斬り、蹴り足の感じは「手を内旋させて裏返した」様子で説明された。意識して蹴ってみる。「お、いいじゃないですか」とダイクマさんに言われるが、どうも質感がわかない。するとミットを持ってもらってたRぅDyさんが、「実感的には落ちてるかもしれないけど、ダメージは上がってますよ」と言ってくれる。ふーむ、そういうものなのか。
さて、交代。RぅDyさんの蹴りをミットで受ける。「注意してくださいよ」とダイクマさん。妙に念入りだ。「しっかり腕を張ってないと、RぅDyさんの蹴りは重いですからね」と、妙にぎこちない笑みを浮かべている。そんなに凄いのか?
と、「じゃあ、行きます」とRぅDyさん。蹴りが来る、ミットで受ける! …(ドムッ!)という感じで、ミット越しに凄い衝撃が伝わってくる。(なんじゃ、こりゃあ!)と、かなりビビった。ちなみにRぅDyさんはかなりのガチムチ、マッチョで、後から確認したところでは75kgだそうである。蹴りが半端じゃなく重い!
「ハルカさん、その受け方だと首が揺さぶられてるんで、ムチウチになりますよ」とダイクマさんに注意される。そんな事言われてもねえ! 「ここのところはこう…」とか言って、今度はダイクマさんが指導しながら、今度は蹴りを出す。…(ドムッ)。…これも凄い威力。おかしいよ、この人たち。
ミドルからハイ、横蹴りなども練習する。驚いたのは、プロレスで使うトラースキックのようなものまで練習したことだ。一端降り出した足を戻す感じで、踵を相手に打ちつけるような蹴りである。ダイクマさんがやると、この蹴りがかなりの至近距離なのに、ひどい威力である。必死になって練習するが、普段、やらないような動きで完全にバテた。
しかし、この日はさらに地獄のメニューが待っていた。「それじゃあ、打撃なしでスパーしてみましょう」とダイクマさん。RぅDyさんと向かい合う。しかし向かいあってふと気付いたのだが、「何をしていいのか判らない」! 柔道では袖と襟を掴むが、まずTシャツなので掴みようがない。それに「着衣を掴まないでやってみましょう」とか言ってる。どうしよう?
迷っている間にもRぅDyさんはこちらを掴んだりして何やら仕掛けてくる。しばらくすると凄い力で、首根っこを押えこまれ始めた。やはり半端じゃないパワーである。と、下を向いた僕の首にRぅDyさんの首がシュルリと巻きつく。フロント・ネックロックだ!
(ヤバい!)としばらく抵抗するも、遂に捕まった! 凄い力で絞め上げてくる。(…こりゃあ、ヤバいよ)と思いながら、なんとかポイントをずらしてチョークに極まるのだけを凌ぐ。しかしこの時にかなり絞められてしまったので、あとでかなり首が痛くなった。とにかく凄い力である。
と、RぅDyさんがネックロックをしたまま下に引き込んできた。ここで倒れこんじゃうと胴締めをされて、フロントチョークに極められる。なんとか抵抗して、倒されるのだけは防いだ。と、今度は気付くとバックに回られてる。早い!
背後から脇をさしてきながら、こちらのスリーパーを狙っている。脇を刺されても、首を狙われても、それを巻きこんで逆にポジションを取るのが柔道の基本。脇に刺された腕を絞めて巻き込みを図るも、RぅDyさんは容易に巻かせない。(そういや、この人、総合か柔術のジムに出入りしてたっけ…)明らかに反応が素人じゃない。
このままバックを取られてるところから脱出するために、相手の足を取りながら、逆に後ろに倒れ込むように押しこむ。これは例えば一本背負いを仕掛けて防がれた瞬間に、逆に足取りや小内刈りを仕掛けて相手を背中から倒す技の応用。これはうまくいった!
相手を倒したら、今度は身体の向きを変えて相手の方を向けば、自分が上のポジションになる。と、思いきや、RぅDyさんは倒れ際、僕に足で胴締めを仕掛けてきてる。振り向けない! しかも凄い力。
倒れ込んだはいいけれど、まだ相手にバックを取られてる状態。RぅDyさんは執拗に脇や首を刺してくる。しかしこの状態なら、とりあえず片方の手の位置の所在さえ把握しておけば、絞められたり極められることはない。しかし凄い胴締めの圧力に、僕もなかなか相手の方に振り向けない。
しかし脇を刺した相手の腕を、逆にチキンウィング・アームロックを仕掛けながら揺さぶりをかける。と、その手をエスケープするために僅かに胴締めに緩みができた。そこで一瞬で身体を回転させ、何とか振り返り相手の方を向く。これで相手のガードポジションに入ってる状態。一応、絶対的な不利からは離脱した。
と、安心するのもつかの間、今度は三角締めのような技をRぅDyさんがかけてくる。(マジに容赦ないな)と思いながら、離脱にかかる。三角を逃れようとして、力んで引っ張りたり、腕ごと首を絞め上げてくる脚の力から逃れようとしても、却って硬直を招き相手の技にかかるだけである。
こういう時は身体を緩めて、逆に絞めてくる相手の身体の中に入る。この時に手を伸ばしていたりすると腕ひしぎに取られるので、肘を曲げて、その腕を相手の胸に押し込むように入るのである。しばらくすると相手も無理を悟って、ガードポジションに戻った。
しかしこれで落ち着いたとはいえ、困ったのはこちらである。柔道ではここから上四方の形に入って、相手の首の後ろから手を回した後、自分の襟を掴んで固定する。そうして自分のポジションを確保した後に、おもむろに空いてる手を使って、相手のガードを外すのだ。…が、Tシャツでは心もとない上に、一応着衣を使用しない前提である。何度か相手にかぶさってみたが、胴締めを安全に離脱できそうもない。
そうなると、こうもがっちり胴締めでガードされたところからかける技なんてない。柔道では大体こうなったら「待て」がかかるので、これ以上はやらないのだ。しかし「『待て』はないですよ」と横からダイクマさんの声。マジかよ、何したらいいの?
ガードポジションに取られていても実行的な技などあまりない。この時はV1アームロックと袖車しか思いつかなかったが、袖車は道着を使う技。仕方ないので見え見えでもアームロックを狙いにいくが、かかるわけがない。
と、不意に肩固めの体勢に入れたので一応入ってみる。しかし基本は横からの技で、ガードポジションからでは実効性は薄い。しかし一応、絞めあげてみるが、案の定、効果はない。後からRぅDyさんに「肩固めはサイドに回らないと永遠に極まらないですよ」とか言われた。しかし、とりあえず安全なのでその体勢を維持していると、「ムン」とか唸る声が聞こえて思いっきり外しに来てる。
(凄い力だ)とか思いながら、こちらも外されないように頑張る。「パワー勝負だ」とかダイクマさんが、横から愉快そうに笑ってるのが聞こえる。こちらは笑いことじゃない! しかし実際、かからない技をかけていてもラチがあかない。しばらくすると元のガードポジションに戻って、休憩。そこでようやく、ダイクマさんが「じゃあ今回は痛み分けってことで」と言って終了。やれやれ。
まさかドラネコに来て、こうも寝技をやるとは思いもしなかった。全身、バテバテである。と、ダイクマさんが、「寝技も打撃があると、もっとすんなり極まるんですよ。今度は寝技のみ打撃ありでやってみましょう」と僕に言う。え? マジで? ちょっと!
しかし改めて、向かいあって立つ。とりあえず魔の前蹴りはないってことね、それだけでも安心(しかしこれが甘かった…)。ダイクマさんが躊躇なく、僕の腕を掴んだり背後から首を取ろうとしてくる。こうなったら、何もやらないより何かやった方がマシ! 思い定めてRぅDyさんのマネをして、とりあえずダイクマさんの首に手をかけ下に押し込む。
と、これは柔道で奥襟を取った感触に似てるのに気づいた。(掴んでないけど…)と思いながら、左手はダイクマさんの肘を取りつつ身体を寄せる。相手の身体を巻き込むようにして回転! 足を引搔けながら跳ね上げる。内股!
これが驚いたことに極まり、ダイクマさんが床に転ぶ。(よし!)とか内心思ったのが、もう運のつき。ダイクマさんは下からこちらの腕を取りながら、腕ひしぎ逆十字を狙ってくる。かなりヤバいところまで行きかける。
これもそうだが、こういう時に力んで逃げようとしたり、腕をロックしてブロックしても最終的には極まる。相手に身を委ねるようにしてむしろ腕を預け、数ミリでいいから関節の極まるポイントをずらす(要は腕をすこーし捩りながら曲げる)と極まらない。
が、ダイクマさんはそれでも何か曲がった腕を複雑に足で捉えて極めにくる。何これ? ヤバいと思ったが、結局、脱力法でなんとか逃れた。と、思った瞬間、僕の顔に衝撃が!
ガン、ガンと続けざまにダイクマさんの踵が、僕の顔面に。さっきのトラースキックのような蹴りである。「いてっ、いてて!」と情けなく悲鳴を上げながら、離脱する。なんちゅうことするんだ、この人。オニか!
そこから何とか離脱すると、今度は両者とも四つん這いのような状態。僕が軽くがぶられてる…と思った瞬間、今度は脇腹に衝撃が! ダイクマさんの膝蹴りである。「げぇっ」とかマンガみたいに呻くと、今度は鳩尾にモロに膝が入る。声を出す間もなく、うずくまる僕。ダイクマさんはなんなく僕をアームロックに極めて終了。完全に戦意喪失である。
大体、寝技の最中のような至近距離で、相手の打撃をくらったことがない。一発もらった段階で、完全に戦意喪失してる自分に気がついた。この後、二本ほどダイクマさんとやったが、手も足も出ない。こちらは全然、手を出さないのに、向こうには躊躇がないので当たり前である。
「…で、何で僕だけRぅDyさんとダイクマさんの二人と、続けてスパーなんですか?」と抗議すると、二人は口を揃えて「いやあ、サービスですよ」「そうそう、大サービス!」とか笑ってる。あのねえ…。死んじゃうよ、こんな人たち相手にしてたら!
しかし今回はよくも悪くも、僕が現在柔道家であることを実感した。それは長所、短所ともにある。柔道という枠内にいたがために、無手では何をしていいか判らず、また打撃の入る攻防では全然何もできなかった。
と同時に柔道をやっていたからこそ、体重差20kg近くのRぅDyさんから、なんとか一本取られずに済むと同時に、ダイクマさんを転がす事もできたわけである。非常に課題が見えると同時に、「柔道を僕の武術にする」という当時の糸口が少し見えた感じがした。
何より違うと思ったのが、二人の「極める気」である。実は柔道では関節技はほとんど極まらない(僕が逃げたように)。ので、抑え込みが中心になる。しかしそれも足を一本絡めれば、大体「待て」まで粘れるのだ。
そういう意味で僕は「淡白だ」という事を実感した。柔道ではむしろ能動的に関節を狙って、「まず抑え込みが基本。それから関節を狙いましょう」とか先生に注意された方であるが、二人の「極める気」に比べれば全然、淡白すぎることに気がついた。
これは生理的に沁みついた「慣れ」というやつで、意識では「戦わなくては」と思っていても、どうにも能動性に欠ける反射が出るのである。今回は「慣れない」状況だったこともあるが、この「淡白さ」は命取りになるかもしれない。
以前に自分で書いたことでもあるが、あるルールに「慣れ」すぎてしまうと危険である。まさに「道場を試しに出てみる」必要があるのだ。今回はそれを勉強させてくれるための「サービス」と思うことにした(でないと、余りにも情けない)。
帰り際、「首が痛い…」と首をひねってる僕に、「ちょっと触りましょう」とダイクマさんが背後に立つ。耳の後ろ辺りを両手でグイと持ち上げられると、かなり気持ちがいい。今度はグーっと僕の顔を横に向ける。と、コキ、とか小さい音が首の中でして少しラクになる。それを逆でもやり、また伸ばしてもらうと、驚いたことに大分首が軽くなってる!
「凄い! ダイクマさんは魔術師ですか!」「これを商売にした方がいいんじゃないですか?」とRぅDyさん。しかしダイクマさん答えて曰く。「いや、私は殺法専門なんで、活法はそれほど…」
いや、フィジカルな稽古より、こっちの方を教わりたかったかな、とか思った、その日の稽古であった。今回は講談風でした。
日々の事 ロック、万力公園を闊歩する!
この前、西沢渓谷に行ったのが気に入ったので、またも山梨に遊びに行った。しかしもう山は寒いだろうと思われたので、今度は広そうな公園を探す。行ったのは山梨市の笛吹川沿いにある万力公園というところである。
なぜ「万力」かというと、この万力公園には「万葉の森」というのが作られてるのだが、その元々は武田信玄が治水のために作った「万力林」だという話なのである。
信玄は実は治水に非常に専心したということで、色々な逸話が残されてる。「信玄堤」という堤防や、「聖牛」と呼ばれる独特の護岸道具も信玄考案や、その命によって作られたとされている。参考までに
http://www.zephyr.dti.ne.jp/~bushi/siseki/shingentutumi.htm
ちなみに「聖牛」の方は、現在でもコンクリート造に変えられて、笛吹川の護岸に使われている。テトラポッドの変形のような三角錐の構造物が河辺にあったら、それがそうなのだ。
当日は天気に恵まれて、気持ちよく森のなかや川べりを散歩した。ロックもご機嫌である。万力公園には小さな無料動物園も併設されていたのだが、ペットは連れて入れないとのこと。残念だったが断念した。しかし鹿のいた場所だけは外にあったので、オス鹿同士の角力(まさに字義通りだった)を眺めたりした。ロックも鹿と見つめあっていた。
アルバム http://mixi.jp/view_album.pl?id=24811615
動画1 http://video.mixi.jp/view_video.pl?owner_id=16012523&video_id=5662270
動画2 http://video.mixi.jp/view_video.pl?owner_id=16012523&video_id=5662294
さて信玄公というと「影武者」や「ラッパ(忍者)」を使ったりして少し恐いイメージがあるが、一方では大変な名将としての評価も高い武将である。有名なところでは「人は城、人は石垣、人は堀」なんて言葉も残っている。
もともと甲斐の国というのは、各地域に豪族たちが乱立する場所だったのだが、それを力でまとめあげたのが前君の信虎だった。しかし信玄はその後、武将を取り立てる際に家柄ではなく、能力や人格などを評価して取り立てたという。そうして作った家臣団の結束力こそ、「城」なのだ、という話なのである。
実は甲斐、あるいは武田家というのは僕には少し特別な思い入れがある。という理由も幾つかあるのだが、一つは合気道の母体になった大東流合気柔術の母体の一つが、他ならぬ武田家の武術を源流にもっているからである(開祖の武田惣角も、武田の末裔である)。
織田に敗れて会津に落ち延びた武田の残党がその武術を伝え、会津に「御式内」と呼ばれる殿内武術として伝えたのが大東流の元と言われているからだ。つまり源流は、甲斐武田の武術にあったということになる。
もう一つは、新陰流開祖・上泉信綱が、上杉方について戦に敗れたとき、敵であった武田信玄の勧誘を受けたという話が残っている。上泉信綱はもはや武将として生きる道を捨て、剣術を極めるつもりだったのでその誘いを断り、全国の廻国修行に出る旨を伝えた。
信玄はその敗戦の将である上泉信綱を快く見送り、自分の名前の一字「信」の字を送ったという。上泉信綱はそれ以前は「秀綱」とされているが、それ以降「信綱」を名乗るようになったという。名将と剣聖の間に、どんな精神的理解が共有されてそうなったのか? それを考えると興味が尽きないのである。
この日は公園でひとしきり遊んだ後は、近くにあった県立博物館に想い付きで出かけた。しかしどういうタイミングが学芸員が詳しい解説をしてくれたので、その説明をひとしきり「フンフン」と聞いていた。江戸期における甲府城城下町の暮らしぶり、祭りの様子など、大変面白い話が聞けた。
その祭りで面白かったのは、正月15日頃まで開かれていたという「道祖神祭り」のときの、子供たちの様子である。正月に飾られた角松(昔の角松は何mもある、普通の長い竹を使っていた)を切ったものを持ち、隣町の子供たちと「戦ごっこ」をしていたという。半紙を何枚も重ねて頭に乗せ、その上から手拭いをかぶる。この簡易防具を着けて、竹で叩きあうのだそうである。なんとも勇ましい話である。
博物館では有名な「武田24将」の絵も展示されていた。武田の家臣と言えば先ごろ放送された「山本勘介」などが有名だが、なかには小幡昌盛や高坂弾上なんかの姿も見える。この高坂弾正の原本を、小幡昌盛の息子・小幡景憲(かげかつ)が編纂した、とされているのが『甲陽軍艦』である。
『甲陽軍艦』というのは武田家の記録であるとともに、「軍学」の基礎書となった本なのだが、江戸期において軍学の基礎となったこの本が甲斐から生まれたというのも興味深いだろう。
全くの余談だけど、年末も押し迫ると『忠臣蔵』の季節である。この忠臣蔵の主役となった赤穂は甲州流軍学と極めて深い関係にある。討ち入りの主導者である大石内蔵助は実は甲州流軍学者・山鹿素行の弟子なのである。
山鹿素行は朱子学を批判したことで赤穂に流されて、赤穂の藩士たちを教育していた。山鹿素行はそもそも小幡景憲の高弟である。また、赤穂城を建城した近藤正純も小幡景憲の弟子であり、赤穂は歴史的に甲州流軍学の影響が強かったと言える。そういう目で見ると、忠臣蔵の討ち入りに、軍学の影響が感じ取れるかもしれない。
その他、幾つかの驚きが博物館ではあった。残念ながら映像が見つからないが、役行者の大変「恐い」木像が展示されていたのも驚きであった。修験道の開祖である役行者は大体、鬚を長く伸ばした温和そうな老人の姿で作られてる事が多いのだが、ここの像は大変いかめしい。
しかし以前にも書いたが修験と武術とは大変密接な関係にあり、それを考えればむしろこの像の姿が本来の形かとも思わせた。甲斐は大菩薩峠を超えて秩父の金峯山と近隣にあり、修験もさかんだった。この流れは富士山を信仰母体にする富士講まで流れるようである。
また迂闊だったのは、礼法で有名な小笠原家の出自が甲斐だったことを知らなかったことだった。もともと甲斐源氏の流れを汲む小笠原家は、武術を源頼朝に教授したという伝承が残ってるような家柄だったのだ。礼法の中に武術性を見出す動きなども最近は盛んであり、その原型を考えれば甲斐の武術というものを考えるのが一つの手がかりになるかもしれない。
その面では、昔の「兵法」といえば「弓馬の術」だが、甲斐というのは聖徳太子が乗ったという記録が残ってるほど昔から黒駒の産地だったらしい。だとすると甲斐の武術とは多くが、馬上武術の原型を残したものだったかもしれない。これがやがて大東流のような武術にまで至るのかと思うと、ワクワクするのである。
そんなわけで山梨に遊びにいってまた武術の事ばかり考えてたような日記だが、そればかりではないのだ。いや、ほんと、ロックとたっぷり遊んだし、温泉にもつかってきた。帰りに偶然だが、めちゃくちゃ美味しいラーメン屋を見つけた。入口に看板があり、目を止める。
「スープなくなり次第、終了します」とか書かれてて「へ~」とか思って入ったが、出るときには「準備中」の札が! おいおい、まだ7時半だよ、もう閉めちゃうの? 扉には「夕方17時~22時」って書いてあるじゃん!
けど、またいく楽しみができた。もっと研究を深めてから、あったかくなった頃に遊びに行きたいと思う。
日々の事 少し早いけど…
少し早いけど、今年一年を振り返るような作業をしている。今年はミクシイを初めて、色々な変化があった。
まず大量に書かれた自分の文章に驚く。こんなにも武術に関して書くことがあったとは驚きである。しかもまだ足りないうえに、最も基本的なことの考察が不十分なのがよく判った。この方面は来年も無論もちこしで、まだまだ努力が必要である。
作品論では、マンガ論は大分書いた感じがある。僕の書くものは「面白かった/つまんなかった」みたいな感想ではなく、一つの考察として切り込み口があるものだけ書くわけだから、どうしても長くなる。読むほうとしては作品を知らなければ訳が判らないし、知っていても社背景とかに隣接されるので戸惑いも大きいだろう。けどこれが僕の批評スタイルと思ってもらえればいい。
多分、来年は特撮に多く触れていくことになるだろうと思っている。特撮に関してはほとんど書いてないので、まだまだ書くことがある。
社会論はまだ中盤といったところではないだろうか。しかしこれは書くときにも結構、準備と気合が必要なので、なかなかちょいちょいとは書けない。遅々とした歩みだが、あまり毎日堅苦しい話でも大変だろうから、今のペースでよしとする。
去年の10月からロックがうちに来て、その生活変化の延長線上にミクシイが入ってきた感じである。ロックもいなくてミクシイもやってなかった頃の生活は、何をしていたのか判らないくらいになってしまった。
ロックはこの一年で大分大きくなった。できたらもっと、ちっちゃいときの写真を撮っておけばよかったと思うこの頃である。
具体的な変化としては、ミクシイを通してできた人の縁が増えたのが大きな変化だった。「実戦武術」の皆さんと交流できたことは大変な実りであった。年末にもう一回くらい交流会か、忘年会があってもいいかなと思う。
一番の大きな変化は、やはりダイクマさんとの出会いを上げておきたいと思う。これは人との出会いの意味もあるが、武術家として僕が大きな転機に立ったことを意味する大変な出会いであった。
正直、振り返るにはまだ一ヶ月もある今年だが、後は年末まで今年の総決算、忙しい日々が続くだろう。いい機会なので、少し今年を振りかえってみた。今年は実に、実りの多い一年だった。
武術散策 私説・武術体系 心理論(指導論・浄化論)
最後の部門になる心理論は、他者を他者自身から解放するという大変に困難な要求を掲げている。実質、これが可能になるのは武術家としては相当、上位に進んだ段階であり、まず最初からこれをできるということはない。
指導論におけるこの要求は、単に他者に技術を教える以上の事を伴っており、そのために認識論から区分されて指導要求が生じてくる。それは他者が、自身の不自由への「気づき」を伴うという契機が含まれていなければならない。
しかしこの部門は僕が現時点で何の指導もしてないため、具体的な指導要領にあたるものはない。強いてあげたのは、自らの「気づき」を促すような幾つかの考察だけである。
○指導論
・試合偏重に対する歴史的苦言 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=705056772&owner_id=16012523
・武道と武術 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=726434399&owner_id=16012523
・『これしかない』訳ではない http://mixi.jp/view_diary.pl?id=744473853&owner_id=16012523
・ブルース・リーについて http://mixi.jp/view_diary.pl?id=767976385&owner_id=16012523
・僕の中の三要素 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=838190893&owner_id=16012523
・死力を尽くすということ http://mixi.jp/view_diary.pl?id=839229888&owner_id=16012523
現時点では浄化論に入るようなものは何一つ書けてない。しかし「敵意をもってくる相手を、敵意以外のもので浄化する」という発想自体は決して珍しいものではない。少なくとも日本武術には伝統的にそういう理念があるし、いくつかの拳法家の逸話や歴史的な挿話によっても確認できるはずである。
○浄化論
・不確定性を超える体験 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=745456169&owner_id=16012523
この部門は基礎論はおろか、充分な考察量もともなってない、ほとんど手付かずの部門である。この部門がリアリティをもって書けるほど、武術家としての段階が進んでないことの証でもある。