日々の事 ドラネコ商会の忘年会
昨日は夕方から、板橋でドラネコ商会の忘年会だった。余裕をもって出たつもりだったのだが、案の定、前日のバリウムがお腹にクる。新宿でトイレに捕まり、ついた時は10分の遅刻。皆さん、すいませんでした。
初顔合わせの女性テマモトさんと挨拶。あとから気づいたのだが、この人が噂の「ヴォルク・ハンに似てる人」? いや、色白の美人でありました。こんな人がなぜにドラネコに? しかもダイクマさんとスパーやってて、ダイクマさんは前蹴り出してたらしい。ヒドイ! オニや!
店に着くと群馬支部長のノビさんが先に待っていた。こちらも初顔合わせ。細くておとなしそうな感じの若者。あとから知ったところでは、この人がダイクマさんと「マンツーマン2時間フルタイムガチスパーを週3とかでやっていた」人だ。ああ…騙されてたんですよ、貴方。きっと人がよすぎるんだ。
しかしお酒が入ると段々、人の本性があらわに。以前に何回か一緒に稽古したことのあるザビタンさん(以前の日記ではTさんとして書いた人)は、「もの静かな感じで微笑む、不思議な雰囲気の人」から一変。饒舌で特撮好きの、ストライクゾーン広すぎの人へ。僕的にはアウト。もうちょっと周りを無視して、特撮談義をしたかった。
この間フロントネックで絞められたRうdyさん、日記での最初の印象は…「非常に人あたりもいい感じの人だった」とある。しかし暴言多し、手刀で脇腹を刺す警告を三回。なぜだが腕に龍がうねっているギギの腕環をはめていた。ガチムチの上に、まだ変身するつもりだ、この人。
しかしダイクマさんにはレッドカード発動。女性に対してなんてことを…いや、僕の日記の品位に関わるので詳しくは書かないけど。僕に対しては「4回に1回は奥さん自慢」とか、周囲を引き込んで「この人だけ正義超人」とか言ってる。くっそー、こうなったらドラネコ商会風紀委員として風紀粛清を図ってやる!
しかし武術の話アリ、マンガの話あり、果てはドイツや宗教にまで話が広がるこの多様さ(雑多なだけか?)。「普遍的な話を」とか言ってイデアがギャグに二転三転するウルトラC、うーむおそるべし。けど面白い、これがドラネコか。
だが一番のサプライズはダイクマさんの年齢を聞いたことだった。えーっ、そんなに年下だったのか! いや、武術の技量もさることながら、考えや発言、態度に一貫性がありしっかりしているので、てっきり同じか自分より上くらいに思ってたのだ。これはビックリ!
それであんまり驚いていると「そんなにフケてますかね?」とか聞かれるが、いや、そういう問題じゃなくてですね…けど、僕が10以上サバよんでも大丈夫な外見だから、これで釣り合いとれてるでしょう。
なんだかんだで楽しすぎて店を出るのが遅くなってしまった。11時近くに店を出ると、ダイクマさんに「ハルカさんは急いだほうがいいですよ」と促される。挨拶もそこそこに板橋駅まで猛然とダッシュ。酔っぱらってるので息が上がるが、構わず走り続ける。ああ、鍛えてて少し良かった。
新宿駅の構内も京王線乗り場までひた走る。なんとか急行に乗れて、ようやくホッと一息、…と思ったら、急激に気持ち悪くなり始めた。なんだか正体不明の汗がダラダラ出始め、気持ち悪さに網棚にすがるようにつかまって立つのがやっと。どうも走って急激に酔いが周り、その上、少し食べ方が足らなかったのが原因らしい。
しかしなんとか早めに座席に座ることができ、あとは猛然と爆睡。もうちょっとで乗り過ごすところだった。危ない、危ない。お酒は遅くても10時半まで、飲むのは3杯はキツいと知るべし、とか反省した深夜の帰宅であった。
日々の事 健康診断
と、いうわけで今日は健康診断だった。結果から言えば万全で、異常なし。ちょっと慢性胃腸炎の気と、肝機能がちょっと低下してるくらいで、まあ問題なしという結果だった。
しかし「胃がちょっと荒れてますね」とか言われたって、昨日の夕飯の後、朝ご飯も昼ご飯も食べてないんだよ? お腹も空くし、胃酸だって出るさ!
良かったのはいわゆる「善玉コレステロール」が増えていて、中性脂肪が減ってたこと。とは言っても、去年の健康診断が新年早々で、実家で散々食っちゃ寝の生活してた後だから数値が悪かったんだ。仕方ないっちゃ仕方ない。
しかし体重がまた減ってるのには参った。どういうわけだか、身長も縮んでる。もっと背筋を伸ばして乗るべきだったかな? 体脂肪も落ちて15%台である。ウエィトアップどころか、軽さは増すばかり。どうやら10月前後にひいた風邪の影響らしい。もう、体格と体重は諦めるしかない。
今まではウエストは計らなかったが、今回は最近流行の「メタボ」対策なのか、ウエスト周りを測られた。驚いたことに66.6cmと「オーメン」みたいな数字である。それにしても細すぎる。ズボンは一応、76cmとかを選んでるのに。
今回の新しい試みは、バリウム検査の後に「下剤を飲まないこと」。今までは「一錠飲んでください」と言われるのをマジメに守ってたのだが、その度にひどい下痢に悩まされ、数日は胃腸の調子が悪くなっていた。
しかし今回、その話を会社の同僚にすると、「いや、別にどうしても飲まなきゃいけないわけじゃないんでしょ。そのままで出ない人が飲めばいいわけで。それにバリウム自体に、若干、下剤効果があるらしいですよ」と教えられた。
そうだったのか! それならそうと、早く言ってくれ。今まで、どれだけ辛い目に会ってきたと思ってるんだ。そうじゃなくてもこちとら、検診には引っかからなくても、余り胃腸は丈夫じゃないんだ。一端、調子崩すと、戻すのが大変なんだよ!
…てな訳で、今回は下剤を飲んでないが、全然大丈夫だ。むしろ普段より調子がいい。薬というのは合う合わないがあるので、やっぱり自分の体質に合わせて飲むべきだろう。
それにしても、診断のためにこの数日間、禁酒してたのが解けてよかった。さあ今日はゆっくり晩酌だ! とか思ったら、奥さんが忘年会で今も不在。ロックと留守番で、ちょいとムナしい。明日はダイクマさんのところで、僕の方が忘年会である。
そろそろ忘年会シーズンだけど、皆さん体調を崩されないように…。
作品を読む 二つの敗北の内包
学生運動が下火になり、「革命」の正義が信じられなくなった事。これは一つの「敗北の記憶」だった。しかしそれ以上に、根源的な「敗北」を日本は経験している。言うまでもなくそれは、太平洋戦争の「敗戦」である。
この二つの「敗北」の記憶を、一つの時間枠に封じ込めた作品がある。それがロボットアニメの金字塔的作品である、『装甲騎兵 ボトムズ』である。
『ボトムズ』は宇宙で長く続いた「百年戦争」と呼ばれる戦争が「終結」したところから始まる。主人公のキリコ・キュービィーは元特殊部隊兵士で、ある事情から軍に追われている。そこでキリコが行き着いたのは、治安警察と暴走族が支配する街、ウドだった。
ウドの街では元ロボット乗りの兵士たちによる「闇バトル」が行われていたが、キリコはそれに参加することになる。このような暴力と腐敗が支配する街の描写は様々な映画作品にそのイメージ源流がたどれるといわれているが、恐らくそれだけではない。
そこではまさに「戦後」の混乱、腐敗と無秩序が描かれている。例えば『肉体の門』というような戦後の娼婦たちを描いた映画や、『空手バカ一代』の戦後直後のバラックのヤミ市が立ち並ぶ復興前の街の様子を見ればよい。それらの作品の多くは、日本の戦後がまさにそのような混沌から幕開けしたことを物語っている。
監督の高橋良輔は1943年生まれ、終戦の前々年の生まれである。その幼い目で、戦後の様子を見てきたことは想像に難くない。そしてそれは大いなる「敗北」の記憶となって、高橋監督の脳裏に刻み込まれたであろう。それを象徴的に表現したのがウドの街なのである。
このような「敗北」から始められた世代は、後の60年安保を迎えて激化することになる学生運動期に重なってくる。そこではマルクス主義や革命の理念が主張され、支配権を拡大しようとするアメリカ帝国主義に対する抵抗が唱えられていた。
しかし70年代に入ると、運動は急速に下火になる。そこでは「革命」の理念が消失し、「経済と技術発展」による社会進化がすげかえられることになった。それが一つの「敗北」だったことは既に書いた。つまりこの世代は、敗戦と運動の消失という二重の「敗北」を経験することになるのである。
そのなかで唯一、「勝利」の記憶といっていい出来事がある。それが「ベトナム戦争」であった。「ベトナム戦争」とは社会主義勢力がゲリラ戦を仕掛けることによって、巨大な資本主義帝国アメリカに勝利した唯一の事例なのである。だからこの時代には作家・開高健のようにベトナム戦争にシンパシーを感じる者も少なくなかった。
高橋良輔もベトナム戦争にただならぬ想いを寄せた作家である。『ボトムズ』の前作、『太陽の牙 ダグラム』はまさに象徴的に「ベトナム戦争」が描かれた作品と言ってよかった。
『ダグラム』は地球から植民地的な支配を受ける惑星デロイアの独立戦争の顛末を描いた物語である。地球人の要人の息子であるにも関わらず独立戦争に参加した主人公クリンの動向とともに、政治のかけひきの舞台裏、理念とその共鳴・反照などが入念に描かれている。
『ダグラム』では独立は妥協的ながらも成功し、それはギリギリのところで「勝利の物語」となっていた。しかし『ボトムズ』において、高橋監督は再び「ベトナム」を描き直す。それはウドから去ったキリコが辿りついた惑星クメンの内戦が舞台となっていた。
しかしここでは主人公キリコは、あろう事がゲリラを討伐する側である。その鬱蒼と生い茂るマングローブの森の中で行われる戦いは、まさに赤道直下の東南アジアで行われた内戦そのものの湿度と熱さで描かれた。その戦いにおいてキリコは、『ダグラム』のクリンとは違い、ゲリラを討伐する「アメリカ側」の視点からベトナムを凝視したのである。
この主人公のキリコが属する政府軍に、正義も秩序も無い。キリコに執拗に目をつける悪辣な性格の上官や、キリコを含めた傭兵たち全体の生き方が描かれる。キリコは火炎放射器でゲリラの奇襲に反撃する。それはまさに非常なアメリカ軍が取った行動の戯画である。
しかし内乱の相手であったクメン王国の側にも正義はない。それは秘密兵士を開発していた闇の勢力と手を結んでおり、そこから武器や資金の調達を受けている。その理念もまた土地の急速の近代化に抗してのものだったが、それ自体が一つの反動でしかなかったのだ。
クメンの内乱には『ダグラム』の独立戦争のような「正義」はなかった。そこにはもっと泥臭い裏の事情があり、その意味では「正義」はまたも「敗北」したのだった。しかしそれは「ベトナム」を理想化することなく、冷戦構造というより大きな枠組みで見たときの冷徹な観察が反映されたものだった。
その観察力は最終的には「己自身」に向けられることになる。何を求め、何を見つめるのか。何を一体、探してきたのか。キリコの旅が最終章のクエント篇では、自分自身の出生の秘密を探る旅になるのはそういう意味で必然であった。
そこで最終的にキリコは、己を作った神「ワイズマン」に出会う。それは人類全体の歴史を記憶し、それを俯瞰できるような巨大コンピューターだった。そしてキリコは、「ワイズマン」が自らの後継者として誕生させ、監視してきたと言う事実を知るのだった。
このような「人類の歴史」という単位でものを考えることは、マルクス理論が隆盛の頃は非常に盛んだった。そこには封建社会から資本主義社会、そして共産主義社会へといたる「進化」の道のりが理論付けられていたからである。
無論、このような人類史の展望は、現在では誤った理論に過ぎなかったことが判っている。しかし理論が切り開いた「視線」には、広大な視野が開けていたのも事実だ。そこには「現在」を批判し、俯瞰する批判精神があり、より大きな観点から人類の営為を見る視点が存在していた。
そのような視点を持った上で、「支配者」として人類に君臨するという「ワイズマン」の申し出に対して、キリコは拒絶の意を持って応える。そのような特権的な位置は、アメリカ同様、権力し対する固執でしかない。その視点を有しつつ、その視点を持って権力を拒否すること。
それがキリコの、最終的な選択肢だったことをどう受け止めるのか?
キリコの冷たい視線が、それを僕たちに問いかける。
日々の事 会社を去ったご婦人について
以前に日記にも登場してもらったことがある、パートで来ていたご婦人・Mさんが昨日付けで会社を辞めた。非常にいい人だったので何かトラブルがあったわけでもなく、ただ本人の「指が非常に痛む」と言う健康上の理由があったのだ。
別に何か送別会みたいな事をやるでもなく、しんみりとした雰囲気の人じゃないので最後まで明るく世間話して別れたのだ。が、不意に今日会社帰りにビデオレンタル屋に寄ったらMさんの姿を見つけたので声をかけた。
しばらく立ち話などしていたのだが、不意にMさんの次女の方が、少し前に難病指定の病気になった事に話が及んだ。その難病というのは自律神経系を自らが攻撃してしまうような病気で、足先から身体が動かなくなっていき、ひどい時には呼吸不全になるそうである。
「…けどもう私、頭がパニクっちゃって。医者はなんかちゃんと説明しないし、その薬は一本30万もして、それを7クールやる、とか言うんですよ」
「30万! で、それをやったんですか?」
「そう、やったんです。けど私、最初に7本を7回やるのかと思ったんですよ。けどよく聞いたら7回だけでいいって言うんです。けど7クールとか言われてもねえ」
「確かに判りにくいですね」
「それで最初に説明受けた翌日によく判んなかったから、次の日文句言いに行ったんですよ。そしたらやっと丁寧に説明してくれるようになって。若い医者で、最初すっごい横柄だったんですよ」
「ああ…インフォームド・コンセントができてなかったですね。最近は医者になるのに、そういう事が重要だと勉強してるはずなんですけどね…。けど、とにかく娘さんは治ってよかったですね」
「若いから、後遺症も残らずに済んだみたいでよかったんですよ。お年寄りだとかだと、顔面神経痛とかが残るみたいなんですね。私自身もB型肝炎を患ったりしてるんで、参っちゃって。今は抑えてるんですけどね」
「そうだったんですか? 知らなかったですね」
「そうなんですよ。例えば私が怪我して出血して、その血がハルカさんの傷口とかに触れると感染しちゃうんですよ。肝硬変とか、肝臓ガンとかになりやすくなっちゃうんです」
「そうなんですか」
「だから私、人に輸血しちゃダメなんですよね。まあ普通にしてる分には平気ですけど」
「そうですか。指の方はよくないんですか?」
「どうも、この中指だけ痛くって。レーザーあてて2.3週間で治るって言ってたのに全然なんです」
「針とかがいいかもしれませんね。後は温泉かな」
そんな話をして別れたのだが、Mさんが会社にいた時は知らない事ばかりだった。Mさんには本なんかも借りて、比較的話もしてたほうだと思ったのに。自分の迂闊さと、他者との思わぬ距離を再認識させられた。
身体を故障をきたすというのは大変なことで、それは誰にだって可能性のあることである。健康で働けるというのは、必ずしも「当然」の事などではない。普段はそれを忘却しているが、不意に自分がその立場になってみて気づくということがある。僕は明日は健康診断。少しでも予防は早めの方がいい。
離婚して母子家庭になったMさんが、自分の身体を患ったり、娘さんが病気になったときの大変さに想いを寄せた。社会的強者である「健常・妻帯・会社員」のどれからも外れているが、Mさんは明るくカラっと笑ってる。
ちなみにMさんが借りようとしていたのは、『D・グレイマン』の新刊だった。今度、見てみるかな…。
武術散策 非力・脆弱・貧弱・未熟
ひどい…ひどすぎる。昨日の柔道稽古はまさにボロ雑巾のようにやられていた。
そもそも僕が行く場所には某企業の強豪選手たちが出稽古に来てることは前にも触れたが、それは主に「未来ある」高校生たちに稽古をつけるためである。で、彼らに比べれば別に「未来」なるものがあるわけじゃない僕は、高校生がいかないときに出て行って、隙間を縫って稽古をつけてもらっているのである。
ところが昨日はその高校生たちがテストか何かで来てなかった。と、すると若干残ってる中学生と僕だけが企業選手の相手。やった、これなら思う存分乱取りができる! と楽観的に考えて稽古に行ったのが運のつきだった。
こういうときに限って向こうは大勢、こちらは少数。普段は休みを入れながらやる乱取りも昨日は休憩する間もない。次第に腕が上がらなくなり、息が切れ、動きが鈍くなる。こちらはもうヘロヘロである。
しかし向こうは普段、体力を使う高校生が来てないから体力は有り余ってる。中学生にムチャなことができない分、成人の僕には容赦がない。加えて、向こうは技術・体力、腕力・体格の全てで僕を上回る。…いや、ひどいやられっぷりだった。
ひどいのを幾つか。余り体格差のない相手だったのだが、肩車に背負われる。空中で抵抗できた、と思っていたらやおら持ち上げられた。そのまま頭からまっさかさま。無論、ギリギリで受身は取るが。
もう一つ。体重差おそらく40kg近くの相手にグイグイ頭を下げさせられた後、上からがぶられる。何をされるかと思いきや、そのまま脚の方を持ち上げられた。オイオイ、こんなん柔道技じゃないだろ! そう、いわゆるパワーボムである。地上約1.5mくらいのところから、後頭部・背中部から急降下である。
しかし一番ひどいのは相手から受けたダメージじゃなくて、自分が大内刈りにいって挫いた右足である。一晩寝たら、捻挫がもっと痛くなっていた。今日は足首を固定する効果のあるトレッキングシューズを履いて仕事にでかけた。しかしこれは、今日大事にしてたら大分良くなったからいいとする。
だがもっとひどいのは心のダメージである。あまりの自分のふがいなさに、昨日は本当に落胆した。こちらは何をやってもきかない。相手はいつでも、こちらを投げられる。この非対称性が遺憾ともしがたい。本当にかけねなく、技術も体力も体格も腕力も、僕が勝るものがないのだ。まさに打つ手がない。
実際、ここまでやられたのは久しぶりだった。僕はどちらかと言えば守りの固いほうだったのだが、昨日は思い切って自ら技を仕掛けていったのだ。しかしこうなるとなまじ隙が出て、いいようにやられる。判ってはいたのだが、しかし攻めた。
今まで僕は実は「柔道家対策」として柔道をやっている、という意識が強かった。しかしこの前のダイクマさんのところの練習で自分を「柔道家」として再認識したので、柔道をちゃんとできるようになろうと思ったのだった。だとしたら、やはり攻めなければならない。
…しかしこうなると弱い。自分の軽さと非力さを痛感させられる。対策はもういいので、今度は相手を「柔道で」投げる番である。あんまり頭にきたので、落胆と怒りを通り越して闘志が沸いてきた。
某企業は昨日が稽古締めだったので、稽古は来年に持ち越しである。けど来年は、少しは他人を投げられるようになるぞ、とか思った。