武術散策 プロ格闘技論 ⑤ポジショニングとPRIDE Ⅱ
PRIDEは自由にアルティメット、Kー1、修斗、高田道場、フリーの選手を引き込んで興行を成功させていく。その成功はフジテレビのバックアップもあって露出が高いことから、リングスやパンクラスなどの興行よりも知名度を高めるに至った。そしてそれはまだ一般には馴染みのなかった「バーリトゥード」ルールの試合の、認知度を高めるに至るのである。
しかし初期PRIDEの中で決定的な要素が噴出してくる。それは、ほとんどの試合が最初のテイクダウンの瞬間に、ほぼ勝敗が決まるという事実である。つまりアルティメット系におけるポジショニングの優位性が、圧倒的なセオリーとして出てくるに至るのである。
高田がプライドに敗北する原因は、グラウンド技術のなさなどではなく、決定的にポジショニングという問題に由来するものである。このポジショニングの有効性は、エスケイプなし、ダウンなし、ブレイクなし、というルールに由来している。
つまりそのルールとは一回ポジションを取られたら脱出する術はなく、また倒れて殴られて意識が少しでも遠のいたら、後はレフリーストップがかかるまで殴られ続けるしかないということである。それは「戦いの原点に最も近い」と想定された、路上の喧嘩を想定してのルールである。
ここで最も重要なのは、とにかく相手の下にならないこと、となる。それは比較的安全と言われた、ガードポジションでも同じことである。ガードポジションの上からでもパンチを出していれば、いずれどこかに当り出血や腫れを招くし、またレスリング出身者は力にものをいわせて首を抱え込み気道をふさぐという単純な技でギブアップがとれるようになった。
もちろん最初のテイクダウンで上になること、それは一つの技術であろう。しかしテイクダウンの瞬間に、そのポジションが上になっただけでほとんど勝負が決まる「PRIDE」の試合が、ある種の大ざっぱな試合という印象を残すことは否みようもない。
単純に言えば「PRIDE」の試合は面白くないのである。下になった選手はひたすら身体を密着させて上からの打撃を防ぐ「膠着」状態になることがある。「膠着」それ自体が悪いわけではないが、少なくとも「PRIDE・4」の時点では、そのリポートのなかに少し膠着が続いただけでブーイングする観客の存在が指摘されている。
これはもちろん、観客自体がバーリトゥードを理解していないことに原因しているが、問題なのはこの「膠着」がほとんど打開につながることがなく、結局上に乗ってる選手が勝ってしまうその後の試合展開のほうである。つまるところ、それは事態を打開するための技術ではなく、単に負けないための時間稼ぎの方法にしかなっていない。
ここで奇妙な問題が生じることになる。本来、バーリトゥードが「戦い」を路上の喧嘩という想定に近い局面で「認識」することに意味があったにも関わらず、そこにはル-ル上の方法論が介在し、「戦い」それ自体の認識に基づいた「技術」性が存在しないのである。
本来、プロレスから総合格闘技への以降とは、「強さ」という 「物語」から、「戦い」の「認識」への以降であったはずである。そしてその「認識」は技術へと転化された。総合格闘技は少なくとも「技術」が披露される場であったにも関わらず、「PRIDE」にはそれが存在しなかったのである。
より多くのハイレベルなグラウンド技術の攻防戦は、リングスやパンクラス、キングダムにおいて見ることができた。それは試合として戦う両者の技術をじっくりと確認できるだけの、興行性を持っていたのである。対してPRIDEにおける戦いはその意味では初期のアルティメット大会同様、ほとんど「試合」とはいえず、単なる「衝突」にすぎないものが多い。そこにPRIDEの「面白くなさ」がある。
しかし本質的な問題はむしろ、その「面白くない」PRIDEの興行が、「アルティメットで勝つ」ということを総合格闘技の条件として浸透させていった、その格闘技界における浸透現象である。それは新興勢力のPRIDEに、リングス、パンクラスなどの団体が圧力を受けたということを意味している。
グラウンドと打撃双方の長所をいかしつつ異種格闘技を行ってきたリングスも、グラウンド技術を第一にするパンクラスも、本来的にはアルティメット志向ではない。顔面パンチ、グラウンドパンチありのアルティメットルールでは選手が受けるダメージが高くて、定期的な興行が難しくなるばかりでなく、選手生命の期間や体重制の問題が否応なしに入ってくることになる。
何よりそこには「試合」を「技術」の攻防として見せるだけのポテンシャルがない。それはつまり「試合」ではなく「衝突」を反復するだけの、「成長」のない団体となってしまうのだ。「PRIDE」のように不定期に資金を集めてフリー参戦する形式なら「衝突」だけの興行も可能だが、団体として選手を保持し若手を育てるとなると定期的な興行が必要なのである。
そして定期興行であるならば、「衝突」だけの興行は到底魅力を維持
するのに耐えられない。しかし「PRIDE」がもたらした「真の」アルティメットは、総合格闘技を名乗る団体に、その「場」において勝利することを暗黙の内に要請することになる。
98年にはパンクラスの船木がアルティメットに参戦し、99年にはリングスのKING OF KINGS大会(通称、KOK)においてスタンドの顔面パンチの全面採用、そして2000年にはパンクラスのルール全面変更(顔面、グラウンドパンチ、体重の三分制)という流れを経るに至る。
そこにおける船木のヒクソン戦敗北、KOK決勝トーナメントの日本人選手全滅に象徴されるように、アルティメットにおけるリングス、パンクラスの両団体の戦積は芳しくない。それは両団体ともに結局、グラウンド技術はあるにしても、ポジショニングにおいて体格、瞬発性に勝る外人選手に勝てなかったからである。
アルティメットは基本的に「もっとも戦いの原点に近い」と、認識されることによって認知された。つまり何でもありの、エスケイプなしダウンなしのルールである。アルティメットが「戦い」の認識においてそこまで重要視されたのは、それがほぼ「ルールが想定されない」路上の喧嘩という「平等さ」に基づいているという認識によってである。
つまりそれは「戦い」における「普遍的原理」と見做されたのであった。このルールがアメリカ発アルティメットから浸透していったことは、経済におけるアメリカの「グローバリズム」と奇妙な一致を示している。アメリカのグローバリズムは市場の開放、規制緩和を 「市場の平等」という原理を掲げ、その「普遍性」によって自らの要求を正当なものだと称してきた。
しかし実際には同じように市場が開放されたなら、現時点での経済格差がそのまま市場における力の差となるアメリカにとって都合のいい「不平等主義」である。アメリカはそのグローバリズムを東南アジア諸国におしつけ、日本に圧力をかけて要請してきた。
結果的には東南アジア諸国はアメリカのドルに混乱させられ、ひっかき回され、成長途中だった経済基盤も再び以前の段階に逆行することになる。「グローバリズム」とは普遍性という名を掲げたアメリカ主義であり、その実態は新たな不平等の是認の方便に他ならない。
東南アジア諸国のなかで「自衛のために、我々はアメリカの要求を拒む。我々の国の経済はまだアメリカのように強大ではなく、同じ土壌で競うのは自滅を招く」と発言した首相がいた。
本来の平等性とは、普遍的原理とは、格差のある者が格差を極限まで無視できる土壌のなかで競いあえる条件のことではないだろうか。船木が「スポーツ」を目指すといっていた発言の裏には、恐らくそのような意味が込められている。少なくともアルティメットとは、単に不平等な条件が不平等な条件のまま、是認されるルールということに他ならない。
そこには近い技術を持つ相手同士が、その技術を競い合うというスポーツライクな魅力はない。もちろん格闘技とは「戦い」である。しかし試合を見るということはそこに「技術」の競り合いを見る、ということなのであり、そこに魅力があるのである。
「リアル」な戦いや「強さ」が確認されることが重要なのであり、そこに何の技術も必要ないのであれば、プロが素人を一方的にブチのめす現場を見ればいい。実際、アメリカ人の嗜好性が流血すれば喜ぶという浅薄なものであることが、アルティメット隆盛の根本動機となっていることが指摘されていた。だからアメリカではU大会を放映しない州も多い。
しかしU日本大会では日本人の格闘ファンは通で、流血よりグラウンドのスマートな勝ち方を好むという話が既に選手達に知れ渡っていた。実際、格闘技の本当の楽しみとは、一方的に勝利する「圧倒的勝利」ではなく、双方の高度な技術が競り合う「名勝負」を望むものである。
一方的な勝利者に自己投射するのは幼児的な見方であり、技術の攻防戦を楽しむのはその技術体系全体を視野に入れた通の見方である。しかしアルティメット(自由市場の原理)という不平等主義は、「ポジショニング」(グローバリズム)という名の普遍主義を掲げてやってきた。
そしてそれは「PRIDE」(規制緩和)という形で、日本に実現したのである。それは一つの強力な求心力として、格闘技界全体を変貌させていくことになったのである。
破片群
『魔剣 Ⅵ 』
城下を陰惨な事件が包んでいた。その事件の報告がなされるたびに、王は顔を曇らせた。それは国の誇りともいえる十一剣雄騎たちの、度重なる死の報告であった。
「昨晩において、緑雄騎様が何者かに暗殺されたこと、間違いございませぬ」
「…銀雄騎を初めとして、金、黒白灰、そしてこたびの緑雄騎の死。一体、何者の仕業じゃ?」
「恐らくは…敵国の暗殺者の仕業かと」
憤る王の問いに、この国最高の剣士の称号を持つ龍剣士は、悲壮な面持ちでそう答えた。大剣者と龍剣士、この双璧を筆頭に、十一剣雄騎はこの国の武の誉れでもあった。しかしそのうち今は大剣者はおらず、十一人の剣騎のうち、既に五人が失われていた。
「それにしても我が国の誇る剣士たちを、やすやすと斬り捨てるその腕…。一体、どれだけの手だれだというのだ…」
その晩、青雄騎は配下の者が止めるのもきかず、そのうち特に剣技に優れた5人を揃えて城下を歩いて回った。謎の暗殺者をおびき出し、あわよくば同胞の仇をとるつもりであった。
「青雄騎様、現れますでしょうか? これほどの準備をした我々の前に」
「確かに。これでは怖気づいて出てこれないかもしれないな。しかし灰雄騎様が倒されたときは、配下の者7人もともに斬られていた。常識が通じる相手ではないかもしれない…」
青雄騎はそう呟くと、秀麗な面立ちを夜の闇に向けた。ふと、その先に気配を感じ、青雄騎は黙って一同を立ち止まらせた。
「…そこにいる者、現れよ」
青雄騎の声に呼応するようにそこに姿を現したのは、他ならぬ龍剣士であった。青雄騎の顔に、ふと安堵の表情が戻った。
「龍剣士様でありましたか。こんな夜更けに一人歩きは、危険ですぞ」
「いや…」
龍剣士はその表情に虚ろなものを見せたまま、ゆっくりと囁いた。
「…危ないのは御身たちのほうだ。もっとも……もう、遅いがな」
龍剣士の声が終わるかどうか、その間に龍剣士は腰の剣を音もなく抜き放った。それは以前に王から拝領した、あの剣であった。
「……まさか。貴方が暗殺者? 何故、このようなことを?」
驚愕に開かれた目で、青雄騎は龍剣士に問うた。
「何故? それは…斬らねば済まされないからだ」
龍剣士は憑かれたような目をして、ふと微笑をこぼした。青雄騎はその気配にただならぬものを感じながら、自らの剣を引き抜いた。部下の全員がそれに倣う。
「貴方は敵国の者なのか? 我が国の守りを薄くするための策か?」
「いや…案ずるな。敵国の豪魔十二将は、既に一人残らず斬ってきた後だ。向こうもそうは攻めてこれまい」
龍剣士の目が笑みに細められた。と、見るや龍剣士は怪鳥のような勢いで青雄騎たちのなかに突っ込んできた。瞬時にして二人が胴切りにされ、呻き声をあげる間もなく倒れる。
「馬鹿な…陣形を張れ!」
青雄騎は声をあげ、残った者で円陣を組ませた。臆する様子もなく、龍剣士は銀の刃を、漆黒の闇に閃かせた。
「暗殺者の正体が判りましてございます!」
翌朝、早朝からの報告に、王は寝台から跳ね起きた。
「何者だ!?」
「龍剣士様にてございます!」
「りゅう…馬鹿な。たわ言を申すな!」
「事実でございます。昨晩、青雄騎様および配下5名が、龍剣士様に襲われました。青雄騎様も斬殺されましたが、その中に一人、発見されたときに僅かに息を吹き返した者がおりました。その者の証言により、間違いなく暗殺者は龍剣士様との事。その者も、それだけ伝えて事切れてございます」
王は報告を受けながら烈火のごとく怒った。
「残りの剣雄騎全員と、その配下の将全てを龍剣士の住まいに向かわせろ! 何があっても、奴の首をここへ持ってくるのだ!」
王の命令を受けて、四人の剣雄騎と兵百名からなる部隊が、龍剣士ただ一人を倒すために進軍した。部隊は龍剣士の屋敷をぐるりと包囲した。中心になった赤雄騎が、屋敷内の龍剣士に向かって声を上げた。
「龍剣士殿! この上はおとなしく出てきて縛につかれよ! それが剣士の、せめてもの情けでありまする!」
その時、突如として龍剣士の家から火の手が上がった。火の手は見る間に勢いを増し、屋敷を包囲していた兵達はその灼熱の炎に後退を余儀なくされた。
と、不意に正面扉から、剣を持った龍剣士が炎の中から現れた。
「龍剣士殿! おとなしく縛につかれよ」
声を上げた赤雄騎に向かって、龍剣士は弾丸のように駆け出した。
「馬鹿な! 我ら四人と百名の兵を相手になさるおつもりか!」
赤雄騎は声を上げながら自ら応戦のために剣を抜く。しかし、次の瞬間、赤雄騎の額は真っ赤に避け、滝のような血をほとばしらせて倒れていった。
怒声と、咆哮があちこちから上がった。兵達が一斉に龍剣士を襲う。そのなかで龍剣士は一人、澄んだような目をしてその陶酔感に酔いしれていた。
(…これだ……)
龍剣士の目には、襲ってくる兵達の動きが、まるで亀のように鈍い動きに見えていた。興奮と、憤りに満ちた顔を、龍剣士はなんでもないように撫で切る。すると今度はその悲鳴が、まるで遠くから響いてくるこだまの様に、耳に聞こえてくるのだった。
(この剣…この剣にはとてつもない魔力がある。この剣を持ったとき、私の意識は最大限に活性化し、肉体の動きは限界を超える。このとてつもない超越的瞬間! 私は戦いのなかに現れる、この瞬間を味わいたいのだ…)
怒声と悲鳴が共鳴するなか、龍剣士はただ一人、優雅な舞いを舞うように剣をふるい続けた。辺りの地面は血に染まり、龍剣士の身体もまた真紅の衣装を着たようになっていた。
気づくと龍剣士は、ただ一人立ち尽くしていた。
その足元一体には、斬られた兵達の屍がごろごろと横たわっている。
「ば…馬鹿な……こんな事が…」
紫雄騎の最後の呻き声に耳を貸す様子もなく、龍剣士はその場を立ち去った。
龍剣士は山に入った。小川のつくる水場で身体を清めながら、龍剣士は自分が「最高の瞬間」を体験してしまったことをふと理解した。
(あれ以上の瞬間はもうない…もうあれ以上は……)
その想いは龍剣士の身体を締め付けるような苦しさとして襲った。
(…誰だ? これ以上、誰を、どれくらい斬れば満足できるのだ?)
その苦悩に顔を覆った瞬間、龍剣士はその水面に映る顔を見つけた。
(そうか…ここにまだ……)
しばらくして後、龍剣士の捜索隊からその報告が寄せられた。
水場のそばで見つけられた龍剣士の身体は、既に息絶えていた。それは明らかに自ら命を絶った死骸であった。地面に膝をついて腰を降ろし、両手には王から拝領したあの剣が握られていた。しかしその死骸には首がなく、頭部は傍らに転がっていたという。
自らの持つ剣で、どのようにして自らの首を落とすような事ができるのかは、誰にも判らずじまいであった。
好事徒然 江戸の経済事情
色々調べていくうちに判ってきたのだが…一言で言って、
『武士はビンボーだ!』
なのである。いや、本当にそうなのである。ただ事ではない。
まずは町人から。杉浦日向子さんの『一日江戸人』の試算によると、「長屋では、親子三人が一ヶ月一両あれば、ひもじい思いをしないで暮らせました」とある。棒につるしたザルに野菜や魚を持って行商する「棒手振り(ぼてふり)」でも、一日に四、五百文の稼ぎがあったという。
一両を六千文としても、一ヶ月に10~15日くらい働けば、まあなんとか凌げたというのである。週休、3三日以上? いいなあ、羨ましい。前にも書いたように、120万人の江戸の半数は純粋消費者である武士だったということが大きいだろう。
ちなみに江戸の町人には「税金」がない。あるのは家賃だけである。これも結構大きいだろう。上の試算では一食三杯、毎日銭湯に入り、週に一度は床屋に行くという試算なので結構贅沢だ。独身男なら、週に6~7日働けばよかったろうと書いてある。
これに対して武士である。武士は秩禄に応じて禄米を支給される。例えば「三百石取り」の武士なら、年間で三百石の米が支給されるということである。それを換金して生活する、という前提なのだが、この人件費が異常に安い。
山本博文の『江戸の金・女・出世』を読むと、中間(ちゅうげん、奉公人のこと)一人の給料は、年間で二両二分から三両。侍でも最下級の者なら、三両一人扶持(ぶち)が普通だったというのである。
町人の親子三人が一ヶ月で一両あれば~って書いてるところで、武士は年間で三両? 暮らせるわけがない。じゃあ、なんでこんなことになるのかというと、そもそもの米による秩禄という感覚の問題がそこにある。
一両、というと大体、米一石なのだそうだ。で、この一石というのはどういう単位かというと、大体、一人が年間に食う米の量なのである。これは換算すると、150kgくらいらしい。奥さんに聞いたところによると、我が家では10kgの米を、一ヶ月で二人でギリギリ食べきれないくらいだそうである。
一人換算で150kgならかなり大めということが言えるだろう。山本氏は一両を6万円、杉浦さんは一両を8万円くらいに設定しているが、うちで食べてる米ならもっと安くなる。まあけど、一両=一石=6~8万円くらいということである。
しかし江戸時代になると市場は貨幣経済に移行して行き、米で基本的な給付を担っている武士は、貨幣経済においていかれることになった。享保期には人口が大体、3128万人。これに対して、総石高が3200万石。
しかしその80年後くらいの寛政期には、人口は変わらないのに総石高は3700万石以上に上がっていた。米価が下がっても不思議ではない。米価は下がっても、武士の禄高は変わらない。悲劇である。
井原西鶴は『日本永代蔵』に次のように書いているという。『千石の身上は米一石が六斗替えにして、銀六十貫目の身代なり。ひきかえ我は、家屋敷を売買の代物高を積れば、二百貫目の財産なり』
商人たちの財産から考えると、武士の「~石取り」とか言っても、たいしたことはないじゃないか、というような気概が、既に元禄期の町人たちにはあったらしいということなのだ。
また加えて、江戸詰めになってる武士の生活が、いかに倹約を考えなくてはならないかという事をとうとうと説いた資料なども残っていて、これがまた悲哀に満ちている。
神坂次郎の書いた『元禄武士学』では、紀州徳川家の家老、安藤家の御典医、原田某の江戸記録を紹介している。
『非番の日は内(御長屋)におられず、(暇つぶしに)東西南北とかけまわり、終日の費え(ついえ)百文にて済まさんと工夫をなし……空腹を凌ぐは蕎麦にきめ、後に五、六杯そば湯を飲む。あるいは湯屋に入りて、茶を飲んで茶代を省く…』
風呂銭は八文、二階の休憩所での茶代が八文で、合計十六文で済む換算である。ちなみに当時の風呂屋の二階は休憩所であり、碁盤、将棋盤、煙草盆などがおいてある町人憩いの場であった。
これは安上がりなので、間違っても茶店などに行ってはいけないと原田某は書くのである。
『町内の茶店にて、春日野四十八文、奈良茶漬六十四文と記しあるは、多くは謀計なり。うかと入るべからず』
…こういうこまごまとした日常の倹約話もあるが、別には武士が商人に土下座して金を工面してもらった、というような話もある。「武士は食わねど高楊枝」とは言うが、それにしても大変な台所事情だったというのが実情のようなのである。
思索の遍歴 イマジナリーな科学
科学というのが「外部」の観察に基づいて生まれたものであると同時に、内的な「モデル」を外部に投射して生まれたものであるということは、その歴史を見るとよく判る。つまり科学には「イマジナリー」な部分が多分にあるということだ。
ギリシアにおける宇宙観というのは、『天球』というモデルによって理解されていた。これは地球を中心とし、それを透明な球体状のものが幾重にも取り囲み、星々はそれにくっついている、というようなイメージである。
これだと地球に一番近い内側の天球は月の天球で、その外側に太陽を初めとする幾つかの天球があり、一番外側が恒星の天球だった。そして月の天球から外は「天上界」で、「地上」とは全く別の運動原理が支配していると考えられたのである。
地上では地水火風の四元素が、そして天上を充たすエーテルが第五元素として考えられていた。地上では四元素は「上下」運動を行う。地水は下へ、火風は上へ、というわけである。ちなみに一番外側に「火」の層があると見做されていた。
この地上の「上下」運動に対して、天上では「等速円運動」というのが支配していると考えられてきたのである。円とは始まりも終わりもない運動で、それは「永遠」であることと同じである。それこそが「普遍」のイメージだった。
しかしような運動原理の理解には、幾つかの問題があった。例えば投げたものが放物線を描くような、近接しているものがないにも関わらず力の働きがみられる現象。
あるいは落下物が加速していく落下加速運動。そして右に行ったと思ったら留まり、そしてしばらくして左にいくというような「惑星」の運動。特に惑星は「惑う」星と書くくらいで、それは天球の等速円運動モデルに不都合な運動軌跡だった。
これに対して長らく整合性のある説明を与えてきたのが、プトレマイオスの唱えた「周天円」説である。これは惑星が、地球を中心とする同心円上にあるのではなく、その円上でさらに小さな円を描く、というモデルだったのである。
実際、周天円というのは16世紀くらいまでは深く浸透しており、ある意味、非常に整合的に天体の動きを『説明できる』モデルだったのである。
しかし段々と観測技術が発達し、正確な観測位置がわかってくると、周天円も単純な構造では説明できなくなる。これに対応するように、周天円の数は、16世紀の最終期には80個にも上ることになった。この多数の周天円モデルは、天体運動の予測に複雑で膨大な計算を必要とするようになるのである。
この煩瑣な手続きが必要な複雑な宇宙論に異を唱えたのが、有名なコペルニクスであった。コペルニクスは周知の通り「地動説」を唱えたのだが、それはこのほうがよりシンプルな観測対照が可能になるためであった。
しかしこのコペルニクスの地動説も、単純に観測という「外部」からのフィードバックで生まれたものではない。コペルニクスは地球を動かすことには抵抗がなかったが、等速円運動には極めて強いこだわりを持っていた。だからコペルニクスのモデルは、太陽の周りを円運動で惑星が回っているのである。
もう一つ重要なことは、コペルニクスが当時の流行思想である、「ヘルメス主義」の影響があったということである。ヘルメス主義は一種の異端思想ということになるが、ここではそれが「太陽信仰」の形として影響を及ぼしたことにだけ言及しておく。「太陽の周りを回る地球」という宇宙論に、宗教的な背景もあったということなのである。
結局、ガリレオによる地上の力学、そしてティコ・ブラーエの残した観測結果に基づいたケプラーの「楕円軌道説」を踏まえて、ニュートンが万有引力の法則を発表するまで、「地上の力学」と「天上の運動」は合一されることはなかった。
しかしそのニュートンも、デカルトのような「機械論的宇宙観」に対しては否定的だったというのも興味深い話なのである。またニュートンにしろデカルトにしろ、敬虔なキリスト者であったことには変わりがなかった。
特撮最前線 超特撮論 3、分身と変身③
「仮面ライダー」における「ダブル」は、文字通りの二人の仮面ライダーとなって現れた。旧一号ライダー本郷猛の登場の後に、二号ライダー・一文字隼人の登場、そして新一号ライダーの復帰というのがその経緯である。
その過程で二号ライダー編の後半に、本郷がヨーロッパから暫定的に帰ってくる話があり、これが一号二号の「ダブルライダー」の最初の登場となる。この「ダブルライダー」は、もちろん当時の視聴者を興奮させたのに想像は難くないが、しかしある不思議な印象を残す。
それは一号二号がほとんど同形であり、注意深く見ていなければどちらが一号か二号かの識別すら難しいほど酷似しているからである。それはつまり固体識別が困難なほど、その類似性が高いということである。
これは「ヒーロー」の持つ根本的な「中心性」に、ある意味では逆行するような描写である。「ヒーロー」とはそこにおける絶対的な中心であり、その中心存在に対して識別が不可能であるというのは、その絶対的な単独性を揺るがすことになりかねない。それは「ヒーロー」自身の絶対的価値を相対化する。つまりヒーローが代替可能なものとなるのである。
言うなれば、全くそっくりの仮面ライダーが二人いることは、一号がいなければ二号、二号がいなければ一号でも構わない、ということを意味する。この時から一号二号のそれぞれは、互いの「単独的」な価値を自ら失う。
事実、「V3」以降、一号二号が登場する時は、どうしてもこの両者が「セット」で現れなければならないようになってくる。それは両者の「単独ヒーロー」としての魅力が損なわれたことに由来している。そのような単独の魅力の減少にも関わらず、何故「ダブルライダー」は存在したのだろうか。
実際的な話をすれば、それは本郷猛役の藤岡弘の怪我による休暇、というのが実情である。その休みの代役に同じ事務所の佐々木剛が急きょ、「仮面ライダー」に選ばれた。しかし佐々木の「藤岡の怪我が直るまで」という約束の下、本郷猛が復活する。
それが「ダブルライダー」誕生の過程であるが、「ダブルライダー」は何も、最初から予定されいたわけではない。実際、二号ライダーは当初、「仮面ライダー」と呼ばれているだけで「二号ライダー」とは呼ばれていない。一文字が「二号」と呼ばれるのは、「新一号」に登場するようになってからである。
「一文字ライダー期」に本郷がゲスト復帰しても、本郷が「初代仮面ライダー」や「仮面ライダー第一号」と呼ばれるだけで、すぐに一文字が「二号」と呼ばれたわけじゃなかったのである。つまり本来的に、一文字は「オリジナル」ライダーだったのであり、「二号(バリエーション)」ではなかった。
それが「二号」となるのは、「新一号」が現れたことによってである。ここに至って、帰ってきた「二号」は差異性のために手袋と靴を赤くし、「ストロンガー」に登場した際にはマスクまで濃くする指標を刻印しなければならなかった。
15話しかなかった「旧一号」に対して、本来的に「仮面ライダー」の名を知らしめ、熱狂させたのは長い期間に渡る「一文字ライダー」の活躍によるものである。にも関わらず我々が思い描く「仮面ライダー」は、いつも「本郷ライダー」であり「一文字ライダー」ではない。
これはひとえに一文字が、「二号」と刻印された時に始まった不幸であるかと思われる。つまり「一文字」は、その中心性を「ダブル」によって相対化されたのだ。
これが事実と対照的な「ダブルライダー」成立の過程である。しかし文献学的な、あるいは伝記的な批評の限界が露呈するように、これでは「仮面ライダー」における「分身(ダブル)」という主題の特殊性を探ることはできない。
もちろんこの意味で「ダブルライダー」は偶然の産物である。しかし考えてみるとよい。もし「宇宙刑事ギャバン」が「ダブルギャバン」だったら、あるいは「人造人間キカイダー」が「ダブルキカイダー」だったら……。
そこに「ダブルライダー」ほどの魅力が生じないことが、少しの想定で理解できるだろう。それは何故だろうか? それは「ダブルギャバン」や「ダブルキカイダー」では、宇宙刑事(コンバットスーツ)や人造人間(ロボット)の大量生産性(規格性)を示してしまい、そのモチーフから全く魅力が失われるからである。
「ダブル」が規格品ではなく、特別な意味を持つ存在であるためには何が必要なのだろうか。「仮面ライダー」のダブルがそのような「特殊存在」であり続けられたのには、「仮面ライダー」がやはり一面においては「怪人」である、ということが大きく関わっている。
「怪人」とは、常にその原形に生物のモチーフを持つ改造人間である。「ダブル」が現実化されなかったあらゆる「可能性」の象徴である時、それは通常潜在化している無意識が顕在化した形であるとも言える。その「潜在意識」、つまり、より「本能」に近いものとしての「生物」というモチーフがここに現れる。
それはメタ意識が抑圧した原始的心性であると同時に、理性的な意識が抑圧している「本能」に近いものなのだ。コンバットスーツやロボットが同形で複数の場合、それは単に大量生産が可能であることの証にすぎない。
しかし同形の生物が複数いることは、むしろ自然(野生)の本質的特性であり、その時その現象はむしろ「生命の旺盛」を示すことになるのである。ここで「死の前兆」だった「ダブル」が、何故受け入れられたかが理解できる。
つまりフロイトの言うように「ダブル」は元々「生命の保証」であったが、そこから変異して「死の前兆」となった。「仮面ライダー」は逆に、「死の前兆」であったダブルを昔の意味に「生命の保証」へと戻したのである。つまり「一号が倒されても、まだ二号がいる」ということである。
全くの同形ヒーローが共演するという光景は、「仮面ライダー」以降見ることはない。それは「仮面ライダー」が持っていた「原始性」という要素が、それを可能にしたのである。その意味では恐らく、「アマゾン」ならば、同形ダブルが可能ではないかと思われるのである。