こんばんは(^^)
カウンセラーセラピストの内海です。
ここ数日冷え込みましたね。
皆さんの地域は、積雪とかあったのでしょうか?
北の地域は積雪が普通ですよね。
福岡は少し雨が降っただけで、
雪の予報は外れて
ホッとしているところです。
さて、昨日感じたことを
ブログに書きたいと思います。
長いですけど、
よかったら読んでくださると嬉しいです。
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鯛のあら炊きを作ろうとして、
生姜を千切りしながら、
ふと思い出した。
あ、私、
生姜、食べられなかったよな〜。
特に生の生姜は無理だった。
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私は、誰にも甘えない子だった。
「相談する」という言葉は、
私の辞書にはなかった。
確か3〜4歳の時、
大大大好きな母が
「可愛い」
と頬を寄せてきても、
私はなぜか
「気持ち悪いからやめて」
と言ってしまった。
嬉しいのに
なぜそんなことを
言ってしまったのかが
悲しく、そして不思議で、
ゲシュタルト療法の師匠の一人、
ももちゃん(百武正嗣さん)に
その話をすると、
「戦っている状態だから、
甘えることはできないよ」
と言われて、腑に落ちた。
私は、
母をいじめ続ける
祖母や叔母たちに対して、
物心ついた頃から、
母の代わりに戦っていた。
だから、
本当は甘えたくても甘えられず、
家では
「強い自分」
でいなくてはならなかった。
甘えたい気持ちさえ、
わからないくらい
気持ちを抑えていた、
と今は思う。
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ある時、生姜のことを
セルフワークしてみた。
すると、ぼんやりと、
実家の飾り棚の前に立っている
感覚が浮かんできた。
台所の方を向いて立っている私。
寂しくて、悲しくて、泣きたいのを
必死でこらえている感じ。
そこで、思い出した。
小学3年生のときの出来事を。
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その日、
いとこたちが家に遊びに来ていた。
いとこが風邪気味だと言うと、
母は生姜湯を作ってあげていた。
それが羨ましくて、
私は勇気を出して
「私も生姜湯、作って欲しい」
と母に伝えた。
その時の私にできる、
精一杯の母への甘えだった。
でも母は忙しかったのだと思う。
「生姜をすって、
砂糖とお湯を入れたらいいよ」
そう言われて、
私には作ってもらえなかった。
私は飾り棚の前で、
台所で忙しそうにしている
母を見ながら、
何も言えず、ただ立っていた。
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気づいていなかったけど、
生姜が食べられなくなったのは
多分それから。
そして、
そのワークをしてから、
不思議なことに
生姜が食べられるようになった。
そんなことを思い出した
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最後まで読んでいただき
ありがとうございます。
人の感情は身体に刻まれます。
考えて出す答えよりも、
カラダが教えてくれることの方が
腑に落ちることが多いです。
そんなカウンセリングというか
セラピーをしています。




















