くるみの学校 -336ページ目

モヒカンリンゴ物語 その3 リンゴと農薬 








 


なぜ、リンゴが他の果実と比べ、病気や虫に弱いのか?映画の中でも、木村秋則さんが嘆くシーンがある。映画でも理由を紹介しているが、現在のリンゴの品種改良が短時間に多岐にわたり、甘いリンゴを追い求めた為だと工藤さんは推測している。自然の中でたくましく育っていた原種は酸味と苦みがあり、小ぶりであった。ヨーロッパのクラブアップルは原種に近く、小さく、酸味が強かった。


 


日本のリンゴはサイズでも「世界一」のように巨大なものもある。日本の農林水産省に登録されている品種は177種で、うち品種登録が維持されているものは85種。[多くの有名品種は誕生年が古く、品種登録されていない。世界中では数千から1万以上の品種が存在するとみられている。


 


工藤さんの話によると甘みの強いリンゴより酸味の強い紅玉の方が病虫害に強いという。私がこどもの頃のリンゴと言えば、紅玉、国光、ゴールデンデリシャス。そして青リンゴと言われたインドリンゴであった。紅玉、国光は酸味が強く、食べにくかった思いがある。インドリンゴは甘いが、パサパサしていたような気がする。


 


話をリンゴと農薬に戻そう。原種からあまりにもかけ離れ、栽培されているリンゴは、品種改良が多岐にわたりされたので、病気や虫に対する抵抗力がつくまでの進化をしていないのだ。


 


病気や害虫を防ぐための農薬散布はボルドー液(硫酸銅に生石灰を加えた物)が主流で、りんごの葉が真っ白になっていたという。農薬を散布したりんご畑は紅葉しないと「奇跡のリンゴ」に書かれているが、年間12~13回の農薬散布を通常のリンゴはしているのである。


 


リンゴ栽培は農薬無しにはできないと言われてきたのである。モヒカンリンゴは減農薬であり、無農薬ではない。状況に合わせて散布するために、通常の30~70%減になっている。


 


木村さんの隣のリンゴ畑所有者が、道路挟んだリンゴの木を、農薬をまいたら木村さんのリンゴが無農薬にならないと伐採したという話が紹介されているが、数メートル先に他の農家のリンゴ畑があるために、自分のリンゴ畑だけ、無農薬にすることは物理的にもできないし、また、病気や虫が発生したら、無農薬にしているからだと非難される。そして青森県には病虫害対策を怠る農家には反則金を課すという条例があるのだ。


 


奇跡のリンゴの木村さんは、酢を病気対策に散布しているが、「奇跡のリンゴ」にも書かれているように、酢も農薬に分類されているので、正式には無農薬栽培とは言えないのである。


 


工藤さんは農薬である除草剤は使わない。除草剤を使用することは、作業が楽になるが、除草剤はリンゴの木の根からやがて吸収され、木やリンゴに残留する。下草を生やすことによって、虫に住処を与え、木に住ませないことで、農薬を減らすことができると気づいたのだ。除草剤を巻いた場所にはネズミも居なくなるそうだが、工藤さんの畑にはネズミがいる。昔のネズミは小さなハツカネズミが多かったそうだが、最近は、大きいネズミになっているそうだ。


 


無農薬で虫の被害を防ぐためには袋をリンゴに被せる必要がでてくる。しかし、袋を被せると、農作業が増え、太陽の光が当たらなくなるので、リンゴが美味しくなくなると言われている。この袋は三重にできていて、いきなり袋をはずしてしまうと、太陽光に慣れていないリンゴが日焼けしてしまうそうだ。そのため、一枚残して破り、また、収穫前に取るという作業が必要になってしまうのだ。


 


次項では「葉とらずりんご」について紹介しよう。


 


モヒカンリンゴHP

http://mohikan-apple.com/story.html


 



 


モヒカンリンゴ物語 その3 リンゴと農薬

思い出のワンズ クリのワンコの部屋 







たくさんのワンズと出会いと別れがありました。 うちのワンズ、笑顔が素敵でしょう。

笑うことができるのは人間だけではないのです。

奇跡のリンゴ 木村秋則さん






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映画も見て、このNHKのドキュメント番組、そして、石川拓治さんの奇跡のリンゴも読んだ。

木村さん、そして支えた奥さん、義父、義母、こども3人に頭が下がります。

リンゴ生産農家からすれば、無農薬、無肥料で生計を立てることは不可能でしょう。

リンゴは品種改良を重ねすぎ、耐病性や害虫に一番弱い作物なのです。

木村さんは無農薬にしてから、9年目にやっとリンゴを収穫できたのです。

無農薬にすると袋をリンゴにかぶせないといけなくなります。そうなると太陽の光が遮られるので、本当に美味しリンゴはできないのです。

かまどつぶしという津軽弁はまさに木村秋則さんの事だったのです。農薬や肥料を与えられた木はその毒を抜くためには、10年かかるのです。

10年、リンゴによる収入が無い・・・。木村さんは、人智を越えた方だったのです。

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モヒカンリンゴ物語 その2 草ボウボウの畑の中のリンゴ



映画、「奇跡のリンゴ」では、木村秋則さんがリンゴ無農薬栽培をした時から、6年目に自殺をするために、ねぷた祭りの時、ロープを持って、岩木山に行くという話が紹介されている。


首つり自殺を図るために、死に場所を求めていたのだ。山中をさまよう中、リンゴの木があった。近づくと、その木はくるみの木であったが、病気や害虫の被害にあっていなかった。木村さんは、木の根元を土を食べ、その軟らかさを知り、もう一度無農薬、無肥料栽培をやってみようと思い立つ。


実際は、どんぐりの木であったし、土を映画のようにむしゃむしゃ食べたかは、定かではないが、山中のどんぐりの木によって、木村さんは自殺を思いとどまったのである。


私が2年半ほど、暮らしていた北海道の南富良野では、農家の自殺があった。それは牛屋さん、つまり酪農家だった。


数年続けて、2件、以前にもあったから、集落で、3人の牛屋さんが、借金を返すために自殺をしているのだ。


JAは金貸しでもある。ドラマ「北の国」からでは、借金が返せなくなり、農協が牛や農作用機械、すべてを引き上げるシーンがある。


これも実話である。酪農家になる夢を抱いた知人が、ある年の2月、これと同じシーンを富良野で経験したのである。彼はそのショックで鬱になり、東京の実家に戻り、7年間、引きこもった。


その後、大雨が降り、実家が床上浸水になり、その時、一階にあった家財を二階に引き上げたことで、鬱から脱却、北海道に戻り、酪農の手伝いをまたするようになっている。この話はまた、別の機会にしよう。


木村秋則さんの無農薬、無肥料栽培は、ほとんどのリンゴ栽培農家からは、非難を浴びているのが事実だ。真似をしてつぶれた農家は何軒もある。


なぜなら、採算ベースに合わないからだ。リンゴ栽培農家が10年近くも無収入に近い状態であったら、それこそ、自殺も選択枝になる。


木村さんのリンゴに花が咲かなくたったのは、それまで、農薬や肥料を与えていたリンゴの木を、いきなり無農薬、無肥料にした為だ。



モヒカンリンゴの話に戻そう。20数年前、リンゴの木が古くなったので、苗木を植えるために木を切ったのだが、一本だけ、低いリンゴの木が刈り取られず、残ったままになっていたそうだ。


その畑には、当然、農薬も肥料もまかずに放置状態であったのだ、ある日、草ぼうぼうのその畑に行ってみると、たった一本残されたリンゴの木には害虫も病気も無かった。


その事から、モヒカンリンゴの工藤さんは、奇跡のリンゴの無農薬、無肥料の話を知る前から、できるだけ農薬や肥料をおさえていたのだ。


工藤さんが無肥料、減農薬にしてから7年、奇跡のリンゴの木村さんの畑のように、病気や虫が蔓延し、花がまったく、咲かなくなるような事には、ならなかった。


それは若い頃から、大量の農薬と肥料散布に疑問を持っていた為に、極力、量を抑えていたからなのです。


リンゴ農家の多くは、冬場、出稼ぎに出ないと生計を立てることができませんでした。工藤さんも、地元の郵便局で20年、宅配便で東京、大阪に7年ほど、働かれたそうです。


リンゴの木は40年、矮化栽培では20年くらいで、木を植え替える必要がでてきます。映画でも、木村さんが、なぜ、リンゴの木は他の果実と比べて、病気や虫に弱いのか、嘆くシーンが出てきます。


農家が自分で食べるのは無農薬、出荷用は農薬を使ってきたというのは、良くある話で、それは消費者、販売者にも問題があるのです。


某有名スーパーでは、仕入れた果実の40%を廃棄処分にしているそうです。それは、少しでも虫食いやシミがついた農産物は消費者が買わないからだそうです。


工藤さんは言っています。加工用のいびつな、皮に黒星病のあとがついているリンゴでも、まったく味は変わらない。そのようなリンゴは20キロ、500円から1000円で、JAや業者に買い取られるそうです。


農業は自然との闘いでもあります。 小規模の農家は、税金も払えない状況にあるのです。


コーヒー豆のフェアトレードが話題になりますが、日本でも状況は同じです。


工藤さんのように安心、安全な美味しいリンゴを作っても、JAに出せば、買いたたかれる。


高島屋にプレミアムリンゴとして、今は認められても、担当者が変われば、納入できなくなる可能性が高いのです。


TPPを導入すれば、農産国だったメキシコが米国によって、食料輸入国にされたようになるのは、間違いありません。


日本のような小規模小生産では、農家は生計を立てられないのです。



モヒカンリンゴHP http://www001.upp.so-net.ne.jp/mohikan/






モヒカンリンゴ物語 その1 農薬アレルギー 



木村秋則さんの奇跡のリンゴは、3年待ちだそうだ。というのは、注文数に対して、生産量が少ないからである。

無農薬、無肥料の自然農法は、農薬と肥料を入れる現代農法に比べて、収穫量が落ちるのは確かである。

工藤さんのモヒカンリンゴを売るにあたって、木村さんの著書を発注、映画はネット配信で見た。

映画であるから脚色部分があるものの、眠さに負け、三回に分けて見たが、主人公役の阿部さんのオーバーリアクションが気になったが、それなりにおもしろかった。

この映画でも紹介されていたが、リンゴは明治時代の初頭、日本に入ってきて、北海道から九州まで作られたのだが、虫や病気の標的になり、ことごとく栽培が断念された。

青森県と長野県の農家だけが辛抱強く、作ったのである。

強力な農薬が作られるまでは、リンゴ農家は生計を立てるのが難しかった。病気、虫だけでなく、収穫時の台風により、ことごとく全滅した年もある。

この1週間で、3回、3時間ほど、モヒカンリンゴの工藤さんと話をした。

40年ほど前は、触れたら命に危険なほどの農薬を散布していたそうだ。その農薬のせいで、体調を崩した人が出たという。化学薬品に対しては、個人で感受性が違う。

ある農家では、兄がリンゴを作っていたが、亡くなり、その弟夫婦がリンゴを農家を継いだが、農薬アレルギーの為に農家を続けることはできなかったそうだ。

映画の中でも菅野美穂さんが演じる木村さんの奥さんの農薬アレルギーで苦しむ場面がある。木村さん自身も農薬で皮膚に湿疹ができ、それが無農薬リンゴ栽培を思いつかせた一つの動機になっている。

農薬で亡くなった方はいたのですか?と聴いてみた。当時は農薬の被害より生産量を増やし、収入を多くすることが大事にされた。もしかしたら居たかもしれないが、分からない。肝臓を悪くした人はいたのではないかと推測されていた。

今のように安心、安全なリンゴという発想は無かったと言われた。当時の私たち、消費者は農薬たっぷりのリンゴを食べていたのだろう。

工藤さんは青森県立柏木農業高等学校を出ている。

当時のリンゴ農家の子ども達は、大学に行ける秀才でも、リンゴ栽培のために農業高校に入ったそうである。

木村さんの無農薬、無肥料の作り方をして、何軒もリンゴ農家がつぶれたそうである。

工藤さんがリンゴを作っている広船地区では、誰も木村さんのやり方を真似する人はいない。この映画が制作されるほど、木村さんのリンゴ作りは有名になっても、「かまどつぶし」と言われ、箸にも棒にもかからない農法だと言われているそうである。

木村さんのリンゴ園は無農薬、無肥料にして8年目にやっと花が咲いた。



出典:withnews.jp(2005年8月29日 朝日新聞)
◆1968(昭和43)年3月 青森県立弘前実業高等学校 商業科を卒業
◆トキコ株式会社(現 日立オートモティブシステムズ株式会社)に入社
 1年半で退職してしまわれました。
 都会暮らしが肌に合わなかったのかもしれませんね。
◆1971(昭和46)年 地元へ戻りリンゴ栽培を始める
◆同年 22歳でリンゴ農家・木村家の養子に入る
◆1978(昭和53)年 本格的にリンゴの無農薬栽培を始める
 この年から10年以上、無収入の状態が続くことになるそうです >_<
 木村家には3人の女の子がいるんですが、その子たちが幼かったとき、1つの消しゴムを3つに切り分けて使うほどの極貧時代があったそうですよ (T_T)
 自分勝手なチャレンジを命をもってわびようとしたこともあったと、木村さんの本「奇跡のりんご」に書いてありました。
◆1986(昭和61)年 ようやく通常どおりリンゴの花が咲き、実がつく
◆2006(平成18)年 NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演
◆2009(平成21)年11月 韓国において京畿道名誉市民、聞慶市名誉市民として表彰される
◆2010(平成22)年~ NPO法人岡山県木村式自然栽培実行委員会に招聘され朝日米(岡山県の推奨米)の指導
◆2011(平成23)年~ 岡山県にて桃の無農薬栽培にも着手

工藤さんの無肥料、減農薬、葉とらず、完熟栽培はどのようにして考案されたのだろうか?

次回に続く。

モヒカンリンゴHP http://www001.upp.so-net.ne.jp/mohikan/ 

青荷温泉、酸ヶ湯温泉、蔦温泉、玉川温泉 名湯めぐり 

青森県青荷温泉 








部屋にはランプだけ。コンセントもありません。もちろん


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テレビも!夕食を食べたら寝るだけ。暗くて本も読めませ
ん。しかし、夜中、目覚めてみると、目が暗さに慣れ、ラ
ンプの明かりがまぶしく感じるほどになりました。ここも
名湯です。

税収の2/3が『特別会計』という官僚のやりたい放題の金庫に入っていく。