ストーリーを支配できる人 | 覚え書きあれこれ

覚え書きあれこれ

記憶力が低下する今日この頃、覚え書きみたいなものを綴っておかないと...

モントリオールでの世界選手権が始まるまで、いよいよ一週間となりました。公式練習は3月18日午前6時半から行われるので私もその頃にはメインリンクのミックスゾーン辺りに詰めていることでしょう。

 

かれこれ11シーズンもカナダのスケート連盟のボランティアをやってきて、こんなに長続きした趣味ってあったっけ、と自分でも驚きますが、体力が許す限り今後も頑張って行こうと思っています。

 

もとはと言えば、羽生結弦選手が出た2013年のGPスケカナ大会に興味があったために始めたボランティアでしたが、以降は出場選手に関係なく毎年、手伝ってきました。どんな選手が出ていようが出ていまいが、スケート大会の裏側で仕事をさせてもらっていると得るものが多いからです

 

おかげさまでGPスケカナ、スケアメ、GPファイナル、ワールドの主要国際大会をはじめ、カナダのナショナルズ、ジュニアワールド、シンクロワールドと多種類の大会に携わり、多くの選手の戦う姿に感動させられてきました。

 

毎回、彼・彼女たちの笑顔や涙を目の当たりにするたびに、これはなかなか止められない活動だなあ、と気持ちを新たにさせられるのです。

 

また、皆さまご存知のことと思いますがここ数年は三浦&木原ペアを応援するようになって、彼らが現役である間は何としてでも試合の現場にい続けたいと思うようになっています。

 

 

。。。とまあ、前置きがえらく長くなりましたが、本論へと移行する前にぜひ言っておきたかったのは「私は昔も今も変わらず全ての現役選手を現場でもお茶の間でも応援している」ということでした。

 

さて、この記事を書きたいと思ったのは羽生結弦さんの「ノッテステラータ」のショー演目を知ったこと、それとともに少し前にSNSでイリア・マリニン選手の驚異の「4トウループ・4アクセル」コンビネーションの動画が出回ったことがきっかけとなっています。

 

 

 

 

 

去年の10月にGPスケートアメリカを初めて手伝いに行って、この若い選手のジャンプを間近で見たのですが、いやもう、訳の分からない回転の速さとジャンプの高さに呆然とするしかありませんでした。しかもあまり失敗しない。軽々とクワッドを幾つも決める姿にただただ「これは凄い、天性のものだわ」と感心したことでした。

 

試合会場では多くのファンが彼を目当てに詰めかけ、試合後は出待ちするちびっ子スケーターやその保護者らしき人たちが一杯いました。マリニン選手が出て来ると黄色い声が聞こえ、ちょっとしたティーン・アイドルのような扱いだったと記憶しています。フィギュア界は昨今、人気が低迷していると言われているので、こういった光景を見るのはとても心温まるものがありました。

 

 

 

 

マリニン選手、そしてフランスのアダム・シャオイムファ選手、日本の鍵山選手や三浦佳生選手、もう少しベテランで言えば宇野選手や韓国のチャ・ジュンファン選手、こういったメンバーが揃ってモントリオールの男子種目はきっとエキサイティングな試合となるだろうと期待しています。

 

 

それにしても。

 

4アクセルというついこの間まで「誰も達成できないんじゃないか」とされていたジャンプをマリニン選手はすでにいくつかの試合で決めているのですが、さほど話題になっていないなあ、と感じるのは私だけでしょうか。(彼のエージェントもこの点に関しては嘆いていますが)

 

今回の4トウループの後にその4アクセルを着氷させたシークエンスでさえも、皆もっとぶっ飛んでも良さそうなのに何となく「ああ、またマリニン君が凄いのやってる」程度じゃなかったですか?皆、もう彼の離れ業動画に慣れっこになってしまったのか?それとも私がスケート界の空気に疎いのでしょうか?

 

 

そこで、マリニン選手のファンの方々には先にお詫びを申し上げつつ、羽生選手の話に移ります。

 

 

かつて羽生選手が平昌五輪の後に「4回転アクセルを試合で決めること」がこれからの大きな目標だと掲げた時から、私たちファンは彼がその目標を達成するのをずっと心待ちにして見守ってきました。

 

北京五輪の場でもしも羽生選手が劇的に4アクセルを完璧に着氷させていたなら、どれだけの爆発的な反響があったでしょうか。それはきっとまだまだ語り継がれて、フィギュアスケートの歴史に深く刻まれ、羽生伝説の重要な一章を成したに違いありません。

 

この差は何だろう、と考えた時、もちろん羽生選手とマリニン選手のスケート界におけるキャリアの長さやファン層の広さなどの違いが思い浮かびますが、羽生選手に若い頃から伴っていた「物語・ストーリー」という要素もあると思うのです。

 

東北大震災を自ら経験し、その後初出場した世界選手権では「ニースの奇跡」を引き起こした。

 

 

 

 

愛する故郷を離れてトロントのクリケットクラブに移籍してからは怒涛の勢いで日本のトップの座に辿り着き、ロンドン・ワールドでは満身創痍(彼にとってこれはほぼ通常の状態でしたが)でソチ五輪の男子3枠獲得に貢献。

 

 

 

 

翌年は当時の絶対王者パトリック・チャンと毎試合、対決して3度目の正直でGPFを制するとそのままオリンピックでも競り勝って初の金メダル…

 

もうこれ以上は繰り返すのも野暮なほど、ユヅファンは(最近、健忘症が酷くなっている私でさえも)彼の一つ一つの試練や栄光の軌跡をそらで言えると思いますが、キーワードはとにかく「劇的なストーリー」「羽生劇場」といった表現も私自身、何度かブログで使わせていただきました。

 

「4アクセルへのクエスト」はそんな羽生選手が繰り広げた物語の一つだった。だからこそ我々はその達成に夢を託し、待ち望んだのです。

 

「そりゃあ彼のファンだから物語を感じるのは当たり前」

 

と言われるかも知れません。

 

確かにそれは当たっていて、「りくりゅう」に関してもメディアやファンの間で色々と「ナラティブ(言説)」が生まれるプロセスをいつも興味深く観察しています。

 

そしてマリニン選手のファンの間でも彼にまつわるストーリーが紡ぎ出されているのかも知れません。

 

しかしなんでもかんでも「ストーリー」を掘り出して来て、アピールすれば良いというものでもありません。無理にそういうことをすると、最初は注目されるのに役立っても、後々がんじがらめになって邪魔になる危険性が伴うからです。

 

そこへいくと、羽生結弦は若い頃から自分で選んだわけでもない物語に包まれ、それを認識して受け止めてからは自ら物語を生き抜き、果てには自分で新たな筋書きを描いて私たちに還元してくれようとしている

 

誰にでもできることはありません。

 

先日彼の故郷で開催された「ノッテステラータ」のショーで大地真央さんとコラボで演じた「カルミナ・ブラーナ」について、羽生さんが込めたテーマを解説していましたね。まさにこれまでの彼の生き様を示している演目でした。
 

また、多くの方々が指摘されているようにこの曲がソチ五輪のシーズンのフリープログラムに提案された曲であり、提案したデイビッド・ウイルソンがショーの振り付けに招かれていたこと。

 

ウィルソンの後を継いだシェイリーン・ボーンが「カルミナ・ブラーナ」の振り付けをしたこと。

 

彼女は羽生選手がまだフリーを滑り切るのにも苦労していた頃、スタミナ強化に一役を担ったとされています。その成果は現在、羽生さんがワンマンショーを滑り切る驚異の体力を身に着けたことにも繋がっているわけです。

 

ヒントはショーのそこかしこに散りばめられていて、観る側はそれを拾ってつなぎ合わせて行く。全てが緻密に計算され、組み立てられていることが我々の目の前で徐々に明らかにされていったプログラムであり、ショーであったように見えました(少なくとも私には)。

 

ドラマで言えば伏線回収が見事に成立した時、あるいはパズルのピースがパシッとはまった瞬間、に覚える快感。そんな快感を与える技を羽生結弦はもはやマスターしています。

 

ファンに色々と謎解きをしてもらうやり方は、思えば2013-2014年のシーズンのエキシビション演目の選定から始まっていたのでしょうか。GPスケカナでは「悲愴」を演じ、フランス杯では「ノートルダム」と続いた。「次の試合では何を演じてくれるのだろう?」と我々はワクワクしながら想像し合ったものです。

 

コロナ禍に謎解きのようなメッセージが彼から随時、送られてきたことも思い出されますね?そして今となってはイベント情報の発信にも工夫が施され、彼自身がそのプロセスを楽しんでいるように感じられます。

 

「Rendez-vous avec le destin」という表現がありますが、運命に「はい、この時間、この場所にいらして、この状況に対処してくださいね」と言われた時にどう対応するのか。人生には何度か、その人の資質が問われる重要な局面が訪れるという意味です。

 

羽生選手はそのランデブーをすっぽかさずにしっかりと守り、堂々と向き合って難局を切り抜けた。どんなに理不尽なことに出くわし叩きのめされても立ち上がった。逆にどんなに持ち上げられておだてられても謙虚であり続けた。
 
だからこそ彼は今、物語を支配し、方向性を定める境地に立てているのでしょう。
 
今後も羽生結弦ストーリーがどこに向かっていくのか、今後はどのように紡がれていくのか、をファンの皆様とフォローしていきたいと思います。
 
 
(最後に個人的なことで恐縮ですが、大地真央さんの衣装がどうしてもモーツァルトの『魔笛』の夜の女王、あるいは"Snow White and the Huntsman" のラヴェンナ女王に見える、とNympheaさんと意見が一致したことを書き添えておきます。)