リアルタイムと振り返りの狭間で:2017年ヘルシンキ・ワールドの配信について➀
の続きです。
ISUが配信したヘルシンキ・ワールドの映像を観て、改めてあの年の男子競技のレベルの高さに感動しました。
フリーの最終グループのメンバーなど、何と豪華な。
Yuzuru Hanyu
Nathan Chen
Boyang Jin
Patrick Chan
Shoma Uno
Javier Fernandez
引退してしまったハビエル・フェルナンデスにパトリック・チャン、彼らの滑りは今見ても素晴らしい。
パトリックのスケーティング・スキルは私に言わせると「一筆書き」みたいな感じです。ステップシークエンスではどこからどこまでも全く滞ることなく、時にはねっとりと、時にはパワフルに、ブレードが流れていきます。
パトリック、早く後輩達ににあなたのスケーティング・スキルを教授してください。
SPでは初の100点越えを果たして三位に入り、本当に嬉しそうでした。そしてフリーでもミスは最小限に抑えて高得点。他の選手たちに比べてクワッドが少ない分、仕方がありませんが、パトリックがこの時はキスクラで「来年に向けて、良い点がたくさんあった」とコーチたちと言っているのがちょっと切ない。
彼はその次の秋のGPシリーズではあまり良い演技が出来ず、いっときはオリンピックに向けて、気を取り直せるかどうかさえ危ぶまれたのでした。
ハビエルはこのワールド大会前に、私の家の近くのリンクでクリケット・クラブの何人かの選手たちとシミュレーションをしに来ていたのを見ていました。その時はあまり元気がなく、脚を気にしている様でしたが、SPでは見事なマラゲーニャを演じてトップになりましたね。前の年からの持ち越しでしたが、衣装をぐっとシンプルにして、美しい体の線をアピールしたプログラムとなりました。このハビエルのSP演技は大好きです。
そして、なんと華のある選手だったことでしょうか。彼の様なスケーターは今、現役の中にいないような気がします。
さて、ベテラン二人に割入ってSPで二位になったのが宇野昌磨選手でした。私はこのシーズンの宇野選手のプログラムがSP・FSともすごく好きだったんですが、今回の配信でその思いを新たにしました。独特の身体の使い方が音楽に非常に良くマッチしていて、この二つのプログラムは彼のレパートリーの中でも「当たり」だったんじゃないかと思っています(個人的には、あと一つ、先シーズンのSPの「グレイト・スピリット」が良いと思います)。
CBCのYouTubeチャンネルにSPのトップ三人の演技の動画あったので貼っておきます。
さて、前の月の四大陸選手権では総合二位に終わったものの、フリーで巻き返しを見せた羽生選手でした。その大会に、2018年平昌五輪の予行演習をするためにアナウンサーとして召集されていたPjクオンさんいわく、「あのフリーの前のユヅルの目を見て、絶対にすごい演技をするだろうという気迫が伝わって来た」ということでしたが、その勢いを保ったまま、ワールドへと乗り込んでくると思われました。
ところがSPでは思いがけず、ポジションに付くときに時間をオーバーしてしまって減点が付いた他、コンビネーション・ジャンプでミスが出てスコアが伸びませんでした。私個人としては、「レッツ・ゴー・クレイジー」が羽生選手のSPの中で「パリの散歩道」に次いで好きなプログラムなんですが、どうもシーズンを通して完璧にノーミスで滑ることがなかったようなのですね。(羽生選手自身もその心残りのせいか、平昌シーズンに再挑戦しようかと思った、と語っていましたが)
で、結果はSP5位発進。さすがにユヅファンとしてはちょっとドヨヨン・モードに入ってしまいましたが、私はクオンさんのコメントを思い出して、絶対にフリーでは怒涛のカムバックがあると信じていました。
2017年ヘルシンキ・ワールド男子SP雑感そしてFS応援は全開モードで
↑ この過去記事では金色の光を抱く白鳥の画像を添えて、必勝祈願をしながらフリーの日を迎えることにしました。
懐かしい。。。
そして期待通り、見事にやってくれたのですよね。
羽生選手がSPの後は非常に落胆していた、とコーチのブライアン・オーサーが後にNBCのインタビューで語っています。翌日の練習ではあえて抑えるように、とアドバイスをした、とも。集中するのは良いけれど、あまりにも思い詰めるのは逆効果なので、身体のコンディションも過去最高、という状態なのだからこれまでの練習を信じろ、と諭したそうです。
それが功を奏して、フリー本番の日はとても落ち着いた様子で挑めたのかと思われます。
ところで過去記事を辿ってみると、私はどうやらこの時のCBCの解説を聞き取り・翻訳していないんですよね。おそらくすでに色んな所で迅速に訳されたものが出たので、自分ではやらなかったのだと思います。
動画を探してCBCのものを見つけたのですが、サボってかいつまむだけにします。
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解説はお馴染みのCBCチーム、
カート・ブラウニング
キャロル・レーン(ギレス&ポワリエのコーチ、アイスダンス専門)
アンディ・ペトリロ(司会)
冒頭のクワッド・ループに関しては、「これがユヅの(四回転ジャンプをガンガン飛んで来ている)若手に対するお返し」、とカートさん。
着氷を見届けて:
右足の右側のエッジにしっかり降りてる。
本当に柔らかい着氷。
6分間練習ではあまり生気がないような感じだったけれど、今のこのクワッドループで自信がついただろう、と。
それからかなり長い間沈黙。
A relatively simple triple flip, basically camouflages it within the choreography
比較的シンプルなトリプル・フリップ、でも振り付けの中にカムフラージュのように組み込まれている。
また沈黙。
Looking strong as he heads into his 4th quad.
さあここから力強く、四つ目のクワッドに向かう
着氷成功
Each as good as the one before.
次から次へと、どれも良い出来。
最後のジャンプ完了。
The audience reacting to his last jump, a triple lutz, they know he's done, leaving the ice, it's a spin and a celebration left, and then a looong wait to see where he stands in the world standings.
最後のジャンプ、トリプル・ルッツに観衆のこの反応。もうこれで終わり、氷上を去るだけ。後スピン一つ、そして歓喜。それから長ーい時間、順位がどうなるのかを待たないといけない。
オベーション。プーの雨。
Standing room only, in Helsinki.
ヘルシンキはもう立見席のみ。
When this man is in the zone there's no breaking his concentration.
この男がゾーンに入り込むと、何事にも集中力を切らせることは出来ない。
Yuzuru Hanyu of Japan. You know we don't joke when we say he is a rock star of figure skating, you can see it with your eyes, right there.
日本のユヅル・ハニュウ。彼がフィギュア界のロック・スターだ、と私たちが言うのはジョークじゃないのです。ご自分の目でお確かめください。
声援に応える羽生選手。四方に丁寧にお辞儀。
It's like he's conducting them, not bowing.
観衆を指揮しているみたいだね、お辞儀してるんじゃなくて。
(スロー再生)
Something happens when you don't make any mistake, and it's called "a big picture moment". He just gave the judges NOOOO excuse, not to throw the book at him and just give him extra points, everywhere.
ひとつもミスをしない時、「何か」が起こる。それを「ビッグ・ピクチャー・モーメント」って呼ぶんだけどね。彼はジャッジに全く弁解の余地を与えなかった。減点する個所なんかない、全てにおいて加点を与えずにはいられないだろう、と。
I loved Brian Orser's comment in the feature before, where he says skaters take time to reach their maturity. He doesn't need any more time, he's THERE. He's just owning EVERYTHING he does today.
(FS中継直前に放送された)フィーチャーでのブライアン・オーサーのコメントが良かったわね。「スケーターは成熟するのに時間がかかるもんだ」って言ってたけど、彼(ユヅル)にはこれ以上、時間なんて要らない。もう「その域」に到達してるのよ。今日の彼はやることなすこと、全てを自らコントロールしてたわ。
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カートさんの表現はいつもユニークなのですが、その分、解釈や訳に困ることもあります。
「Big picture moment」とは?Big picture は通常、細かい所にこだわるのではなく、全体像を見ろ、などと言いたい時に使います。なのでここでは、一つ一つのエレメンツを見がちなプログラムだが、ノーミスをした場合はプログラムを「最初から最後まで一つのまとまった作品」として堪能することが出来る、と言いたいのかな、と思います。選手がノーミスの演技を滑り切って、それが叶った瞬間が「ビッグ・ピクチャー・モーメント」となるのでしょうか。
「Throw the book at 誰それ」と言う場合、「ブック=ルールブック」ということでルールや法律が書かれている書物を指します。例えば裁判官が被告に対して「ブックを投げつける=厳しく法律を適用して罰する」、ということになります。
今回は、ジャッジが言い逃れが出来ないような良い演技を羽生選手がしたので、ジャッジ達は彼(羽生選手)に対して「ブックを投げつける(=減点する)ことが出来ない」ということなのでしょうね。そして加点を付けざるを得ない、と。
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キスクラでスコアを待ちながら、羽生選手がいつものようにオーサーさんにあれやこれやと言いまくるのも可愛らしいけど、スコアが出てからも「泣いてないぞ、泣いてないぞ!」と誰にともなく言い募るのが面白い。
しばらく世界記録が出たのに気付かず、穏やかに微笑んでいたトレイシーさんが、突如、口を縦に開いて、「おおおおお」と狼狽えるのがこのキスクラの大ヒットでしょうけどね。
こちらは解説なしです。
ところで英語版のCBCはさておき、カナダのフランス語版国営放送(RDS)の動画も見つけて聞いてみたのですが、この解説がもう、傑作です。
解説は René Pothier and Alain Goldberg とありますが、まあオジサンたちの興奮と感動がまざまざと伝わって来ます。
一つ一つのエレメンツの名前を小さーく囁くように見守っていたかと思うと、ジャンプが決まるたびに
「クワドリュープル・ブークル・ピケエエエー!!!」(Quadruple boucle piquée =四回転トウループ)
と叫んだり、スピンの解説においても
「Admirez l'allure, la facilité, la désinvolture, la souplesse!」
「この美しい様子、軽やかさ、リラックスした様、柔軟せいいいいい!」
と姿勢が変わるのに合わせて、だんだんクレッシェンドになって行くのがあまりにも可笑しい。
二つ目のトリプル・アクセルからのコンビネーションで羽生選手がイーグルをつけると、
Il dit "Admirez, regardez"
羽生選手が観客に対して「いかがですか、素晴らしいでしょう、とくとご覧ください」と言ってるようだと感嘆しています。
最後に演技が終わると、もうこれ以上、言うことがないという感じで、
Un moment GI-GAN-TESQUE!!
とてつもない出来事(瞬間)です!!
というわけでヘルシンキ・ワールドは我々羽生ファンにとっては素晴らしく思い出に残る大会になったのでしたね。
四大陸選手権からのメラメラとした情熱がシーズン最後の大舞台で華麗な花火として打ち上がった。
それと同じように、私は今年の3月に行われるはずであったモントリオール世界選手権で、羽生選手がきっと、タイトルを獲るものだと確信していました。
この次の記事では、オークビルで開催されたオータムクラシックから同じく始まった2018‐2019年シーズンと2019‐2020年シーズンを比較して、私が感じたことを書いていきたいと思います。
ちょっと休憩。