彼も "Wise beyond his years" な存在 | 覚え書きあれこれ

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記憶力が低下する今日この頃、覚え書きみたいなものを綴っておかないと...


人間は「もっと若い頃にこれを悟っていたら、違った人生だったのに」と思うことがよくあります。

 

体や脳の働きに衰えが訪れた時にやっと気が付くこと。あるいは気づいていたけれども先延ばしにしてしまっていたこと。ようやく行動に移そうと決めた時には、タイミングを逃していてかなわないこと。私などは山のようにあります。

 

しかし中にはさっさと気づき、そしてさっさと実行に移していた人もいるわけです。最初こそ小さかった差はどんどんと開き、最終的には大きな違いをもたらします。

アスリートにも同じようなことが言えると思います。トップに躍り出るには何が必要なのかを早くに察知し、そして実施した人が他に差を付ける。一般的な人生よりも現役生活は短いものだから、より凝縮した期間で差はより大きく出るのでしょう。

うちの長男はすでにアスリートとしての現役生活から退いていますが、そんな彼とスポーツ談義をするのは面白いです。

 

(3年ほど前にも彼が大学で書いた論文をネタに記事を書いたことがありました:
偉大なアスリートの証:膨大な情報を瞬時に分析し、言語化する能力

 

ついこの間、エリート・アスリートと呼ばれる人と、そこまでに到達しない人の違いは何か、という話になり、彼が挙げたのは「精神的に早熟であるかどうか」という点でした。

 

この時、息子は"wise beyond his years"という表現を持ち出して、何故、成功する選手に限ってこう形容されるのかようやく分かった、と言っていました。

 

息子が従事していたのはアイスホッケーで、選手の寿命はフィギュアスケートなどに比べるとそこまで短くはない。それでも早々に色んなことを悟った選手は有利だ、と彼は言います。結局はそれも才能の内なのだけれど、とも。

息子がまだ高校生くらいの時に一緒に練習していた男の子の例が出て、その子がコーチと話をしている内容を小耳に挟んだところ、自分が思いもつかないような試合中の心の持ち方や、ホッケー選手としての姿勢について質問していた、ということでした。

 

その子はやがて最高峰のNHLプロリーグでプレイすることになるのですが、それでも第一線で活躍するレベル、というところまでは行かなかったんだから、今ごろそんな事に気付いている自分などは推して知るべし、というのが息子の結論でした。

現在、NHL最高の選手と呼び名の高い Connor McDavid

 

 

 

そして今では大ベテランとなった Sidney Crosby や、

 

 

 

 

もちろん往年のスーパースター Wayne Gretzky などは、

 

 

 

 

三人が三人とも「天才」と大いに騒がれ、ほんの小学生の頃から注目され続けて来ました。そこで彼らに共通してよく使われるのが、前述の

 

"Wise beyond his years"

 

なのです。

 

若さに不似合いなほどの悟りを見せる(選手)、という意味です。

20歳になるかならないかの年でそれぞれのチームのキャプテンに指名され、重責を見事に果たした(果たしている)マックデイビッド達は、プレイの秀逸さはもちろんのこと、人格的にも精神的にもそれだけ素晴らしい資質を兼ね備えているという評判なのです。

悟るべきことは単に技術的なことではない。身体の鍛え方や使った後のケア、シーズンを通してのペース配分の方法、試合における精神のコントロールなどに加えて、コーチやチームメイトとのコミュニケーション、リーグや連盟との付き合い方、そしてファンとの関係の構築などまでも含まれるでしょう。

 

うんと年が若い頃はさすがに自分で全てを習得するのは無理です。周りからのアドバイスもあって徐々に気づかせてもらうことがあり、試行錯誤を経て軌道修正を行い、そしてやがて自分で道を決めて進むようになる。そのタイミングが早ければ早いほど、学習の速度が速ければ速いほど、昇る頂きも高くなる。

そんなことを考えながら、現在、日本各地で羽生結弦選手の出演しているアイスショーの情報を追っています。

続々と日本から届くレポートや写真には、生き生きと演技する羽生選手の姿が浮かび上がって来て心から嬉しくなります。

 

そしてやはり彼には日本でのアイスショーでしか見せない顔があるのだな、とも思いました。

 

試合でもエキシビションでもあれほどには前面に出て来ない、「大きな集団のリーダー」としての風格。自信と喜びに満ちた表情。自分のために会場に足を運んできてくれたファンの視線を心地よさそうに一身に浴びて、存分に味わい、少しも残さずに飲み込もうとする様子。

 

遠いカナダでずっと一人で練習し、誰にも見せることなく大事に温めていた珠玉のプログラムと演技を、ようやく余すことなく披露できる快感はどれほどでしょうか。

その一方で、他のスケーターやアーティスト達へのリスペクトと気遣いを見せる羽生選手の様子も伝わってきます。タイトルにこそ表れていないけれど、ファンタジー・オン・アイスは明らかに「メガスター・羽生結弦」を中心に据えているショーです。そんな役割をしっかりと自覚して、周囲の人たちをもてなし、最高の気分で共演してもらおうという心配りが年々、綿密になっているように思えます。この人はイベントとなると「ポワーンと気を緩める」ということが一瞬たりとも出来ないのだろうな、と心配になるほどに。

2013年に最初にGPスケートカナダの試合会場で会った時からすでにその片鱗は見えていました。まだたったの18才だった羽生選手は、試合が終わったばかりだというのに険しいアスリートの顔から礼儀正しい若者のそれに変わって、「ありがとうございます!」「お世話になりました!」などとメディア関係者やボランティアのオバチャンにまでことごとく挨拶をしていたのです。ファンへの気配りも怠らない彼に、私が感心した様子を見せると「だっていつも遠くまで見に来てくださるから」とスラっと答える。

 

これこそ「年齢に不似合いなほどの悟り方」じゃあないですか。

クリケット・クラブに来て、まず最初にブライアン・オーサーたちから教わったのは練習や試合中のエネルギーのコントロールの仕方だったと聞きます。その訓練が今となっては。ショーマンとしての彼の有り余るほどの才能と創造力にも活かされているように思えます。

 

決して体力に恵まれているわけではなく、未だに怪我を抱えながらの状態だけれど、その分、選曲や衣装を含めての自己プロデュースには誰よりも時間をかけて最高のものを提供する。自分の帰国を待ち焦がれていたファンを決してガッカリさせることのないよう、試合同様にピーキングを考え抜いて登場する。また国内・海外からの共演者たちに対しても、自分は休まずに神経を研ぎ澄ませながら、一緒に良いショーを盛り上げられるような雰囲気を作ることに努める。(書いてるだけでしんどい)

一年にほんの数週間だけ、彼にも、ファンにも与えられる奇跡の様に貴重な時間は、そんな準備と努力の上に創り出されているのでしょう。

ファンタジー・オン・アイスを観に行ける方々、羨ましいです。どうか我らが羽生結弦選手の勇姿をしっかりと目に焼き付けて来てください。私はせめて、日本の家族にテレビの放送を録画してもらおう、っと。

 

それにしても、生で観ることができる人はいいなー。