「一時代の終焉」シリーズ:クリケット・クラブの目指したもの(その②) | 覚え書きあれこれ

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記憶力が低下する今日この頃、覚え書きみたいなものを綴っておかないと...

バンクーバー五輪でキム・ヨナ選手が金メダルを獲ったことにより、一躍コーチとして有名になったブライアン・オーサー、そしてその本拠地であるクリケット・クラブ。


その後、2011年からフェルナンデス選手が移籍してきて、その翌年には羽生選手が加わり、今度は男子競技でクリケット・クラブが世界に名を轟かせるようになりました。

 

今さら言うのも何ですが、フェルナンデス・羽生選手の二人が過去6年間に獲得してきたタイトルの種類や数は驚異的です。フェルナンデス選手がヨーロッパ選手権を6連覇、2014年以降の四年間、毎年ユヅかハビのどちらかが世界チャンピオンとなり、そして羽生選手はもちろん、五輪を2連覇している。

 

しかし平昌五輪をもってフェルナンデス選手は少なくともワールドやオリンピックにはもう出ない、というような発言をしているし、羽生選手の今後の身の振り方についてもまだ明らかにされていない。

 

一つの時代が終わった、という感は否めない気がします。

 

2月半ばのインタビュー(Inside Skating)でオーサー氏が語っていましたね。

 

練習の合間のふとした時に、ハビエルと一緒に、言葉は何も交わさず、ただただスケーティングをした。これが最後のレッスンかな、二人っきりで滑るのも?と思ってちょっと感傷的になった。

 

同じようなことを、ユヅともする機会があった。音楽をかけて、スケーティングの練習をして、彼とつながってる、と感じられた。そしてまた、感傷的になってしまった、と。


彼もすでにその時、何らかの「区切り」を感じていたのでしょう。

 

選手たちは試合を間近に控えて、目の前のことで精一杯ですが、コーチはどうしても少し先のことまで考えてしまうし、見えてしまうから、ね。

 

そして出発前に愛弟子二人に言ったこと(Olympic Channel のインタビューより)も、なんともしんみり来ちゃいます。

 

ここは君たちがこれまで6,7年間も家のようにして過ごしてきた場所。心から君たちを応援してくれる人たちがいて、絶対に安全だと思えた場所。もう一度、よく見渡して、じっくりとそこんとこ、味わってほしい。

 

大会後、彼らがどういった方向に行くのか分からなかったから、そう言っておこうと思った、と言うブライアン氏。僕に出来るのは待つことだけ、彼らが「保留状態」("they're in a holding pattern")から抜け出して、今後どんな道を歩むのか決めるまで。

 

 

私は常々、オーサー氏と教え子たちとの関係において、彼の独特の「慎み」、を感じてきました。

 

インタビューをされても、いかに自分が教え子たちと「友達関係にあるのか」は前面に出さない。彼らの主張や意思を尊重し、最終決定は彼らに委ねているのだ、ということを強調しています。

また、キスクラで良い結果が出ても我先に、といった感じで選手たちに抱きついたりしない。いつもどこか控えめに、選手の方からの抱擁があれば「え、そう?じゃあ」とでも言うように、ひと呼吸置いて、しかし満面の笑顔で返す。


これはよくステレオタイプ的に言われる「カナダ人はアメリカ人よりも控えめで、大人しい」ということではなく、ブライアン氏の性格もあるでしょうし、そして10年間のコーチ生活の中で身に着けた「術」であり、「距離感」なのかなあ、と思うのです。

 

私は過去記事で、ブライアンが2014年の夏にManleywoman Skatecastのポッドキャスト・インタビューで話したことを取り上げています。自分はキム・ヨナ選手や、アダム・リッポン選手との決別によって、かなり精神的なダメージを受け、今後は決して教え子とは感情的につながることはしないと決めたのだ、と言っていたことが印象的でした。

 

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(以下、「 GPFに向けて英語ネタ②:ブライアン・オーサー自身の言葉で聞きたい 」より抜粋)

 

And the same thing happened with Adam (Rippon), and it was hard for me to trust anybody, in this sport. And I couldn’t get emotionally involved.  And that’s the thing I find now, as much as I love these skaters I’m working with, I cannot let myself get emotionally involved. I can’t. Perhaps it was ruined by people like Yuna  and Adam, you know. Anyway, it is what it is. I’m learning.
同じことがアダム(リッポン)に関しても起こって、それから僕はこのスポーツにおいて誰も信用できなくなった。だからぼくは今もそうなんだけど、教えてる選手たちは皆すごく可愛いけど、もう感情移入したらいけないと自分に言い聞かせてる。しちゃだめなんだ。ヨナやアダムみたいな人たちによってこういった残念な結果になってしまったのかも知れないけど、ね。まあいずれにしてもしかたない、学習したよ。

 

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しかしそれから月日が経ち、本当に色んな事がありました。

 

羽生選手に限って言っても、

 

怪我と病気と波乱の2014‐2015年シーズン、

 

歓喜の世界記録と波乱と怪我の2015‐2016年シーズン

 

怪我と波乱と歓喜の世界記録と世界タイトルの2016‐2017年シーズン

 

。。。えっと、それから

 

世界記録と怪我と波乱と歓喜の五輪タイトルの2017‐2018年シーズン

 

これらを一緒に過ごして感情移入しないわけに行くでしょうか。(否、そんなわけには行きません)

 

それでもやっぱり、自分の役割をわきまえて、大会が始まったら徹底的に選手を(演技中や練習中はリンクで)サポートし、(メディアや周りのプレッシャーから)守る側に回る。
 

実際、平昌の試合が始まる前に、群がるメディアを上手く牽制したり、もったいを付けて焦らしたり、手の内を見せない見事な立ち回りを見せたブライアンでした。私はこの時の彼の働きについて記事(「カーマイケルさんたちも移動中!そして戦いはもう始まっている。」)で言及していますが、冷静な策士である、という面(だけ)を指摘しようとしたのではなく、いつでも彼が自分のスケーターを守るになることを使命としているのだ、と言いたかったのです。

 

その意味ではトレイシーさんもバーケルさんもジスランさんも、一丸となって、クリケットから出場していた選手全員を守っていたのが分かりました。今回のオリンピックはクリケット・クラブのコーチたちにとっても「出陣!」みたいな大舞台だったのではないかと思います。

 

親子ではない、あくまでプロフェッショナルな関係。でも何年も一緒に、天国と地獄を行き来して、歓喜と挫折を共にしてきたなら、情が移らないわけがない。

 

練習中は常に厳しく、ブライアンよりもスケーターたちにビビられているというトレイシーさん。そんな彼女がオータムクラシックで記者さんたちに語っていたことが思い出されます。

 

ユヅにはいつも驚かされる、こういう動きやってみようか、とか、この線を出すには体をこの角度にしないとダメなのよ、と説明して、彼にそれをやらせると、思ってもいなかったような滑りをするもんだから、といったようなニュアンスの事。

 

「で、これでどう?」ってユヅに聞かれて、ふと我に返って、「ごめん、見入ってて分析するの忘れてた」って謝ることがしばしばあるのよ。

 

あの彼女独特の、タレ目を細めて、暖かい笑顔でそう言っている様子は、まさに息子の自慢をするお母さんでした。

 

 

まだまだ寒い三月のトロント。少し寂しくなったクリケット・クラブのリンクで、ブライアンとトレイシーは何を思うのか。

 


がらーん...

 

 

「ハビ、よく遅刻してたよね。」

 

「うん、最後の方はマシになってたけど、最初なんか、電話かけたり、呼びに行ったりしたわよね。」

 

「ユヅもさ、こっちの言うこと聞かないで、ガンガン、四回転跳びまくってたよね。」

 

「ほんと、ハラハラしたわよねえ。」

 

などと回想しているでしょうか。(自分の息子たちが大学を卒業し、それぞれ家を出て行った時のことを思い出して、勝手に想像してしまいます。)

 

 

まあ、もちろん実際は大勢のスケーターがリンクを走り回ってて、ゴゴレフ君やらジュンファン君やら、ギャビーたちなんかもいるわけで、まだまだ忙しい日々がクリケットのコーチたちを待ち受けているに違いない。

 

そして今後もユヅハビに続け、と新しい選手たちがクリケットの門を叩きに来ることでしょう。クリケット・クラブの「ユヅハビ時代」は終焉(一段落)したかも知れないけど、隆盛はこれからも続く、と思います。

 

そしてまた、一日の終わりのストローキングの時間には、トレイシーさんの声が響き渡るのでしょう。

 

 

「良いですか、私たちの教え方って言うのは、今日明日、成果が出るっていうのではないんですからね。保護者の方々も、連盟の方々もそこんとこよーく憶えててくださいよ。で、選手の皆さんもね、基礎からみっちり、しっかりやりますから、音を上げずにね。なにせ、ハビエルやユヅだってそうやって鍛えたわけですから。。。」