ずっと観たかった市川海老蔵さんの助六いつもは3階席で観ることが多いのですが、今月は奮発をして1階席の前方を取りました。
周りを見ても空席が1つもないほど超満員。客席全体が華やいでいました。大向うもたくさん。2時間ある演目はあーっと言う間。幕が閉まった後も、ずっと観ていたかったと思いました。
市川海老蔵さんを表す言葉に「平成の助六」というのをよく聞きますが、なるほど納得です!まさにその通り。活きが良くて正義感が強くて権力をものともしない強気さ。頭の回転が速くて言葉が達者なのに、茶目っ気があり少年のような純粋さと柔らかい色気を併せ持つところなど。そして何といっても他の追随を許さない圧倒的な色男の美男。海老蔵さん以外の助六は想像できません。
市川右團次さんの口上から幕が開きました。1月に右團次を襲名したので、成田屋の門弟筋にふさわしい大役です。右團次・左團次が同じ演目に出るのはこれが襲名後初だそうです。口上が終わると河東節の演奏。この日は、市川ぼたんさんをはじめ女性陣のご出演でした。鉄棒引きは市川福太郎さんと片岡千太郎さん。福太郎さんは中学生なので最近は女形が多いですが、前髪のある若者姿がとても麗しい。将来が楽しみです♪
続いて絢爛な傾城5人の登場。坂東新悟さん(傾城八重衣)、尾上右近さん(傾城浮橋)、大谷廣松さん(傾城胡蝶)、中村児太郎さん(傾城愛染)、中村梅丸さん(傾城誰ヶ袖)。みなさん大変美しかったです坂東新悟さんは長身細面で坂東玉三郎さんのような清涼な佇まい。大谷廣松さんはこれまでみたことのない気品と自信に満ちており、一皮むけた印象を受けました。お顔も目鼻立ちが整った端正さが際立ちました。梅丸さんはオメメぱっちりで仕草も声も本当の女の子以上に可愛い
そしていよいよ揚巻の登場!中村雀右衛門さんは、最高級の花魁としての鷹揚さに溢れていました。あー雀右衛門さん、ついに揚巻がつとめられて良かったね~と感無量に。傾城から白玉を経験し、「死ぬまでに揚巻をさせていただけるような幸運な機会があれば」と思ってらしたそうです(歌舞伎美人の中村雀右衛門さんのインタビューより→ http://www.kabuki-bito.jp/special/welcometokabuki/64/index.html)。昨年雀右衛門を襲名し、満を持してですね。大変めでたい配役です。
お父様の市川團十郎さんが助六を務める際は、こちらもお父様の四世中村雀右衛門さんが揚巻を務めることが多かったようです。そして、海老蔵さんが22歳で初めて助六を演じる際の揚巻は四世雀右衛門さん。四世雀右衛門さんは、海老蔵さんの憧れる十一世團十郎さんの助六にも出たことがある方。当時22歳の若輩者に80歳大幹部が相手役をしてくださるなんて、大変感謝していると海老蔵さんはインタビューで答えていました(歌舞伎美人インタビューhttp://www.kabuki-bito.jp/news/3917)。初役のご縁返す、という海老蔵さんの粋な計らいで今回は当代の雀右衛門さんを相手役に指名なさったとのことです。このお話を聞いて、今傾城で出ている廣松さんや児太郎さんらが将来海老蔵さんのお孫さんを相手に揚巻をつとめる可能性もあるのだなぁと感慨深く思いました。
揚巻は衣装も大変立派。打掛には伊勢海老が付けられていました。揚巻の悪態は、品の中に気位の高さが感じられ、聞いていてとても気持ち良かったです。揚巻付禿役は市川福之助さんと市川福丸さん。海老蔵さんのブログにたびたび登場する可愛い子役さんで、今回お二人揃って見られて嬉しいです。
続いて、白玉と意休の登場。中村梅枝さんの白玉も、これまで見たことがないくらい風格がありました。意休の市川左團次さんはさすがの貫禄。ちなみに左團次さんは男伊達の役で十一世團十郎さんの助六に出たことのある方。今回その男伊達の中に、孫の市川男寅さん(21歳)の姿を発見し、感慨深く思いました。祖父、父、子と三代で助六にご出演なんですね。男寅さんは少し前まではあまり見る機会がありませんでしたが、ここのところは立て続けに歌舞伎の舞台に出てらっしゃり、今後に期待です。
そして、揚幕から尺八の音色が!私の心臓ばくばく。テンションがmaxに!ついに市川海老蔵さんの助六の登場です
チャリンという揚幕の音とともにカッカッカッカと乾いた下駄の音を高く鳴り響かせて威勢よく登場する海老蔵さんその瞬間はぁ~という吐息が客席に溢れました。傘をすぼめたその姿はとっても粋で色っぽかったです客席を一瞬で春満開の雰囲気に変える海老蔵さんはやはり当代一の大スターです。出端は、河東節の曲に合わせて、これが江戸随一のイイ男だ、参ったか!といわんばかりにいろいろなカッコいい仕草を見せてくれます。まぁー、眼福花道七三の辺りを行ったり来たり。正面から、真後ろから、斜め右から、左から。180度いや360度江戸随一の色男の魅力をふんだんに見せてくれます。一つ一つの所作が、計算しつくされた完璧な美しさ。動く海老蔵さんの一秒ごとが錦絵のようでした。現代のファッションショーも助六の出端には全然敵わない。傘と着物でここまで現代男性の魅力を打ち出せるというのが凄い。花道から本舞台へ行くかんげん六法?(イヤホンガイドで聞き取れませんでした。ご存知の方がいたら教えて欲しいです)も粋でカッコ良かったです。
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後日追記。助六が花道から本舞台へ行くのは「丹前六方」というらしいです。初役時の海老蔵さんの助六について書かれた『市川新之助論』に記してありました。「.....この場の丹前六方と呼ばれる誇張された独特の歩く芸が、<揚巻は俺の女だ>という叫びにも似て、助六の男っぽさをひときは匂い立たせている。....」(P.139)そうです。この本には出端の語りのさまざまな意味が書かれていて面白いです。ちなみに海老蔵さんは、花道の両側に桜並木が広がっていることを想像して花道に出てくるそうです。これは『新生』という本に書いてありました(P.49)。この本も初役時のインタビューが載っていて面白いです。
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市川團十郎さんの『新版歌舞伎十八番』や『團十郎の歌舞伎案内』には、助六の下駄が実は大変滑りやすいと書いてありました。他の演目では下駄の歯を湿らしたり、フェルトを貼ったりして滑りにくくするそうです。でも乾いていないと粋なカッカッカッカという音が出ない。なので助六の下駄には絶対に細工をしないそうです。私が観た時の海老蔵さんは、そんなことを毛頭も感じさせず、力強く潔くカッカッカッカと歩いていきました。そうか実は滑りやすいのかーと思い、微塵も恐れず力強く歩むその姿に感激です。
意休と揚巻は、セリフも所作もゆっくり鷹揚なので、助六が勢いよく出てきて威勢よくしゃべるのが実に気持ち良い!胸のすく思いがします。
くわんぺら門兵衛は中村歌六さん。憎々しさがお上手です。福山かつぎは坂東巳之助さん。若い勢いが良かったです。そして、うどんを頭に掛ける海老蔵さんも痛快で観ていて気持ちがいい。朝顔仙平は市川男女蔵さん。江戸時代にこの芝居の後援をした色々な商品の宣伝が出てきて面白いです。今のテレビドラマにCMが入る感覚です。
この後の助六の名乗りに「待ってました~!」「成田屋!」とたくさんの大向う海老蔵さんのつらねはとても聞きやすかったです。そして、意休に刀を「抜け、抜け、抜け、抜かねぇかぁ!」と迫る見得がめちゃくちゃカッコいい!!もちろん舞台写真を購入しました
この後が助六一番の見どころ、白酒売りとの掛け合いです。楽しい~
白酒売り実は曾我十郎の尾上菊五郎さんの愛嬌がイイ!江戸和事のほわ~んとした柔らかさに兄としての優しさと大きさがあり、なんとも素敵。これまで見た菊五郎さんのお芝居でこの白酒売りが一番魅力的に見えました。ギラギラしてなくて油の抜けきった、余裕の感じがとてもイイです。若くて威勢の良い、荒事の曾我五郎(助六)に対して、おっとりして可愛い和事の兄十郎の対比が見事でした。うぅ~ん、楽しかった
次はお楽しみの股くぐり
片岡市蔵さんの国侍は22回目だそう!田舎者っぽさが出ていて楽しいです。国奴は市川九團次さん。そして通人暁里の坂東亀三郎さん。坂東亀三郎さんは、昼の部「明君行状記」の善左衛門のようなキリッとした硬質なイメージがありました。しかし、今回はイメージを覆されました。教養がある人の柔らかさと上品さがとても粋でした。酔い止めやうどん、煎餅の宣伝が入ればおーいお茶の宣伝が入るのも納得です笑。5月の襲名の宣伝もして、ちょうど良いお役ですね。
この股くぐりの本当の見ものは、真横を向いた海老蔵さんの麗しい立ち姿!鼻の高さが際立ちますし、消臭力をかけられようと「海老様!」と呼ばれようとキリッと足を開いて真横を向いた立ち姿がカッコ良かったです助六だけ別の空気が流れているよう。
ここまで、助六は道行く人をいろいろと挑発しますが、嫌らしさは皆無です。むしろ少年のような稚気と、まっすぐ過ぎる危なっかしさがあるから、母性本能をくすぐられるんでしょうね。あー、揚巻は助六のこういうところに惚れているのだなと。ヤンチャな中にピュアな心が併存していたり、大胆な中に危なっかしさがあるところは、素の海老蔵さんそのものだなと思いました。
最後は助六の母、満江(片岡秀太郎さん)の登場です。助六が無茶ばかりするから、生命が心配と。わかるわー。豪放な言動のために周囲に勘違いされやすいところなどそのまま。ここは母に諫められて子供のようにシュンとする2人が可愛いです。菊五郎さんは赤い布を被って隠れて愛嬌全開。とても74歳の人間国宝に見えないチャーミングさです。
最後は再び意休の登場。助六を打掛で守る揚巻と、揚巻の足元に寄り添う助六の絵になること、絵になること揚巻と助六の二人の絆の強さや愛情の深さを感じます。前半の荒々しさとは裏腹に、紙子を着て揚巻に守られ、少しなよっと和事味を帯びる助六。打ち据えられる中にある美しさ。守りたくなる存在です。対する揚巻は間夫を守る菩薩様のような大きさがあります。このお芝居を考えた人は本当に凄いなー。これでもかというほど、美しい男女の粋な情景を次々見せてくれる。海老蔵さんは和事と荒事の両方を自由自在に出したり引っ込めたり。男の強さと弱さの両面の魅力をふんだんに見せてくれ、そのギャップがまたいい。
最後の幕切れも良いんですね。揚巻に耳打ちをされて花道を威勢よく力強く駆け抜けていく助六。あまりの潔い幕切れに「行かないで!」「もっと見たい!」と思ってしまいます。助六が花道を駆け抜けるところを見届け、本舞台に目をやるとそこには美しい斜め姿の見得を切った揚巻に幕がかかり始めています。こちらも「まだ閉めないで!」と思っている一瞬のうちに完全に幕が閉まってしまいました。あー、この世のものとは思えない、夢のような2時間でした
幕が閉まった後もポワーんとしばらく余韻に浸りました
こんなお芝居が見られて幸せです。現代見ても面白くて、酔いしれることができるこのお芝居を考えた江戸時代の人たちは凄いですし、それを体現できる現在の役者さん一人一人も凄い。何より海老蔵さんと同時代に生まれ、この助六が観られることに感謝です。
今月『助六由縁江戸桜』を掛けて下さりありがとうございます!
夜の部を観た数日後には昼の部も観に行きました。仁左衛門さんの知盛が圧巻でした。こちらもいずれブログを書きたいです。