みやティーのばかののんダイアリナティーング!!!(宮平溶解の桃郷バカリング!!!日記)

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東京の島んちゅバカなネット歴23年の私が、TOY SMILEY(トイスマ)とアイドリング!!!元メンバーを中心にいろいろ好き勝手に送るブログです。

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2010(平成22)年に開幕した夏の女性アイドルフェスの一つ「TOKYO IDOL FESTIVAL(TIF=東京アイドルフェスティバル)」も今年(8月2日~4日)の開催で10回目。

 

元々、アイドリング!!!のためにつくったアイドルフェスと言っても過言でないTIF。プロデューサーも最初は門澤清太氏で、その後は神原孝氏とアイドリング!!!のプロデューサーが務めてました。

 

 

2015(平成27)年にアイドリング!!!がメンバー全員卒業で事実上解散となった後はTIFの開催が危ぶまれてたが、それ以降も「脱・アイドリング!!!」で存続することで母体となるプロジェクトも作られ、今春HKT48を卒業した指原莉乃がチェアマンとして就任。

 

 

こうしてTIFは今やアイドリング!!!のためではなく、さっしーのためにあるような感じだがアイドリング!!!がなくなった2016(平成28)年以降は開催日も3日間となりさらにパワーアップしてきてますね。

 

 

こんなにアイドルグループいるのかというほど参加ユニットも増えてきましたね。

 

同じ時期にTIFに出れなかった地下アイドルグループが裏開催の「みんなのアイドルフェスティバル」とかもやってるしね。

 

そのTIFにアイドリング!!!が4年ぶりに復活することが一昨日13日に決まったそうですね。

 

4年ぶりとはいうが、枠としては解散翌年の2016年も出演してるので事実上3年ぶりですね。

 

「アイドリング!!!」としてTIF以外も含めてステージに立つのは一昨年2017(平成29)年11月に開催された「東京いいすぽフェスティバル(TEF)」以来約2年ぶり(正確には1年8ヶ月半ぶり)。

 

 

元号が「平成」から「令和」となり、TIF10回目記念と相まってか「アイドリング!!!のTIF」が帰ってきますね。

 

 

ちなみにアイドリング!!!の再会約束の日は解散から5年後の来年2020(令和2)年の秋(解散日の10月31日かどうかは未定)の予定。

 

そして初期メンバー(1期生)に限っては最初の「約束の日」が開催された2013(平成25)年1月18日から10年後の2023(令和5)年冬(1月18日かどうかは未定)に予定されているが、やるかどうかはわかりません。

 

アイドリング!!!は2006(平成18)年に9人で結成してから2015(平成27)年10月31日に最終在籍メンバー19人全員が卒業するまでに1期~6期(NEO期)にわたって歴代35人も在籍しました。

 

現役メンバーが最も多く在籍してたのは2013(平成25)年7月末~2014(平成26)年2月半ばの25人。

 

まぁ、終盤になってメンバーの姉妹や母ら3人も加えておまけメンバーもいましたけどね。

 

 

今回TIFの復活ステージに出演するのは次の12人(ナンバリングは在籍当時のもの)。

 

 

6号・外岡えりか

9号・横山ルリカ

12号・河村唯

14号・酒井瞳

15号・朝日奈央

19号・橘ゆりか

22号・倉田瑠夏

27号・高橋胡桃

29号・玉川来夢

31号・古橋舞悠(BESTIEM)

32号・関谷真由(BESTIEM)

34号・佐藤麗奈(元マジカル・パンチライン)

 

内訳は2期NEO期こと6期が3人、1期5期が2人、3期4期が1人となっています。

 

 

どんなメンバーが出るのか気にはなってたが、消去法のようにすんなり決まってましたね。

 

これから述べる私の勝手な憶測の3つの条件で出演メンバーは決まってたと思います。

 

1・2015(平成27)年10月31日時点で在籍した最終メンバー

 

この日より前に卒業または事実上脱退したメンバーが16人。

1号・加藤沙耶香(2009年3月卒業、その後結婚出産、現在産休のため活動休止中)

2号・長谷川るみ(2009年1月卒業、在籍当時は小泉瑠美、その後芸能活動休止再開を繰り返す)

3号・遠藤舞(2014年2月卒業、その後引退しボイストレーナーに転身)

4号・江渡万里彩(2009年3月卒業、その後フリーランスに転身)

5号・滝口ミラ(2009年3月卒業、その後結婚出産、現在二児の母)

7号・谷澤恵里香(2011年12月卒業、その後結婚出産、芸能活動は引退状態)

8号・フォンチー(2011年12月卒業)

10号・麻衣愛(2008年5月脱退、在籍当時は小林麻衣愛、その後Chu-Z結成し一昨年2017年1月に卒業)

11号・森田涼花(2012年5月卒業)

13号・長野せりな(2015年3月卒業、その後声優として再デビュー)

16号・菊地亜美(2014年11月卒業、その後結婚)

18号・中島ミシェル未来(2009年3月卒業、在籍当時はミシェル未来、その後事実上引退状態)

23号・伊藤祐奈(2015年4月卒業、その後実業家に転身)

24号・野元愛(2012年12月事実上脱退、その後結婚出産、事実上引退)

25号・後藤郁(2014年6月卒業、卒業後休業し、一昨年2017年に復帰)

30号・清久レイア(2014年12月事実上脱退、芸能活動は事実上引退)

 

2・1の条件にかつ卒業後も芸能活動を続けている元メンバー

 

1の条件には合ってるが卒業後、芸能活動を引退(もしくは引退状態)になったメンバーが6人。

17号・三宅ひとみ(2016年3月に引退後結婚)

20号・大川藍(今月末で引退見込、結婚予定)

21号・橋本楓(去年2018年2月に引退)

26号・尾島知佳(一昨年2017年3月に所属事務所退社後事実上の引退状態)

33号・橋本瑠果(去年2018年末に所属事務所退社後事実上の引退状態)

35号・佐藤ミケーラ(先月5月末に引退、在籍当時は佐藤ミケーラ倭子)

 

3・1と2の条件にかつ芸能事務所に所属している元メンバー

 

1と2の条件には合ってるが、その後所属事務所を退社し、フリー(無所属)になったメンバーは1人。

28号・石田佳蓮(去年2018年6月に所属事務所退社後フリー、現在は動画生サイト・イチナナ配信がメイン)

 

 

Yahoo!ニュースの記事のコメント(ヤフコメ)を見てると「菊地亜美は出ないの?」というのが多く出てたが、菊地亜美が今回出演しないのは条件1に合わなかったことによるもの。

 

 

遠藤舞についてのコメントも出てたが、同じくこの条件1に合わなかったことによるもので、本人のtwitterで「アイドリング」の検索結果の多いのか最初は何もわからなかったという。

 

大川藍や橋本姉妹は2の条件、石田佳蓮は3の条件で合わなかったから今回は出演を見送ったと思います。

 

 

石田佳蓮は出演してもいいように思えるがやはりフリーじゃ厳しいか。

 

 

1~3の条件に合わなかった元メンバーも今後飛び入りで出演とかありうるでしょうか?

 

それはそれで嬉しいが現時点では可能性は薄いか。

 

アイドリング!!!のTIF復活出演は初日の2日の予定で出演時間は未定。

 

私個人的には2日でよかったと思います。3日じゃまず無理だし、4日じゃ今度は時間によって微妙ですからね。

 

まぁ、10回目のTIFの節目に元祖ホスト役のアイドリング!!!を復活出演してもらえるのは嬉しいですね。

 

来年も出演できるならしてもらいたいけどね。

 

これで来年秋の「再会約束の日」を忘れたとは言わせませんよ。来年のTIF出演できるならそれを足がかりにしたいからね。

 

2023年の1期生の「約束の日」はわからないけどね。

 

 

 

私は去年はTIFほとんど行かなかったから、今年はぜひとも行きたい。

 

 

チケット買うかどうかは見たいグループのステージを見て考えます。

なんか今から少し待ち遠しかったりします。

 

 

最後にヤフコメ見てるといろんなコメントあったが、横山ルリカがめざましファミリーと競馬タレントのイメージが強く、アイドルだったという過去が薄れてきてるのには少し驚きました。

 

中には車のアイドリングとかけたり、上野の同名の風俗店とかけたりなどしてるコメントもあるほか、1998(平成10)年~1999(同11)年に活躍した「チェキッ娘」も出してくれというコメントもありました(笑)

 




「アイドリング!!!」として前回復活ステージに立ったときに元メンバーと去年2018(平成30)年末に解散したTOY SMILEYの当時のメンバーとの写真。

(後方左からいずれも元アイドリング!!!)

朝日奈央、橘ゆりか、森田涼花、倉田瑠夏、橋本楓

(前方左からいずれも当時のTOY SMILEY)

松川りな、末永香乃(現LoveLink)、蘆田真帆(TIF de Debut by TWIN PLANET合格者)、新倉愛海(現アップアップガールズ(2))、喜多見思叶(現BenjaminJasmine)、乙幡紗那、辻ゆか(現かみやど)

(一昨年2017(平成29)年11月撮影)

1ヶ月以上ぶりのブログ更新です。

6月に入りましたね。元号が「令和」になってからようやく1ヶ月以上がたちましたね。

未だに元号と天皇陛下に慣れません。「天皇陛下」と出てきても、前の天皇の上皇さまと間違えたりします。


日々暑くなり、先月下旬には30℃超えの真夏日もあったりして、梅雨と夏が近くなってきましたね。

先週7日に関東甲信が梅雨に入りましたが、西日本(九州南部を除く)よりも先に東日本(東海、北陸、関東甲信、東北南部)が梅雨に入るという逆転現象がなってますね。

(梅雨入りと明けの発表は「したとみられる」と報じられてるように、あくまで“速報値”で、9月の最初の平日に発表される「夏の天候(6~8月)」とあわせて修正が入り“確定値”が発表されます)


今日は1日中あいにくの雨でしたしね。


夏はどうなるんでしょうね?去年は関東では梅雨が短く、6月終わりには早くも梅雨明けて、“超”猛暑の夏でしたが、今年はあまり暑くなってほしくないなぁ・・・。


学生の頃までは夏が好きだったが、卒業してから上京する前の20年ほど前から夏があまり好きじゃなくなって、だんだん夏よりも冬が好きになるようになり、今では夏は早く過ぎ去ってほしいと思ってます。


今は日の出が一年で一番早い時期なので、昼が長い。

東京の場合は朝4時過ぎれば明るくなってくるし、夜は7時くらいまで明るいので昼間が長い分、時間が長く感じますね。


最近はいろんな物騒な事件が多く、私も気持ち的にいろいろ動揺したりしてます。

仕事も徐々に少なくなってきて休みも多くなってきました。


去年の今頃は何度も早起きしては静岡行ってたりしてたから、この時期がいちばん忙しかったなぁ。

今年も先月半ばに2日間、4時半起きで仕事で静岡・伊豆へ行ってきました。


ブログ書きたくても書けずじまいなのは変わらずで、1ヶ月以上も空いてしまったなぁ…。



さてここから本題へ入ります。


私が一昨年春~去年にかけて応援してたトイスマことTOY SMILEY(トイスマイリー)。去年2018(平成30)年の年末12月29日をもってメンバー全員卒業で解散となりましたが、あれからやがて半年。


先に脱退した末永香乃(かののん)も含め、7人中アイドルを続けない松川りな(リナティー)と乙幡紗那(さーちゃん)を除く5人がこの半年足らずで相次いでアイドル再デビューを果たし、新たな一歩を踏み出しました。


末永香乃(すえなが かの)(かののん→かの)

自らプロデュースでアイドルユニット「Love Link(ラブリンク)」を2月に結成。イメージカラーはトイスマ時代と違いピンクに変更(トイスマ時代担当だった水色は同グループにはいない)。


新倉愛海(にいくら あみ)(あみた)

アップアップガールズ(仮)の妹分、アップアップガールズ(2)(アプガ2)のオーディションに応募して3月に合格し、アプガ2の追加メンバーとしてデビュー。4月に発売したシングルに早速参加。


喜多見思叶(きたみ ことか)(こちゃ)

4月29日に結成したアイドルグループ「Benjasmin Jasmin(ベンジャミンジャスミン=ベンジャス)」のメンバーとして再デビュー。イメージカラーもトイスマ時代と同じ黄色。


蘆田真帆(あしだ まほ)(まほたん)

鈴木奈々や元AKB48の西野未姫らが所属するツイン・プラネット主催の「TIF de Debut by TWIN PLANET」オーディションに応募し、3月から2ヶ月のSHOWROOMオーディションなどをへて先月の最終選考会で合格。8月に行われる「TOKYO IDOL FESTIVAL(TIF)2019」のデビューを目指す。イメージカラーもトイスマ時代と同じ赤。


辻ゆか(つじ ゆか)(ゆっち)

神宿のイメージカラー緑メンバーのオーディションのファイナリストに選ばれるも不合格となるが、その後他のファイナリストメンバーらとともに妹分のユニット「かみやど(ひらがなかみやど)」に参加。今月末のお披露目ライヴでデビュー予定。



再デビューとなった5人を見てると、少なくともトイスマよりはマシだということですかね。


トイスマのメンバーの平均身長が低かったので子供っぽいイメージ(ファンは大人ばっかだけど)だったから、それだけでもメンバーが大人っぽく見られるようになるのは本人らにとっても嬉しいのではないのかな?


トイスマを踏み台にして次のアイドルが本命であればそれはそれで嬉しいけどね。

目指すべきなとこはトイスマではなくそっちのほうかもしれないし。


ラブリンクとアプガ2は実際生で見に行ったけど、あとの3人のほうも機会があれば行きたいですね。

それでどれを推して見に行くのか決めたいですね(一部どこか絞り込んでますけど)。


トイスマでは果たせなかったTIFにも出られるグループも決まったみたいだし、できれば5人それぞれが所属してるグループがすべて出られればいいけど、それはどうかな?


去年はTIFにほぼ行けなかったのでもう行くのやめようかと思ったが、今年は行ける目的ができそうですね。ただチケット代が高いのでカネを払ってでも見に行くかどうかは今後スケジュールなどを考えるつもりです。


トイスマでは果たせなかった地方遠征もそれぞれの新しいグループで果たしてるメンバーもいるし、トイスマでは果たせなかった夢を少しずつ実現していってますね。


環境は違えば、メンバー仲間も違うが夢に向かってアイドルをやっていくのはトイスマ時代と同じなのでそれぞれの道で頑張っていってもらいたいですね。


それにしても解散して半年足らずで多くのメンバーが次のステージへ進めたのはすごいと思います。

アイドルをやりたいという夢が捨てきれないことと、歳が若いからね。


今後の活躍がほんとに楽しみですね。

今のところ、そんなには見に行けないけど、タイミングがあえば見に行って会ってみたいですね。


ちなみにプロデューサーやってた伊藤祐奈は、正月に上野のたこ焼き屋で会って以来、会ってません。

その後立ち上げた「アルドル」には興味ないしなぁ…。

親友の後藤郁とこの春から月イチで2人でいろんなことやってるみたいだけど、興味と時間などのタイミングがあれば行ってみたいですね。

かつて経験のない元号またぎの「代替わり」で10連休となった今年のゴールデンウィーク。

残すとこ今日も含めてあと4日となりましたね。


一昨日5月1日に「令和」に改元して今日で3日目。

私もゴールデンウィーク中はずっと仕事だったが、今日と明日は休み(5日と6日は仕事)。

今日は「令和」になって初めての休日でした(ちなみに平成最後の休日は先月25日)。


やはり、新元号「令和」に慣れないですね。まだ3日目だから当然か。

「平成」の延長みたいでまだ続いてるような感じするんだよね。


元号が変わったって世の中あまり変わってないし、年が変わるのと違ってお正月のような感じは全くないし、普通のゴールデンウィークとあまり変わらない。

ただ、5月1日が今年限りの祝日となったおかげで4月27日~5月6日が休みになったからカネや商売に関してはいろいろ問題は起きてるようだが。あと子育てもか。


テレビやネットのニュース見て、皇太子さまが天皇陛下となって時代が変わったと感じるね。「天皇陛下」が今でも退任した前の天皇の上皇さま(陛下)と間違えそうになります。


私は30年前の1989年の昭和天皇崩御による「昭和」から「平成」に改元したときの経験かつ記憶があるからいいが(昭和生まれである多くの人々はそうだが)、平成生まれや前の改元の記憶がほとんどない昭和最末期(昭和60年以降)生まれの人々にとっては今度の元号改元が新鮮に思うでしょうし、「平成が終わるのは寂しい」と思ってる人もいるでしょうね。


我々は昭和からの平成の改元だけでなく、1000年代(または1900年代)から2000年代への千年代替わり、いわゆる「ミレニアム」(2000年問題なんていうのもあったね)、そして20世紀から21世紀の世紀替わりというかつてない歴史的瞬間を経験してるが、特に21世紀以降生まれの高校生以下やミレニアムと世紀またぎの記憶がほとんどない20世紀最末期(平成10年前後以降)生まれの20歳前後以下の人々にとってはこの歴史的瞬間が衝撃的に感じたでしょうね。


それにせよ、明治以降「一世一元」になってから、天皇が崩御されない限り元号が変わらないというしくみを上皇さまが「生前退位」(譲位)というかたちを選んで元号が変わったのはほんとに画期的で大きな歴史的瞬間ですよね。


私は平成のほうが昭和の倍以上長く生きてきましたが、昭和は62年と2週間(元年と64年はそれぞれ1週間しかなかったため)と長く、日常生活でも年号使うのも西暦よりも元号中心の和暦を当時は多く使ってたので、元号が変わるときには年号をどう使おうか迷ってたと思います。


昭和は60年以上にもなる激動の長き時代だったので、昭和が終わる寂しさはそうとうなものだったと思います。


新聞の日付表示もかつては和暦中心で西暦は括弧表示だったが、これも昭和50年代(1970年代後半)から平成初期(1990年代前半)にかけて多くの新聞が現在の西暦中心で和暦は括弧表示に変わり、今では和暦中心の表示は産経新聞など一部の新聞だけになりました。


日本国内関連の新聞記事やテレビのニュースの年号表示も和暦表示するのはNHKと産経新聞などの一部マスコミくらいで、あとは国内、海外関係なく西暦で表示されてますしね。


昭和時代では年号は和暦中心だったのが平成になるとともに次第に西暦中心となりました。

昭和の頃は年号を「昭和」を省いて普通に使ってましたからね。


私は書類とかに年号を書く際、西暦や和暦の指定がなければ去年まで和暦(「平成」とは書かず、たとえば「平成30年」なら「30年○月○日」)で書いてたが、今年から西暦を書くことにしました。

でも生年月日を書くときは迷うかも知れないですね。私の場合「1975(昭和50)年3月20日」なので、西暦よりは元号の和暦のほうが書きやすいですからね。



さて、元号が変わるときに「平成最後」や「令和最初」とかやたら言ったり、「令和」と煽ったりしてましたが、普段の生活でそんなに元号使ってるんだっけ?


昭和のころならまだしも、平成になってから「平成○年」とかいちいち言うのがめんどくさいから西暦を使うようになったと思うし(1900年代なら下2桁だけでも通ってたし)。


普段、そんなに元号使わない人は「今年は平成何年だっけ?」と聞いたり、そう思ったりするのも少なくないでしょう。


元号が変わる瞬間、どのような形で迎えるのか楽しみだったし気にはなってたけど、結局はあまりたいしたことなかったし、年末年始のような感じでもなかったですね。


先にも述べたが令和の“元日”(初日)だった一昨日「令和元年」5月1日は「お正月」という感じはまったくなく、臨時に祝日になったとはいえ平年の5月1日とあまり変わりませんでした。


実は4月30日と5月1日休めたら休もうかと思ってたが、忙しくて仕事になり、結局そのほうでよかったかなと思います。


元号が変わる瞬間、騒いだのは都会の繁華街とテレビ局だけでしたね。


昭和から平成に変わったときは昭和天皇崩御に伴うものであったため、昭和天皇を偲ぶ特番が2日間放送され、民放は2日間CMなしでした。

そんな暗いムードでの改元とは違って、今度の改元はハッピーで祝賀モードなのでどういう形で迎えるのかはテレビ局としても考えたのでしょうね。


「令和」になったばかりの今は「令和」と煽るし、今年いっぱいから来年の春先までは「令和最初」と煽ったりするかもしれないが、その後は「令和」はあまり言わなくなると思うんですよ。


去年夏から先月にかけても「平成最後」と使ってたけど、それまでは「平成」をあまり意識してなかったし。


それも世代間にもよるが、昭和生まれ(末期生まれは別かもしれないが)の人は昭和時代に和暦中心で年号使ってたのでその癖がそのまま残ってたりするが、昭和末期~平成生まれの若い世代は年号は西暦中心を使ってたので、元号なんてそんな意識してないし、生年月日を書くにも西暦で書いてたりしてますよね。


そういう若い世代が今後「令和」を意識して元号使うとは思えないし、昭和生まれの我々も元号は意識しないでしょうね。

元号意識して年号使う人は今後少なくなっていくのではないかと思ったりしますね。



だからといって私は元号制度や天皇制には決して反対してるわけではありません。

元号も天皇制(皇室制度)ももちろん賛成だし、世界にはない日本だけにある制度だからそれは大事にしたいですね。


中には世界にはそんなもんないよとか反対してる人いますが、別にいいんじゃないですか?

反対する人は反対するで。


改元間近の先月末には秋篠宮の悠仁さまの通ってる中学校の教室に侵入して机に刃物が置かれた事件なってあったし、今週に入ってからは昭和天皇稜で自殺と思われる遺体が発見されたり、皇居周辺にドローンが飛ばされたりといろいろありますからね。



「令和」という元号に早く慣れたいですね。

平成よりはいい元号にするべく、私は最後まで生きたいですね。


最後は平成31年のうちに手にした「平成31年」の10円玉。

「令和元年」の硬貨は年内に見れるのかな?



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1989年(平成元年)1月8日から約30年4ヶ月弱続いた「平成」が昨日2019年(平成31年)4月30日で終わり、今日2019年、令和元年5月1日から新しい元号「令和」が始まりました。


平成最後のブログ更新だったが一昨日も述べたが、私にとって「平成」の30年間は青春そのものでした。

人生にとって一番成長したのがこの「平成」でしたが、とはいうものの私の場合はただただ歳をとっただけという感じもします。


昭和から平成に改元されたとき、私は中学2年生でした。

平成元年(1989年)が30年前なのが信じられないですね。今でも最近と思ってたりしますから。


私は平成の前半は沖縄、半ば前~後半は東京で過ごしましたが、沖縄から初めて県外、日本本土へ行ったのは実は平成元年。中学3年の頃の修学旅行でした。そのときはフェリーで1日かけて九州へ行きました。


そして初めて本州、東京へ行ったのは1992(平成4)年、高校2年の終わりの修学旅行でした。


同じ日本であっても、沖縄と本土では文化や習慣が違うので、まるで別世界のようでした。

東京へはその後1995(平成7)年に1回旅行で行って、2002(平成14)年から移住してはや17年3ヶ月が経過しました。


私にとっては2度目の改元で、これで3つめの元号。

日本で生まれた人の多くは昭和生まれで3元号目になりますね。


昭和最後の日(1989年・昭和64年1月7日)も平成の初日(1989年・平成元年1月8日)も、そして平成最後の日の昨日も結局雨のどんよりした天気でした。


「平成」という歴史は思いもよらない自然災害の多い時代でその都度いろいろ考えさせられたこともありました。そして技術の進化が大きく成長した時代でもありました。


それでも日本では戦争もなく平和な時代だったのが何よりもよかったですね。


「令和」の時代も「平成」の時代を引き継いで、平和のままでさらに進化していってほしいし、自然災害が少なくなればいいなと思ってます。


元号の改元って、縁起の悪いときに起こることが多い中でこんなハッピーで祝福されるような縁起のいいことってそんなないですからね。そういう改元を迎えられたのはとてもいいことだと思います。


私にとって「令和」は中年から老いていく時代なので、最後まで生きていきたいですね。


「令和」の時代が平和な時代でありますように。


ありがとう「平成」、そして「令和」をよろしく。

平成最後の日だった昨日はこんなことやってきました。



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平成最後の日の夜に東京・北区昭和町の明治通りで大正製薬の「リポビタンD」と明治の「R-1」を飲む。

一番下の画像はさらに明治通りの昭和町二丁目交差点そばの昭和シェル石油(出光昭和シェル)近くで同じく大正製薬の「リポビタンD」と明治の「R-1」をやってきました。


その前日の一昨日は平成最後の「昭和の日」で大阪市大正区のJR大正駅で明治の「R-1」を飲む人が続出してたみたいで、関東でもどこかできないと思ったら偶然明治通りを見つけました。


リポビタンDやR-1ってたまに飲みますからね。


昼間に撮影すればよかったが、時間が遅くて夜になったため撮影するのが大変でした。

こういうネタ、自分でやってみると楽しいものですね。

いよいよ30年4ヶ月弱続いた「平成」も今日と明日を残すのみとなりました。


一つの時代が終わるのに、なんか1年が終わる年末のような感じがしません。

元号が「平成(31年)」から「令和(元年)」に変わっても西暦は2019年のままだし。

平成最後の日の明日も、令和初日の明後日も仕事ですし。

ゴールデンウィークが天皇の譲位(現天皇退位~新天皇即位)と元号改元で5月1日が祝日になったことで10連休になったから、例年とは少し違う感じはしてもなんか実感がわきません。


そんな平成最後の月の4月ですが、満開の桜を見ながら4月の初めを過ごしました。


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今月の半ばには関西へ行くつもりで2年ぶりに京都の桜でも満喫しようかと楽しみにしてました。

ところが、その直後に食あたりにより下痢でかなりのひどい腹痛に襲われ、数日間は飲み物を飲む程度で食べ物も口にできず1週間も仕事を休む羽目になりました。

そのせいで、関西への旅行も中止しました。行けば上京してから10回目の関西でした。


1週間ほとんど外へ出ることなく安静にしてたので外の様子はほとんどわかりませんでした。歩くだけでもかなり苦しかったですね。

休み明けに仕事に復帰した日の昼食時に撮った都内の桜。


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葉桜が混じってたがほんとに気持ちがよかったですね。

元気だったら関西へ旅に行ってたと思いながら1日を過ごしてました。


その後は体の調子も戻り、普通に過ごせるようになりました。

やはりあの1週間は「失った1週間」でしたね。


今月は寒暖の差が激しく、服装の調節も微妙でしたね。



何もかもが「平成最後」と煽ってましたが、私にとって「平成」は青春の30年でした。

だが、何も成長できずに歳だけをとってきた30年でもありました。


平成の前半は沖縄、半ば前から後半は東京で過ごしてきました。

ほんとにいい時代、想い出の詰まった楽しい時代だし、苦しい時代でもありました。


次の「令和」は中年~老年にさしかかる時代になっていくでしょう。

「令和」時代は最後まで生き抜きたいですね。


あと1日ありますが、普通に過ごして、夜はテレビを見て最後を過ごしていきたいですね。

今月30日に現在の天皇陛下が退位され「平成」が終わり、来月1日から皇太子殿下が新天皇に即位されるのに伴う新しい元号が今日昼前(午前11時40分頃)、菅義偉官房長官の手によって発表されました。


新しい元号は令和(れいわ)」であります。




(時事通信より)


明治のま行(M)、大正のた行(T)、昭和のさ行(S)、現在の平成のは行(H)は使えないから、それ以外になるからあ行(A、I、U、E、O)、か行(K)、な行(N)、や行(Y)、ら行(R)、わ行(W)、濁音(が行=G、ざ行=Z、J、だ行=D、ば行=B)、ぱ行(P)のいずれかになるが、あ行とか行とわ行のいずれかがくると思ってたので、ら行は意外でしたね。


これまでの元号は中国の古典を由来にしたそうだが、今回の「令和」は初めて日本の古典歌集「万葉集」を由来にしたそうですね。

日本の古典からの元号が用いられるのはなかなかのものだけど、なぜ今までそうしなかったんだろうね。


今回の新元号発表にあたっては「令和」も含めて6つの候補が挙げられていて、うち3つは日本の古典、残り3つは中国の古典からになったそうです。

なお、「令和」以外の落選5候補は公表されることはないとのこと。

まぁ、そのうちだいぶたってから言っちゃうんじゃないの?


今は言わないほうがいいに決まってる。せっかく「令和」に決まったのに、落選したものを公表したら「やっぱ、あれがいい」とか言い出したら、「令和」が台無しになっちゃうからね。


しかも、今回は情報漏洩にも徹底してたみたいだし、菅官房長官の発表まで一切洩れることなくここまでいけたよね。


でも実際はどうなんだろうね?

私は新元号発表の瞬間をNHK総合テレビで見てたのですが、発表とほぼ同時にテロップ(字幕)表示してたし(民放キー局もそうだと思うが)、画面上のニュース速報にもすぐに出てましたね。


あれって「令和」と出たらすぐ入力できて表示できるものでしょうか?(それ以外の文字などはあらかじめ入力してあると思うが)


報道協定とかあってごく一部に洩らしてるじゃないかと疑ったりもしますね。


実際のところ、選定委員会前に委員には携帯電話を預けるとか、元号を決める閣議前には携帯の電波を遮断するとかのかなりの徹底ぶりだったみたいですね。


平成時代の前期にインターネットや携帯電話が普及し始めたから、ここで洩れちゃうとすぐに拡散しちゃうからね。もし万が一洩れたら差し替えるとかとも言ってたみたいだし。


東京ではテレビ東京やTOKYOMX(メインチャンネル)も含めて、地上波テレビではNHKEテレ(教育テレビ)を除くすべてのチャンネルで新元号発表の特番をやってました(その後の安倍首相の会見時にはテレビ東京のみレギュラー番組を放送)。


新元号が発表されたと同時に早々と「令和グッズ」が発売されてたみたいですね。

テレビのニュースで「令和」と書かれたTシャツとか見てると「早っ!」と思っちゃいました。

あと、「令和」と書かれたお菓子とか人生ゲームの「令和版」とか、ほんとにやること早いよなぁ…。


広島・福山市の金属加工メーカーでは発表からわずか約2分半で「令和」と書かれた金属カップを製作したとか…。






会見のテレビ中継で映し出された「令和」の文字を写メして製作したそうだけど、まさに今じゃできないよね。昭和~平成の30年前じゃ、まずありえないよね。

これも文明と技術の発達ですね。


昭和から平成に改元したのは昭和天皇が崩御された30年前の1989年。




1989(昭和64)年1月7日に小渕恵三官房長官(当時)が新元号「平成」発表されたときの画像


1989(昭和64)年1月7日、私は当時中学2年生でこの日は学校でした。

朝起きたときに「昭和天皇が危篤状態」と知り、登校して亡くなられたことを知りました。

「崩御」という文字を初めて知ったのもこのときでした。


この日の新聞の夕刊には「昭和天皇崩御」と見出しで書かれた新聞が多かったが、私の故郷の沖縄の新聞県紙2紙(沖縄タイムス、琉球新報)は「崩御」の部分が「ご逝去」という見出しでした。


昭和天皇は戦争直後、北海道から鹿児島まで各道府県訪問されたそうだが、唯一沖縄だけは27年間もアメリカ軍の施政権下におかれたというのもあってかなうことができず、1987(昭和62)年には沖縄で国体も開催され、沖縄行きたかったそうだが病状悪化で断念。結局天皇在位中に一度も沖縄へ行くこともなく亡くなられたそうです。

「天皇」として沖縄を訪問したのは平成に入ってから現在の天皇陛下が1993(平成5)年に沖縄で全国植樹祭が開催されたときだったそうです。その後も何度か訪問され、去年には離島まで足を運んだそうです。


話は戻すが、この日は土曜日で授業は午前中のみで、午後は部活で学校に残ってたので、後に首相になった当時の小渕恵三官房長官の新元号「平成」の発表の瞬間はラジオで聴いてました。

テレビの映像を見たのは帰宅した夜になってからでした。


その当時、「平成」のほかに「正化」や「修文」という文字が候補に挙がってたようだが、いずれも昭和と同じさ行だたっため、平成に決まったらしいが、私が当時先生方から聞いた噂には「朝日」でした(ガセかデマだったかもしれないが)。


昭和の元号は64年(実際は「元年(1926年)」と「64年」がそれぞれ1週間だったため、62年と2週間)と長かったため、当時は日常生活でも年号は和暦(元号)のほうが普通に使われていて、元号抜きで年号で略してました(「昭和63年」なら「63年」)。

しかし平成に入ってからは次第に西暦に移り、和暦を使う機会はどんどん少なくなりました。


2000年以降は西暦でさえ4桁で言うようになりましたからね。


明治から一世一元となったため、明治~大正(1912年)、大正~昭和(1926年)、昭和~平成(1989年)の改元時にはいずれも天皇の崩御によるもので、うち明治と大正の各天皇の崩御時は即日改元でした。


元号改元するときってだいたい縁起が悪いときに行うときが多いので、今回は天皇退位という和やかなムードと縁起のいいときに行うので、「平成」から「令和」に変わる瞬間をどう迎えるのか楽しみですね。


年越しならぬ「元号越し」のカウントダウンイベントなんかするのかな?


1ヶ月のテレビ番組表が掲載されてる月刊のテレビ雑誌には先月の段階ではNHK総合テレビが元号が変わる瞬間は「番組未定」と書かれてほかは、民放キー局ではレギュラー番組の編成が書かれてましたが、おそらく特別番組を組んだりして世替わりの瞬間を見届けるでしょうね。


新元号「令和」という文字は悪くはないと思います。

確かに「令」という文字は「命令」や「号令」というように従うような表現も文字になりがちだが、それをあまり意識しなければ悪くはないと思います。「和」という文字が和らげてくれますから。


西暦645年の大化の改新で初めて元号が用いられて250近く元号が使われてきたが「令」を使われたのはこれが初めて、一方「和」はこれで20回目。


日本の歴史で「令」といえば「律令」とか法にかかわるような文字だからまず元号では使われなさそうだよね。一方、「和」は日本のイメージにあるし、いろいろ和らげるというイメージがあるからね。


「平成」の響きがよかったので、「令和」のイメージがどれだけ響きをよくしてもらえるかということですね。

まだ「平成」のほうがいいといっても、そのうち慣れてきますよ。


30年3ヶ月20日続いた「平成」が今月で終わり、来月から新元号「令和」。

今月までは「平成31年」、来月からは「令和元年」。

「平成最後」と今月まではあおれば、来月からは「令和最初」とあおるんだろうなぁ。


「令和」の時代もいい時代にしてほしいね。

その前に「平成」最後の月も悔いのないように過ごさなきゃ。

2週間ぶりのブログ更新です。

今日は暖かいですね。東京都心では今年初めて20℃超えたそうですね。

東京で20℃というのはゴールデンウィーク前後の暖かさですからね。


そして長崎では今年初めてソメイヨシノ開花の発表があったようですね。

いよいよ春もここまできたかという感じですね。

東京も桜の開花が近いですね。私にとって18回目のソメイヨシノになりそうです。



私事ですが、今日3月20日に44回目の誕生日を迎えました。

44歳、ぞろ目です。


40代ももう半ばにさしかかるんですね。

なんかこんなに歳をとると、私は世間知らずになってしまいますね。


今日は休みでしたが、誕生日の日に休みになるのは7年ぶりですね。


最近、歳をとるごとに自分がどんどん負け組になっちゃって、ほんとに滲(にじ)めになってしまいます。

毎日、テレビやネット(PCやスマホ)でいろんな情報が入ってくるのですが、そのたびに自分が劣等感に感じちゃうんですよね。


自分より年下の世代があれやこれやとやっていくうちに社会から置いてきぼりにされてしまうんじゃないかと思います。


自分も何かしなきゃと思いつつも、その能力もなく、ほんとに今まで無駄にバカに過ごしてますね。

40過ぎて毎年思うのは、いつ老眼になって、ボケてくるのか、そして体力が衰えてくるのか?

10年前と変わらない生活してるもんなぁ。


ほんとに先の人生のことなんて考えたくもないですね。

今まで生きてきた人生よりも、先の人生のほうが短いんだから…。


来月末には現在の天皇陛下が退位され、5月からは皇太子さまが新天皇として即位されます。

来月1日には5月からの新しい元号も発表されます。


私は中学2年の13歳の頃に「昭和」から「平成」に元号が変わりました。

「平成元年」(1989年)がもう30年前だもんなぁ。なんか最近のように感じるが、さすがにもう古く感じてしまうよなぁ。


私にとって「平成」という元号は青春だったうえに、苦労もしました。

平成の前半は沖縄、後半は東京など関東で過ごしてたからね。


ほんとはもっと成長したかったのですが、実際は何も進歩せずに変わらずここまで生きてます。


沖縄から離れて17年、もう学生時代の旧友に会うことはなくなりましたが、去年夏に久々にFacebook(閲覧のみ)で小学校~高校時代の同級生の女性とSNS通してやりとりました。もう20年ぶりになりますかね。


私が沖縄にいた頃にデンマーク人と結婚して、今では2人のお子さんとデンマークで過ごしてるのこと。残念ながら顔を見ることはないですが、女性側からすれば私の顔写真見れるので元気そうなのが伝わってくると思います。


正直嬉しかったですね。私はもう故郷に見せる顔なんてないですからね。


次の元号はどのくらいになるかわからないが、私はずっと生きていられるのだろうか?

秋篠宮の悠仁さまが天皇即位されるまではなんとか生きたいけどね。





去年の誕生日にはtwitterのリプでバースデープレゼントでこんな画像が送られてきましたね。

あの時はほんとに嬉しかった。


そのTOY SMILEY(トイスマ)もなくなり、リナティーこと松川りなは引退しちゃったから、少しロスになってますが、まだマジカル・パンチライン(マジパン)やアイドルING!!!もあるし、元トイスマメンバーで次のアイドル目指してる人もいるのでそれらも応援していきたいし、末永香乃らのLoveLinkも見てあげたいけど、トイスマほどがっつりにはならないと思います。逆にいえばそのほうが気楽になりますし。


関西のほうにもアイドルではないが映画女優の沙倉ゆうのがいるから応援したいですね。


私は私らしく44歳をすごして生きます。

先月16日、アイドルING!!!の定期公演ライヴ「ヨコはちライヴ」を見に、久々にお台場のフジテレビへ行きました。


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フジテレビの敷地内に入るのは一昨年2017(平成29)年11月の「東京いいすぽフェスティバル」でアイドリング!!!元メンバーのミニライヴを見て以来。

 

定期的にフジテレビの番組を見ることもなければ、フジテレビにすら行くこともなくなりました。

 

ちなみに私が見るテレビ番組は以下の番組。

NHK総合「NHKニュース7」「ファミリーヒストリー」(不定期)

日本テレビ「笑点」(大喜利のみ)

テレビ朝日「報道ステーション」「しくじり先生」(不定期)「僕の初恋をキミに捧ぐ(僕キミ)」(1~3月)

TBS「新情報7days ニュースキャスター(Nキャス)」

(フジテレビとテレビ東京は見たいと思う番組がないだけ。NHKは総合テレビはよく見るが、Eテレは嫌いなので見たいとは思いません)

 

それで上まで上がると何年ぶりだろうか?

 

「フジさんのヨコ」なんてよく聞くけど、私はこの日までどこにあるのかも知りませんでした。

いつの間にこんなものができたんだろうかってね。


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フジテレビの7階って、かつてアイドリング!!!が初期メンバー9人だけだったときに「アイドリング!!!」の番組収録で球体展望室(はちたま)へ行くときに向かうエレベーターがそこにあったから懐かしんで行ったが、フジさんのヨコって昔何があったんだろうと…。


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フジテレビ前はお台場行くときにたまに通るけど、建物の中はアイドリング!!!が2015(平成27)年秋に解散してからほとんど行かなくなったなぁ。


球体展望室から富士山は見えたことあるけど、さすがに「フジさんのヨコ」から富士山は見えなさそうだよなぁ。


そんな初めてフジさんのヨコ(フジヨコ)で初めて生のアイドルING!!!の「ヨコはちライヴ」を見てきました。


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TOY SMILEY(トイスマ)応援してた頃は、アイドリング!!!の事実上の後継グループとはいえどもちょっと敵対心もってたが、一度見に行きたいという気持ちはありました。


「アイドルING!!!」のFRESH LIVEの配信も時たま見てたので、アイドリング!!!元メンバーと一緒にアイドルING!!!が活躍していくのも見ていったし、いずれはING!!!ちゃんが引き継ぐんだろうなぁという思いで見てました。


もうスマホの向こうから長く見てるのに今まで生で見る機会がなかったから、今回こうして生でライヴ見れたのは嬉しいですよ。


私は夜6時からの3部だけを見に行ったんですけど、1時間とても楽しかったです。


持ち歌の「拝啓、未来」のほかに、アイドリング!!!の曲も歌ってくれてけっこう懐かしみながら聴いてました。


観客はもっと多いのか思ったが、それほど多くもなくメンバーもよく見えることができました。


アイドリング!!!の頃とは違ったスタッフで、アイドリング!!!とは違った感じがしました。


ライヴの後は特典会、一斉握手会はないみたいなのでチェキとサイン会へ行ってきました。

今回のライヴに行く目的は生のING!!!ちゃんを見ることと、「拝啓!未来」のCDを手に入れること。


メンバーの中でもまなっはーこと田辺真南葉だけは加藤沙耶香のニコ生で2回会ったことあるので、今回はそれ以外のメンバーに会いたかったですが、まぁペイトン尚未にだけは今回は見送って、細井華とチェキ撮って、鈴木楓恋にCDサインしてもらうだけにしました。



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(細井華ちゃんとのチェキ)


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(鈴木楓恋ちゃんに書いてもらったCDのサイン)


名前はなかなか覚えてもらえないので、今まで高いお金で拒んでた会員登録をしようかと思ってます。

個人配信も7時からだけど、私は7時半からの後半30分しか見れないからね。


アイドリング!!!とは違った雰囲気が楽しめたので、また機会があれば行ってみたいですね。

この日は仕事が早めに終わったということもあってライヴの時間にも間に合って見ることができました。


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まなっはーには先月7日に「かとさやのニコ生あるけど来る? リターンズ」で会いました。

関西へ旅行から帰ってきた2日後です。


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江渡万里彩(左)と加藤沙耶香(右)、田辺真南葉(まなっはー、右から2人目)と撮ったチェキ。

かとさやこと加藤沙耶香はこの後、産休に入ったそうです。「平成」のうちに出産できるのかな?

ちなみに男の子だそうですね(女の子産みそうかと思ってたからびっくり)。


滝口ミラも去年11月に2人目の男の子が生まれたそうだし、アイドリング!!!元メンバーで出産となれば滝口ミラ、野元愛に次いで3人目になりそうですね。

一昨年春~去年末の20ヶ月(1年8ヶ月)間、TOY SMILEY(トイスマ)をメインに見てきたから、他のグループはあまり見れなかったけど、今年に入ってトイスマがなくなり、応援したいグループをトイスマみたいに特に贔屓せずフリーに見られるようになると気分は楽になりますね。


2007(平成19)年夏にアイドリング!!!のファンになってからアイドルヲタ歴もあと半年で12年。とうとう干支を一巡してしまいました。


今月20日で私は44歳となり、40代も半ばに差し掛かり、ほんとに「いい歳超えて」と思うかもしれませんがヲタをやめる気はありません。


アイドリング!!!はなくなっても、その繋がりのあるグループはこれからも応援していきたいですね。どんどん関係なくなってきてるが、どこかで繋がってますからね。


マジカル・パンチライン(マジパン)もそのひとつ。


元アイドリング!!!&NEOfromアイドリング!!!(アイドリングNEO)のさとれなこと佐藤麗奈がアイドルを続けるために2016(平成28)年に結成したアイドルグループ。


新メンバーを隔週で紹介していき、グループ名が「マジカル・パンチライン」と決まったときに「なんじゃ、こりゃ!?」と思ったのは今でも覚えてます。


メンバー紹介するごとにオチがきちゃってる感じがなんかたまりませんね。


最初はさとれながリーダーのもと、しっかり4人を育てあげながら5人でやってきたもんね。

アイドリング!!!と違って運営もよかったし、握手会を「魔力チャージ会」、チェキ会を「アナログ念写会」と言い換えたり、タロット占いとかやり始めたりしてましたね。


よくわけがわからないと思っても運営もよければファンはついてきたし、結成半年後にはラジオ日本で冠番組「マジカル・パンチラインのマジラジ」持つようになったりと次々と浸透していきましたね。


まぁ、最初マジパンの現場見に行ったときにはさとれなだけが頼りだったから、握手会もさとれなだけは普通に話せるが、他のメンバーは何を話せばいいのか戸惑ってました。


アイドリング!!!がなくなって、トイスマができるまでアイドルの現場行ったのは実質マジパンだけだったから、行くことに他のメンバーとも気軽に話せるように慣れてきたんですけどね。


マジパンのメンバーはほんとにいい子揃いだよね。メンバーそれぞれ個性があるし、浅野杏奈はNHKEテレ(教育テレビ)の「テレビで中国語」のレギュラー出演でいいように使われば、沖口優奈はいろいろイジられるかのように使われたり、清水ひまわりは得意のアニメ、小山リーナはモデルといろいろ個性を発揮してますね。


そんなマジパンも先月19日で結成3周年。


去年4月に創設者で初代リーダーのさとれなが卒業し、「主」がいなくなったマジパンは我々が思ってた以上の苦難があったようですね。


今までさとれなあってのマジパンだったから、ここから4人でどうやっていくかはほんとに未知数であれば茨の道だったでしょうね。


AKIBAカルチャーズ劇場公演を動画配信で見たときにリーダーの沖口優奈がファンから「マジパンは解散しちゃうの?」とか言ってた時にはほんとにびっくりしました。


アイドルグループはだいたい夏にはCD出すんだけど、それすらもなかった(出しようがなかったんでしょう)し、ファンも必要以上に心配してしまったでしょうね。


レコードレーベルもこれまでのポニーキャニオンから移籍を余儀なくされたようだし、ここまでやってきたことを無駄にしないようにメンバーも所属事務所のボックス・コーポレーションも、関係者もいろいろ苦労したでしょうね。


ここまで最悪の事態を回避できたのもメンバー、事務所、関係者の努力もそうだが、やはりマジファン(マジパンのファン)の応援と支えのおかげだと思いますね。


マジパンは新しいレコードレーベルであるドリーミュージックに移籍し、「魔法」のイメージを払拭し、ロゴも一新、特典会の名称も特別な呼び名をやめて、「脱・魔法」「脱・さとれな」のイメージでグループは再生していくことになったと思います。


その生まれ変わったマジカル・パンチラインが先月20日にリリースされたシングル「Melty kiss」、マジパンがCD出すのは一昨年12月以来1年2ヶ月ぶり。


そして先月24日(先週日曜日)の渋谷DUOで行われたワンマンライヴ。



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こちらに来るのは去年12月29日のトイスマのラストのワンマンライヴ 以来、約2ヶ月弱ぶり。

トイスマで2~3回ここに来てるから、トイスマのことを思い出しました。


今回はその向かいの渋谷DUO。


私は当時ファンになったばかりで行けなかったが、アイドリング!!!が2007(平成19)年夏にCDデビューしたときにシークレットライヴが行われたのがそこだったため、柱があって見えないとかいろいろ聞いてたが、実際に行くのはこのライヴが初めてでした。


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ワンマンライヴの開演時間が夕方5時からだったため、仕事忙しくて休めるわけでもなかったので前売りでチケットは買いませんでした。だから当日券で行ければいいなと思ったが、この日は運よく仕事が早く終わったため、3時過ぎには会場に着いてチケットを購入して難なく参加することができました。


ライヴは500人以上はいましたかね?

かなりいっぱいでしたが、私は入り口そばの角にいたので窮屈じゃなくてもメンバーはなんとか見ることができました。


マジパンのメンバーは身長高いから後ろでも見れるのはなかなかいいですよね。


ライヴは予定より15分遅れての開始で、アンコールも含め1時間半余りでした。


マジパンの持ち歌全曲歌ったわけではないが、一部はマジパン初のメドレーもあって大熱唱の大盛り上がりでライヴは終了しました。


そしてアンコールではまったく予想もしなかった重大発表が3つも出てきました。


まずは新メンバーの発表


マジパンは沖口優奈のもと4人でやっていくのかと思ったので、新メンバー加入はまったく想像もつきませんでした。


アンコール入るときに動画が流れてました。

(下のYoutubeリンクからみることができます)

https://www.youtube.com/watch?v=za1PysJt0i0


すると最後に4人のメンバーの両端に2人が入ってきて一緒に走っていったんですよね。

これで「もしかして…」と思いました。





(マジカル・パンチライン公式twitterより)


ライヴ後に載せた画像見てると、上の画像が昭和50年代(1970年代後半~80年代前半)にTBS系で放送された刑事ドラマ「Gメン'75」をいかにも髣髴(ほうふつ)させるようなシーンでした。


あれでほんとに「Gメン'75」のオープニングやってもらいたいくらいですね(笑)。

(本家は道路ではなく滑走路で撮影してましたが)


それはさておき、新メンバー2人加入は驚きでした。

マジパンに新メンバーなんて噂なんて知らなかったからびっくりしました。


今回新加入となったメンバー2人は次の通り。


吉澤悠華(よしざわ・はるか) 画像右 

2003(平成15)年7月8日生の15歳(中学3年) 東京都出身


吉田優良里(よしだ・ゆらり) 画像左

2005(平成17)年7月12日生の13歳(中学1年) 埼玉県出身




マジパンのメンバーは去年卒業した佐藤麗奈も含めて、これまで晩秋~早春生まればかりだったが、新メンバーは真夏生まれ。


私にとって2005年生まれの子って初めて見ました。


色付けしてるのはそのままイメージカラーになるみたいですが、オレンジのイメージカラーってなかなかいませんからね。


これで東急線の路線カラーを当てはめるとそのままコンプリートできそうですね。

ちなみに当てはめてみると(近い色もあるので被る場合もあるが)。


東横線=浅野杏奈

田園都市線=小山リーナ

大井町線=吉田優良里(新メンバー)

目黒線=吉澤悠華(新メンバー)

池上線=浅野杏奈

多摩川線=佐藤麗奈(卒業)

世田谷線=清水ひまわり

こどもの国線(横浜高速鉄道)=沖口優奈

みなとみらい線(横浜高速鉄道)=沖口優奈、佐藤麗奈(卒業)


ついでに東京の地下鉄線(東京メトロ・都営地下鉄)のカラーも当てはめると…。


沖口優奈=都営三田線

浅野杏奈=丸ノ内線、都営浅草線 

清水ひまわり=有楽町線

 小山リーナ=千代田線、南北線、都営新宿線 

吉澤悠華=東西線

吉田優良里=銀座線 

佐藤麗奈(卒業)=半蔵門線、都営大江戸線


さらに首都圏のJR線も当てはめてみると…。


沖口優奈

総武線快速、横須賀線、常磐線(取手以北)、中央本線(高尾以西)

浅野杏奈

京葉線、湘南新宿ライン(路線図のみ)

清水ひまわり

中央・総武線(各駅停車)、南武線、鶴見線、総武本線(千葉以東)

小山リーナ

埼京線、川越(東)線、山手線、横浜線、相模線、常磐線(取手以南)、成田線

吉澤悠華

京浜東北線、根岸線、内房線

吉田優良里

中央線快速(東京~高尾)、武蔵野線、東海道線、宇都宮線、高崎線、外房線

佐藤麗奈(卒業)

上野東京ライン(路線図のみ)


ここまで書けばほんとにキリがないですね(笑)


その新メンバー2人を加えて6人体制となったマジカル・パンチラインは6月19日にシングル出すことが決定。


そして7月には大阪と東京でワンマンツアーライヴやることが決まりました。


これだけ見たら、もう「魔法」と「さとれな」のイメージは完全に払拭されたと言ってもいいでしょうね。


これからは「脱・さとれな」「脱・魔法」でマジカル・パンチラインはやっていくでしょうね。


となると、私の勝手な憶測ですが…。

早ければ秋以降にはアルバムでも出すのではないかと思ったりもします。

そして、遠い先の話だが来年秋以降には沖口優奈卒業も出てくるのはないかと…。


ライヴのあとは特典会が行われ、会場を出るときには新聞が配布されてました。


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1人2枚もらったりしないように、この新聞もらったら再入場はできないようになってたため、ライヴ参加者全員に行き渡ったかどうかはわからないが、私は握手会だけやって会場を後にしたので難なくもらえることができました。


こうして生まれ変わったマジカル・パンチラインを見届けて夜8時前には会場を後にしました。


先月14日のバレンタインイベントにもちょっとだけ行きましたが、そのときにマジパンをデザインしたチョコレートが販売されてました。いろいろ考えますねぇ…。


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このチョコレートはワンマンライヴでもCDやグッズと一緒に販売されてました。

最後に今日3月4日は小山リーナの16歳の誕生日でした。


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これは去年春に高校入学とともに始めたInstagramの画像。

高校生になってだいぶ可愛くなったよね。

見てるとなんか元アイドリング!!!の大川藍に似てきましたね。


同じ歳の清水ひまわりもそうだけど、だいぶJKっぽくなってきてかわいくなってきましたね。

マジパン結成当時からずっと最年少だったので「妹キャラ」でやってきたが、新メンバーが入ったことにより最年少でなくなり「妹キャラ」を新メンバーに取られてしまい少し残念だが、でもリーナは結成当時のメンバーでは最年少には変わりないから、これからも「永遠の妹キャラ」で通してもらいたいですね。


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これもバレンタインイベントでチョコ購入時にもらったメッセージカード。


実はtwitterのアカウントが削除されてしまい、先月に作り直したとのこと。


小山リーナの新しいtwitterのアカウントはこちらです。

@Koyama_Rina_Box

一昨日から3月に入りましたね。

気象の上では冬が終わり、春に入りましたが今冬が暖冬だったため暖かくなるのが早いよね。

桜が咲き始めるまでは冬の余韻がまだ残るが季節の進みは早くなっていくだろうなぁ。


3月は別れの月、一昨日も多くの高校で卒業式が行われたようだが、もうこういう時期なんだろうなぁ。

 

2019年が始まってはや2ヶ月、そして平成という元号があと2ヶ月。

1ヶ月後には平成の次の元号がいよいよ発表されますね。



さて、先月1日のブログ 最後に「早速大きな楽しみ」と書きましたが、その次の日の先月2日の夜遅くから5日まで関西へ行ってきました。


上京してからもう関西へ行くのはこれで9回目。

これまで上京してから金曜日から始まる2月のカレンダーは過去に2回(2008年と2013年)あるがいずれも関西へ行っており、今回も例外なく行ってきました。


まずは2日は仕事を済ませた後、夜遅くに夜行の高速バスで東京・池袋のサンシャインから出発。

去年10月に行ったときには朝から出発の高速バスだったため、夜行バスに乗車したのは一昨年2017(平成29)年4月以来でした。


これまで夜行バスは東京駅近くの鍛冶橋駐車場からだったため、池袋のサンシャインから乗車したのは初めてでした(ちなみにバスタ新宿から夜行バスに乗車したことはありません)。


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あまり眠れずに途中サービスエリアでの休憩も挟みながら7時間バスにゆられ、節分の日の3日の朝6時過ぎに大阪・梅田に到着。


その後阪急電車で京都方面へ向かい、今回の目的地へ。

JR京都駅から嵯峨野線(山陰本線)で約30分、京都市に隣接する京都・亀岡市へ。


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亀岡駅からコミュニティーバスで約15分弱の出雲大神宮へ行ってきました。


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この日は各地の神社や寺で節分祭が行われましたが、私は節分祭に行くのは実は初めてでした。

節分祭なんか、豆まきのイベントなんかないと思ってたから、行くことを考えるまでまさか行くなんて思ってもみませんでした。


今回わざわざ京都まで行って節分祭に参加したのは、ファンである女優の沙倉ゆうのさんを見るため。

しかもただ彼女を見に行くのではなく、なんと女性警察官(婦人警官)の制服で参加するからなんです。



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節分祭に一日警察署長やるわけでもないのになぜ婦警の制服かと思ってたが、警察絡みの参加だったようです。


それを知ったのはなんと2週間前。

警察官の制服がとても似合う大好きな女優さんだから、冬服の制服に出会えることはそうチャンスないだろうと検討した末に「制服を着て参加する」という返事が来て、行くことを決めました。


もちろん婦警の制服を着て式典に参列した沙倉ゆうのさんはそのまま豆まきに参加し、その後撮影にも気軽に応じてくれました。

もうけっこう撮影しまくりました。



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その後の祈祷木焚き上げ式にも参加しました。


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やっぱり美人婦警は後姿もとても美しかったです。


この日の豆まきは昼前と昼過ぎの2回行われたが、沙倉ゆうのが参加したのは昼前の1回だけ。

沙倉ゆうのが会場を後にすると、ぜんざいと甘酒をいただいて、恵方巻きをもらって会場を後にしました。

2回目の豆まきまで参加するとバスの時間がかなりあくため、早い時間に乗車しました。


その後亀岡駅に戻って電車に乗車して嵐山へ立ち寄った後、芸能神社のある車折神社へ。



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そこで元アイドリング!!!のルーリーこと横山ルリカと、かつて応援した関西系のアイドルの元メンバーだった多田麻里絵の名前を見つけてきました。特に後者のほうが見つけるのに大変でした。


赤坂見附の豊川稲荷神社のルリカ赤提灯はもうなくなっちゃったが、京都で名前見つけることができて嬉しかったですね。


その後は河原町へ立ち寄り、阪急電車で大阪へ戻り、梅田で大阪在住の友人と待ち合わせして難波へ移動、なんばパークスへ2時間くらいおしゃべりしてこの日は終了。


夜行バスで寝られなかったゆえに、1日中動いてたのでもう爆睡でした。



そして次の日の4日、まず向かったのはたこ焼きの「赤鬼」の道頓堀の本店。



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元アイドリング!!!の伊藤祐奈が去年事実上解散したTOY SMILEY(トイスマ)に代わるアイドルとしてアルバイトアイドル(アルドル)で「赤鬼」上野店で働いてるので、本店に行ってみたかったです。


本家のたこ焼きは美味しかったですよ。


その後は京阪電車で京都・宇治市の平等院鳳凰堂へ行ってきました。

あの10円玉に書かれてるとこです。



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平等院へ行ったのは1992(平成4)年に高校の修学旅行で行って以来27年ぶり。


近年、資料館が開館したので平等院の本殿に入らなくても、本殿に展示されてる展示物を見ることができるようになりました。


京都市の隣だが、平等院も含めて山と川に囲まれたりしてとても風情がよかったですね。


その後は京都市伏見区の伏見稲荷大社へ初めて行ってきました。



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そこで絵馬を購入して、マジカル・パンチライン(マジパン)、アイドルING!!!、お披露目間近だったLoveLink(ラブリンク)の成長祈願と、そして去年末に事実上解散したTOY SMILEY(トイスマ)の元メンバーの活躍祈願を書きました。


ちょうどその頃に元トイスマの新倉愛海(あみ)がアップアップガールズ(2)(アプガ2)のオーディション受けることがわかりました。それを書くには間に合いませんでした。


その新倉愛海、1ヶ月後の今日アプガ2のオーディションに合格し、晴れてメンバーとなりました。

トイスマ卒業解散から約2ヶ月後にまたアイドル復帰ですね。おめでとうございます!


その後は伏見稲荷名物の千本鳥居へ行ってきましたが、想像以上にけっこう奥が深く、結局鳥居が連なる裏山へ登山してしまいました。


時間を甘く見すぎて、頂上まで行くのに2時間弱かかりました。


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4時過ぎに伏見稲荷に到着して、この日の日没が5時半前後、頂上に着いたときには6時を過ぎてました。

この日は暖かくて、東京では20℃近くまで上がったそうですね(大阪や京都では12~14℃)。

体を温めるにはいい運動で久々に汗もかきましたが、夏には行きたくないと思いました。

登るならそれ以外の季節がいいですね。


ここから眺める夜景はほんとに最高でした。


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自販機見ると、頂上へ行けばいくほど高くなり、500mlのペットボトルなんかなんと230円!

小さいペットボトルが160円しますからね。

でも、下のほうまでいくと缶が100円で売られたりもしてました。


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頂上まで登った後は1時間半くらいかけて下山。

辺りもすっかり暗くなって夜景の灯りの輝きがとても気持ちよかったですね。


こうして最後は民家に差し掛かり道を間違えましたが7時半過ぎにようやく到着。

参拝客の人ごみはすっかり消え、神社の灯りだけが輝いて静かに伏見稲荷を後にしました。


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その後京阪電車で大阪へ戻り、この日は終了。

起きたのが昼に差し掛かる頃だったため、遅くまでおきてました。



そして最終日の5日。

旅の最後にはよく食べる御堂筋沿いの金龍ラーメンを食べて、昼前に梅田からの高速バスで帰京。


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予定より少し早く、夜8時前にバスタ新宿に到着して今回の旅は終了。


この日は私が2002(平成14)年に故郷・沖縄から関東へ移住してちょうど17年の記念日でした。


ざっと今回の旅を書きましたが、また後日詳しく書いていきます。