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今日の一言 「 プロの責任 」



(5/15) 

おはようございます。

今日は、“今でしょ”で昨年注目を浴びた予備校講師林修の一言。

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 【今日の一言 2014年5月15日】

「仕事は好きだからやるもんじゃないし、ましてや嫌いだからできない

 なんて甘ちゃんの言うことです。こっちが好きか嫌いなんか、どうでも

 いい。必要なのは、好き嫌いを超越した、自分がお金をいただいている

 ことに対して責任をとれるか。そういうことが、“ちゃんとできてる”って

 プライドが持てるか。そこだけでいいと僕は思う」

 (林 修 予備校講師)

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この仕事気が乗らないなあ、嫌だなあと思っていると、雑な取り組み方

になりがちです。雑にやれば雑な成果しか出ず、評価にもつながりません。

それで、さらに嫌になる、という悪循環ができあがってしまいます。思い

と違う仕事を与えられても、それでお金をいただいているのだから自分なり

のベストを尽くして精一杯取り組むことです。その方が清々しいではない

ですか。何で嫌なのかをよくよく考えてみると、目立つ仕事ではないとか、

人間関係が悪いとか、あるいは自分の我儘に過ぎないということも多い

ものです。感情に流されてはいけませんね。

「頭の中で数学的に軸を引く癖がある。仕事について、座標軸を引いた

場合、好きと嫌いの軸と、役に立つと立たない軸がある、そして、分類すると

、問題となるのは、「好きだけど役に立たないこと」と「嫌いだけの役に立つ

こと」前者は、ギャンブルとかゲームだとか遊びだとか、そして、後者が

勉強だ。その、どちらを選んですることができるかによって、人生が大きく

変わる」(林修)

「やりたいことが見つからない、なんていう人がいるけど、やりたいことを

やるんじゃなくて、やるべきことをやればいい。ただ、それだけです」(林修)

今日の一言 「 もうこりた? 」



(5/14)

おはようございます。

今日も、作家・尼僧、瀬戸内寂聴の一言。

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 【今日の一言 2014年5月14日】

「『忘己利他』、(あなたは)あなた以外の誰かを幸せにするために、

 この世に生れてきたのよ」

 (瀬戸内寂聴 作家・尼僧)

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「忘己利他」は、「もうこ・りた」と読むそうです。

「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」(伝教大師最澄)、どうしても

自己中になりがちな私たちですが、その欲望に打ち勝ち、自分のことは

後にして、まず人に喜んでいただくことをする、そこに幸せがあるのだ

という言葉です。

我利我利では仏の境涯とは全く波長があわず亡者になり、「もう懲りた」に

なりますよということです。

この言葉を調べていてマザー・テレサが講演で話した実話を見つけました。

マザー・テレサが、いつものように、スラム街で貧民救済の活動をしていた

ときのことだそうです。ボランティアの一人が近くの家を指差して、「あそこの

ヒンズー教徒の家には8人の子供がいますが、父親が死んで母親一人で

働きながら面倒を見ています。でも、もう3日間も何も食べていません。

食べ物を買うお金が無いのです。」と伝えました。マザー・テレサは、自分の

家から鍋一杯のお米を持って来てその家を訪ねました。貧しい母親とお腹を

空かした8人の子供が家の中で寄り添っていました。マザー・テレサは

お米を差し出すと貧しい母親は涙を流し感謝してそのお米を受け取りました。

しかし、その直後、その母親は家にあった少し小さめの鍋に、渡したお米の

半分を持って家を出て行こうとするのです。「お米を持って何処に行くのです

か?」とマザー・テレサは尋ねました。

母親は「隣の家イスラム教徒の家には6人の子供がいますが、もう4日間も

何も食べていません。だから頂いたお米の半分を持っていってあげるのです」

とだけ答えて、大事そうにお米の入った鍋を抱えて喜んで隣の家に入っていき

ました。自分の子供たちの一食分にも足りないくらいのお米です。そんな

少ないお米でさえ、それを半分にして、隣りの子供たちも喜ぶだろうと分けて

やれる精神、極貧の中にありながら自分たちだけ助かればというのではなく、

自分たちを犠牲にして、そして宗教の違いなど気にせずお隣さんも助けようと

する精神、その崇高な精神にマザー・テレサも感動したとのことです。キリスト

教もヒンズー教もイスラム教も仏教も、宗教はみな、人が造ったものです。

神さまが造った違いではないはずです。この宇宙は一つです。だから宇宙を

創造した神さまは一人のはずです。その神さまから見れば、われわれは、

みんな子供です。人間も動物も、植物も鉱物も、八百万の自然神さまたちも

みんな可愛いのです。「山川草木皆成仏」。みんなに成長して欲しいのです。

全ての魂の思いの平均点が地球の未来を決めているのです。だから、どんな

ことがあろうと周りに「愛」で接する、言うなれば「絶対愛」に向かって、お互い

助け合い、励まし合って、思い遣りあって、成長し合うことが大切なのです。

みんな創造神から願いをかけられた仲間同志なのですから。

「自分を勘定・感情に入れずに」(宮沢賢治)

今日の一言 「 たった一つのもの 」








(5/13)


おはようございます。


今日は、作家・尼僧、瀬戸内寂聴の一言。


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 【今日の一言 2014年5月13日】


「天上天下唯我独尊、


 あなたの命は、天にも地にも世界中でたった一つの大切な命」


 (瀬戸内寂聴 作家・尼僧)


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「天上天下唯我独尊」、釈迦が、生まれた直後に、七歩歩いて右手で


天を指し、左手で地をさして言ったという伝説から出てきた言葉です。


意味を誤解している人も多いと思います。


地球上の70億人全ての人が、違う顔形をし、違う性格で、違う環境で


生きています。その人じゃなきゃ感じられないこと、自分じゃなきゃ感じ


とれない何かがあるのです。同じ青空を見ても、70億とおりの見え方が


あるのです。あなたの辛さ、あなたの悲しさは、あなたしか感じられない


のです。宇宙であなただけにしか感じることのできない貴重な気持ちを


しっかり味わい、気持ちを昇華させることが人生の意味だと感じます。


「自分じゃなきゃできない何かがきっとある」(三浦雄一郎)


「一燈照隅 万燈照国(一人ひとりが、自分の身近の一隅を照らす。


 それだけでは、小さいあかりかもしれないが、その一隅を照らす人が


増えていき、万のあかりとなれば、国全体を照らすことが出来る)」(最澄)