mituのブログ -632ページ目

幸運の秘訣 「 肩書を外して人や自分を見る 」 

 

(4/19)

おはようございます。

今日も、がん哲学外来を開設した順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授

樋野興夫 の一言

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 【今日の一言 2018年4月19日】

「誰にでも、天から定められた使命や役割があります。

 それが世界中から認められるような偉業だとは限りません。

 … 『社長』『役員』などの肩書を取り払って、自分を認めることが、

 人生を肯定して後悔を残さないための第一歩なのです」

 (樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「生きている限り人には使命がある」と樋野興夫は言います。

「自分なんて無価値だ」と思っていたとしてもです。

人は、最期の瞬間まで他人に影響を与えることができます。

いい影響をできるだけ沢山与える、それが、各自の役割なのです。

自分ができる範囲でいいのです。

あきらめなければ、着実に成果につながります。

精進しましょう!

 

「いちばん長いポテトが、いちばん偉いわけではありません。  短いポテト、まがったポテト、カリカリのポテト、やわらかいポテト。  皆それぞれ良いところがあります。  皆それぞれ『好き』と言ってくれる人がいます。  自分の味を大切にすれば、きっと自分らしく活躍できるはず。  新社会人のみなさま、入社式おめでとうございます。  マックフライポテトより 」(マクドナルド公式ツイート)

「無理に何かをやる必要はない。あなたは、ただそこにいるだけで価値 ある存在なのです」(樋野興夫)

 

幸運の秘訣 「 最期の瞬間まで生き抜く 」 

(4/18)

おはようございます。

今日は、がん哲学外来を開設している順天堂大学医学部病理・腫瘍学 教授

 樋野興夫(ひの おきお) の一言

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  【今日の一言 2018年4月18日】

「明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい」

 (樋野興夫  順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

人は必ず死にます。

これは避けられない運命ですが、いざ余命宣告されると、自分の人生を 不運と嘆く人も多いのでしょう。

家族も同じでしょう。

樋野興夫は、「医療者ががん患者の思いをじっくりと聞いてあげれば、患者の心はいくらか晴れるだろうに。患者が不安だと、その家族も不安だろう。 患者や家族の安心につながる対話の場が必要なのではないか」と感じ、がん 哲学外来を開設したそうです。

「病気になっても病人になってはいけない」のだと。

あなたが大事に育てている花があったとき、明日死ぬとわかったとして、 きれいに咲いている花に水をあげることをやめるでしょうか?と樋野興夫は問いかけます。

水遣りは、やめないものですし、やめないことが大切なのです。

長い短いの差はあっても、有限の命であることに差はありません。

生きている時間を精一杯使って、最期まで一つの生き方を貫くことが大切 なのですね。

 

「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植え続ける」 (マルティン・ルター 宗教改革者、神学者)

「最後の言葉として“ありがとう”という言葉をね、何らかの言葉か、 何かの表情か、言葉が出なくなった患者が、目で“ありがとう”という ことを周辺の人にね、介護をしてくれた人に表すような目のサインを送 ることができれば、私は非常に人生は生きがいがあったものと思える」 (日野原重明 医師)

「最後の5年間が一番大切ですよ。いつ死ぬかは誰にもわからないので、 今日も明日も『最後の5年間』。死期が迫っているかに関係なく、『明日死 んでもいい』という気持ちで生きられているかが肝心」(樋野興夫)

幸運の秘訣 「 命を捧げるものを見つける 」 

(4/17)

おはようございます。

今日も、口にくわえた筆で描いた水彩画、ペン画に詩を添える作品で 知られる

 詩人・画家 星野富弘 の一言

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  【今日の一言 2018年4月17日】

 「いのちが一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。

  いのちより大切なものがあると知った日、生きているのが嬉しかった」

  (星野富弘 詩人・画家)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

いのちより大切なものっていったい何でしょうね?

いのちが無いと、何も感じることができません。

経験、体験、成長ができません。

全てのことは、いのちがあってこそ価値が出てきます。 すべての基盤となるはずの“いのち”より大切なものって?

それは、“いのち”を何に捧げるか?  ということだと思います。

ただ、漫然と生きるのではなく、何かに捧げて活き活きと生きること、 それが大切ということではないでしょうか?

このいのちは、死で終わりでしょうが、魂というものがあって、輪廻転 生するのであれば、この生で魂に刻みつけたものの方が“いのち”より 大切ということになりませんか?

星野富弘は、東日本大震災の時、津波が迫る中、水門を閉めに津波に向 かって走って行った人、人の波に逆らうようにして「津波が来るぞ」と 知らせ回った人がいました。その人たちは皆、自分の命より大切なもの に向かっていった人、と言います。

まさに、自分の“いのち”を何のために使ったか?ということでしょう。

 

「つばき

  木は 自分で 動き回ることができない

  神様に与えられたその場所で 精一杯枝を張り

  許された高さまで 一生懸命伸びようとしている

  そんな木を私は 友達のように思っている」(星野富弘)

「不自由と不幸は、むすびつきやすい性質をもっていますが、まったく、 べつのものだったのです」(星野富弘)