今日の一言 「 誰かのためなら 」
おはようございます。
今日は、世界の紛争や災害の現場を駆け回る支援のエキスパート
木山啓子の一言。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【今日の一言 2013年9月3日】
「絶望的な極限状態の時、人は自分のためには頑張れない。
でも、誰か別の人のためにだったら頑張れる」
(木山啓子 国際協力NGO「JEN」事務局長)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
世界の支援の現場を飛び回る中で木山啓子が感じた、世界共通の『人
の心を動かす原動力』、それが誰か別の人のためなら人は頑張れると
いうことだそうです。
6年間、木山は旧ユーゴで約500人の現地スタッフを統括し、
支援を続けました。援助のためには魚でなく、釣りざおを渡すこ
とが大切だとの認識を根底に、破壊された村を訪ね、あらゆる情
報を集め、常に全体の状況を見て、難民に必要な物資を判断し、
安全なルートを見極めて搬送する。旧ユーゴでの経験は、さまざ
まな教訓となり、そして、うまくいって引き揚げるときの「こん
な私でも役に立てた!」という感動は、それまで味わったことの
ないものだったそうです。
こんな感動の一方、3年足らずでやめていくスタッフが多く、落
ち込むこともあった。
「世界を変えようと言っているのに、仲間の一人も止められない
なんて」と。
採用面接では「支援してあげる、という上から目線がない人」を
選び、そして、やる気と達成感を高めるために合宿をし、活動理
念を再確認する。
このグローバル時代、世界の一部が不幸だと、いつか必ず自分に
もしっぺ返しが来る、そして、
「『人の役にたちたい』という感情は、人間のDNAに組み込まれ
ているはずだと思う」(木山啓子)
(以下、お時間のある時にどうぞ)
僕が看取った患者さんに、
スキルス胃がんに罹った女性の方がいました。
余命3か月と診断され、彼女は諏訪中央病院の緩和ケア病棟にや
ってきました。
ある日、病室のベランダでお茶を飲みながら話していると、
彼女がこう言ったんです。
「先生、助からないのはもう分かっています。
だけど、少しだけ長生きをさせてください」
彼女はその時、42歳ですからね。
そりゃそうだろうなと思いながらも返事に困って、
黙ってお茶を飲んでいた。すると彼女が、
「子供がいる。子供の卒業式まで生きたい。
卒業式を母親として見てあげたい」
と言うんです。
9月のことでした。
彼女はあと3か月、12月くらいまでしか生きられない。
でも私は春まで生きて子供の卒業式を見てあげたい、と。
子供のためにという思いが何かを変えたんだと思います。
奇跡は起きました。
春まで生きて、卒業式に出席できた。
こうしたことは科学的にも立証されていて、
例えば希望を持って生きている人のほうが、
がんと闘ってくれるナチュラルキラー細胞が
活性化するという研究も発表されています。
おそらく彼女の場合も、希望が体の中にある見えない3つのシス
テム、内分泌、自律神経、免疫を活性化させたのではないかと思
います。
さらに不思議なことが起きました。
彼女には2人のお子さんがいます。
上の子が高校3年で、下の子が高校2年。
せめて上の子の卒業式までは生かしてあげたいと僕たちは思って
いました。
でも彼女は、余命3か月と言われてから、
1年8か月も生きて、2人のお子さんの卒業式を見てあげること
ができたんです。
そして、1か月ほどして亡くなりました。
彼女が亡くなった後、娘さんが僕のところへやってきて、
びっくりするような話をしてくれたんです。
僕たち医師は、子供のために生きたいと言っている彼女の気持ち
を大事にしようと思い、彼女の体調が少しよくなると外出許可を
出していました。
「母は家に帰ってくるたびに、
私たちにお弁当を作ってくれました」
と娘さんは言いました。
彼女が最後の最後に家へ帰った時、
もうその時は立つこともできない状態です。
病院の皆が引き留めたんだけど、どうしても行きたいと。
そこで僕は、
「じゃあ家に布団を敷いて、
家の空気だけ吸ったら戻っていらっしゃい」
と言って送り出しました。
ところがその日、彼女は家で台所に立ちました。
立てるはずのない者が最後の力を振り絞ってお弁当を作るんです
よ。
その時のことを娘さんはこのように話してくれました。
「お母さんが最後に作ってくれたお弁当はおむすびでした。
そのおむすびを持って、学校に行きました。
久しぶりのお弁当が嬉しくて、嬉しくて。
昼の時間になって、お弁当を広げて食べようと思ったら、
切なくて、切なくて、
なかなか手に取ることができませんでした」
お母さんの人生は40年ちょっと、とても短い命でした。
でも、命は長さじゃないんですね。
お母さんはお母さんなりに精いっぱい、必死に生きて、
大切なことを子供たちにちゃんとバトンタッチした。
人間は「誰かのために」と思った時に、
希望が生まれてくるし、
その希望を持つことによって免疫力が高まり、
生きる力が湧いてくるのではないかと思います。
(鎌田實 諏訪中央病院名誉院長)
今日の一言 「 美徳 」
おはようございます。
今日は、博多の歴女こと白駒妃登美の一言。
「心が寒くなる事件が前にも増して目につく。日本人の劣化は
止めようが無いのでしょうか?」という質問に対する白駒の
返信です(中日新聞「あなたに聞く言葉」~往復書簡より)。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【今日の一言 2013年9月2日】
「正直、誠実、勤勉、そして人を思いやること。
日本人が培ってきた美徳のはずです。…
東日本大震災を機に、日本人の多くは心の豊かさや絆の大切さを
再認識しました。
トモダチ作戦に参加した米軍将校は、配給に整然と順番待ちし、
他人を思いやる被災者の姿に『地獄の中で天国を見た』と、
通訳をした私の友人に語りました。
個人の心持ち一つでこの世は天国にも地獄にもなる。
震災後の私たちには、先人が紡いだ『天国モデル』を取り戻し、
次世代に引き継ぐ責任があるように思います」
(白駒妃登美 歴史マニアの結婚コンサルタント)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「天下人の豊臣秀吉や徳川家康さえ味わえなかった良い暮らしを
している私たちが、不安、不満だらけなのはなぜでしょうね。
今こそ江戸しぐさに学ぶべきだと私も思います。…
江戸っ子の価値観は『粋かやぼか』でした。
相手の心に負担をかけず皆のために行動するのが“粋”。
自分のことしか考えないのは“やぼ”です。
人と自然の関係も謙虚で『草主人従』と。
要は、地球に生かされているんだという自覚が強かった。
江戸しぐさは単なるマナーではない、笑顔で生きるための哲学でし
た。
『国民総幸福量』を提唱したブータンの前国王は『われわれは近代
化はするが欧米化はしない』と語り、幸福指数を上げる手本に、何
と『江戸時代の日本』を挙げたそうです。
私たちも戦後七十年近く置き去りにした江戸っ子の精神を思い出
せば、きっと幸せ度も経済も上向くでしょう」(白駒妃登美)
「正直」、「誠実」、「勤勉」、そして「人を思いやること」の価値を、
戦後の競争社会の中で、軽視し過ぎていたのかも知れませんね。
今こそ、日本人のご先祖様が残してくれた大切なものを再認識する
時なのかもしれません。
「命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。
しかし、
苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、
助け合って生きていくことが、
これからの私たちの使命です」
(宮城県気仙沼市階上中学校答辞より)
「M9.0、世界最大級となったのか。
じゃあ、今後、復興のためのエネルギーも愛も
世界最大級にしなくちゃな」(@junyaishikawa)
今日の一言 「 母になって 」
おはようございます。
今日も、今野華都子の一言。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【今日の一言 2013年8月30日】
「あなたが
あなたのお母さんになったような気持ちで
あなた自身を大切に扱ってあげてください」
(今野華都子 エステティシャン)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
近頃、自分を大切にしない人が増えてきたように感じます。
不平・不満・怒り・悲しみといった感情に流されて、本当の自分を
大切にできない、愛せない人が多いような気がします。
自分を大切にしないで、何を大切にするのでしょうか?
自分を愛せてこそ、他人を愛せるようになるのです。
自分の体も、自分のもののようでいて、思い通りにならないものです
体の立場に立てば、ここまで大切にされなければ、自分に反逆したく
なって当たり前という状況なのかも知れません。
体に、細胞に感謝の気持ちを持ってますか?
心の中で「ありがとう!」と声をかけてみましょう!
免疫力が確実に上がってきますよ。
「病気の成り立ちをひもとくと、体に負担をかけ過ぎていることから
生じているものが多い。自分の力で、生活を変えたり、考え方を
変えたりして、工夫して、体に負担のない生き方で、自然治癒力を
発揮していく、そういうことが大切」(安保徹)
「きちんと身体の声に耳を傾ければ、あなたの健康と幸せのため
に一体何がベストなのか、身体はいつでも教えてくれます。
赤ちゃんやペットの世話をするときの気持ちを想像し、
それと同じ優しさと愛情を自分の身体にも注いであげると、
脳の中の若々しさをつかさどる部分が活性化します。
静かに座って目を閉じ、2~3回深呼吸してください。
不調な部分に、気持ちよくなるにはどうして欲しいかと尋ねて
ください。
メッセージを受けたら、全身に愛情を送り(特に不調部分には
集中して)、感謝する。
『私の身体ありがとう!』」(マーシー・シャイモフ)


