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今日の一言 「 死に物狂いになれば 」


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(8/26)

 おはようございます。

 今日も、ピアニスト、フジ子・ヘミングの一言。

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  【今日の一言 2013年8月26日】

 「死にものぐるいになったら、なんでもできる。

  そのかわり一生懸命にならないと実現できないわよ。

  情熱の一部なんかでは絶対にできない、

  ということを肝に銘じることだわ」

  (フジコ・ヘミング ピアニスト)

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 フジコは、両耳の聴力を失った失意のなかでも、ピアノを捨て

 ることはできませんでした。

 耳を治療しながらの生活は精神的にも経済的にも楽ではなく、

 掃除婦をしたり、あらゆることをして飢えと戦いながらも、

 再起をあきらめなかったのです。

 まさに死に物狂いだったのでしょう。

 自分に与えられた全情熱をかけて踏ん張ったのだと思います。

 死に物狂いで危機を乗り切り、病気を克服して、1995年に

 日本に帰国し、1999年にNHKのドキュメントで取り上げ

 られたことをきっかけに、大ブレイク。

 CD販売は、クラシックの世界でトップを独走し続けています。

 自分の中の全情熱をかけて何かにチャレンジする、なんて素晴ら

 しいことなんだろうなと思います。そういうものを見つけて実践

 しましょう!

 「『どうせやるのだったら、周りが驚くくらいのことを』と、

  天を突くくらいの目標を立てて死に物狂いでやれば、妄想が

  実体に変わる。そして、死に物狂いの姿勢が周囲の目を集め、

  支援してくれる人が現れる」

   (鳥越淳司 相模屋食料社長)

  














今日の一言 「 どん底の効用 」


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(8/23)

 おはようございます。

 今日は、ピアニスト、フジ子・ヘミングの一言。

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  【今日の一言 2013年8月23日】

 「チャンスというものは、掴み取るだけで成功とは限りません。

  私はチャンスを失ってどん底を知り、回り道をしたおかげで、

  人間的に成長できたように思います」

   (フジコ・ヘミング ピアニスト)

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 フジコ・ヘミングは、ピアニストであった大月投網子とロシア系

 スェーデン人画家・建築家ジョスタ・ゲオルギー・ヘミングを

 両親としてベルリンで生まれています。

 5歳のとき帰国していますが、何かの手違いで無国籍でした。

 このことが、ピアノ留学のためにパスポートを申請しようとした

 時に発覚します。

 かねてよりピアノ留学を望んでいたフジコ・ヘミングでしたが

 パスポートがなければ当然、海外留学はできません。

 無国籍である自分の身の上に深く傷つきながらも、しかし、熱望

 していたドイツ留学です。簡単にはあきらめられません。

 1961年、28歳になって、やっと、駐日ドイツ大使の

 助力により、赤十字に認定された難民として国立ベルリン音楽

 大学へ留学を果たします。

 「ゴッホは、亡くなるまでに879枚の絵を描いたけれども

 彼が生きているときに売れた絵は1枚。でも、ゴッホは絵を

 書きつづけた。どうしてか? それは、彼にとって絵を描く

 ことは彼の息使いなんだって。フジコちゃんがピアノを弾き

 たければ弾けばいい。それが貴女の息遣いなのよ」「胸を

 はって前を向いて生きていくんだよ」という母の言葉を胸に

 頑張ります。卒業後、ヨーロッパ各地で音楽活動を行うなか、

 作曲家・指揮者のブルーノ・マデルナに才能を認められ、

 彼のソリストとして契約する幸運に恵まれます。

 しかし、彼女をアクシデントが襲います。リサイタル直前に

 風邪をこじらせ、聴力を失ってしまうのです。

 やっとの思いで掴んだ大きなチャンスを逃してしまいます。

 フジコは、16歳の頃、中耳炎の悪化により右耳の聴力を

 失っていましたので、この時に左耳の聴力も失ってしまい、

 演奏家としてのキャリアを一時中断しなければならなくなり

 ました(治療により、現在、左耳の聴力は40%回復)。

 この時をはじめ、周りの人の意地悪で嫌な思いを沢山経験

 したことのあるフジコですが、米国同時多発テロ後の被災者

 救済のために1年間CDの印税を全額寄付したり、アフガニ

 スタン難民のためにコンサートの出演料を寄付したり、東日本

 大震災チャリティーコンサートを開催したりと、人を愛し人を

 支援し続ける事を忘れないのも彼女の魅力のひとつとなっています。

 「近道は、もちろんしたいです。

  簡単にできたら楽なんですけど、でもそんなことは、一流に

  なるためには、もちろん不可能なことですよね。

  一番の近道は、遠回りをすることだっていう考えを、

  いまは心に持ってやってるんです」(イチロー)



今日の一言 「 あしたの土台 」


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(8/22)

 おはようございます。

 今日も、興福寺貫主、多川俊映の一言。

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  【今日の一言 2013年8月22日】

 「過去一切を、私たちは背負って今日ここに在る。

  だから、過去を捨てることなぞできない。

  しかし、過去を土台として跳躍することはできるのだ」

  (多川俊映 興福寺貫主)

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 当たり前ですが、生まれてきてから今日までの過去を消そうとしても

 無理なことです。すでに起こってしまったのですからね。

 どんなに恥ずかしい失敗をしていても、やり直したいと思っていても

 過去は変えられません。

 だからといって、過去を引きずり、落ち込んでもしかたのないこと

 です。

 過去から学んで、今・現在の決断・判断をより正しいと思われる

 方向に導くというのが、過去の一番良い活かし方だと思います。

 過去という、貴重な経験を無駄にせず、未来に活かしましょう!

 「自分の経験は、どれほど小さくても

  百万の他人がした経験よりも価値ある財産である」

  (ゴットホルト・エフライム・レッシング)

 「人は異変が起きたり、追い込まれたりすると、つい

  これまで積み上げてきたものを忘れがちになります。

  アスリートにもその傾向はあります。

  人生も仕事もそうです。

  それまで積み上げてきた経験が自分自身であり、自分の能力です。

  それ以上でも、以下でもない」(松岡修造)