葛木御歳神社から~宮司がゆったりのんびり綴ります -13ページ目

葛木御歳神社から~宮司がゆったりのんびり綴ります

1600年以上の歴史を持つ葛木御歳神社の宮司東川優子が日々思うことを書き綴ります。

御歳神社の空撮動画です❣️
素晴らしすぎます❣️
大感動です❣️
祖霊社の設計者の井上裕史さんが作ってくださいました。
音楽は、吉田幸生さんが御歳神社をイメージして作曲演奏してくださった「山霊」です。御歳神社のトリビュートアルバムにも収録されています。
録音は息子の東川尊之です。

トリビュートアルバムはこちらです。


御歳神社記念CDリンクwww.mitoshijinja.jp



「自分の直感や良心をもっと大切にしようよ。

そしたら、答えは案外カンタンに見つかるよ。」

天岩戸神社を調べていて見つけたページ。

この方と感覚は同じです。

天岩戸神社の裏手の岩戸へご案内いただけるのですが、めちゃ感動の聖地でした!ぜひ皆さん行かれてください。

そこから天安河原へ歩いて行けます。

昔行った時は大感動だったのですが、今は空気が一変していました。

あかんやん!コレ!!!

賽の河原のごとく、おびただしい石積みが。。。

誰かが積んで、マネして。。。こうなったのでしょう。

オモイカネ命が相談したという場所が俗物になっていました。

この石は壊すべきです。なぜ神社は壊さないのでしょう。

人の念は恐ろしいです。良くないものを引き寄せます。

「天安河原を聖地に戻そう!プロジェクト」、誰かやらないかなぁ~

下記ページより

 

 

「聖地に限らずだけど、不用意に、何かを残してきちゃダメなんだよね。

何かを持ち帰ってもダメ。

ひいたおみくじだって、木に結ぶと木がかわいそう。だから、ぜったいやらないし。

お水がもらえるからって、たくさんペットボトルを持ちこんで汲んで帰ることなんてしないし。

マナーってものがあるし、少し考えれば分かること。

なぜ手水で手や口を清めるのか、なぜ二礼二拍手一礼なのか。

お賽銭ってなに?なんで神社には鏡があるの?

そもそも神社ってなんなの?

まずは自分の頭で考えねばならんのです。

そして自分の心で感じないといかんのです。

自分の直感や良心をもっと大切にしようよ。

そしたら、答えは案外カンタンに見つかるよ。」

リュウ博士が葛城ツアーについて語られています^^
〜ので、リブロクさせていただきます!
ガッツリ神武天皇です❗️

葛城は神武天皇とゆかりが深いんです。
そして。。。御歳神社の御祭神と。。。❤️

 


秋分祭を終えて、その夜

父が永眠しました。

少し前から具合が悪くなって、昨日はもう、今日明日と言われました。秋分祭があるので、本当に大変なタイミングでしたが、もうこれはどうにもならないので、とりあえず何があっても秋分祭はやる!と決めてました。
秋分祭の後、お昼に一度父の老人ホームに見舞いに行きました。
兄も妹も孫もひ孫も家族全員揃って、賑やかにお父さんのお見舞いでした。
昨日は血中酸素濃度が76まで下がって、もう時間の問題かも?と、夜中に電話が鳴るのでは?と心配しつつ。。。しかしながら、今日は、ちゃんと目を開けて、しゃべれないけど、目で追ってくれてました。
「優子やよ〜」って言うと、表情が明るくなってニッコリ笑ってくれました。なんと血中酸素濃度90まで回復‼️なんという生命力でしょう。
妹と母が付いていてくれて、午後のライブが終わってからもう一度見に行くと、ずっと起きてたよ〜とのこと。
んじゃそろそろ帰るよ。と言うと、少し寂しそうに目で追ってました。
その後、片付けをして夕飯を済ませて、今日の記事をアップして、音源を聞いていたら、ホームから電話。
今、息が荒くなってて。。。ちょっと待ってください。。。今呼吸が止まりました。。。
慌てて息子とホームに行きました。
まだ、暖かくて〜よく頑張ってくれたね〜良かったね〜皆んなに会えて〜。
そしたら、何と大塔村で星を見に出かけていた兄が、今五條市なので、これから行くわ!と息を引き取って15分も経たないうちにホームに到着。
お父さん!呼んだんでしょう?って笑いました。

あのまま入院するか、退院するか決断の時に、病院はコロナで一切面会できないので、それよりも、老人ホームで静かにいく方が良いのでは〜とホームに連れ帰って正解でした。
皆んなに見送られて、父は90歳の長寿を全うして幽界に旅立ちました。
お父さん、さすがやね。お祭りも無事終えて、皆んなにも会って絶妙のタイミングやね。
やっぱりお父さんはすごいわ❤️
ありがとね💕
「人間の絆」サマセットモームー過去の読書記より

擦り切れたペルシャ絨毯のきれはし。これがサマセット・モーム「人間の絆」のテーマだった。人生の意味を問う主人公に、カフェで毎日飲んだくれている自称詩人が答える。「明日、人生の意味を示すものを見せてやる。」翌日期待を胸に現れた彼の前に取り出されたのは、擦り切れたペルシャ絨毯のきれはしだった。

 人生は一枚の絨毯を織り上げるようなもの。緻密な美しい絨毯でも、簡単な模様の絨毯でも一枚の絨毯に変わりはない。人生などたったそれだけのもの。そういったある種諦念を持ちながら、それでも、自分なりの模様を織る。何のためにだって?そんなことわかる訳がない。それでも、自分なりの模様を織りたいと願う。それが何の役に立つのだろう?役に立つためだけに生きているって訳でもないだろう?自己満足?そう、自己満足だって立派な目的だろう?

 そうやって考えているうちにも絨毯は少しずつ織りあがっていく。仕上がりはどうだろう?自分で納得できれば何より幸せだったってことだろうね。
私が大学生になった頃、ものすごい読書家の父が話してくれた。
「僕の好きな本。カミュ シーシュポスの神話。モーム 人間の絆。ヘッセ デミアン。」
デミアンはあまり好きじゃなかったけど、カミュとモームはぴったり私の中に入ってきて、今も居場所がある。「シーシュポスの神話」は殆ど思想解説書のようで難しすぎて、到底私には理解できなかった。でも、その最終章を読んだ私は思わずにっこりした。ああ、いいなあ、その考え方…。

シーシュポスは神々を愚弄した罪で罰を与えられる。大きな岩を山の頂に運ぶ罰である。しかし、岩はまさに頂に達するとそれ自体の重みで転がり落ちていくのだ。神々が考えた最も過酷な罰は、達成感のない労働だというわけだ。

あらん限り渾身の力を振り絞って岩を押し上げて、何百回押し上げても、転がり落ちる岩。その状況を嘆く日々を越えて、聡明なシーシュポスはある真理にたどり着いたとカミュは考える。転がり落ちる岩を呆然と眺めた後、岩のある山の麓まで下りて行くシーシュポスにカミュは注目する。

ゆっくり乱れぬ足取りで下っていくその時間は、彼だけのものなのだ。いつ終わるとも知れない責苦を嘆く日もあるだろうが、突然射してきた月の光や、足元に咲いた花に微笑む事もあるかもしれない。与えられた罰を嘆くのではなく、そのすべてを、岩さえも自分の所有物としてしまう。今、ここに在ることをそのままの状況で受け容れた時、「かれは自分の運命にたち勝っている。かれはかれを苦しめるあの岩より強いのだ。P170」

カミュは神を否定しているように見えてとても意識していて、そこに触発されます。ギリシャ神話の中のシーシュポスにとっては、神は確かに存在しています。だから、否定というより、神々も運命も「すべてよし」と肯定してありのまま受け容れる事によって、彼は主体を「運命」から「自分」に持っていくことに成功したといえるかもしれません。

「人間が自分の生へと振り向くこの微妙な瞬間に、シーシュポスは、自分の岩のほうへと戻りながら、あの相互に繋がりのない一連の行動が、かれ自身の運命となるのを、かれによって創りだされ、かれの記憶のまなざしのもとにひとつに結びつき、やがてかれの死によって封印されるであろう運命と変るのを凝視しているのだ。」
「ぼくはシーシュポスを山の麓に残そう!…このとき以後、もはや支配者をもたぬこの宇宙は、かれには不毛だともくだらぬとも思えない。この石の上の結晶のひとつひとつが、夜にみたされたこの山の鉱物質の輝きのひとつひとつが、それだけでひとつの世界をかたちづくる。頂上を目がけるその闘争ただそれだけで、人間の心をみたすのに十分たりうるのだ。いまや、シーシュポスは幸福なのだと思わねばならぬ。(最終頁)」
私も安彦良和さんの漫画「神武」にハマった一人です。こちらのマンガのミトシ姫は、凛として芯のある素敵な女性として描かれています。
さすが、機動戦士ガンダムの作者。深いです。
リュウ博士も読者だったとは嬉しいです❤️

明日は11時から御歳神社祖霊社の秋分祭です。
午後からはめちゃ素敵なライブがあります。
当日飛び込み参加できます。
お待ちしていますね。




尺八とギター異色のユニットのライブを御歳神社で開催します。
11時からの祖霊社秋分祭での奉納に続き、
午後2時から御歳神社となりのカフェ「まつり香」でライブ♪
尺八を自在に操る竹内洋司さんと心地よいリズムを刻むogurockさんのギター♪
秋の澄んだ空気の中ひと時をお楽しみください。


9/23(祝)13:30会場、14時開演
御歳神社となり カフェ「まつり香」にて
ライブチケット:1500円


*ライブに先立ち、
午前11時から祖霊社秋分祭を斎行いたします。
祭典の中でも奉納演奏があります。
ぜひ、午前からご参列ください。

http://www.mitoshijinja.jp/takeuchi.html