大物主神は誰なんだろ?から。
大国主神、事代主神、饒速日神、大歳神などの名前が言われますよね。
もう一つの疑問〜
大和神社の祭神の倭大國魂神(日本大国魂神やまとおおくにたまの神)も、謎の神様です。
宮中で天照大御神と一緒に大切に祭られてきて、第十代崇神天皇の時代に出されます。
その時の託宣が同時に二つ
1、大物主神を大田田根子を見つけ出してまつらせよ。
2、倭大国魂神を、市磯長尾市に祭らせよ。
となると、大物主神と倭大國魂神は同族ぽいですよね?
倭大国魂神も、大物主同様謎の神様です。
へ?宮中で天照大御神と共に祀られてたのに〜。
似た名前の神様が、大歳神の子神におられます。大国魂神。この神様が大和神社の御祭神だとすると、大物主神が大歳神という可能性もありますよね。大和神社には、大歳神の子神の御歳神も祭られています。
漫画「神武」の元になった本が「古代日本正史」原田常治著ですが、ここでは、大物主が饒速日命で大歳神として登場します。
一方、大物主神は事代主神だという説もあります。どちらも、蛇神に姿を変えて婚姻することから。
神武天皇がヤマトへ入る前の王がニギハヤヒですね。そうすると、ニギハヤヒこそが、「やまとおおくにたま」という名前に相応しい気もします。
以前も書きましたが、神武天皇は初代なので、大物主より前の時代になるので、その時のおおくにたまは、ニギハヤヒかもしれない。
もちろん、一般論的に、大物主神も大国魂神も大国主神だよ〜なら簡単なんだけどね。でも、なんか違和感ですよね。
事代主神も、出雲の事代主とは違う気がします。どちらも、大和の土地の神のような感じですよね。
また、神武天皇の妃は事代主神の娘ヒメタタライスズヒメ。大和の土地神の娘です。
ヒメは元はホトだったそうで、ホトを突いて生まれたことからと言われています。ホトタタライススキ姫とも言われます。ここでピンときたのは、イススキ。このあたりでは、稲積みのことをススキと言い、稲霊と考えます。イは強調の語とすると、農業に関係して見えます。タタラが製鉄なら、製鉄と稲作の姫ですね。御所市の鴨都波神社の御祭神事代主神は水辺で農業を見守る神として祀られています。
神武天皇が天神地祇を祭ったのが始まりなら、天照大御神と一緒に祀られていた、地祇は?地祇がちゃんと祭られてないから、祭ってよ!って言われたのは大物主ですよね。大国主?饒速日?大歳?って話なのかな?
謎だらけです。
ウィキより。
崇神天皇即位5年、疫病が流行して人口の半ばが失われた。祭祀で疫病を治めようとした天皇は翌年に天照大神と倭大国魂神を宮中の外に出すことにした。天照大神は豊鍬入姫命に託して笠縫邑(現在の檜原神社)に祀らせた。倭大国魂神は渟名城入媛命に託し長岡岬に祀らせた。しかし渟名城入媛は身体が痩せ細って倭大国魂神を祀ることが出来なかった。
即位7年、「昔皇祖大いに聖業高く国は盛であったのに、朕の世になり災害が多い。その所以を亀卜にて見極めよう。」と詔して、神浅茅原に幸して八百万の神を集めて占った。すると倭迹迹日百襲姫命に大物主神が乗り移って自分を祀るよう託宣した。神の教えのままに祭祀を行ったが霊験がなかった。そこで天皇は沐浴斎戒して宮殿を中を清めて、「願わくば夢に教えて、神恩を示してほしい」と祈った。するとその夜の夢に一人の貴人が現れ自ら大物主神と称して「もし我が子の大田田根子を以って我を祭ればたちどころに平安となる。」と告げた。続いて倭迹速神浅茅原目妙姫・大水口宿禰(穂積臣遠祖)・伊勢麻績君の三人がともに同じ夢を見て、大物主神と倭大国魂神(大和神社祭神)の祭主をそれぞれ大田田根子と市磯長尾市にせよという神託を受けた。そこで大物主神の子とも子孫とも言われる大田田根子が探し出されて大物主神を祭る神主となった。三輪山を御神体とする大神神社の始まりである。市磯長尾市(いちしのながおち)も倭大国魂神を祭る神主となった。すると疫病は終息して五穀豊穣となった。
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