葛木御歳神社から~宮司がゆったりのんびり綴ります -11ページ目

葛木御歳神社から~宮司がゆったりのんびり綴ります

1600年以上の歴史を持つ葛木御歳神社の宮司東川優子が日々思うことを書き綴ります。



今年も神棚の無料頒布を行います。
ただし、伊勢神宮のおふだや御歳神社のおふだもぜひともお求めください。
また、おふだは新しい年を迎えるにあたり、新しいものに替えるのが本義です。
おふだご希望の方もご連絡くださいね。

今年は郵送は行いません。
頒布ご希望の方は、以下の日にちにお越し頂ければ幸いです。

11/21  皆さんで境内の大掃除をいたします。
11/22  一日在社しています。
11/23 11時から新嘗祭、午後1時半から奥山登拝します。
12/1 月次祭 一日在社しています。

上記の日程で難しい方は、年末にお越し頂きますと幸いです。お問い合わせの上お越しください。
y.mitoshi@gmail.com 御歳神社まで。

写真提供 : 村屋神社 守屋様


リュウ博士こと八木龍平さんの文章です。
秀逸すぎる〜❣️
これこそが神道であると私も思っています✨
私の覚書としてこちらに掲載しますね。
11日は八木さんがゲストでオンライン神道お茶会です❣️

🍀🍀🍀🍀🍀🍀

「日本の神々が教えてくれるのは、

「何があっても
一生懸命生きろっ!」

ってこと。

成功の秘訣では無い。

「成功も失敗も、
ぜんぶ受け入れて進め!」

ってこと。

そんな日本の神々に
共通するのはただひとつ。

自分で自分のシナリオをえがき、
そのために一生懸命生きたってこと。

🍀🍀🍀🍀🍀

この宇宙でどう生きるか、
何を成すのかは、

私たちひとりひとりに
委ねられているのです。

以下、八木龍平さんのFacebookの昨年の記事をコピペします。
🍀🍀🍀🍀🍀🍀

【神のシナリオに委ねるな、シナリオは自分でえがくのだ!】

絶対に成就する予言。

必ず実現する神のシナリオ。

そのような存在があると想像したら、ロマンをくすぐられます。

同時に、

「それはファンタジーである」

ことも分かっている、、、
はずなんですが、

つい、すがってしまうことはある。
 
弱っているとき。

自分の力に自信を失っているとき。

自分ではどうしょうもないと無力感におそわれているときには。

それももちろんわかるんですが、

「神」観の違いって、最近よく感じるんです。

僕にとって神といえば、
神社の神、神道の神です。

同時に、幼少の頃から学生時代まで、キリスト教に親しみました。

神道の神と
キリスト教の神は、
まるで意味合いが違う。

キリスト教の神は
全知全能の存在。

絶対的な存在であり、

必ず実現する
神のシナリオを
描ける存在です。

その神のメッセージを
聞く預言者がいるなら、
必ず当たると考えてしまう。

一方、神道の神は、

日本神話をひもとけば、
そんな絶対的な存在では無い。

日本創生神話における
イザナギ・イザナミ夫婦の
泥臭いエピソードだけでも
それがわかります。

また、

ご先祖様が神になるのも
神道です。

歴史上の人物である

藤原(中臣)鎌足も
菅原道真も
平将門も
安倍晴明も
徳川家康も
吉田松蔭も
靖国神社の英霊も

神社の神になっている。

私たち人間はみな、
死して神になる死生観は、
神道的な神です。

僕は死ねば八木家の神の
一員になる、ってこと。

その神道的な
「神」観に断てば

絶対に成就する予言も、

必ず実現する神のシナリオも

無い。

あったら、
日本神話のどの神様も
もっと上手くやっている😁

日本の神々が教えてくれるのは、

「何があっても
一生懸命生きろっ!」

ってこと。

成功の秘訣では無い。

「成功も失敗も、
ぜんぶ受け入れて進め!」

ってこと。

勝者である
鹿島神宮・春日大社の
神様タケミカヅチも

敗者である
諏訪大社・諏訪神社の
神様タケミナカタも

1000年以上の
長きにわたって
多くの人が
崇敬している神様です。

戦争の中で
政争の中で

どちらかが正義になり、
どちらかが悪になる。

でも神社では、
どちらも神様になる。

日本神話で
ボロカスな扱いでも

後世の人は
神様として信仰する。

勝者も敗者も、
エリートもみそっかすも

みんな美しい場で
祭られていく。

そんな日本の神々に
共通するのはただひとつ。

自分で自分のシナリオをえがき、
そのために一生懸命生きたってこと。

正義も悪も無い。

泣いて笑って、怒って喜んで。

そして

宇宙創造の神
アメノミナカヌシ

は何もしないw

神話では

「最初に現れた」

と記されるだけww

アメノミナカヌシは
シナリオを描かないのだ。

絶対に成就する予言。

必ず実現する神のシナリオ。

そんなものを
アメノミナカヌシは
用意していない。

ただ、あらわれて
「この宇宙」をつくって、
それで役割は終わり。

この宇宙でどう生きるか、
何を成すのかは、

私たちひとりひとりに
委ねられているのです。
11/11にリュウ博士をゲストにお迎えしてオンライン神道お話会をしますね❣️
ようこさん、ありがとうございます💕

東日本の読売新聞夕刊に10/25から10/29まで5日連続で掲載されました。

「しあわせ小箱ー社長令嬢宮司になる」


まさか私が神の導き⁉︎



即断即決 主人に「アタック」



結婚、出産、火の車



祭り復活 最初の大仕事



戻った活気 めっちゃよかった


お読み頂きありがとうございました🌸🌸🌸


9月23日に90歳で実父が亡くなりました。父のことを書いてみたいと思いながらバタバタしていてなかなか書けませんでした。新聞記事が掲載されたので改めて書いてみようと思います。

父は大阪の下町の生まれです。鶴橋駅の界隈です。氷屋を営む小さな家の三男でした。父は昔から本が大好きでしたが、祖父は機嫌が悪くなるとちゃぶ台をひっくり返すような人だったようです。そのため本を読んだり勉強したりすると「何を本ばかり読んでるんじゃ!早よ店を手伝え!」と怒鳴るような人で、夜布団の中に懐中電灯をつけて本を読んだそうです。さすがに大学受験の時は家では勉強ができないので親戚の家に下宿させてもらっていたそうです。そして京都大学法学部に入学。サークルは映画部に所属して、映画の評論ばかり書いていたそうです。

父の生涯の自慢話。映画監督の木下恵介に評論文を送ると、「あなたは日本一の評論家だ」と言われたそうで、その話を何度も聞きました(笑)

大学卒業後は、出来たばかりの朝日放送の内定をもらっていたのですが、父の大学の費用を出してくれていた兄が、その頃小さな電球を売る店を作っていて、俺と会社をやれ!と言われ、泣く泣く内定を辞退したそうです。

まずは東芝に就職して、数年後、東芝の電器店を五つ貰い受けて、マツヤデンキを設立。専務として、兄の社長と事業を始めました。

高度経済成長を受けて、店は順風満帆、父は目新しいフランチャイズ店も展開してどんどん拡大していきました。

私が小学校低学年の頃は、二十店舗ほどでしたが、大学生の頃には、300店舗まで拡大。今回新聞に載せて頂くにあたり調べ直したら、ピーク時には、年商1500億円の大型家電量販店になっていました。

私はお父さんっ子で、父が帰宅してお風呂を上がると、ビールを注いであげるのが私の役目でした。経営に関しても色々話してくれました。

「お金は回さなあかんのや。貯めたらあかん。もちろん、裏金なんか、もっての外!裏金は、死に金になる。金庫にしまうんじゃなくて、ちゃんと回すと、回り回って利益を生むんや。」

父の兄が五十代で病死したので、その後社長になり、ますます拡大路線を突き進む。
「皆んなが利益を得るようにせんとアカン。フランチャイズは、そうせなあかんのや。経営に困っている小売店には、ノウハウを渡して儲かってもらう。そうして、お互いに良い関係になるんや」

父は大型量販店の組合を作ってその会長になります。家電製造の会社と連携して、家電リサイクル法の成立に尽力した功績で藍綬褒章ももらいました。
(褒章もお棺に入れました)

「家電量販店同士もライバルじゃない。お互い、アイデアを出し合って皆んなで業界を盛り上げることをする方が、競争するより気持ちよく利益が出せるんや。知っている知恵は出し合う。それが、業界を健全にする」

また、ある時はこんなことも言ってました。「世の中には、たま〜に悪意に満ちた人間もいるけどな、でも、それは、ほんの一握りや。1000人中999人までは、ええ人やと思って良いよ。あとの一人に引っかからないようにしたらいい」

「一所懸命生きてたら、一所懸命生きてる人と出逢うよ。だから、一所懸命生きてる人に会いたかったら、一所懸命生きたらいいねん」

テレビドラマを見てるとすぐに泣いてました。めちゃ涙もろかったなぁ。でも、家ではとても穏やかな良いお父さんでした。帰宅した時にはとても厳しい顔をしていても、お風呂上がってビールを一口飲むと、途端に穏やかな父になる。その変化が嬉しくて、父のためにお風呂上がって座ったらすかさずビールを持って行っていました。

井上靖が好きで、司馬遼太郎や池波正太郎が好きで、黒岩重吾が好きで。。。でも、ある時「僕の好きな本、カミュのシーシュポスの神話、サマセットモームの人間の絆、ヘルマンヘッセのデミアン。」って。それについて、熱く語ってくれました。だから、棺にこの三冊を入れました。焼き場から出てきたら、本がページはそのまま、扇形に開いた様な状態で真っ白になってました。

そうして、自分の信念に基づいて理想の経営者として人生を謳歌していたのですが、暗雲が漂います。父のぼやきを時々聞きました。
「大型家電量販店組合に加入せずに、正規ルート以外の横流し品をあり得ない安値で売る会社が凄い利益を得てるんや。。。それで、組合で適正価格で売る形は、もう古いと考える会社も増えてきた。それすると、食い合いになるんやけどなぁ。」
時代が変わったんでしょうね。結局関西資本の量販店の中で生き残ったのは、ジョーシンただ一つで、あとは全て潰れることになります。大阪日本橋の家電の街は、今はゲームの街になりました。

それでも、マツヤデンキは、小型店展開で、町の身近な電器店としてなんとかやっていたのですが、ある地方の家電量販店を買収して痛手を受けます。当初の経営状態の資料が粉飾決算で、赤字を肩代わりさせられることになったのです。
もう一つ、バブルの最中、経理部長が証券会社と組んで「飛ばし」に引っかかってありえない大穴を開けてしまったのです。
本業は、順調だったけれど、これにより、経営指標は悪化。どんどん暗雲が垂れ込めてきます。

そして、大和銀行国有化。
マツヤデンキは大和銀行にかなりの借入金があり、国有化するにあたり、大和銀行の借金を減らすために、マツヤデンキを倒産させて、産業再生機構に回されることになりました。
父はその時は会長職に退いてましたが、最後まで倒産は有り得ないと見ていました。倒産が確実になっても、「有り得ない!」と言ってました。まぁ、銀行救済の方が至上命題だったのだから、仕方ないですよね。

倒産するにあたり、まぁ色々大変でした。私は、まだ子どもたちが小学生でした。掲載された新聞にもありますが、夫は芸術家で殆ど収入がなく、私がお嫁入りに持って来た株の配当で生活してきたようなものだったので、無配当になって困り果て学習塾や家庭教師をかけ持ちしましたが、家のローンが重くのしかかりました。会社が倒産すると株は全部紙切れになりました。

父はサバサバしていました。
この時代の経営者は、大抵会社の連帯保証人を社長が個人でやっていたので、会社が倒産して負債が発生すると、それは連帯保証人の父のところにも来ます。正に赤紙で、総額200億円ほどの督促状が届きました(笑)

当然、自己破産しました。
同じ時期に相次いで倒産した関西資本の家電量販店の社長の中には、離婚して奥さんの財産だけ守った人や、隠し財産が見つかって刑務所に入った人もいましたが、父は結局何もしなかったです。それは父の生き方として、そうだったんだろうなぁと思います。

倒産した後、家が取られるので、家族が集まって自宅で最後の晩餐をしました。
その時に、父はヤケに晴れやかで「ええ人生やったなぁ〜幸せな人生やったわ〜」って言っていました。本当に本心だったんでしょうね。

それでも父は年金があるから良いけど、私の家の家計は、全く回らなくなって、家の中のお金をかき集めても500円しかなくて、もちろん、銀行の残高もゼロで、あと数日、私の学習塾の振込みがあるまで、どうやって凌ごうか?というような日々が10年近く続いたかな?
結局私は離婚することになりました。

バブルの頃は株がどんどん値上がりして、額面では、私の株だけで、三億円あったのに、一銭も使わないまま紙切れになりました。私もつくづく律儀だったなぁ。父が、あれは、優子に預けてるけど、会社のための株だから、絶対に売るな!って言うてて、それを守ってしまった。売っていたら離婚しなかったかもね。でも、そうすると、宮司にもなってなかったと思うので、これで良かったと思っています。

父のお陰で私も波瀾万丈の楽しい人生になりました。
色々な意味で、本当に父のお陰です😊✋️

父もちょっと長生きし過ぎたけど、倒産の痛手の後、香芝市に引っ越しして、京大映画部の仲間が香芝市で映画上映会を主催していることを知って、再び、映画上映会の評論やら、あらすじ、時代背景など、パソコンで作って配布していました。

もしかしたら、やりたかったことを最後にやって、楽しい終末だったのかもね。
その後、オペラ上映会もやってました。元コーラス部で、歌も大好きな父でした。

大好きなお父さんへ。
本当にお父さんの娘で良かったよ。
父にいっぱい教えてもらったよ。

追伸
今日、父が大好きで私も大好きな漫画「忍者武芸帳」の白土三平さんが亡くなられたとニュース。父より一つ年下だったんだ。もう亡くなっていると思っていたので、びっくりでした❗️

改めて、大物主神ー5
さて、崇神天皇が、司馬遼太郎の言うように任那からの侵略者であったかどうかはさておき、天照大御神から信任されていない天皇だった可能性はあります。

そこで改めて大物主神と大国魂神(大和神社の祭神)を考えると。。。

天照大御神とともに宮中で祀られていた大国魂神は、饒速日神かもしれないと思えます。大国主神かもしれないけど、日本書紀の中で「この地上は、天津神がしろしめす(治める)べき国であるのに、今は大国主がうしわく(領有する)国となっているのを正すべき」と書かれていることから、天照大御神と共に祭られるのは大国主神ではないように思えます。

そうすると、ヤマトの王であり、神武天皇と同じ弓矢を持つ天孫族と書かれている饒速日神ではないかと思います。

そして、大物主神は。。。

天照大御神に信任をもらえず、宮中から伊勢神宮に離してしまった以上、新たに祭るべく崇神天皇朝の守り神として、大物主神を三輪山に祭ったのではないか。とも取れます。この場合、大物主神はヤマトの古い地主神だったのかも?
そうすると、大物主神は、何者でもなく、「大物主神そのもの」なのかもしれせんね。

性質が似ているのが、一言主神ですね。
ある日突然現れる。こちらはまさに葛城の地主神だと思います。

太古以来山の神としておわします神々。
卑弥呼である倭迹迹日百襲姫は、三輪山の神の神威を得て、巫女女王になるのかもしれませんね。
三輪山の蛇神である大物主神との婚姻はそういう意味なのかもしれませんね。
ー(一旦?)終わりー

邪馬台国の女王卑弥呼ー4
邪馬台国の女王卑弥呼についても、崇神天皇が弟王だとすると、任那人説の論拠になることがあります。

卑弥呼は鬼道を使う。

鬼道とは道教の呪術と言われています。
大量の桃の実を使うそうで、奈良県の遺跡で大量の桃の実が出土して、卑弥呼の祭祀場として色めきたった事があります。

その頃最先端の呪術であった鬼道。
もちろん、大陸由来です。
従来の説明では、この頃すでに日本に道教が入っていたでは?と言われていますが、崇神天皇が朝鮮から来たのだとすれば、崇神天皇の一行が道教をよく知っていたことも納得ですよね。

また、日本の女王が日本古来の呪術ではなく大陸由来の呪術を使うのも不思議な感じでした。

以上その1から4まで、崇神天皇任那人説の検証(妄想😅💦)をしてみました。
一つの可能性として。
しかし、最大の謎である三大神勅を破ってまで鏡を宮中から出した謎については、これほどわかりやすい話は無いですよね。

ま、でも、これはここだけの話です。
ツアー仕事の説明とかでは絶対言わないですけどね💦
お付き合い頂きありがとうございました💕

崇神天皇と墨坂、四道将軍ー3
崇神天皇の事績として、あと2つ気になることがあります。
司馬遼太郎の言う崇神天皇任那人侵略者説に有利な事績として。。。

「古事記・日本書記には、崇神天皇9年春の事として国中に疫病が蔓延し、人民失せて尽きんとするに至り天皇はいたく悩まれていた時、或る夜神人が天皇の夢の中に立ち、「赤盾八枚・赤鉾八竿をもって墨坂の神を祀り、黒盾八枚・黒鉾八竿をもって大坂の神を祀れ」とのお告げがあり、天皇はその教えに従って祀られたところ、たちどころに疫病は平癒し天下安泰となったと伝えられています。」以上墨坂神社HPより

墨坂と逢坂はヤマトの端の守りの地域です。疫病除けのため鉾と盾を祭るという違和感。やはり兵力として、境界の土地固めをしたと見る方が合点がいきます。

そして、四道将軍を派遣して、ヤマト以外の土地も平らげようとします。

記紀神話の中で、この時代地方へ遠征に行くわけです。
次の12代景行天皇の時代は、ヤマトタケルが諸国に戦いにいきます。
この時代は軍事をとても大切にしています。

そして、14代仲哀天皇のきさきの神功皇后と武内宿禰によって、葛城氏が活躍する政権を作ってからは、ちょっと毛色が代わります。
息子15代応神天皇の時代は、諸国へ兵を差し向けることをしていませんよね。
ま、崇神天皇の時代に平定したとも見れますが。

そして、その子仁徳天皇に至っては、聖帝と言われます。カマドの煙が上がっていないのを見て、民が苦しんでいるから、税を免除したと。とてもいくさをしている風ではないです。

崇神天皇とその後の数代の違和感。
もちろん、個人の性格とか、後付け的なものもあるとは思いますが、葛城地域が皇后として支えていた時代とは少し空気が違う気がします。

崇神天皇と邪馬台国ー2
前のブログで崇神天皇が嫌いと、書いたのですが、もう少し崇神天皇について妄想してみました。

司馬遼太郎の「街道をゆくー竹内街道」を読んで色々思いを巡らせました。
崇神天皇の名前は御間城入彦(みまきいりひこ)。司馬遼太郎は、崇神天皇は「みまき」ー任那からの侵略者と見ているのです。この時代、兵力はそれほど高くないから、あっという間にヤマトを侵略して王になれたのだと。そして即位後、各地の豪族の武器を石上神宮に納めさせます。これは太閤秀吉の刀狩のようなものだと。
なるほど!面白い!
で、万世一系を司馬遼太郎は簡単に否定しているんだ〜💦
ただし、崇神朝はそれ程長くは続きません。
初代神武天皇から崇神天皇以前の時代は、葛城王朝というべき時代になります。この時代、葛城の鴨氏ゆかりの女性が皇后や天皇の母になるのです。
それが、崇神天皇の時代から、本拠地が三輪山のあたり、桜井や天理に移ります。
その後、葛城氏の祖となる武内宿禰と葛城氏を母に持つ神功皇后によって、政権奪還。そして葛城氏が名門貴族として、皇后を輩出する時代になるのです。

崇神朝の疑問。何故三種の神器の八咫の鏡を宮中から出したのでしょうか?
これに対する明確な答えは記紀には書かれていません。ニニギが天孫降臨するとき、天照大御神は、「この鏡を私だと思って歴代天皇の傍近くで奉斎しなさい」と命じられます。これは、三代神勅と言われ、絶対に守るべき約束のはず。それを違えるなど、天皇家としてはあり得ないはずなのです。なのに
鏡を宮中から出すことになります。
その際、宮中で祭っていた鏡=天照大御神は、崇神天皇の娘豊鍬入姫に祭らせ、倭大国魂神は、同じく娘の渟名城入姫命に祭らせようとします。ところが、渟名城入姫命は痩せ細って髪は抜け落ちてとても祭ることができなくなり、豊鍬入姫も任を解かれ倭姫に代わります。
これについて、司馬遼太郎は、神が拒否したのだと考えます。なるほど〜ですよね。もし、崇神天皇が天照大御神の正統な子孫でないとすれば、辻褄が合います。崇神天皇は、天照大御神を自分のそばに置くことが出来なかったのです。だから、宮中から出させた。

もう一つ、記紀にはこんな記述があります。崇神天皇の時代、疫病が流行って人々の半分以上が死んだ。
なるほど。疫病なのか。。。ですが、司馬遼太郎の考えるように、これは侵略者によって戦いが起こったのではないか。とも考えられます。
そして、万世一系に見えているけれど、この崇神王朝というべき時代は天照大御神の正統な子孫ではなかったのではないか。記紀神話はそれを書くことができなかったのではないか。
司馬遼太郎の考察です。
この考えだと、三代神勅を破ってまで、鏡を出した理由がわかります。

ここからは私の妄想です💦
邪馬台国について、日本の神話は全く語っていません。これについて沢山の論争があるのですが、一つの可能性としてこれはありじゃない?と思うこと。
キーパーソンは、倭迹迹日百襲姫。巫女的な皇女で、崇神天皇の時代に託宣を下ろします。やはり、彼女こそ、卑弥呼なのではないでしょうか?そして、弟王と言われたのは実はたぶん甥にあたる崇神天皇。こう考えると辻褄が合います。

神武天皇と邪馬台国が被らないのですよ。この二つの関係が謎でした。
神武天皇は、ニニギの子孫で九州からやってきてヤマトの王になります。畿内に入る時は長髄彦と激しく戦いますが、戦ったのはヤマト入り直前だけで、それ以外はかなり平和裡に王になります。そして邪馬台国が例えば九州の小国の話には思えない。もし、崇神天皇が朝鮮半島の任那から来たとすると、魏に使いを送ることも納得できます。

魏志倭人伝の女王卑弥呼。託宣を下ろし、大切な政治を決める巫女が女王に見えても不思議はありません。そして、邪馬台国は案外短命に終わります。モモソヒメという絶対的な巫女がいなくなるとたちまち邪馬台国は終焉したのかもしれません。
こうして、天照大御神からの流れが一時だけ途切れて別の王朝が入り込むけれど、また、元の王朝に戻るわけです。
(ギリ、万世一系に傷がつかない?すり傷程度?💦💦)

もう一つ、昔からの疑問があります。
魏志倭人伝の記述です。倭が生口=奴隷を送ったとの記述。古代日本には奴隷はいなかったというのが今の定説です。もしも、崇神天皇が朝鮮任那からの侵略者だとすると、崇神朝に限って戦争によって捕虜としての奴隷が生まれたとしても不思議ではないと思います。

追記
石上神宮に武器を納めさせた事については、司馬遼太郎さんと違う説を考えています。石上神宮は物部氏の神社。つまり祭祀を司っているわけです。
一族のレガリア(神剣)たる武器を納めさせることは、祭祀の統一を図ったのではないか。各地でバラバラになされていた祭祀をも、中央政権の祭祀に統一することで、国の統一を図ったのではないかと思っています。

ー続くー