昨日のブラームス話は
バレエがメインの雑談で、
今日はもう少し真面目に調べました。
ブラームスのピアノ曲
2つのラプソディ 作品79
(Brahms, Johannes : 2 Rhapsodien Op.79)
についてです。
⬆️今回聴いたのはカントロフさんのアルバムと
ブラームス作品全集のヴィルヘルム・ケンプ版
どちらも名演奏。
曲について
ピティナ・ピアノ曲事典の
概要と解説がわかりやすいです⬇️
このラプソディを作曲した時期の
ブラームスについて
書簡集やオンラインで調べました。
以前気づかなかったことがわかったので
まとめておこうと思います。
結論から申しますと
『2つのラプソディ』も
『ヴァイオリン・ソナタ第1番』と
共通する出来事に
影響されたと思われました。
作曲年
1879年、ブラームスが46歳の時です。
演奏動画と印象
2つのラプソディ第1番
ピアノ:アレクサンドル・カントロフ
初めて聴いたのは
確か
カントロフさんの第1番。
その時の印象は
・ドラマティック
・最初のフレーズがハンガリー舞曲風
・音階が上がるなどして
盛り上がったり
明るく展開するかと思いきや
不穏な和音で砕け散るの繰り返し
明暗のもどかしさは
第1番と第2番に共通の曲調。
ブラームスについて調べ出す前だったので、
人生でうまくいかない悩みや
クララへの想いが
届きそうで届かない
恋愛の悩みなどを思い浮かべていました。
でも今回調べて、
恋愛の悩みではないと思いました。
献呈の相手
この作品は
親しかった女性の友人
エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルク
に献呈されました。
でも、
彼女をイメージして作ったわけではないようです。
私が普段利用している
ブラームスの書簡集
Johannes Brahms LIFE AND LETTERS
(Selected and annotated by Styra Avins
Josef Eisinger and Styra Avins英訳)
には載っていませんでしたが、
上記のピティナ・ピアノ曲事典によると、
エリーザベトは
1つ前の
作品78
ヴァイオリン・ソナタ第1番
の献呈を望んだけれど
ブラームスはその代わりに
『2つのラプソディ』を献呈した
とのこと。
エリーザベトが最初に望んだ
作品78のヴァイオリンソナタは
作曲時期に亡くなった
シューマン夫妻の末っ子
フェリックスの葬送や
クララへのなぐさめとも言える
彼女の愛する雨の歌が入っているなど
(“私ほどに喜びと懐かしさを感じる人はいない“
とブラームスに熱烈な感謝の手紙を書いており、
クララが亡くなった後
この作品をブラームスが
友人と共に演奏した時
感極まって演奏を続けられなくなった
逸話が残っています)
フェリックスとクララ・シューマン
のための作品といえます。
ラプソディについては、
ブラームスにとって
エリーザベトはクララ同様、
親友で
賛美の対象ではありましたが
既婚者で、
彼女の夫とも良好な関係でしたので
この作品の
ドラマティックな感情の対象とは考えにくいです。
(彼女については過去記事に詳しく書いています)
ブラームスの書簡集
エイヴィンス氏の解説によると
エリーザベトには
作品75の『4つのバラードとロマンス』
を献呈する予定が変更になったので、
その代わりとして
2つのラプソディを献呈したようです。
さくらさくら/オーゼの死
これは既によく知られて
ネット情報でも
簡単に出てきたのですが
ラプソディの第1番には
1875年グリーグ作曲
『ペール・ギュント』の
『オーゼの死』(オーセとも表記)
を意識したと言われる旋律が
繰り返し出てきます。
これは日本の歌
『さくらさくら』に似ていますが
偶然似ただけのようです。
(昨日の海賊パドドゥと
交響曲第1番第2楽章より
似てますね笑)
『さくらさくら』の楽譜は
1888年に来日した
オーストリアのディットリヒ氏が
1894年
ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から
ピアノ曲《SAKURA》を出版したそうで
ラプソディより後になります⬇️
でも偶然ながら
さくらの散るイメージと近いのです。
Google AIによると
『オーゼの死』は
主人公は
死の床にある母オーゼに
死の恐怖を和らげるため作り話をし、
母はその嘘に気づきながらも
優しい語りかけで
安らかに息を引き取る
というイプセンの戯曲の劇中音楽で
葬送行進曲のような作品とのこと。
、、、
ということで
同時期に作られた
作品78のヴァイオリンソナタ
と同じく
ラプソディも
フェリックス・シューマンの死と
つながるようにみえます。
フェリックスへの想い
過去記事にも書きましたように
ブラームスは
フェリックスが
クララのお腹にいる時から知っており、
名付け親で、
子守もし、
フェリックスの詩に曲をつけたり、
ヴァイオリニストになりたいということで
クララに頼まれて
面倒を見たりと
近しい存在。
肺結核にかかったフェリックス。
1878年
悪化してイタリアで静養時、
クララに頼まれたブラームスが
親友の医師ビルロートと訪問しますが
もうその時には
治る見込みはないとわかったようです。
(ドイツ語版ウィキペディアより)
まだ20代前半。
ヨアヒムにグァルネリを譲り受け
ヴァイオリニストを
本気で目指した矢先のことでした。
エイヴィン氏によると
この時期作曲中だった
作品78のヴァイオリンソナタの
アダージョは、
フェリックスが
そのグァルネリで弾くことを想定して
作曲していたらしく、、、
ブラームスは
どんな声かけができたのか、、、
『オーゼの死』と
重なる状況だったのか、、、
(元気になって作った曲を弾くんだよ、
と励ますような、、、)
クララから届いた
フェリックスの訃報への
ブラームスの返事が残っています。
クララや
フェリックスと一番親しかった
姉のオイゲーニエらを心配し
気持ちを抑制した表現ながら
過去の良い思い出
彼の将来に自分が願っていたこと
期待していたこと
彼への想いを残らず浮かべている様子に
悲しみの深さが
行間からにじみ出ています。
この文を読んで
ラプソディの曲調が
理解できた気がしたのです。
(あくまで個人の感想です)
ロベルトの入院中から
ブラームスが見守ってきた
フェリックス
聡明な彼の
あったはずの輝かしい未来
あと少しで
たどり着くだろうと思われたのに
寸前で病に倒れ、
かなわぬまま逝ってしまった
そのやるせなさ
音楽に表現して
2つのラプソディとなったのか、と。
改めて聴く
追記:2026年4月1日
2つのラプソディ第1番を
楽譜を見ながら聞き直しました。
個人の感想記録として書いています。
人それぞれ
とらえ方や感じ方は違って当然ですので
みなさんも自由にお楽しみくださいね。
半音階の下降
ラメント・バスで始まり
深い悲痛
長調に転調する94小節目からは
鐘の音が鳴り響く中
病の苦しみから解き放たれ
天国へと旅立つ
輝くような
あたたかい曲調
右手で何度か奏でられていた
“オーゼの死“の旋律は
最後
左手に移り
ペールギュントの戯曲、
ペールの腕の中で
母オーゼの命が消えゆくように
次第にゆっくりと
音色は弱まり
ピアニシモで終えました。
涙
続きです
この記事を書いてから気づいたことです。
2つのラプソディ第1番・第2番に
シューマンのユーゲントアルバムからの引用があり
フェリックスとの繋がりを強く感じました⬇️
関連サイト・過去記事
雨の歌について書かれたONTOMOマガジンです⬇️
最初にラプソディ第1番を聴いた時のブログです⬇️
ブラームスとシューマン家の子供達との関係について⬇️
エリーザベトについて⬇️
フェリックスについて⬇️
お読みくださりありがとうございました。













