今日は雑記です
、、、の
つもりがいつも通り
ブラームスの作品の背景話になりました
シューマン夫妻の娘
ユーリエ・シューマンとブラームスについて
書くつもりが
まとまらなくて中断しました。
ブラームスの恋愛観や人生観と
作品の関連を調べるうちに
話が広がりすぎたのです。
ユーリエに惹かれて
歌曲を作った頃は
クララに引退を勧めたりで
友情に亀裂が入り、
のちの交響曲第1番第4楽章のホルンの主題を
誕生日に送った頃で
ドイツ・レクイエムの成功で
ブラームスの人生が好転した頃でもあり
しないつもりの結婚を
改めて考えてもおかしくない時期なのだけれど
結婚を考えている妹を
やめさせたがっている様子からは
まさか自身が結婚を考えているとは思えない。
(”結婚という最も残念な考え“と書いている)
ユーリエを思いながら作曲したと思われる
作品の詩から
叶わないだろうとわかっている
冷静な視点もあったり
のちの
ヘルミーネ・シュピース恋愛期も
恋に夢中な自分を楽しんで
作品にする一方で
その自分を冷静な目で見ている作品もあり
恋する時期も冷めた目が常にある
と調べるうち
ユーリエに的を絞りにくくなりました。
ブラームスは若い頃
ETAホフマンの小説『牡猫ムルの人生観』
の主人公、
宮廷音楽家のヨハネス・クライスラー
に自分を重ね合わせいたのですが、
その登場人物との関係性が
ブラームスと似ているので
(クララとユーリエに)
宿命をそこに見たのではないかと
(ブラームス書簡集編者もその点を指摘)
プラトニックなミューズとして登場する
ユーリアという若い女性が
ユーリエと名前も立場も似ていて
いい雰囲気になりつつも
貴族と結ばれる
ユーリエもイタリア貴族と結婚しました
(ユーリエにブラームスへの
恋愛感情はありませんが気は合ったようです)
ですがもう1つの運命も
ブラームスは頭にあったのではないかと。
彼の恩師ロベルト・シューマンが
ピアノの師となる
ヴィークの娘クララに初めて会ったのは
クララが8歳の時
ブラームスがシューマン夫妻と
初めて会った時、
ユーリエは8歳だったので
恩師の娘が8歳の時出会い
成長して恋におち結婚
という運命があるかも、という思い。
そう見ると
彼の人生には2つの道があり、
結局ホフマンの小説通りの
一人になる道になってしまった
『アルト・ラプソディ 作品53』が
ユーリエへの失恋がインスピレーションならば
次の作品
『運命の歌 作品54』も
ユーリエとのことで
背負った宿命を感じて作曲したように思えます。
10年ほど後に作った
『運命の女神の歌 作品89』も
似たテーマですし
ブラームスが
ヘルミーネ・シュピースと
恋愛から友情に変わる頃に作られたと思われる
『さすらい人 作品106−5』も
道が2つに分かれたところで
いつも悲しい道を選ぶ、
と宿命を意識したかのような詩
ユーリエは
かつて情熱的に愛したクララの娘ですから
その関係にはさらに悩みはあったかもしれませんし
クララの時も
病気の恩師の妻でしたから
常に悩みがつきまとうブラームスの恋でもあります
でも
例えば『運命の歌』は
オリジナルの詩は悲劇的に終わるものの
曲はゆっくりと昇華されるように美しく終わります。
運命の歌 作品54
それは
運命を受け入れた者の平静なる心にも思えます
彼のモットー
FAF
自由だが楽しく
にもつながるように感じました。
あら、
気負いを捨てて徒然に書いたら
ユーリエについて
ざっくり書けました。
付け足したいことがあれば
ここに足していくか
追加で書こうと思います
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お読みくださりありがとうございました。


