ブラームス・ポータルの写真を眺めて
気になったものの1つに
ドイツ・レクイエム初演(第5曲以外)の頃の写真があります⬇️
ブラームスが
作曲家として初めての大成功を収め
不動の地位を築いたのが
1868年4月ブレーメンでの
ドイツ・レクイエム(第5曲以外)の初演
ラインターラーとの写真
ブレーメン大聖堂の音楽監督で作曲家の
カール・ラインターラーが
この公演の責任者。
上記の写真は
ブラームスとラインターラー。
1868年ブレーメンで撮影されたもの
裏には
1868(Requiem)
と書かれています。
2人の信頼を感じるような
あたたかい雰囲気です。
大成功の公演後の祝賀会では
ラインターラーの素晴らしいスピーチに
参加したクララ・シューマンが
涙をこらえられなかったと
日記に書いていました。
この写真で気になったのが、
ブラームスのやつれ具合。
充実感のある表情ですが、
頰はこけ
目に疲れが見えます。
ドイツ・レクイエムの
作曲と公演の重圧が大きかった
と考えられますし、
この時期の
クララとの友情の危機が原因か?
とも想像してしまいます。
この時期のブラームスとクララ
ブラームスとクララの
友情が終わる寸前の危機は
日記や手紙を読んだ限りでは
3回。
1つは
ゲッティンゲン夏の休暇の
アガーテとの恋愛
2つ目がこの
ドイツ・レクイエム初演前後の
ブラームスのクララ引退を促した手紙
3つ目は
シューマン交響曲第4番初版出版
ドイツ・レクイエム前後については
こちらの3記事に書きました⬇️
2人の手紙のやりとりを読み
いろいろ誤解があって
大変だったなぁと
思っていたのですが、
当時の写真を見て
ブラームス、やつれてる、、、
食事もろくに取らずに
(かどうかはわかりませんが)
作品の完成を目指しつつ
かつ
クララの逆鱗に触れ、
心労はかなりのものだったのかも、、、
その後の写真を見ると
友情の危機も去り
収入も良くなって飲んで食べて(?)
肉付きもよくなられていました。
ブラームス:ドイツ・レクイエム抜粋
(1978年 指揮:カラヤン ベルリンフィル演奏)
ブレーメン初演の再現
クラシック音楽への造詣が深く
ブラームス・ポータルなど
関連情報を教えていただき
大変お世話になっている
シューマニアンの
ブラームス:ドイツ・レクイエム
ブレーメン初演版(第5曲以外)
の演奏動画を
教えていただきました。
ブラームス:ドイツ・レクイエム 第1楽章
ケント・ナガノ&ハンブルク州立フィル
アルバムはこちらです
(Youtubeに飛びます)⬇️
アルバム解説も
ご紹介くださいました⬇️
これが面白くて、
ブレーメンでブラームスが指揮をした
第5曲なしのドイツ・レクイエムや
親友ヨアヒムのヴァイオリン演奏、
ヨアヒムの妻で歌手の
アマーリエのソロなど、
初演当日プログラム
丸ごと再現
すごくないですか!?
これを聴きながら
クララは夫ロベルトの言葉を思い出したんだなぁ
など色々な想いがめぐりそうです。
新芽 取亜 ―symmetria―さんのブログはこちらです⬇️
いつもありがとうございます!
お読みくださりありがとうございました。





