昔、たしかNHK教育テレビの「みんなの歌」で、
♪僕の大好きなクラーリネット(…)、とっても大事にしてーたのに、壊れて出ない音がある、どーしよ、どーしよ♪
みたいな歌があったはずだが(今調べてみたら、石井好子訳詞、フランス伝承曲「クラリネットをこわしちゃった」だそうだ。シャンソン歌手の石井好子が訳してたのかー!?)、壊れていないG管(最低音=ソ)のケーナでも、出ない(出しにくい)音が3オクターブのシ、だ。
同じ3オクターブでも、一つ下のラや、上のドは出やすく、割と早く実戦投入レベルに達する。
レ、ミも多少ケーナを吹く口の形が決まってくれば、まあ行ける。
しかし、なぜか、シだけは、出たり出なかったりを繰り返す。どうしても百発百中にならない。
避けて通れればいいのだが、残念ながら世の中は甘くない。多くの曲で3オクターブのシが使われている。
しかも曲の大事なところで。ここでスカしたら曲全体が台無しになる、みたいなところに出現するのが、難敵・シだ。
私に限らず、初中級者のケーナ吹きは、大抵この問題に一度は直面し、頭を悩ませていることだろう。
ここぞという時に限って、3オクターブのシが出ない! 嗚呼!!( ;∀;)
――という問題に。
原因は良く分からない。ケーナという楽器の構造上、他の音に比べて出にくいのかもしれない。そもそも3オクターブの運指って、シから上は(2オクターブ目まではあった)規則性が崩れていて、いかにも無理やり捻り出してる感がありませんか?
(参考リンク:ボリビアタイプのG管ケーナの運指表の一例~山梨の「ファンタシア」さんのサイトから~)
しかしそれでも、一定水準以上のマトモなG管ケーナ(※)であれば、3オクターブのシはちゃんと出るように設計されているし、ちゃんとした作者・工房製ならば、3オクターブのシを含めて音程ズレなく出るか一つ一つしっかり検品した上で、売っている(その信頼の証こそが「ブランド」のブランドたる由縁だろう)。
※「マトモなケーナ」を真正面から定義するのは難しいのでここでは避けるが、傾向としては、①出所(製作者及び販売店)がしっかりしていて(定評・信頼があって)、②(製作者が増え技術も進歩した)おおよそ90年代以降の製造で、③(土産物ではなく)「楽器」として製作された物であれば、(天然素材を使ったハンドメイド品なので、個体のクセや吹き手との相性はあれど)基本的には、3オクターブのミくらいまでは出て、かつ音程の合った「マトモなケーナ」である確率が高い(逆にこれら3条件を欠けば欠くほど、そのケーナを買うという選択はリスキーになる)。
だから、上記前提の上で、3倍音のシが出ない原因は、吹き手側にあると考えるべきだ。
その日その時の吹き手の体調や、気分、疲労の蓄積具合(例えば、吹き疲れると、口の周りの筋肉が緩んで、ピンポイントで息を歌口に当てられなくなる)等が要因だろう。
3オクターブのシが出にくい時の対策としては、大きく、
(1)口元の構えを作り直したり、歌口への息の当て方・角度を変えてみる。
(2)比較的出し易い隣の音(3オクターブのラまたはド)とつなげて、スラーにして出してみる。←これが経験上、一番上手くいく。
(3)他に替えがあれば、気分転換を兼ねて、ケーナを替えてみる。
――の3つがある。だがどれも試行錯誤・運任せな要素がある。
本問題を100%解消できる根本的な打開策というものは無く、どうやってもうまくいかない時は、3オクターブのシは出ない(スカす)ものと、その日は諦めるのが、精神衛生上よろしいかと思われる。
とはいえ、各個体との相性や傾向は事前に把握しておきたい。
さて、今日も今日とてカラオケボックスで個人練習をしていたが、猛暑でお客さんが出て来ないのか、一人カラオケだというのに、たまたま今日は大人数様用の大部屋を割り当ててもらえたので、せっかくのチャンス、広い部屋一杯にお道具を広げて、我々ケーナ吹きを悩ませる「3オクターブのシが出にくい」問題に迫ってみることにした。
具体的には、本日家から個人練習用に持ってきた9本のケーナ(何となく今日の気分で選んだ)をなるべく同じ条件でいろいろ吹き比べ、以下の3つのテストをしてみた。
(1)運指の確認(前面1番上の穴と下から2番目の穴を押さえるのは大体共通しているが、裏穴をどれだけ押さえるかが結構違う)
(2)いきなり頭から3オクターブのシを出しに行った場合、きちんと出る確率
(3)3オクターブのシが入る曲を吹いた時のシの出方の確認
(具体的には、私が聴くのも吹くのも苦手としている「カルナバル・グランデ Carnaval Grande」を通して吹いた時、Cパートの「♪シシラソラー♪」が曲の流れに乗って上手く出せるか否か)
そしてテスト結果から、本「3オクターブのシが出にくい問題」への示唆・対策のヒントが隠されていないかを考えてみた。
※なお言うまでもなく、今回たまたまシが出にくかった個体が、楽器として劣っている等と言うつもりは毛頭ありません。
冒頭に述べた通り、シが出ないのは基本的に吹き手側の問題だと考えています。
それではさっそく行こう!
まずは、エントリーナンバー1番、めんちくのケーナ工房さんのメダケ細身ケーナ。
(外径24、内径18、指穴最大10.5、歌口幅9.5、歌口穴深さ6、全長374mm)
「めんちくのケーナ工房」さんは、大分は別府のケーナとフラウタの製作者。
ウェブサイトはあるが、現在も製作販売を続けておられるかは不明(先日、サイトの注文フォームからオーダーを送ってみたが、執筆時点で反応が無い)。
本個体は細身で息の経済性が良く、またオクターブの上げ下げが自在だ(強い息を歌口にぶつけずとも、異音を出さずに、スッと倍音に持ち上がる。逆もまた然り)。管が細身で肉薄な割には、低音も豊かに鳴ってくれる。
なので、最近グループ練習時にとても重宝している「守り」のケーナ(私の中で同じような立ち位置のCAMAC社の黒檀ケーナよりも、最近こちらを持ち歩く頻度が増えたかな)。
ただ、3オクターブのシとミが私にはやや出しにくい。昨日のグループ練習でもそうだったので、そこだけ少し気になっている。
テスト結果
(1)運指
裏穴全開もしくは半押さえ。
(2)いきなり吹いてシが出る成功確率
2割くらいか。一度出だすと調子良く出続けるが、出なくなると、スカしてばっかりになる。明らかに吹き手側の問題。
(3)「カルナバル・グランデ」を吹いてみたら
気持ち良く息切れせず、軽快に吹けた。3オクターブのシシラソラー♪も、まずまず出せた。
(4)その他
このお遊びテストの後、明日の同好会のグループ練習に備えて、このケーナで課題曲10数曲をざっとおさらいしていたら、その時は3オクターブのシが問題なく出ていた。このケーナの個性に私が慣れてきたからだろうか? 不思議~。
2番、風工房さんのホウライチクケーナ(軽)
(外径24.5、内径18、指穴最大10、歌口幅9、歌口穴深さ7、全長376mm)
以前の記事(いま私が吹いているケーナたち)で紹介した、頼りになるオールマイティなケーナ。
テスト結果
(1)運指
裏穴全開もしくは半押さえ。
(2)いきなり吹いてシが出る成功確率
9割以上。実戦に使える。やはり私にとって相性が良い。
(3)「カルナバル・グランデ」を吹いてみたら
一部倍音が上がり切らず、強めに吹いて息切れ気味に。3オクターブのシシラソラー♪は一応出せた。
3番、風工房さんのホウライチクケーナ(重)
(外径25、内径19、指穴最大10、歌口幅10.5、歌口穴深さ7、全長375mm)
上の2番を買って、非常に気に入ったので、気持ち重め・密度高めのものを――と「風工房」さんに無理を言ってオーダーし、送られてきた候補作8本の中から、自分が十分試奏して選んだ個体。2番よりも音色が大きめ・しっかりめで、安定感がある。
なお、具体的にどのような試奏をしたのかについては、別記事「ケーナ選びのポイントと試奏の方法(模索中)」にまとめたので、ご興味がおありの方は、ぜひそちらも併せてご参照願いたい。
テスト結果
(1)運指
裏穴全開もしくは半押さえ。
(2)いきなり吹いてシが出る成功確率
9割以上。実戦に耐えうる。
(3)「カルナバル・グランデ」を吹いてみたら
3オクターブのシシラソラー♪は、絞り出す感じになったものの、何とか出せた。
4番、風工房さんの千葉産メダケケーナ
(外径25、内径19、指穴最大11、歌口幅9.5、歌口穴深さ7、全長375mm)
上の3番と同様の経緯で新規加入。2番、3番との中で最も音の響きが良い(と感じる)。
テスト結果
(1)運指
裏穴全開もしくは半押さえ。
(2)いきなり吹いてシが出る成功確率
9割以上。ただ上の2つと比べると、音が少しカスれる等やや不安定か。
(3)「カルナバル・グランデ」を吹いてみたら
3オクターブのシシラソラー♪は絞り出す感じで何とか出せた。
ただ、とても鳴りが良いので、これを吹きこなすことができれば、曲の情感が豊かに出せそう。
5番、大木岩夫さんの竹ケーナ
(外径24.5、内径18、指穴最大12、歌口幅10、歌口穴深さ6、全長372mm)
以前の記事(いま私が吹いているケーナたち)にて紹介した幻の「フシギちゃん」。
詳細はそちらをご参照ください。
テスト結果
(1)運指
裏穴半押さえ。
(2)いきなり吹いてシが出る成功確率
9割以上。フシギちゃんだと思っていたら、意外や意外。しかも音色が群を抜いて良い♪
以前はすぐハスキーボイスになったのに、あれれ、なんか今日はすごく調子がいいぞ~!?
(3)「カルナバル・グランデ」を吹いてみたら
頭のシを出す時に、息を吹き込んでから音が鳴るまで若干の遅延があったが、3オクターブのシシラソラー♪が綺麗に吹けた。
6番、ワラータ工房のキルキケーナ
(外径26.5、内径19、指穴最大13、歌口幅12、歌口穴深さ7.5、全長385mm)
以前の記事(いま私が吹いているケーナたち)にて紹介した通り、文字通り「20年に一度の逸材」を使ったケーナ。
詳細はそちらをご参照ください。
テスト結果
(1)運指
裏穴半押さえ。
(2)いきなり吹いてシが出る成功確率
9割以上。びっくり。最初に試奏した時は、全然シが出なかったのに…なぜ突然?
(3)「カルナバル・グランデ」を吹いてみたら
若干の遅延とカスレがあったが3オクターブのシシラソラー♪が吹けた。
思ったほど息切れしなかった。
7番、ワフチャ工房のキルキケーナ
(外径26.5、内径20、指穴最大11.5、歌口幅13、歌口穴深さ9.5、全長385mm)
先日、Instagramで紹介した古いケーナの1本。こちらも6番同様に希少なキルキ材。
Wajchaは、フアン・ベラ・ワフチャ Juan Vela Wajcha というボリビアの名工の楽器工房だそうだ(大先輩のSさんにご教示頂いた。ありがとうございましたm(__)m)。
テスト結果
(1)運指
裏穴半押さえ。
(2)いきなり吹いてシが出る成功確率
5割程度。うーん、ちょっとまだ実戦には投入しずらいかな。
ただし出る時は、爆音かつ柔らか目のとても良い音色がする。目下「暴れ馬」状態。
(3)「カルナバル・グランデ」を吹いてみたら
全体的に倍音を吹くとオクターブ下の音が混ざって濁り易い傾向があった。
3オクターブのシシラソラー♪は出たが、息も切れ切れ。もう少しこちらが吹き慣れないと。
8番、無銘の牛骨ハカランダケーナ
(外径27、内径19、指穴最大12、歌口幅11、歌口穴深さ9、全長374mm)
先日、ケーナケースの記事で少し言及した。その際はケースの話題だったが、今回は本体の方。
前の持ち主の方がメインで使っていたものだそうで、無銘で来歴不明だが、恐らくはボリビア製と思われる。
テスト結果
(1)運指
裏穴半押さえ。
(2)いきなり吹いてシが出る成功確率
9割以上。歌口が牛骨だからなのか、木製のケーナとしては高音がキンキンしにくい。
(3)「カルナバル・グランデ」を吹いてみたら
3オクターブのシシラソラー♪は、若干の遅延生じるも、比較的にきれいに出せた。
9番、フロイラン・シンティのハカランダケーナ
(外径25.5、内径19、指穴最大12.5、歌口幅10.5、歌口穴深さ8.5、全長374mm)
フロイラン・シンティ Froilan Sinti は、キャリアの長いコロンビア在住のペルー人演奏家兼ケーナ製作者。
日本のケーナ奏者・岩川光氏とのコラボ・ケーナを作ったり(現在は岩川氏自身が超高級ケーナを製作販売しているが)、叶堂さんという方が彼の協力の下でケーナ教則本を出したりしている(模範演奏とカラオケのCD等も別売りで製作されている)。
ケーナの作りはとても丁寧。吹き口や指穴の角を取って丸く仕上げており、文字通り”口当たり”が良いケーナだ。
テスト結果
(1)運指
裏穴半押さえ。
(2)いきなり吹いてシが出る成功確率
5割以上〜8割未満。もう一息(私が)。
少しかすれたり、異音が混じりやすい。
(3)「カルナバル・グランデ」を吹いてみたら
3オクターブのシシラソラー♪は少しの遅延含みで吹けた。
音色が少し硬質なのが、あまり普段この笛を手にする機会が多くならない理由かなあ。
――以上、本日9本のケーナで「3オクターブのシが出にくい」問題に体当たりで挑んでみた。
まあ、お遊びの実験ではあるが、気づきはあった。
3オクターブのシが(今日の私にとって)一番出し易かったケーナは、5番の大木岩夫さん作のケーナだったが、このケーナで特徴的なのは、内径が細め(18mm)であることに加えて、歌口穴が浅め(6mm)であることだ。
やはりまだ吹くときの口の形が定まっておらず、より少ない息をより密度高めにピンポイントで歌口に当てるスキルが身に付いていない私には、吹くケーナの歌口穴が深くなればなるほど、吹き込んだ息が拡散しやすくなるので、3倍音を出すために息切れするほどの強い圧を掛けて息を吐かなければならなくなる。
内径が細く、さらに歌口穴が浅ければ、吹き込んだ息の拡散が少ないので、未熟者の私でも3オクターブのシが出る確率が高まる――そういうことかな、と思った。
しかし、同じく内径細め・歌口穴浅めの1番が、テスト時にはシが最も出しにくかったことからも、上記が決定的な要因とまでは言えないなあ。
結局、私にとって3オクターブのシが出やすいケーナの外形的特徴は、はっきりとは分からなかった。
よってこれからも試行錯誤は続く。
俺たちの戦いは、これからだ!
まあ、まだまだ修行が足りていないので、時にはこんなお遊びなども差し挟みつつ、個性様々なケーナたちのサポートを得て、練習を積み、上達していきたい。■