姉が本厄だというので、厄払いに付き添うことに。
近所の氷川神社ではやっていないということで、片道一時間かけて高幡不動という有名なお寺まで行くことになりました。
姉としては神社でも寺院でも、雰囲気に浸れればどちらでもよかったようです。

姉はここぞとばかりに着物に着替えました。まるで正装してオペラを楽しむ淑女のように、厄払いを楽しもうとする意気込みが感じられます。
移動中、姉は駅の階段や電車内で慣れない草履(ぞうり)を幾度となく飛ばしつつ、どうにか高幡不動に到着。

するとどうでしょう。
寺いったいがもはや、押せや押せやの人ごみで、熱気を通りこし殺気が立ち込めているではありませんか。
さすが有名寺。いろんな意味でパワーを感じます。

平常心を保ちつつ、私と姉は人の流れにのって団体の厄払い用の受付場所まで辿り着きました。するとあと5分で次の会が始まってしまうというのです。私と姉は目を見合わせました。開催場所の本堂は隣りにしても、このものすごい人混み。金を払った以上、途中参加じゃ納得できますまい!

きびすを返すように私と姉も急激に殺気立ち、おじさんやおばさんの人混みを掻き分け、一人でも前にと本堂への列に並び込みました。
もはや、そこの列の誰しもが、あと5分で厄払いの会が始まってしまうという焦りがあったに違いありません、一刻も早く本堂へ入らねばという念と念がぶつかり、自然と後ろから押され押されに…。列は全体的に前へ前へと押し寄せていき、最後には本堂へとつながる狭い入口の前は、朝のラッシュアワーさながらに人がぎゅうぎゅうに重なっていました。それは、一人用の入口にも関わらず三人くらいが同時に入ろうとして、左右からの圧力で誰ひとり入ることができない、というような、ギャグかと思われる状況にまでなっていたのです。

「・・・」
付き添いにきただけのはずの私も、安全のために人の流れに身を任せざるを得ず、もまれにもまれいつの間にやら見学客の席ではなく厄払いを受ける側の席に移動しており、一番偉いと思われるお坊さんの真ん前の、まさにご利益がありそうな場所に座らされ、姉ともに厄払いを受けるはめに。

『あ、あの、、、、私、お金払ってないんですけど、、、!』
心の中で、新年一番の懺悔(ざんげ)をしつつ。


帰りは、楽しみにしていた甘酒をいただくのもすっかり忘れ、ぐったりして帰ってきました。
考えてみたらラッキーだったのか、逆に厄をもらってきたのかは、この一年をかけて検証できたらと思います。

あけましておめでとうございます。
新年ですが、昨年の忘年会のお話をさせてもらってもよろしいでしょうか。新年にも早速乗り切れてない感ありで、恐縮ですが・・・

とあるグラフィックデザイナーさんの忘年会に行った時のことです。
親しい仲間たちが事務所に集って、なんだかんだ30人くらい一部屋に入って飲んでいたでしょうか。

その中に、ヴーヴ・クリコのPRをしているという女子がいました。
半年前までカルチャー誌の編集部でがむしゃらに働いていたとのこと。
話してみると、まるで有名シャンパンメーカーのPRという、セレブで左うちわな肩書きを感じさせない、気さくで人なつっこくてちょっとコアな趣味を持つ、可愛らしい人だったのです。

彼女は自社のシャンパン、ヴーヴ・クリコのスタンダード品 イエローラベル を手土産として持ってきていて、皆でいただくことに。

ヴーヴ・クリコといえば――― 
以前マスターに、知り合いの出産祝いの席に持っていくシャンパンの銘柄は何が一番ふさわしいのかと質問した際、こう言われたことが。

「基本シャンパンはなんでも大丈夫。・・・ヴーヴ・クリコ以外はね」

“ヴーヴ”とは、仏語で「未亡人」の意味。今日のヴーヴ・クリコを築いたマダム・クリコは、27歳の若さにして夫を亡くした未亡人だというのです。だからお祝いのシャンパンにしてもこの銘柄だけは、贈る相手や状況をみなければいけないのだということでした。


「とっても美味しいですから、みんなで飲みましょう、ね!」
その、シュワッとした黄金の液体が注がれたカップを皆の手に渡らせ、ヴーヴ・クリコのPRの彼女は、嬉しそうに言います。

改めて、カンパーイっ!

わたくし、お恥ずかしながら、シャンパンって今まで何度も飲んでいても、味の違いがわからなかったっていうか、この飲み物とはそういうテンションで向き合ってこなかったのですが、ざっくり「シャンパン」としてではなく、「ヴーヴ・クリコ」としていただいてみると、、、、驚きです。

「…しっかりした味!こんなに強さがあって、すごく上品な…… 美味しいっ、ヴーヴ・クリコっ!」
私はプラカップに入ったその液体を飲み、思わず言いました。

するとPRの彼女、
「そう、とっても個性がありますよね?シャンパンの中でもかなりしっかりしてる。美味しくって…… 私、とっても好きなんです」
誰よりも早く、自社のシャンパンが入ったカップをグイッと空にしたのでした。

その紛れもない、洗練された、酒飲みスタイル。彼女はPRとしての前に、酒好きな女としてヴーヴ・クリコを美味しく味わっていたようでした。恐るべし、何の気もなしに現職を手に入れた素振りの彼女も、来るべくして今の立ち位置に来たのかもしれないと思わされた瞬間。

マダム・クリコは、夫の死がなければ彼の父が創業したワインハウスを受け継ぐことがなかったにしても、それを偉大なるシャンパーニュ・メゾンまで築きあげる基盤を作り、女性実業家として成功できたのは彼女の才能があってこそ。

そしてその忘年会の晩、そこにいた人たちの間でヴーヴ・クリコに対する株が確実にあがったのは、PRの彼女の才能。

今度からはこのヴーヴ・クリコ、女子の成功や勝利のお祝いとしての新たなステージで、味わっていってもいいのかもしれないわ、、、と気付かされた、昨年の出来事だったのです。


さて、今日から新しい一年。
荒波が押し寄せるかもしれませんが、そんな時はヴーヴ・クリコ・ストーリーを思い出し、極力明るく乗り切りたいものです。


母は昔から、よく家で果実酒を造っていました。
梅酒やカリン酒、さくらんぼにいちご、など。
仕込んでから最低3ヶ月は漬け込むので、その間の期待度に反比例して出来がよろしくなかった時は、やはり気分は苦いのでしょう。最近は、やっぱり梅酒がおいしく出来て失敗がないということを知ってか、他の果物に挑戦する闘志は見受けられず、精神的なリスクを負うのをやめたかのようでした。

が、先日久しぶりに実家に帰ったところ、新酒の果実酒を発見!
大きな瓶に、青梅よりも一回り大きい果物が、茶色い液体の中にざわざわと漬け込んであります。

「なにこれー」

「シドミ」

「え?なにシドミって?」

「知らん。お父さんがもらってきたから漬けた」


元々、細かいことは気にしない強い母。
私は怪訝に思いながらも一口いただきます。
味は、カリンに近い感じで、酸味と甘みが調和されてなかなかおいしく出来上がっているではありませんか。

「お、いい味出てるよこれー、お酒何入れたの?」

「知らん。これ入れた」

そういって母は、横においてあるパック酒を指さしました。

“サントリーブランデー 果実の酒用”
大きな文字でそう書かれた、2リットル弱入った紙パック。


父が誰かからか貰ってきた知らぬ果物で、何だか知らないけど果実の酒用と書いてあるからこれを買って入れてみたところ、思いのほかおいしく出来上がっていた、自家製シドミ酒。

私は、そんな母の強さが大好きなのです。
そして、抽象的でもあり具体的でもあるこのパック酒のネーミングをつけたサントリーもすごいと、思わずシドミ酒のグラスを持つ手が進んだ夜。

一応調べたら、シドミというのはバラ科の草ボケという植物の別名らしく、ジナシ(地梨)とも呼ばれているそう。なんとなくそんなこともどうでもよくなってくるくらい、母の自家製酒はパワフルなのです。