韓流スター最後の大物イ・ヨンエ


『親切なクムジャさん』(05年・韓国)

監督:パク・チャヌク

出演:イ・ヨンエ、チェ・ミンスク、クォン・イェヨン、キム・シフ、ナム・イル

上映時間:114分

評価点:8/10

コメント:「オールド・ボーイ」のパク・チャヌク監督と「宮廷女官チャングムの誓い」でお馴染みの韓流最後の大物イ・ヨンエが贈る復讐劇。

ストーリーは、やさしくて、親切と評判の囚人クムジャさんが出所し、刑務所時代の仲間の協力を得て、13年前に誘拐罪をなすりつけた男に復讐をするというもの。

これが、とにかく怖い。

下手なホラー映画を観る以上に恐怖のどん底に陥れてきます。

てっきり、裏切った男にさらわれた娘を取り返すために復讐するものだと軽い気持ちで観に行ったんですが、そんな予想をはるかに超える濃い内容にしてやられました。

ひとつひとつの描写や映像が怖いのなんのって・・・。

あと、主演のイ・ヨンエの演技が凄すぎる。

「JSA」や「宮廷女官チャングムの誓い」のイメージを見事なまでにぶち壊されました。

僕自身もそうですが、あの印象で観に行ったらショックを受けますよ。(かなりのおば様方が衝撃を受けていたようです・・・。)

ここまで演じられるんだな・・・とただ感心するだけでした。
そして、チェ・ミンスクもただならぬ俳優ですよ・・・。

正直、鑑賞後は「お腹いっぱい」と思ったんですが、後々になって”おかわり”したくなる映画です。

おそらく、この復讐劇は日本は当たり前として、ハリウッドでも作れないんではないでしょうか。

とにかく、内容、出演者、そのブラックユーモアといい、その完成度の高さに平伏すばかりの2時間でした。

ALWAYS


『ALWAYS 三丁目の夕日』(05年・日本)

監督:山崎貴

出演:吉岡秀隆、堤真一、小雪、掘北真希、もたいまさこ、三浦友和、薬師丸ひろ子、他

上映時間:143分

評価点:8/10

コメント:昭和33年。長嶋茂雄の巨人入団、皇太子の御婚約、力道山の活躍、東京タワーの完成。

と聞いても、全くピンとこない世代ですが、最近のレトロブームしかり、「昭和」というものは今も多くの人の心をどこか懐かしくさせる不思議な魅力があるんですね。

映画は、そんな日本が戦争の傷を癒し、高度成長へと向かう時代の東京夕日町三丁目を舞台にした心温まる作品です。

劇中に広がる街のセットの精巧さには目を見張るものがあります。

店先の看板、街に貼られたポスター、日常の品々・・・。

どれも雰囲気が伝わってきて、誰しも「こんな街にすんでみたいな。」と思わずにはいられないでしょう。

きっと、当時を知る人達が観たら懐かしくなるんでしょうね。

そんな感覚が羨ましいです。

あと、子供達の服装が好きですね。

そして、VFXが凄いのなんの・・・。

後々、「これもVFXだったの?!」と驚かされるぐらい違和感がありませんでした。

出演者のキャスティングも良かったです。

吉岡秀隆はいつも同じセリフ回しにみえてあまり好きではないんですが、今回は茶川のダメ人間っぷりがハマッていました。

淳之介との生活で徐々に変化していくキャラクターを上手に演じているのは流石ですね。

ひいき目ではあるんですが、六ちゃんを演じた堀北真希も可愛かったです。

堤真一演じる鈴木オートの社長とケンカするシーンでも物怖じせずの演技でしたし、順調に女優の階段を登っている気がします。

本当に出演者のひとりひとりがキャラクターを大事に演じているのが伝わってきました。

個人的には鈴木家にテレビが来て3丁目の人々が集まって力道山の試合を観るシーンが好きです。テレビなんて当たり前なのに、自分もあそこにいるようで一緒にワクワクしました。

テレビをみている人達の表情が輝いています。

他にも、物が新しくなれば、古い製品も捨てられるわけで、冷蔵庫が新しくり、昔の冷蔵庫が捨てられているのを氷屋さんが寂しそうに見ていたシーンも心に残しました。

そして、鈴木オートの社長が言う「戦争も終わったんだ。でっかいビルジングだってできる。」という言葉。

まさに、この作品でしばしば見られるのが、戦争の傷なんです。

やはり、これがあっての当時なんだろうなと思います。

貧しかったけど楽しくて、明るくて、心が豊かだった時代。

結局、現代の人達が懐かしみ、ノスタルジーに浸る秘訣は単純にそこなんだろうと思います。

物質的に豊かになっても、どこか満ち足りない毎日。

人のやさしさ、思いやり、小さな夢や希望を持つことがカッコ悪いなんていう風潮がありますが、この映画を観てそんな人の温かさ、人間臭さを感じ取ってほしいですね。

何だか、東京タワーに行きたくなりました。

最近は、朝夕の空気も肌を刺すように冷たくなり、街の街路樹も色づきはじめました。

すっかり、秋ですね・・・。

ということで、今日は友達と日光まで紅葉狩りに行ってきました~♪

今週が見頃ということもあり、祝日の今日は人がごった返して鬼混みでした。

混むことを予想して、朝早く出発したというのにこの状況。。

紅葉狩りをあまくみていましたね(><)

いろは坂では、車が進まない状態のおかげで、紅葉をゆっくり観ることができたので逆に好都合だったのかもしれませんが・・・(笑)

中禅寺湖では遊覧船に乗って湖を一周しました。

湖を囲う木々、遠くに見える男体山が赤、黄、橙色に色づく姿はとても心を和ませてくれます。

中禅寺湖を一周した後は、日光湯元温泉まで行き温泉に浸かってきました。

手始めに「あんよの湯」と呼ばれる足湯を体験。

この足湯には梅宮夫妻や、ロンブドンブーツ1号2号、杉田かおるが訪れたこともあるそうです。

次に露天風呂がある日帰り温泉で本格的に温まりました。

足湯で温まっている時はそれだけでも満足でしたが、やっぱり肩まで浸からすのが一番です☆

本当に温泉は仕事の疲れや日々の生活を忘れさせてくれますよね。

時にこうしたリフレッシュする時間も大切なんでしょう。

そういえば、日光は小学校の修学旅行、大学の卒業旅行で訪れた想い出の場所でもあるんです。

修学旅行のときも遊覧船に乗ったんですが、あの時は霧がかかって何も見えなかったことを覚えています。

大学の卒業旅行の時なんて、冬の真っ只中だったこともあり、周囲は雪で覆われ、人はいないし、遊覧船も運航していないはで、寂しいものでした。
でも、一番寂しいのは、今回を含めたどの想い出も僕の横には男の子しかいないってことですかね・・・(笑)


今日は仕事の関係で井筒和幸監督のお話しを聞くことができました☆

というのも、職場で井筒監督による「映画とわたし」と題したトークショーが行われたんです。

業務配置の関係上、そこまで近くに行くことができなかったのは残念ですが、トークの方はバッチリ聞くことができたので満足です。

ひょっとしたら、サインを貰えるかな~なんて甘い考えで、『パッチギ』の台本を密かに持ってきていたんですが、流石にそれは無理でしたね(笑)

トークショーの終了後、お客さんが写真を撮ったり、サインを貰っているのをみて、仕事じゃなかったら・・・。と少し羨ましくもありました。

トークショーでは映画の話をしつつも、憲法改正問題など社会問題を斬っていました。

TV等のコメントを聞いたりして、あまり受け付けない人もいるかと思いますが、僕は時に真剣に語る監督は好きなんですけどね。

それにしても、あそこまで自分の考えを堂々と言えるのもすごいなと感心します。

信念があるというか、心に一本線が通っているというんでしょうかね。

井筒監督の話を聞きながら、人生において、何かに関心を持ったりだとか、物事について考える時間の必要性を改めて思いました。

そんな時間を経て、自分の思想を形成したり、自分自身を理解することは大変重要だと思うんですよ。

僕にとっては高校時代がそんな時間だったんですけどね。

僕は不器用だし、頭も良くないし、学歴も高くはないですが、就活において大手の大学生と闘っていけたのはそんな信念というか心に一本線を通すことができたからだと思います。

まぁ~、僕の信念が何なのかは秘密にしておきますが、まだまだ発展途上の段階ですので、この先も「考える」ことをやめたくはないと思います。

その為にも何でもいいから、関心を持ち続けていきたいです。

今回も、なんだか堅苦しい文章になってしまった・・・。

そういえば、『パッチギ』の続編が制作されるみたいですね!

すごく楽しみです。



「この胸いっぱいの愛を」(05年・日本)

監督:塩田明彦

出演:伊藤英明、ミムラ、勝地涼、宮藤官九郎、倍賞千恵子、愛川欽也、他

上映時間:140分

評価点:5/10

コメント:誰しも過去に戻ってやりなおしたいことってありますよね。

そんな自分の戻りたい時間にタイムスリップしてしまった人々が織り成す感動のストーリー?!です。

劇場の予告版を観た時に、「これは観てみてもいいかも。」と思ったので、少し期待を持ちつつ観に行きました。

てっきり、4人の登場人物のエピソードが同時進行の形で進んでいくんだろうと勝手に思っていただけに、鈴谷比呂志(伊藤英明)のエピソードがここまで中心に描かれているとちょっと期待はずれ。。

予告版で中村勘三郎が出ているのを知っていたのですが、あまりに出てこないので、「最近、なんか不祥事でも起こしたっけ?」と出演シーンをカットされたのかなんて考えてしまった。

そもそも、4人のエピソードは悪いものではないんだけど、どこか中途半端というか、魅力的な味を出し切れていない気がする。

というのも、作品を通して、登場人物の人間像をそこまで深く感じ取れないからかな。

せっかく、機内のなかでそれぞれのキャラクターを把握できる感じなのかと思いきや、あまり関係なかったし…。

個人的な意見としては、勝地涼にあの役は早すぎるね。

別に演技がどうのとかいう以前の話です。
彼にチンピラ役はない!

まだ、ヒロインの幼馴染とか、同級生を演じていればいいと思う。

あと、ミムラ。

悪くないけど、物足りない。

彼女自身がそこまで存在を感じさせる演技ができるわけでないので、今回の役どころも微妙な結果でした。

作品全体としても、20年前にタイムスリップした感覚を観ていてあまり感じることができない。(冒頭の喫茶店で小林明子の「恋におちて」が流れていたあたりは好きなんですけどね。)

そこがハッキリしないと彼らが20年前にタイムスリップした方法も印象が薄くなってしまう気がする。

事実、どうしてタイムスリップしたかがわかるシーンは本当に衝撃的でした。

なんせ、この人たち20年前にタイムスリップしてたんだ!と改めて気がつきましたから・・・。

恐らく、この映画にとってタイムスリップすることは「大事な人への愛の物語を描くため」であって、そこまで重要な意味を持たないのかもしれません。

この程度の愛を語るために彼らが飛行機に乗ってどうなったのかを考えると理不尽でならない気もします。

そこそこ感動できる場面もありますが、そこまで引き込まれることもなかったように思います。

薄々感じていた通り、主演が伊藤英明だけあって、悪い作品ではないけれどもイマイチ力のない無難な作品でした。

これなら、TBSで来年あたり放送されるTV放映を待つか、レンタルで十分。

柴咲コウが主題歌を唄い、「黄泉がえり」を彷彿させる予告版のうまさには完敗ではありますが・・・。

「あだ名にその人の歴史あり。」

あだ名を辿ればその人がどのような人で、どんな道を歩んできたのかを少なからず読み解くヒントになるように思います。


僕のあだ名はいたって普通。

苗字の頭に「さん」とか「ちゃん」を付けただけのシンプルなあだ名です。

小学校の低学年の頃は「ちゃん」だったのが、気づいたら「さん」に変わっていたのが未だに不思議で仕方ありません。

一体、誰が「さん」に変えたのか今ではわかりませんが、あだ名には必ず最初に呼び始めた名付け親がいるのは当たり前のことですよね。

その名付け親の何気ない思いつきやセンスを背負って生きていかなきゃならないことを考えると、あだ名をつける人は重要な役割を担っているわけです。

今では普通に呼んだり、呼ばれていても、始めは違和感があったり、定着するのに時間がかかりますよね。

なかには、定着せずにホンの一瞬で消えていくあだ名もあります。

考えてみると、オーソドックスな形なのが、苗字なり、名前から由来するもの。

苗字や名前の後に「○○ちゃん」や「○○さん」、「○○ッチ」とか、「○○チン」が付くタイプですね。

あと、のりぴーに影響されたのか「○○ぴー」なんてのもあります。

僕の友達には「○○コ」が付く人もいます。

本当に様々な言葉が後ろに付くもんです。

次に多いのが、キムタクに代表されるように、名前を略したりする形でしょうか。

松平健のマツケン。後藤真希のゴマキ。

これは、略してもキレのよい響きにならない人の場合はイマイチになりがちです。

また、特定の名前の人が呼ばれるあだ名もありますね。

例えば、キョウコさんが「○○キョン」とか、ミホさんが「ミポリン」、最近ではミキさんが「ミキティ」とか。

これは言うまでもなく、アイドルや芸能人がマスコミュニケーションなど間で親しまれている愛称から由来されていますよね。

これまで挙げたあだ名は名前を聞けば、少なくとも呼ばれている理由がわかります。

けれども、悲しくも長い年月であだ名が変化して、他人が聞いても全くもって意味が通じないのも珍しくないです。

他には見たまんまのイメージで付けられたり、誰かに似ているからという理由で付けられたあだ名もありますよね。

『太陽にほえろ』のスニーカーとかGパンとかですね。

よく耳にするものとしては、メガネをかけているから「メガネ君」、重そうなバッグを背負っていたら「亀仙人」。。

劇団ひとりに似ていれば「ひとり」とか、武蔵丸のそっくりさんで「武蔵丸」というのもそうです。

プードルに似ているから「プードリアン」になると無駄に語尾が変化する活用まで飛び出します。

形は違えど似たようなケースとしては、日常のエピソードから発生したもの。

例えば、好きな娘のリコーダーを舐めた少年が「リコーダー仮面」って呼ばれていたのを覚えています。

でも、こういうあだ名はどこか皮肉というか、カラカイの念が少なからず込められているように思います。

それは、決してネガティブな表現だけでなくポジティブな表現であっても同様だから難しいところなんですよね。

一番いいのは、その人が呼ばれたいあだ名で呼んであげることなんでしょうが、個人的にはあだ名は他人が付けるものであって、自分で呼んでくれと頼むものではないと思ったりします・・・。

ましてや、そういうあだ名に限って、その人に合わないものであったりするんですよね。

菊川怜が高校時代にレイチェルって呼ばせていたと聞いたことがありますが、意味わかりません。

親しみを持たせるためや、お互いの距離を短くするのに付けているあだ名だからこそ、そこには人間関係を探るための深いヒントが隠れたりするんです。
そういう意味では、あだ名はコミュニケーションを築く上で重要な位置づけにあるんですね。

そして、築くだけでなくその場の人間関係、雰囲気を読むのにも大いに役立つことは言うまでもないです。

まぁ~、少なくとも仲の良い友達に「うんち君」なんていうあだ名を付けないでくださいね。

何年経っても根にもたれますから(笑)

ていうか、俺が名づけたんじゃないんだけどな~。

久々の更新です。。別に書くネタがなかったわけじゃないんです。

映画もチョイチョイ観てますし、夏は色々な場所に出掛けたで、それはそれは面白いことばかりだったんですけどね。

でも、やっぱりパソコンに向かって文を書くのって意外と大変なんだな~。って思います。

てなわけで、なぜに久々の更新なのかと言うと、サッカーのリーグ戦の全日程が終わったのでチョット書いてみようかなと思ってみたわけです。

サッカーのチームメイトの多くがサッカーについて書いてるし、とりわけ面白いことも書けないので気が引けるんですけど、ここいらで素人のホンネを綴ってみようかなと思いました。

正直、練習試合で1部のチームと戦ったりすると、自分の限界を感じます。

例えるなら、人造人間編のヤムチャでしょうか。いや、めっきり姿を現さなくなったチャオズでしょうか。

もう、シンドイとしかいいようがないんです。

その試合のなかで相手のFWに仕事をさせないことや、巧い奴を潰したいと思う気持ちを強くもっているのも確かです。それがなければ、DFの面白さを味わうことができないし、DFをやる意味もないでしょうね。

事実、強いチームと対戦する時の前日は悟空もビックリするぐらいワクワクします。

でも、いくらその気持ちをもっていても、経験と技術の前に何もできずに終わってしまうことがほとんど。。

いわゆる、次元が違うなと感じるというのかな?!

素人があの中でサッカーをやることは予想以上に過酷なんです。

だから、こうして2部を勝ち抜いて1部に昇格するわけだけど、個人的にはそろそろかなとも思ったりします。

別にサッカーが嫌いになったわけじゃないし、もちろん、球を蹴ることは大好きです。

でも、限界。

僕はやっぱり楽しくサッカーがしたいです。

『楽しく』の意味を履き違えていると思われるかもしれないけど、僕は昔みたいな雰囲気でサッカーがしたいです。

おそらく、来年に向けてチームはさらに大きく変化していくことでしょう。

チームが変化していくのは当たり前なことだし、考え方を少しやわらかくすれば、変化に対応していくこともできると思います。

けれども、そこまでしてサッカーをする意味が果たしてあるのかな。

サッカーをするのが純粋に好きな人はこんな悩みを持つことがないだろうし、理解もできないのは承知しています。

そういう意味では、僕はサッカーが好きではないのかもしれない。

サッカーさえできる場所があればいいとは思わないわけだから・・・。

結局は気の知れた仲のよい友達と戯れているのが好きなだけ。

それがたまたまサッカーだっただけで、これが野球なりバスケットボールでもよかったのかもしれない。

そう考えると、こんな考え方にこだわってサッカーを続けている人がチームの変化を止めるわけにはいかないわけで、純粋にサッカーをしたい人の機会を奪ってはいけないと思ったりする。

だから、チームの存続を考えるなら増員するべきだし、それによって生じる問題には目をつむるべきだろうね。

そんなわけで、他人事のように1部に向けてチームはどうなっていくのか楽しみではあります。

まぁ~、ひとつ言えることは僕が考えるミシャライ狭山がそこになくなった時、ユニフォームを脱ぐ覚悟はできているということ。

とは言え、2部が終わって振り返ってみるとシンドさや不安を全然感じることがなかったんですよね。。

色々と挙げれば課題はたくさん出てきますが、個人的には楽しく終えることができました。

なんせ、3ゴールもあげることができたんですから・・・。

本当に今でも夢のようで、信じられないですよね。

やっぱり、サッカーの醍醐味は得点なんだな~とつくづく感じたリーグ戦でした☆

って、自分だけよければそれでよしかい。。

結局、最後の最後で説得力がない文章になってしまった~(笑)
大人にならなきゃいけないけれど、僕の心は硝子の少年時代。Stay with meです。

今日は日本武道館までaikoライブ『Love Like Pop Vol.9 何度やっても嬉しい追加公演。トロ~ン』を観に行ってきました~♪

5月にNHKホールで行われたLLP9の思い出も冷め遣らぬ内に、こうして追加公演に行けるなんて幸せもんです☆

LLP9ツアーから曲目がガラリと変わっていて、全く新しいライブ内容となっていました。

今回のライブでは、『カブトムシ』を生で聴けたことが最高に感動しました。aikoの歌声を聴いた瞬間、鳥肌が立ちました。

あんな昔の曲から、こんな最新曲まで・・・。とにかく盛りだくさんの内容でした。

本当にaikoのライブは力強い!聴かせる部分あり、一緒に汗を流す部分あり、そして、ファンとの掛け合いやオモシロイMC。

そして、とにかくアットホームなんです。aikoはファンからの声援にひとつひとつ答えていて、「会場にいるみんなを勝手に友達だと思い込んでいる。」と話してたけど、本当にファンとの間に垣根がないんだよね。

会場全体がやさしい空気に包まれている感じなんです。

この時間が一生続けばいいのにと思うぐらいに“魔法”が掛かった空間、時間を堪能することができました。

そもそも、僕とaikoの出会いはというと・・・、意外と世間がaikoを認知したのと同じ時期なんです。

TBSの『ワンダフル』のCDランキングで『花火』の映像を観たのが初めてで、「何とも、小っちゃな娘がオーバーオールを着てんな~。」と思ったのを今でも覚えています。

そんな僕がaikoを永遠のアイドルとして崇めるようになったキッカケが、aikoがやっていたラジオ番組の『aikoのオールナイトニッポン.com』(以下、ヌルコム)です。

ヌルコムとの出会いは偶然で、寝る前にいつものようにラジオをつけてみると、関西弁の人が話していたんです。

「誰?」と思いながらも聴き続けていると、それがオモシロイこと・・・。

僕は瞬く間にそのパーソナリティのトークに引き込まれていきました。

そして、そのパーソナリティこそ、aikoだったのです。

確か、僕が聴いたのは第2回だったかな?

とにかく、その時にラジオを消していればaikoとの出会いはなかったのかもしれません。

そして、3年近く聴き続けたわけですが、aikoのラジオは特別なものを感じながら聴いていた気がします。

と言うのも、番組は様々なコーナーがあって楽しいのはもちろんなんだけど、何よりもaikoとスタッフ、そして、リスナーが温かく繋がっている気がしたんです。

リスナーからのハガキは自分と同様の悩みや、形は違うけれども、様々な話しが紹介されます。

全くどこの誰かもわからないリスナーだけれども、そのハガキを聴いて自分のことのように考えるんです。不思議に身近でいられたんですね。

丁度、高校生だった僕は、辛いことがあったり、色々と悩んでいたりと、本当に荒んだ日々をおくっていたわけで、そんな時期に聴いていたからこそ、そう感じたのかもしれません。

そして、リスナーからのハガキに真剣に向き合って答えるaiko。

ラジオはテレビと違って、パーソナリティと個人との距離を近く感じることができる放送媒体で、声しか聴こえてこないけれど、その声からパーソナリティの人間性というか人柄が伝わってくるんです。

そういう意味では、番組を通じてaikoのパーソナルな部分を好きになっていったんだと思います。

そんなラジオをきっかけにして、aikoの曲を聴き始めたわけですが、メロディもさることながら、詞の世界に打ちのめされたんです。

aikoの詞に描かれている感情は様々なものがあって、人間だからこその感情が表に裏にと綴られているようで心を擽られるんですね。

だから、aikoの曲は歌詞を読みながら、そのひとつひとつのフレーズを噛締めながら聴くと最高なんです。

文章能力がないので、イマイチ伝えきれない自分が情けないのですが、色々と考えたり、悩んだり、一生懸命であったりと本当にその姿が意地らしくて、微笑ましくて・・・。

そして、僕が常々思うのは、「aikoを好きな人に悪い人はいない。」です。

この世界観に共感できる人に悪い人は絶対にいない!と思うわけです。

とにかく、武道館に来ている人しかり、ラジオのリスナー、aikoの曲を聴いている人と全ての人が日々、色々な生活をおくっていると思うんですが、みんな一生懸命に生きてるんだろうなって思うと僕も頑張ろうなんて思います。

そんな元気をあたえてくれるのがaikoなんです。僕はつくづくaikoに感謝したいと思いますね☆






今日は、友達の誘いで二子玉川までフットサルをしに行ってきました。

久々の再会とともに、球を一緒に蹴れたのはとっても楽しかったです。

それと、二子玉川に初めて行ったんですが、雰囲気がいい街ですね。

友達の住む三軒茶屋も同様に色々な表情がある街というんでしょうか。

ちょっとした住宅街の中にもオシャレなお店があったり、新しくもありながら懐かしい風景にも出会えたりと歩いているだけでも気分が楽しくなりました。

街を歩いている人もどこか“セレブ”な感じです。

ファッションに気を使っている人も多いような気もします。

フットサル場にいたチビッコ達も普通に海外のクラブユニフォームを着てキメてるんですよ!

地元のチビッコはせいぜいユニフォーム風のTシャツがいいところです。。

さすが、世田谷ですね。

そういえば、「埼玉県民は東京都民よりも東京に詳しい。」

こんな言葉を聞いたことありませんか?

やけに路線図に詳しかったり、観光名所の位置とか歴史とかまで知っていたりなんて人いますよね。

もっと凄い人だと、地名の由来とかまで知っていたりなんてこともあります。

何ていうか、埼玉の人って結局は東京が好きなんですよね。

ある意味で憧れているというか・・・。

だから、自然と東京の知識を頭に入れている気もします。

事実、僕も別に東京に大して行くことないのに、東京の地図を何冊も持っています。

まぁ~、実際のところは、多くの埼玉県民の通勤や通学先が東京だから、自然と生活圏になっているからかもしれませんね。

あと、もうひとつの理由としては東京の人が自分の住む町以外のことをあまり知らないからってこともある気がします。

昔、東京に住む友達が「23区以外も東京なの?」って言っていたのを正しく教えてあげた覚えがあります。

全ての東京都民がそう思っているなんてことはないと思いますが・・・。

それほど、東京は便利なところで遠出をしなくとも必要最低限のことを済ますことができる環境ということなんですね。

まさしく、華の大都会、コンクリートジャングル東京!

こんな眠らない街に夢を求めてやってくる人、夢破れて故郷に帰る人。

今日も人の出入りが絶えることがないんでしょう。。

何ていうか、上京物語?!はたまた、トキワ荘的なノリとでも言いますか、まさしく青春って感じです。

確かに東京での一人暮らしには憧れます☆

僕も将来はこんなオシャレな街に住んでみたいと思ったりしました。

でも、僕みたいな人間は一生同じ土地から離れることがないのかもしれません。

なぜって?それは彼らのようにギラギラとした夢を持っていないからですかね。

現実でも、都内に向かうどころか、山に向かって車を走らせていますし・・・(><)

今となってはそれはそれでいい気もします。

どうもがいても、結局は田舎っぺですから。

あぁ~、今日も空気がおいしいわ~(笑)

「宇宙戦争」(05年・米)

監督:スティーブン・スピルバーグ

出演者:トム・クルーズ、ダコタ・ファニング、ティム・ロビンス、ミランダ・オットー、他

上映時間:127分

評価点7/10

コメント:この映画を観ての印象を言うのであれば、「絶望感」でしょうか。

冒頭から中盤にかけて、突然の襲撃に状況が把握できず、ただ戸惑い逃げ惑うしかない人々。ダコタ・ファニング演じる娘の「テロ?」というセリフが、何よりもこの映画の根底にあるものを表しているような気がします。この映画に絶望感と恐ろしさを感じてしまうのは「9.11」があったからこそなんでしょう。

当時の記憶があるからこそ、映像を観ている者にもその恐怖が存分に伝わったのだと思います。

また、そんな中で家族を守るために一生懸命な父親を演じるトム・クルーズが素晴らしい。

宇宙人との戦いを望む息子を必死に止めようとする場面は最高でした。

それにしても、宇宙人の存在がイマイチな気もします。視覚だけで人を探知したり、音を聞き逃したりと、圧倒的な力をもっているわりにどこか物足りない感じがしてしまう。

前半の正体のわからないなかでの恐怖感は凄かったけれども、宇宙人の姿がわかってからの後半はソコソコの内容になってしまっているように思います。

昔、H・ウェルズの「宇宙戦争」をラジオドラマで流したところ、本当に宇宙からの侵略が行われていると勘違いして、一部の人が避難をはじめたという話しがあるように、現代の人もこのリアルで迫力ある映像を観て、避難を始めてしまうかもしれませんね。

とにかく、前半の「絶望感」と「恐怖感」を味わえるだけでも十分価値ある映画だと思います。