スイスからお届け!
痛み、不安、恐怖にフォーカスした人生から
ワクワク輝く未来へ
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世界で暮らす素敵な人々
スイス編をお伝えします。
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今回は明美さんの主催するグラット女子会
で知り合いになり
私の今年7月20日のイベントで
↓
折り紙コーナーをお手伝いして下さった
Seiler のりこさんをご紹介させて頂きます。
のりこさんは
スイスのドイツ語圏に
住んでおられますが
スイスに来るきっかけは
フランス語留学であったり
今は生き甲斐となる
日本語教師の仕事をしながら
趣味も多彩な方です。
そんな彼女の
生き方に
とても惹かれ
インタビューが進むうちに
彼女の思いや
感じていたことを
聞くことが出来ました。
それでは
インタビュースタート!
Q:スイスはいつから在住?
A: 結婚したのは1994年の春です。
Q:スイスに来る前は何をされていましたか?
A: 大学を卒業して
ソフトウエア開発の会社に
システムエンジニアとして就職していました。
今で言うITです。
独立系のソフトウエアの開発の会社で、
特に大学で専門で勉強してきていないので
プログラミングやシステム設計の基礎を
3カ月の研修期間で大学で専門的に勉強してきた人たちと
同じレベルまで習得しないといけなかったので苦労しました。
研修後現場に配属され
プロジェクトの中で引き続き
プログラミングやシステム設計の
仕事を覚えて行きましたが
仕事をしていくうちに
この仕事が好きでないことに気づきました。
周りのコンピューター関係のことを勉強して
就職してきた同僚が
好きで興味があることを
仕事にしているのが羨ましかったです。
そしてこの仕事の分野が好きでないのに
このまま続けられないと気づき
1年間のフランス留学を決意しました。
その会社に4年ほど働き続け留学資金を貯めました。
Q: どうして留学しようと思ったんですか?
A:人生の軌道修正は
日本では出来ないと思ったからです。
Q: どうしてフランスに行こうと思ったんですか?
A:学生時代にフランス語を少し勉強し
子供のころ、フランスが好きで憧れていたのもありました。
Q:フランスへはいつ留学されたんですか?
A:1991年1月でした。
ちょうど湾岸戦争が勃発した日の
翌日に日本を発ちました。
周りは心配していましたが飛行機も留学も準備していたので
予定通り飛び立ちました。
飛行機はけっこうガラガラで
4席を一人で使えてラッキーなフライトでした。
旦那様との出会い
Q:ご主人とはもしかして
フランスで知り合ったんですか?
A:南フランスの語学学校で知り合いました。
Q:すごい。もしフライトをキャンセルしていたら
旦那さんと巡り合えてなかったと言うことですね?
A:そうですね。(笑)
Q:フランスではどんな滞在でしたか?
A:最初の3ヶ月は南フランスの語学学校に通いました。
その後リヨン、そしてパリの学校で学びました。
南フランスで知り合った彼は
スイスに戻りましたが
リヨンにいる時に寂しくなって
電話をしました。
そして1991年の6月に
初めてスイスの彼のところに遊びに行きました。
Q:その後はどうされたんですか?
A:フランスでもっとフランス語を勉強したかったんですが
学生滞在許可証がもらえなくなりそうで
1992年2月に
スイスに来て彼と同棲生活をスタートしました。
今度はドイツ語を勉強し始めました。
と言っても学校に通ったのは半年ほどでしたが。
実はこのスイス滞在中に彼から
プロポーズされました。
でも一回日本に帰って考えたい。
と伝えて
1992年の12月に日本に帰国しました。
Q:それから日本でどうされたんですか?
A:実家に帰って仕事を探そうと思ったんですが
そのまま日本でずっと暮らすのか
結婚してスイスで暮らすのか
を決めないと
どんな仕事を探していいのか
決められないと思いました。
それで、とりあえずのバイトを探していたのですが
学生時代からずっと家を離れていたせいか母が優しくなっており
すぐ働けと急かされることもなく、むしろ一緒に旅行に行ったりして
いい時間を過ごさせてもらいつつ、どうしようかなと…。
Q:彼とはどうなったんですか?
A:彼は毎週のように電話してきて
「いつスイスに帰ってくるの?」
いつも聞かれていました。
それで夏くらいに結婚を決め
1993年12月結婚のためにスイスへ。
1994年3月に籍を入れ
4月に教会で式を挙げました。
実は結婚する時に旦那に条件を出したんです。
Q:どんな条件だったんですか?
A:
1最初の子供は日本で産みたい。
2毎年日本に2ヶ月里帰り。
3旦那に日本語も勉強して欲しい。
2つ目は上の子供がスイスで小学生になるまでは
毎年子供と2カ月帰ってました。
小学校ではさすがに2カ月も休ませることができず
それからは毎年2、3週間になりましたが。
3つ目は守ってくれませんでした(笑)
実はスイスに来て結婚の準備をしている間に
最初の子供を妊娠しました。
スイスの健康保険に加入する前に妊娠してしまったので
保険が適用されないことがわかり
日本に予定日の2ヶ月前に里帰りして出産しました。
1994年9月に娘が誕生しました。
そして1994年12月クリスマス前に
スイスに母子で戻りました。
娘が今25歳で
その後生まれた息子は21歳です。
Q:日本語教師はいつからされているんですか?
A:息子が幼稚園に入る前
職探しを始めて、事務職やIT関係に応募したところ
コンピューターの経験とフランス語の経験で
IT関係の会社の面接まではこぎつけたのですが
100%を求められたので採用になりませんでした。
そのタイミングに
日本人の友人がミグロの日本語のコースをSt.Gallenで教えていて
その女性が日本に半年ほど帰国している間の代理を探していました。
日本語教師の経験はありませんでしたが
その時に初めて日本語を教えました。
今から16年前のことでした。
Q:日本語教師の仕事は前から興味があったんですか?
A:フランスに留学する前から
日本語教師という仕事に興味はあり、
それも留学したい理由の一つでした。
留学の際には学習者の気持ちを
まず体験しようと思いました。
Q:日本語教師の活動の魅力は何ですか?
A:日本語を外国語としてみるのも新鮮です。
新しいクラスが始まると新しい人、生徒の出会いがあります。
クラスを辞めても繋がりが続いていくこともあります
自分から外に出なくても
向こうから色んな人達が生徒として来てくれます。
日本語を教えることで
逆に知らなかったことを生徒さんから
気付かされることもたくさんあります。
Q:現在日本語はどこでどのくらい教えているんですか?
A:St.GallenとWinterhurのミグロで週に夜3、4回教えています。
それ以外でもプライベートでも教えています。
Q:日本語を教えるにあたり気をつけている点がありますか?
A:最初に日本語を習う目的を聞くようにしています。
漢字を好んで学びたい人、ただ話せたらいい人
とそれぞれです。
だからクラスの中でも個々に対応することもあります。
新しい文法を導入する時や生徒から質問があった時など
ただ新しい文法を提示したり質問にすぐ答えたりするのではなく
例文を提示したり、答えを導き出せるようなヒントを与えたりして
生徒本人に気づいてもらうようにしています。
気づいて
考えて身につかせる
だから先生というよりサポーターですね。
Q:どう言う方々が日本語を習いに来ますか?
A:最近は若い人が多いです。
アニメを理解したいと言う
モティベーションで来る方がいます。
若い人は耳がいいですね。
スイス人は多言語を使いこなす人がたくさんいます。
日本語もそれと同じで簡単に学べるとコースに来る人がいますが
意外とつまづいて辞める人が多いです。
後、勉強方法に癖がある人がいます。
文章の全部を理解しないと次に行こうとしない人。
長くなりましたので
続きは明日お伝えします!
のりこさんの大好きな趣味の
ことなどに迫ります。
お楽しみに。
今日も最後まで読んでくださり
ありがとうございました。(╹◡╹)♡
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