良い記事でした。 『あの英単語も危険!? … http://news.ameba.jp/20130113-156/
1/14 14:02

今たまたまかぼちゃプリン作ったところ。キレイになれるかな(笑)? 『みんな大好き「プリン… http://news.ameba.jp/20130114-216/
1/16 1:52

>>ゆうすけ☆Impreza
うまいこと言った(笑)
1/16 10:09

[最近見た映画は? ]レ・ミゼラブルは5回映画館で見た!名作です!
1/19 22:44

[ワガママなのに憎めない人の条件! ]うちの娘達。可愛すぎる。くそぅ反則だあの笑顔…
1/19 22:45

[週末の楽しみは? ]深夜に映画館に『レ・ミゼラブル』見に行くこと。
1/19 22:45

[休みの日早起きできる? ]平日も無理です。
1/19 22:46

[自分から告白したことある? ]あるけど振られてばっかりだったぞ。
1/19 22:46

[最近徹夜した? ]深夜0時スタートのレイトショーで『レ・ミゼラブル』見て帰ってからも何か鼻歌したりして朝まで起きてた。
1/19 22:48

[正直めんどくさいと思うこと。。。 ]家事全般。いつかお金持ちになったら全部外注にしたい(--;)
1/19 22:49

[最後にメールした人芸能人だと誰に似てる? ]隣人のすごい若いママが、宝塚の月組娘役トップのちゃぴちゃんに似てる。
1/19 22:51

[本番に強い!]…ということにしてある(笑)
1/19 22:52

[眠れない日は○○を数える。 ]「あ」のつく言葉「い」のつく言葉「う」のつく言葉…って順番に考えてくと、わりと眠れる。応用編だと「?」のつく芸能人の名前とか色々。
1/19 22:54

以前NHKでやっていた『毎日がイタリアン』という番組でおなじみ

ジャーダ・デ・ラウレンティスの料理番組が

BSの無料放送Dlifeで放送されてたので

レシピのリンクを貼りますね。

録画を少しずつ消化している状態なので

リアルタイムで更新できなくてすみません。


邦題は『ジャーダのおもてなしレシピ』、

原題Giada at homeです。


初回放送のrock the blockという回のレシピリンクはこちら↓

http://www.foodnetwork.com/giada-at-home/rock-the-block/index.html


ちなみに今回紹介されたブルーベリーとマスカルポーネのターンオーバー

というお菓子が美味しそうだったので横着アレンジしてさっそく作ってみました。


マスカルポーネチーズと生のブルーベリーを

丸くくり抜いたパイ生地に入れて

パイ生地を半分に折って油で揚げて

粉砂糖振るだけの簡単レシピなんだけど、

うちにちょうど頂き物のブルーベリージャム(全然減らないんだ!)があって、

ジャムだとちょっと甘いからマスカルポーネだと重すぎるかなと思って

クリームチーズで代用してまぜまぜして、

更にパイ生地を解凍して丸くしてとかめんどくさい・・・

あ、餃子の皮でいいじゃん?と、餃子の皮で代用。

200度の高温でさっと揚げて粉砂糖をふりふりしたら…

おお!美味しいぞこれ!

パイ生地より軽いから何個でもいける。

旦那も子供達も大喜びで食べてくれました。

餃子の皮が余った時とかにもいいかも。

よかったらお試しあれ☆





子育てについて私なりに工夫していることはいくつかあるんだけど、
今日は名前についてのお話をしようかと思います。

うちの子供達は今のところ名前が2つあるの。
戸籍に登録してある名前の他に幼名を付けていて、
普段は主にそっちで呼んでいます。
そんなに厳密に使い分けている訳でもないんだけど、
基本的に幼名で呼んで、
世間とか対外的にきちんとしなきゃいけないことを注意する時とかに戸籍名で呼ぶ、とかそんな感じかな。

幼名は元々はお腹にいる時に呼んでいたものなんだけど、
お腹から出てきてもずっと呼んでいて、
一応今のところのプランとしては7歳くらいまでに本人が嫌がったらやめようかな、という感じ。

なぜ私が幼名っていうのを大事にしてるかっていうと…
思うんだけど、人間って一つの名前で全部脈絡を持って生きなくてもいいんじゃないかな、って。
確か養老孟司さんの本からヒントをもらった覚えがあるんだけど、
人間って色んな面を持っているし、
絶えず変化していくものでしょう?
そしてその変化は必ずしも全部人に説明できるものである必要はないし、
説明しようったって無理なのよ。

誰にも説明できない部分があるから、
誰にもわかってもらえない思いがあるから、
その人はこの世でたった一人のかけがえのない存在なの。


どんなに毎日一日中傍にいたって、
私は子供達の気持ちを全部わかる訳じゃない。
子供達は子供達なりの、自分だけの人生を毎日刻んでいる。
そして…成長していくに従って、
肉体の年齢と関係なく自分の心の中に「子供の自分」を持っていることに気付いていくんじゃないかな。

誰にも見せない悲しみや、自分だけの宝物のような喜びは
心の中の小さな子供が持っているもの。

昔のハワイの教えなんかだとその「心の中の小さな子供」のことをウニヒピリって言うんだとか。

私の意図は要は、
子供達の自分だけのウニヒピリに自分だけの名前が付いてたらいいんじゃないかな、ということ。
余計なお世話かもしれないけど、
親が子供に贈るプレゼントとしてそんなに悪くないかな、と自分では思ってます。


ちなみに何で7歳までを目安にしているのかというと、
「七つまでは神のうち」っていう言葉があって。
長女の七五三の時に調べて知った言葉なんだけどね、
子供が産まれてきてもちゃんと生き延びるのが難しかった時代、
子供っていうのは七つまでは神様のところと人間のところの中間にいるような存在だと考えられていたんだって。
小さな子供が命を落としたら
神様のところに帰っていったと見なして
悲しみを乗り越える知恵だった面もあったんだろうけど、
子育てに役立つ面もあると思うのよ。

小さな子供って大人にとって普通の話が通用しないことも多いし
大人には理解できない発想で突拍子もないことをやらかすのが当たり前な生き物。
そういう意味では、
ただの人間というよりちょっと神がかった存在。
ついでに言うと恍惚のご老人なんかも神様のところに帰ろうとしている存在なのかも。


小さな子供を育てる時に、
子供の訳のわからないところを怒っちゃいけない、
そのまま受け入れるのが大事って言われても
簡単にうまくできるものじゃないよね。
だから一つの割り切り方として、
7歳まではまぁ、恍惚のご老人と同じような扱いでいいか、という考え方を頭の隅に置いとくのも手なのかな、と。
子供が産まれて最初から気合い入れて子育て頑張らなくても、
神様のところからお預かりしたちょっと不思議なお客さん、
くらいのつもりで気楽に育ててもいいのかも。

…と、つい頑張り過ぎて混乱するタチの私は
時々そんなことを考えてガス抜きしてます。

ま、そんな訳で、
子供達を神様からお預かりしている間は幼名で呼ぶ、
くらいの感じでいいかなーと思っているんだけど
実際どうなるかなー。
とりあえず長女が7歳になった時にどうしたか、
覚えてたらこのブログでまた報告しますね。
竹信三恵子 著『女性を活用する国、しない国』という本を読みました。


国連の調査による数字とかしっかりしたデータを元に
日本の男女不平等な現状、世界各国が取ってきた対策などについて
的確に分析してある本だったと思います。
薄い本ですが、さらっと読むだけでも非常に勉強になりました。

この本がうまいなぁと思うのは、
冒頭から「男女平等は既に達成されたという思い込みが日本には根強くある」ということから始めてるところ。
私も、これってすごく重大な問題だと思っているんです。
何だろう、日本人って「法律が制定された=目的が達成された」って勘違いしている人が多い気がするのよね。
法律で決めてあるんだから従うのが当然で、
それで「結果的に」男女不平等でもそれは個人の「努力不足」で「「たまたま」そうなっただけだ、と考える人が多いのではないかと思う。

でもね。民主主義社会において法律っていうのは成立させたら終わりじゃないのよ!
法律を制定したところからスタートラインなの!

法律はあくまで入れ物に過ぎない。
国民一人一人がその入れ物に中身を入れなければ
空っぽの意味の無い入れ物にしかならない。
法律の制定がゴールだと考え続けるのなら
日本人は空っぽの入れ物を増やし続けているに過ぎないのよ。
こないだ書いた憲法についての記事とも繋がる話だけど、
日本人は法律や憲法っていう素晴らしい入れ物を空っぽのお飾りにする天才なんじゃないの?って思うわ。

従うことばかり教えられて、
自分で考えて自分の自由な意志に基づいて行動しようとするのを阻む
無言の「空気読め」圧力が社会を支配してるんじゃ、
そうなるのも無理ないけどね。


入れ物で思い出した。
話が飛ぶようなんだけどね、
しかももう6年も前の話だけど、
私、結婚式の時の引き出物をガラスのキャンディーボックスにしたの。
キャンディーボックスって言っても別に何を入れてもいいような形で、
うちは玄関の鍵入れにしてるんだけど。
何でキャンディーボックスにしたかというとね、
結婚も「入れ物」だと思ったから。
その入れ物に二人の幸せとか色んな思い出とかを詰め込んでいかなければ
結婚っていう制度はただの入れ物に過ぎない。
だからこれから素敵な時間を詰めて行けるように頑張ろう、っていう思いとか覚悟をこっそり籠めたかったの。
…まぁ、綺麗な思い出ばかりじゃないけど(苦笑)、
今のところ少なくとも空っぽではないかな。

いや、結婚ってよく「ゴールイン」って言うじゃない?
でも結婚したことのある人なら結婚式や入籍ってものがただのスタートに過ぎないって知ってる…というか思い知らされるよね(笑)?

法律も全く同じ。
こうしましょう、って決めたらそこから、その法律の目的を達成するために国民みんなで努力しなければならないの。

日本の男女不平等を是正するのはもちろんすごく大事だけど、
その目的を達成するために一番重要なのは、
「法律や決まりは誰か偉い人が決めるもので、一般人は黙って従うのが当たり前」という
誤った思い込みをどれだけほどけるか、じゃないかと私は思う。
日本人は法律や憲法や民主主義について、
「無理矢理開国させられて欧米に押し付けられたお仕着せの価値観」みたいなスタンスをいい加減脱皮して
ここらで本気で勉強し直してリテラシー上げて、真っ正面から取り組んでいかないとだと思います!

でもね、難しいことを言ってる訳じゃないの。
誰かに従わなきゃいけないっていう強迫観念を捨てて、
自分の自由な心に従って生きていいんだ、って一人一人が思えたら、
その時きっと自然に見えてくるものがあると思うんだ。


政治の問題を論じるのは難しいけれど、
政治家達がよくやるように何が正しい、何が間違っている、ってお互い非難し合うだけでは何も解決しないと思う。
私は政治に対して世の中に対して、
何が幸せか、どんな愛を誰が誰に届けられるか、
そういう目線を持ち続けていたいと思うし、
そういう思いを恐れずにブログでも発信していきたいと思っています。
民主主義社会の一員としての責任を持って。


ちょっと堅い話ですいませんでしたが、そんな感じでーす。
私の憧れのブロガー様であるコモンるみ様 からレ・ミゼラブルの記事に感想を頂いたので、
お返事代わりに記事を更新しちゃいますね(^-^)。
何せレ・ミッズのことならいくらでも語れちゃうので(笑)。

私は…この作品を見ると、
自分っていう人間を過去も現在も失敗も不運も憎しみとか嫉妬とか色んなごちゃごちゃした感情も全部含めてまるごと肯定していいんだって思えるから泣いちゃうんだろうな、って思うの。

生きてると、自分はダメなんじゃないかって思うこと、いっぱいあるよね。
あれはダメだこれもダメだって色んな人が色んなことを言って、
気が付いたらがんじがらめで自分がどうしたいのかすらわからなくなる時もあるよね。

そんな自分ごと、そのまま愛していいんだって…
本当はそう思いたいって心の底で思っていて、
その思いが溢れ出してきて涙に変わるんだと思う。

自分を心の底から愛したいって、ある意味究極の夢だよね。

だから、こんなにミゼラブルで夢破れた人達の物語なのに、
見て泣いた後、何か夢が叶ったみたいな満たされた気持ちになるんだよなー。不思議。

人が羨むような絵に描いたような「成功」を手に入れる人生だけが正解じゃない。
私っていう存在そのものも、私の中にある才能も、
神様からの素晴らしいプレゼント。
私が私らしく生きて、
神様に頂いた力を存分に使って誰かを幸せにすることが
神様への恩返しなんだと、
だから勇気を持って明日へと生きようと、
レ・ミゼラブルを見ると何か確信を持ってそう思えるの。

絶対に怪我しないふかふかのクッションが下にある安心感があって初めて
人は勇気を持って高く跳べるのよ。
人に本当に勇気を与えるものは、
励ましよりも叱責よりも、
愛なんだと私は信じているの。

どんなに生きることに絶望しても、
それでもこの世には絶望の中で歌えるこんなに美しい歌がある。
逆に、一度も絶望したことがなければ
レ・ミゼラブルの音楽の本当の美しさはわからないのよ!
この音楽の本当の価値がわからない人がいたら…
この物語の登場人物に何の感情移入もできず
ただ可哀想だなーとしか思えない人がいたら、
その人こそ可哀想な、ミゼラブルな人だと思うわ。


私はこのミュージカルに、全てのミゼラブルな人、自分が惨めだと感じている人への誠実な愛を感じるの。
そして、私もこのミュージカルみたいに、
愛を伝えられる人でありたいと思う。
私にできることはそんなにないかもしれないけれど、
自分の目の前の人に精一杯、
大丈夫だよ、怖がらなくていいよ、そばにいるよ、って伝えたい。
それで目の前の人が笑顔になったら私の人生はもう十分成功なんじゃないかな、と。


まだまだごちゃごちゃ語れそうだけど、
ま、今日のところはこんな感じで笑点お開き!

親バカだけどうちの3歳の長女は本当にしっかりしている。

1歳で言葉を覚えた時からあまり言い間違えたりしないし、

私の言うことを子供にしてはちゃんと聞く方だと思うし、

スーパーで欲しい物を買ってもらえなくても

床に寝転んでジタバタするようなタイプの子ではない。

ほっとけば一生懸命机に向かって何かを作ったりして

一人で遊んでいてくれるような大人しい子だ。

正直、私は彼女にすごく助けられていると思う。

子供を育てるのは誰にとっても大変なことだけど、

初めての子供に四苦八苦試行錯誤しながらも

私がどうにかこうにか子育てをこなせているのは

長女が本当に可愛くて良い子だからだと思っている。


だけど、初めての子供ということでたぶん

長女にすごく苦労をかけているだろうな、とも思っている。

色々我慢しているんじゃないかとか、

無理に「良い子」を作っているんじゃないかとか、

ちょっと心配になったりもする。

そんな長女が今日、「わたし、あかちゃんになっちゃったの」と言って

「ばーぶーばーぶー」とか意味不明語を喋ったり

「だっこー」なんて一言も言わずに私の膝によじ登ってきたり、

挙句、下の子がミルクをもらっているのを見て

「わたしもミルクのむの」と言ってミルクを欲しがった。

私は久し振りに長女を膝の上に抱いて哺乳瓶からミルクを飲ませた。

娘はとても嬉しそうにミルクを飲み干し、おかわりをねだった。


最初の子育てで訳がわからずいつも混乱していた頃、

私はいつも長女が早く育ってくれないかな、早く喋ってくれないかな、とばかり思っていた。

長女もたぶんそのプレッシャーを感じていたんだろうと思う。

長女が大きくなって次女が産まれて私自身少し余裕が出てきた時、

長女のことを赤ちゃんの時もっと可愛がってあげればよかったと、とても後悔した。

夫や周りのママ友は「すごく可愛がってたよ」と言ってくれるけど、

自分の気持ちの中に、もっとリラックスして一緒の時間を楽しんであげればよかったとか、

私の中にそういう思いが残っているのは事実だ。


だから・・・長女が赤ちゃんに戻って甘えてくれるのが今日は何だかとても嬉しかった。

赤ちゃんだった頃の彼女の姿を思い浮かべて、

大きくなっても私の赤ちゃんでいたいと思ってくれる気持ちがとても愛おしかった。

私だって33歳だからって33歳の気持ちだけで生きてる訳じゃない。

てことは3歳の彼女の中に赤ちゃんの彼女がいる限り、

私は何度でも赤ちゃんだった彼女に対してやり直しがきくってことなのかな・・・。

娘にちょっと許してもらえたって思ってもいいのかな?

なんて思ったりした。


初めての子供のことはいくつになっても初めてのことだらけで不安になったりもするけれど、

長女の大きくなっていく外見だけではなくて、

彼女の心の中にいる小さな女の子を見失わないでいたい、と思う。










せっかく何度もレミゼラブルに通っているので、
キャラ別においら的なツボとかをつらつら書いてみようかと。

フォンティーヌって昔舞台で見た時
岩崎宏美とかいかにも「お母さん」って感じの役者さんが
いかにも「お母さん」っぽい役作りでやっていたような覚えがあるんだけど、
今回の映画ではアン・ハサウェイっていう若い「女の子」という感じの役者を使ったのがすごい良かった。

まぁ私が舞台を見た頃はまだ昭和の名残の濃い時代で、
子供を産んだらもう「お母さん」になるのが当たり前で
一人の女性であることが当然のように忘れ去られてた時代で、
だから製作側も「お母さん」な女優を使ってそういう見せ方をすることに
何の疑問も持たなかったんだろうと推測する。

だけど時代は変わって
ハリウッドのトップ女優達が平気で出産育児と仕事を両立してそれが憧れられるようになった。
「子供がいるように見えない」というのは今じゃ誉め言葉。
アン・ハサウェイがフォンティーヌ役というのはそういう時代に即したキャスティングだったと思う。

フォンティーヌは最初から「お母さん」だった訳じゃない。
女の子が恋をしてその延長として子供を産んで育ててそのために過酷な運命へと堕ちていくという
一人の女性の人生の連続性を生々しく描くことに今回の映画が成功していたのは
フォンティーヌの絶妙なキャスティングによるところも大きいように思う。

しかし『夢破れて』のシーンは度肝抜かれたね。
歌い始めから終わるまで完全に顔のアップの長回し。
これで何分間も持たせられるってのは本当に凄い。
小細工無しの真っ向勝負でホームラン。
凄いです。
映画史に残る名シーンと言っていいと思う。


あと細かい話なんだけど、
原作ではフォンティーヌは奥歯じゃなくて前歯を抜かれていて
それを原作に忠実でないと批判する声もあるようなんだけど、
敢えて奥歯にしたというのは賢い判断だったな、というのが個人的な感想。

今時の技術なら前歯が無いようにCGで見せることも可能だろうし、
アン・ハサウェイという役者はもしどうしても必要なら本当に前歯を抜くことも厭わなかったんじゃないかと思う。
だけどこの作品はミュージカルで、歌をきちんと見せることが何より大事。
前歯が無くなった状態でベストな歌を歌えるかどうかと考えると、
発音の仕方や表情の作り方も含めて
満足のいくものを見せられたかどうか甚だ疑問。
あのアップだけの名場面にCGという嘘が入っていたら台無しになってたところだろうと思う。
そこまでの代償を払ってまで原作の表現に忠実にする必要は無いんじゃないかな。

あの場面の作り方はもう娼婦に堕ちるコース一直線で
歯医者と娼館のおかみ?もグルで
娼婦としての商品価値を考えてフォンティーヌの美貌を崩さない方がいいと判断したというexcuseも用意されている。
ストーリーの繋ぎ方がきちんとしてるな、と思ったし、
それで十分だろうと思った。


フォンティーヌ関連の感想としてはそんな感じです。
私はとても良かったと思います。
私確か大学の時に村上春樹ハマったんだけど、
今この映画見ながら思い出してみると…
まぁ…空虚な話やね。

主人公の「僕」って何もしとらんし。
頭の中だけの世界をここまで広げられるのは大したもんやけど、
でもそれだけ、って感じかな。
今の私には魅力を感じない。

私は物を書く人間の端くれとして
この方向だけは目指しちゃいかんな、と思う。
村上春樹にだけ例外的に許されるものであって、
これは…中2病の脳内マスターベイションの最高峰やな、と思うから。

ま、こういう作品を全否定はしないけど、
私は言葉とか感傷を弄ぶような村上ワールドとは違う生き方をしていきたい。

録画消化中。

菊地凛子は苦手生物なんだが(--;)。
何だろう。
彼女が内に持っているものが強烈で存在感があるのも認めるが、
それゆえに彼女はまだ未熟なんだろうと思う。
彼女の中にあるものをコントロールしきれていないがゆえの
変なぎこちなさがあって…
それがいいと言う人もいるんだろうと思うんだけど、
それはあくまで「時分の花」であって
彼女の中にある本当に美しいものとは違うと私は感じる。
だから彼女が彼女の「時分の花」を誇示するように演技するのは私は好きじゃない。
彼女が脱皮した時の演技を見てみたいな、と思う。


水原希子は映画初主演でこれだけ演技ができるのは凄いな。
撮り方の巧さとか監督の意図とぴったり合ったみたいなところもあるんだろうけど、
そして監督の意図をキャッチする力とかもあるんだろうけど。
そういう意味では天然の「時分の花」が花開いた感じかな。
この子は今のところ、
まっさらな子供の肌のように、つまづきを知らない天衣無縫さが最大の特徴で強味のような感じがするんだけど、
それが本当の芸事の難しさにぶつかった時どうなるかな、という興味はある。
あっさり消えるのか、たくましく再生するのか。
この子の正念場はまだまだ先じゃないかな。


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