臓腑(はらわた)の流儀 干涸びた視線 その③ | われは河の子

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まずやな、君ら西園寺大学観光文化研究会ってのはどんなサークルなんか、それを説明してもらおかいな?」御堂刑事がそう質問して、草森刑事はメモを取るペンを構えた。
「はい」
 と、答えたのは丹羽幹事長だった。
「その辺のことは僕よりここにいらっしゃる孝一郎さんや、恩田先輩の方が詳しいのですが、名前は堅苦しく観光文化研究会だなどと名乗っていますが、別に観光について研究しているわけではないのです。
 本学の学生は七割以上が京都市以外の出身者で固められており、せっかく地元を離れて京都に来たのだから、自分たちで京都を観光して楽しんでしまおうというお気楽なサークルです。3班に分かれて、普段は火曜日と金曜日の午後に活動日と称して、各班に分かれてそれぞれ好きな所を見学、観光して回ります。その他に、月1回程度、誰かの発案で、近隣への一泊程度の小旅行を敢行していますし、基本的にはそれぞれ2ヶ月間ある春と夏の長期休暇を利用して、5日から1週間程度の全体合宿と称する大旅行も行っています。
 今年の夏の合宿は信州長野県に行きました。暑くてやり切れない 京都の夏よりマシですし、北海道から九州までそれぞれの帰省先からどうやって集合場所の松本駅に辿り着くかという興味もあります。
 ということで、いわばお気軽旅行サークルといったところでしょうか?孝一郎さん、補足する部分はありますか?」
「そうやね、サークルの起源は相当古いらしく、その頃は真面目に京都の観光産業や文化について研究もしていたらしいんやけど、そのうち「歴史研究会」との棲み分けが曖昧になって来たところに持って来て、歴研が大学公認サークルなのに対してこちらは同好会ということで、徐々に差がつき始めていたところに、ここにいるさやかさんの一代前の先輩に当たる笠木さんという人が中興の祖となって、停滞していたサークル活動を打破するために、今丹羽が言ったように、こうなったら堅苦しく、実績の上がらない研究なんかしないで、もっと自分たちが京都を楽しもうと方向性を変えたんです。さやかさん、まちがいないですよね?」
 促されてさやかも首を縦に振った。
「笠木さんの代には5人ほどしか先輩はおらへんかったんですけど、皆んな仲が良く、笠木さんに逆らうことなく運営されました。といっても笠木さんのパワーは凄かったんですけど。
 どんどん企画やアイディアを出して、それを一期下のアタシたちが実行していくという感じで。アタシたちが幹部の3回生の時には1回生の孝一郎君たちに個性的で優秀なメンバーが揃たんで、アタシたちはずいぶんと楽をさせてもらいました」
「俺たちから見たら、さやかさんたちの代こそ個性的な暴れん坊ばかりの先輩ぞろいでした。
よう奢ってもらいましたし。それに比べるとその下、俺たちの一期上の先輩たちは割とおとなしめの人が多かったですね」
「一代置きに、派手な個性が集まる代とおとなしめやけど割と仲がいい年とが繰り返されるようです。僕なんか、孝一郎さんたちは怖かったですし」
「俺たちは人数こそ6人と少なかったけど、4年間を通して女子部員が一人もいなかったのが、却って結束を強めたのかな?」
「いやわかった!結構なことですな。ワシも、ここにいる草森も、高卒からの叩き上げのノンキャリアで、大学というのんを知らへんから、君たちの自由さが眩しいくらいやわ。さて、それではいよいよ本題の林崎憲剛について知っていることを何でもいいから教えて欲しい。
 住所とか出身地とかはわからないのかな?」
 そう言われて丹羽が奥のロッカーの中からブルーコピーを閉じた名簿を持って来た。
「ここに各々のプロフィールが記載されています」
 そう言って丹羽は粗末な名簿のページを繰って林崎の項を開いた。
「氏名林崎憲剛はやしざきけんご住所は京都市北区北野東紅梅町3-16高橋様方となっていますね。
 電話番号は075-○○○-××××で呼び出しです。孝一郎さん、上七軒とは天神さん挟んでごくご近所やないですか?」
「そうやな、でも俺が引退してから入部して来た奴やし、俺はほとんど知らへんのや。去年の冬あたりから道場の方が忙しかったからなおさらやけどな。どれどれ他にあいつは何を書いてあるんや?」
 孝一郎はそう言って名簿を覗き込んだ。
「実家住所、東京都品川区荏原5丁目5-15やて。なんやアイツは東京モンやったんか?」
「そういえば時たまえらい綺麗な標準語話すことありますね。そのたびに孝一郎さんの同期の赤池さんなんかに『アホ、京都の大学に来たら関西弁が標準語や⁉️』って叱られていましたけど」
「そのセリフこそ、俺が1回生の頃に4回生やった笠木さんや3回生の先輩たちに叩き込まれたことや。その赤池にしたってアイツは長野県出身で、初めの頃はなになにズラとか言って笑わせてくれたんや!」
「孝一郎君やって、入って来た時には松山千春かと思うたんやで⁉️」
 さやかが口にして皆の笑いを誘った。
「アイツは足寄の田舎者です。足寄から見たら迫館なんて大都会です。一緒にしないでください!」
「なるほどそんな理由でまぁ皆さん関西弁なわけですな?」
「はい。でも先ほども申し上げた通り、本学には純粋な京都出身者は3割、いや、それも府下を含んでですので、おそらく純粋な京都民というのは1割もいないと思います。だからみんななんちゃって関西弁なんですね。」
 丹羽がそこまで言うと、名簿の林崎の住所を二つ書き留めた草森が立ち上がった。
「丹羽君、どこかに公衆電話はないかな?」
「ドアを出て右、エレベーターホールの前に緑電話がありますよ」
 それを聞いて草森は
「ちょっと失礼します」
 とだけ言い残して飛び出して行った。

「あのー御堂さん、」
さやかが発言した。
「はいなんでしょうさやかはん?」
「刑事さんって、制服のお巡りさんが肩に着けている警察無線のマイクなんて持っていらっしゃらないのかと思いまして。いちいち本署に連絡するのは大変でしょう?現に私たちも昨日南禅寺であれを見つけた時どうやって110番しようかと焦ったんです。幸いに近くの塔頭にお坊さんがいて助かりましたけど」

「はあ、それはですな、ワシら私服刑事は身分としては普通の警察官と変わりまへん。ワシかて地位は巡査長や。けど私服刑事は犯罪捜査が主な任務なので、外見でそれとわかってはまずいケースもあるんです。そこが街のお巡りさんとの違いやな。だから制服巡査が携帯している警察無線はケースバイケースで使えるようになっているわけや。将来的に携帯できる電話が発明されて普及するようになれば助かるんですけどな⁉️」
「わかりました。ありがとうございます」
「いやいやアンタ目の付け所がええな?OLにしとくんは惜しいくらいや!」
「僕たちの自慢の先輩ですから!」
 丹羽がそう言った。

「あと他に林崎について印象的なことはないかな?覚えていること何でもええ」
 御堂刑事がそこまで言った時、光一郎が、
「そういえば丹羽、写真があるんじゃないのか?」
「写真ですか?アイツ妙に照れ屋なのか人見知りなのか、小旅行に行ってもスナップ写真なんかを撮られるのを嫌がっていましたね。
 でもちょっと待ってください、夏合宿の全体集合写真には写っていたはずです」
 丹羽部長がそう言って立ち上がりかけたのを、2回生の岬はるかが制して言った。
「ワタシが探しますから丹羽さんは刑事さんとお話しされていてください」
 彼女はロッカーの中からポケットアルバムを出して来てパラパラと中の写真を改めていたが、やがて一枚の写真を引き抜いてテーブルの上に差し出した。
「全体集合写真としてこれが一番鮮明ですね。林崎さんは最後列左端に立っています」

 見せられた写真は、どこかの旅館か民宿の大広間なのだろう、30人ほどの学生たちが思い思いの姿で一塊りになって写っていた。どうやら皆揃いのTシャツを着ているようだった。
男女比は6対4というところだろうか?思ったより女子部員が多いことに御堂は驚いた。
「どれどれ、最後列の左端ね……」
 指でたどるように一人ひとりの顔を確認して行って指が止まった。そこには確かに昨日孝一郎とさやかが証言したような感じの男が写っていた。
 ちょっと肩を傾けて、しかも少し俯き気味で正面からカメラを見つめてはいない。
 それでも櫛を入れていない長髪と、グリグリレンズのマル眼鏡越しに細い目が見える。孝一郎とキスをしながら一瞬でこれを伊達眼鏡だと見破ったとしたら、このさやかというまだ学生気分の残る美人は大した物だと御堂は思った。
 それからなるほど、鼻下に口髭はないが、元々の髭はずいぶん濃いのだろう、黒くはっきりと髭の形が剃り跡となって判別できた。
「この写真をお借りしてもよろしいかな?」
「もちろんです!」と丹羽に太鼓判を押され、御堂はそれを自分の警察手帳に挟んだ。

 その後岬からアルバムを借りて全ての写真を見てみた。松本城や軽井沢、鬼押し出しだという丹羽の解説を聞きながら、一枚ずつ目を通して行ったが、それらのスナップ写真にの中に林崎の姿は無かった。
「人嫌いなんですかね、どことなく印象が薄いですし、そういえば彼、旅行に行っても風呂に入らないんです」
「なぁにそれ汚い!」
 そう言ったのはさやかだった。
 「いや、もちろん旅行中まったく風呂に入らないというわけではない、皆と大勢で入るのを嫌っているようなところがありました。
 だから男子部員の中には入れ墨が入っているんじゃないか?などという冗談や……」
「冗談や、どないしたん?」
「はい、恩田先輩や岬さんの前では言いにくいのですが、彼は包茎じゃないのかと、だからそれを気にして一緒に入ろうとはしないのではないかと思ったんです」
「男の子ってやっぱりそんなことを気にするんやね?」
 さやかは明るく言ったが岬はるかは俯いたままだった。
「でも違ったんです。乗鞍高原の宿は民宿でしたが天然温泉の宿だったので、さすがの彼もその時だけは意を決したのか一緒に入りましたが、包茎ではなかったです。立派な物でしたよ」
 さすがに岬は
「キャッ!」
 と小声で叫んで両手で顔を抑えたが、さやかの方はポーカーフェイスだった。

「昨日もそうでしたが、班活動にはほとんど参加しませんでしたし、旅行に参加することも珍しいくらいでした。普通はその逆のパターンが多いんですけどね。

 いつもいきなりふらりとボックスに現れてボソボソとおしゃべりをして帰るというイメージの奴でした。
 ですから4回生になってもこうして顔を出してくれる孝一郎さんなんかが知る機会も少なかったんですけどね」
「なるほどそれも妙な話やな?」

 その時不意にドアが開いて一人の学生が入って来た。

「おおお、なんや、何の集会や?」
 驚いている彼を見つめて丹羽が、
「ちょうどよかった刑事さん、彼が林崎と同じ経済学部3回生の熊本泉です。班も同じですし、サークルの中では彼とは一番近しいかと」
「何や?林崎がなんかしたんか?俺は別に奴と仲がいいわけやあらへんけど、たまたま学部も班も同じなんで話す機会は多いだけや」
「熊本君、それだけでも構わない。林崎は重大事件の被疑者なんや、ともかく情報が欲しい。
 サークルにおける内部事情は丹羽君らからあらましは聴いた。それ以外のことをできるだけ詳細に話してほしいんや」
「そりゃ話せと言われれば話しますけどね、ありゃ、そこにいらっしゃるんは孝一郎さんやないですか、それに驚いたなぁ恩田先輩まで。相変わらず別嬪さんですなぁ!」
「熊本君、見え透いたお世辞はいいから刑事さんの質問に答えて!」
 熊本はさやかに一喝されれて口を開いた。

「まぁなんせ変わりモンですわ。今年3回生ですがアイツゼミを選択してへんのですわ」
「ゼミというと?」
「はい、卒業論文を書くに当たって専門的に研究活動を行う小クラスでその分野を専門にされている教授について学びます。この卒論とゼミの成績が8単位にって大きなウェートを占めているので学生はほとんどが3回生になるとゼミを選択して2年間専門的に学びますが、他の科目で卒業必修単位を満たせば、必ずしもゼミを選ぶ必要はないとはされてはいますが、それはあくまで制度上のことで、ゼミを取らないのはほんに珍しいのです」
「ほうなるほどね。つまり彼はゼミを取らなくてもいいほど優秀やということやな?」
「それがまたおかしいんです。大教室で行われる心理学や論理学の一般教養ではちょくちょく顔を合わせはしますが、本当に必要な経済原論などの専門課程ではあまり顔を合わせません。そのくせ『ここの学生はアホばっかりや』なんてセリフも平気で口にしていました。僕からしたらそんなに優秀やとは思えなかったんですけど。」
「ほう、そら確かに妙やな?」
「それからよく奴のためにバイトを取ってやりました」
「バイトをね?」
「はい、丹羽から聴いたかと思うんですが、僕らはしょっちゅう一泊程度の旅行に行っていますし、夏と春の合宿にはともかく金が掛かります。アルバイトは学生課で斡旋しているのですが、林崎は入学時に学生課にアルバイト登録をしていなかったということで、単発の祭りのバイトなんかをよく取ってやっていましたよ。
 どうせ当日バイト先に学校名と名前だけ確認すれば学生証の提示なんか求められませんからね!この秋の時代祭りでは維新勤王隊に所属して長州藩士に扮して大喜びしていましたよ。そんな祭礼行列があると必ずと言っていいほど奴のためにバイト取りを頼まれました。

 時代祭とは、春の葵祭、夏の祇園祭りと並ぶ京の三大祭りのひとつで平安神宮の祭礼になり、桓武天皇の平安京遷都から、明治維新による東京奠都までの千年を超える歴史をその時代ごとの風俗衣装に身を包んだ男女の織りなす時代行列は、紫式部など平安時代のきらびやかな女官などや平清盛をはじめとする平家の栄華、源義経や静御前、また大原女や白川女と言った時代風俗を経て幕末の動乱に至り、京都守護職の会津藩や新選組、対する坂本龍馬などの勤王の志士、そして鳥羽伏見の戦いで火蓋を切った維新勤王隊と続く物であった。

「ふーん、どうもこれまでの地味で陰気で人前に出たがらないキャラクターとは異なるような派手なバイトばかり選んでいたんやな。そして学生として一番大切な卒論とゼミを選択していない。確かにこれは変な奴ちゃな?いや、怪しい奴としか言いようがないんや!」
 御堂刑事がここまで言った時にノックもせずに草森刑事が飛び込んで来た。
「御堂さんダメです。名簿に該当する住所に下宿なんてありませんし、警視庁に照会してもらったところ帰省先とされる品川区の実家も存在しないことがわかりました‼︎」
「なんやて⁉️」
 御堂は絶句した。
          続く