前回のブログでハミルトン・フィッシュの『ルーズベルトの開戦責任』という本を紹介しましたが、この本の内容がアメリカ国内で認知される日は本当にやってくるのでしょうか。今回はこの問題を考えてみたいと思います。

青山学院大学の福井義高教授が雑誌『正論』2月号に歴史の見直しについて取り上げていますので、それを参考にしてみたいと思います。

第1次世界大戦前後ではアメリカにおいて「ドイツ悪玉論」が主要な歴史観だったのですが、意外に早くその歴史観の見直しが進みました。

「戦間期にはベルサイユ条約修正史観が、通説とまでいわれるかどうかはともかく、歴史研究の世界では確固たる位置を占めた。」

ところが第2次大戦の後には、なかなかそのようなことは進まず、現在においても少しでもアメリカの主要な史観にそむけば「歴史修正主義者」という汚名が着せられるのです。

そのようになる理由について福井教授は、第2次世界大戦後すぐに冷戦が始まったことや、「2度と第1次大戦後のような孤立主義への回帰を許さないという、米国支配層の強い意志」が存在することを理由に挙げています。

私は福井教授の答えが間違っているとは思いませんが、もう少し別の理由があると思っています。

イギリスの歴史家E H カーは『危機の20年』という本の中で自由貿易という理論がイギリスにおいて華々しく推奨されるようになったのはイギリスが自由貿易という政策を推進した後のことである、と書いています。

カーは「理論」というものはいつも「事実」の後を追っかけるものだと言いたいのだと思います。故・片岡鉄哉氏も理論というのは現実を正当化するものだと書いていました。

歴史観というのもこれと同じだと私は考えています。

アメリカの国民は第1次世界大戦の結果に大変幻滅しました。その結果ウイルソン大統領の「介入主義」は否定され、「孤立主義」的な外交にアメリカは戻ってしまったのです。

このようなアメリカ外交の実態が先にあったからこそ、意外に早く第1次世界大戦の見直しが進んだのです。

ところが第2次世界位大戦の後には福井教授のおっしゃるように冷戦が存在しましたし、冷戦が終わった後もフランクリン・ルーズベルトから始まった「介入主義」はオバマ政権に至るまで脈々と続いているのです。

ハミルトン・フィッシュの『ルーズベルトの開戦責任』が発売されたのはベトナム戦争が終了した直後の1976年のことでした。

アメリカがベトナム戦争の失敗を見直す時期にこの本は発売されたのですが、ヴェトナム戦争後も冷戦が続いたこともあってアメリカの外交の実態もそれまでとそんなに変わるものではありませんでしたから、フィッシュの本も大多数のアメリカ国民から黙殺されてしまったのです。

フーバー大統領の回顧録が発売されたのは2011年でした。この年といえば、アメリカのアフガニスタンやイラクでの失敗が明らかになりオバマ大統領がどうにかした立て直したい時期に発売されたのです。

しかしオバマ大統領も結局はこれまでの大統領と同じ介入主義者であったためにフーバー大統領の本も一部の人を除いて黙殺されてしまったのです。

これからもアメリカが介入主義的な外交を続けていくうちは第2次世界大戦の見直しが進むとは思えません。フランクリン・ルーズベルトが始めた介入主義的な外交を続けていてルーズベルトを批判することは不可能なのです。

ただ私は中東をみてもわかるようにアメリカの介入主義的な外交は破綻に近づいていると考えているので将来にアメリカで第2次世界大戦の見直しが進む可能性は十分に存在すると思っています。

アメリカの政治家であったハミルトン・フィッシュが書いた『ルーズベルト大統領の開戦責任』(渡辺惣樹訳)を読んで思ったことを書いてみます。

以前フーバー元アメリカ大統領の回顧録にも書いてあったことなのですが、アメリカの保守派はヒトラーのナチス・ドイツとスターリンのソビエト・ロシアを戦わせるべきだったのではないかと考えていて、第2次世界大戦に直接参戦することに否定的でした。

この考えは戦後においてソビエトが東欧地域を共産化させたことで強化されます。そもそも第2次世界大戦はポーランドの独立を巡って始まったのですから。

フィッシュもこの本で、「彼(チャーチル)は、ヒトラーとスターリンとを戦わせるべきであった、それができていたらヨーロッパの破壊のほとんどを避けることができたし、多くの若者が命を失うことはなかったのである。」と書いています。(264ページ)

なぜアメリカがソビエトと同盟することになってしまったのかは、ルーズベルトを筆頭に当時のアメリカのリベラル派はソビエトの残虐性が見えていなかったことに加え、フィッシュはこの本でダンチヒの問題を取り上げています。

国際連盟の保護下にあった自由都市ダンチヒは人口の90%がドイツ民族で、民族自決の原則からドイツ帝国への帰属を望んでいました。

だからナチス・ドイツがダンチヒとそれにつながるポーランド回廊の原状回復を願うことはそんなに異常でなことではないとフィッシュは主張しています。

ところがルーズベルト大統領は裏から手を回し、ポーランド政府や英仏に対してこの問題にドイツに対して強硬に対処させるのです。

フィッシュはルーズベルトに唆されたポーランド政府の判断に疑問を呈しています。

「軍事的視点からみれば、ポーランドの取った態度はほとんど理解不能である。その上ポーランドの国民は、明らかにモスクワの共産主義勢力を恐れていた。それはナチス・ドイツへの恐れの比ではなかったのである。」167頁

フィッシュはダンチヒの問題は外交的に処理できたと考えており、そうなれば「ヒトラーとスターリンは放っておけば遅かれ早かれ戦うことになる」のでアメリカがヨーロッパ方面で参戦する必要はないと判断していたのです。

では極東方面ではどう考えていたのでしょうか。

フィッシュは日本の近衛文麿首相がルーズベルト大統領に持ちかけた首脳会談を拒否し続けていたこと動機を「日本に戦争を仕掛けさせたかったのである。そうすることで対独戦争を可能にしたかった」と書いています。

「私は日本との間で相互に納得できる妥協が成立できたと考えている。日本の交易の権利を容認することで、中国及びインドシナから日本軍を撤退させることができると考えている。そうなれば日本はフィリピンと蘭印とも貿易が可能になったはずである。」
210頁

フィッシュは極東方面でも戦争の必要性はなかったと主張しているのです。

このようにアメリカの保守派が批判したルーズベルトの戦争指導の矛盾はヤルタ会談で露呈します。死期が迫っていたアメリカの大統領は正常な判断力を欠いていたようでスターリンに譲歩しまくるのです。

フィッシュは「ヤルタの悲劇はすでに歴史が証明している。東ヨーロッパが共産化し、6億の中国人が奴隷同様の生活を強いられている現実がその証である。ヤルタ会談の直接的な結果でないにしろ朝鮮とベトナムでの戦争も、キューバやチベットが共産主義の支配下に入ったことも、またアルジェリア、シリア、リビア、イラクが社会主義革化したことも、元はといえばヤルタ会談に原因がある。」と批判しいています。

日米の戦争が避けることが本当にできたのだろうかと考えたことのある人ならばこの本はとても魅力的に思えます、ただ現在のアメリカでこのような考え方を支持する人は少数でまだ歴史の見直しには少々時間がかかると思われます。









『韓国反日の真相』という本の中で著者の澤田克己氏はこれからの慰安婦問題について次のように書いています。

「日本としては、自らが不利なポジションに立たされていることを自覚しつつ、どうやったら国際社会を巻き込んで慰安婦問題を解決できるのか探るべきだろう。その際に大事なのは、国際社会の視線を常に意識しながら対応するという戦略的思考だ。」

この文章はあまりにも抽象的で私には著者の主張する解決方法を具体的にイメージすることができませんでした。

果たして国際社会の意見を反映させ慰安婦問題を解決させる方法などあるのでしょうか。

実は私が注目しているものに、韓国での米軍に対する慰安婦問題があります。澤田氏の本にはこのことについて何も書かれていませんでしたが、韓国政府がどのような立場をとるのか興味がありました。

その結果をシンシアリー氏のブログから引用してみます。

「・国家を相手に提起した損害賠償請求訴訟初公判が19日、ソウル地裁560号で開かれた。この日は被害者(米軍慰安婦)15人をはじめ、50人余りの関係者が初公判を見守った。

・政府側は、これまで無返答で一貫し、公判当日の午前になって、ようやく答弁書を提出した。

・政府側弁護人は、国家賠償が成立するには、おばあちゃん122人の一人一人が、個別公務員担当者の具体的な行為などを立証しなければならないとし、警察の黙認、ほう助、地域の保健所職員の強制検査と監禁などについて、違法行為を証明できていないと述べた。

・被害者側の弁護人は、これに「政府側は個人の具体的な不法行為にしたがっているが、これは明らかに政府が管理して組織的に運用した行為で、その違法性を問うためのもの(訴訟)だ」と反論した。

http://www.womennews.co.kr/news/78989」

これまで韓国政府は日本に対する慰安婦の問題では慰安婦が存在することが「強制連行」された何よりの証拠と主張していたのですが、米軍関係では元慰安婦たちに立証責任を求めているのです。

似たような問題にこのような「二重基準」を用いることが許されるのでしょうか。結局、米軍関係の慰安婦問題では韓国やアメリカ政府を傷つけることは嫌で、日本だけが「悪者」になればいいと韓国政府は考えているのでしょう。

私はもうこれ以上慰安婦問題で日本ができることはないと思います。

アメリカのエドワード・ルトワックという戦略家は日本が中国にとるべき政策を「領土については譲る余地をみせない。同時にこちらからは一切、挑発もしない。日本が中国に対応する際、この2点が肝心だ」と語っていますが、この方法は慰安婦問題にも適用できると思います。

すなわち「慰安婦問題で日本はこれ以上譲歩しない。しかしこの問題について一切挑発はしない。」というものです。

では、このまま慰安婦問題をほっといてアメリカの各地に次々と立つ慰安婦の銅像についてはどのように対処すれば良いのでしょうか。

この問題についても日本ができることはそんなにないと思います。

というのも、この問題はアメリカにいる韓国系の移民が本当にアメリカに「同化」しているのかという問題だからです。

アメリカのオバマ政権は外交的に日米韓の協調を求めていますので、韓国系の移民がアメリカ各地に慰安婦像を建てて日韓の仲違いに拍車をかけるようなことは望んでいるとは思えませんが、完全にアメリカに同化できていない韓国系の移民がアメリカの国益を害する行為をとっているのです。

日米関係の歴史の中で似たようなことが以前にもありました。それは日露戦争後の日本人移民排斥問題が起こった時です。

この問題の中心にいたのはアイルランド系の移民でした。彼らはアングロサクソン系から差別され職を求めてカリフォルニアにやってきたのですが、その時に少しずつ増えてきた日系移民と利害が対立するようになったのです。

アイルランド系の人々は日本がイギリスと同盟関係にあることも許せなかったのです。

時のセオドア・ルーズベルト政権はカリフォルニアの日系移民の差別はアメリカの国益を損なうと怒り心頭でしたが、日本がそのことについてアメリカに文句を言っても「アメリカは連邦制の国家などで各州に強制することはできない」という虚しい返答が帰ってくるだけでした。

これと同じ答えをケビン・メアがしていたのを見て苦笑したことがあります。『たかじんのそこまで言って委員会』という番組で司会者が「20万人の少女が強制連行されたことは嘘なのだからアメリカ政府はあの銅像を撤去できませんか」と聞かれたメア氏の答えが「アメリカは連邦制国家なので各州に強制させることはできません」というセオドア・ルーズベルト時代と全く同じ答えが返ってきたのでした。

しかし、移民国家であるアメリカが、アメリカに忠誠を誓っているのか祖国である韓国の方を向いて暮らしているのかわからない「在日」のような存在を放置することができるのでしょうか。

だから慰安婦像の問題も基本的にアメリカの国内問題であり、日本ができることには限りがあります。ただこの問題でアメリカに住む日本人などに実害が出た場合はアメリカ政府にちゃんと抗議すべきだと私は思います。

というわけで、慰安婦問題でこれ以上日本に何かができて問題が解決する方法が存在するという澤田氏の提案に賛成できかねる理由を書いてみました。