アメリカの政治家であったハミルトン・フィッシュが書いた『ルーズベルト大統領の開戦責任』(渡辺惣樹訳)を読んで思ったことを書いてみます。

以前フーバー元アメリカ大統領の回顧録にも書いてあったことなのですが、アメリカの保守派はヒトラーのナチス・ドイツとスターリンのソビエト・ロシアを戦わせるべきだったのではないかと考えていて、第2次世界大戦に直接参戦することに否定的でした。

この考えは戦後においてソビエトが東欧地域を共産化させたことで強化されます。そもそも第2次世界大戦はポーランドの独立を巡って始まったのですから。

フィッシュもこの本で、「彼(チャーチル)は、ヒトラーとスターリンとを戦わせるべきであった、それができていたらヨーロッパの破壊のほとんどを避けることができたし、多くの若者が命を失うことはなかったのである。」と書いています。(264ページ)

なぜアメリカがソビエトと同盟することになってしまったのかは、ルーズベルトを筆頭に当時のアメリカのリベラル派はソビエトの残虐性が見えていなかったことに加え、フィッシュはこの本でダンチヒの問題を取り上げています。

国際連盟の保護下にあった自由都市ダンチヒは人口の90%がドイツ民族で、民族自決の原則からドイツ帝国への帰属を望んでいました。

だからナチス・ドイツがダンチヒとそれにつながるポーランド回廊の原状回復を願うことはそんなに異常でなことではないとフィッシュは主張しています。

ところがルーズベルト大統領は裏から手を回し、ポーランド政府や英仏に対してこの問題にドイツに対して強硬に対処させるのです。

フィッシュはルーズベルトに唆されたポーランド政府の判断に疑問を呈しています。

「軍事的視点からみれば、ポーランドの取った態度はほとんど理解不能である。その上ポーランドの国民は、明らかにモスクワの共産主義勢力を恐れていた。それはナチス・ドイツへの恐れの比ではなかったのである。」167頁

フィッシュはダンチヒの問題は外交的に処理できたと考えており、そうなれば「ヒトラーとスターリンは放っておけば遅かれ早かれ戦うことになる」のでアメリカがヨーロッパ方面で参戦する必要はないと判断していたのです。

では極東方面ではどう考えていたのでしょうか。

フィッシュは日本の近衛文麿首相がルーズベルト大統領に持ちかけた首脳会談を拒否し続けていたこと動機を「日本に戦争を仕掛けさせたかったのである。そうすることで対独戦争を可能にしたかった」と書いています。

「私は日本との間で相互に納得できる妥協が成立できたと考えている。日本の交易の権利を容認することで、中国及びインドシナから日本軍を撤退させることができると考えている。そうなれば日本はフィリピンと蘭印とも貿易が可能になったはずである。」
210頁

フィッシュは極東方面でも戦争の必要性はなかったと主張しているのです。

このようにアメリカの保守派が批判したルーズベルトの戦争指導の矛盾はヤルタ会談で露呈します。死期が迫っていたアメリカの大統領は正常な判断力を欠いていたようでスターリンに譲歩しまくるのです。

フィッシュは「ヤルタの悲劇はすでに歴史が証明している。東ヨーロッパが共産化し、6億の中国人が奴隷同様の生活を強いられている現実がその証である。ヤルタ会談の直接的な結果でないにしろ朝鮮とベトナムでの戦争も、キューバやチベットが共産主義の支配下に入ったことも、またアルジェリア、シリア、リビア、イラクが社会主義革化したことも、元はといえばヤルタ会談に原因がある。」と批判しいています。

日米の戦争が避けることが本当にできたのだろうかと考えたことのある人ならばこの本はとても魅力的に思えます、ただ現在のアメリカでこのような考え方を支持する人は少数でまだ歴史の見直しには少々時間がかかると思われます。