第一次世界大戦はドイツ、オーストリア、イタリアの3国同盟とイギリス、フランス、ロシアの3国協商の争いだったのですが、ケンブリッジ大学のドミニク・リーベン教授によれば争いの中心は東側で起きたことであり、特にドイツとロシアの戦いを中心にすえるべきだとその著書『炎に向かって』で主張しました。
そしてドイツとロシアの争いの源にウクライナの問題を挙げるのです。第一次大戦の東側においてドイツは勝利し、ブレストーリトフスク条約でロシアに対してウクライナの独立を認めさせましたが、結局はドイツが第一次大戦に負けてしまいブレストーリトフスク条約は無かったことになってしまいます。
ドイツに負けたロシアでもウクライナはロシア帝国にとって不可分のものと思っており、共産主義ソビエトになってから再び取り戻すのですが、ソビエト連邦が崩壊すると再びウクライナは独立を果たすことになります。
しかしながら現在ロシアのプーチン大統領により再びちょっかいを出されているのです。
私はこのようなリーベン教授の解釈を読んで真っ先に思ったことは、この第一次世界大戦の東側におけるドイツとロシアの争いはあまりにも日本と中国の争いに似ているのではないかということでした。
リーベン教授はロシアがドイツと戦った結果を次のように描写しています。
「この戦争の結果到来したものは革命、内戦、2回の飢饉、集団化、そしてボルシェビキ独裁とテロであった」
ここに書かれている「ボルシェビキ独裁」を「毛沢東独裁」に変えるだけでこの文章は日中戦争の結果と重なってしまうのです。
さらにドイツとロシアの争いの元になったウクライナの問題は日本と中国の間で問題となった満州帝国に相似しているのです。
違いといえばウクライナがドイツとロシアの戦争の結果独立を果たしたのに対して、満州は日本が先に独立させたことが日中の戦いの火種になったことでしょうか。
もしリーベン教授の解釈が有効で私の類推が当てはまるのならある仮説が成り立ちます。
ロシア革命は1917年に起こり、中華人民共和国が成立したのは1949年になります。ヨーロッパとアジアでは似たことが起こるのに32年の開きがあるのです。
そしてソビエトが崩壊したのが1991年でしたからそれに32を足すと2023年が中国共産党が崩壊する年と予想できるのです。
本当にこの数字は信用に足るものでしょうか?
ソビエト連邦が崩壊する以前にそれを誘発した2つのエポックメーキングな出来事がありました。
一つは1978年から始まったアフガニスタン侵攻でもう一つはソビエトが1976年からSS20という中距離核弾頭ミサイルを配備したことでした。
このような強硬な政策を突然ソビエトがとったために、それまでデタント(緊張緩和)政策をとっていた西側は急激に態度を変えたのでした。
翻ってこんにちのアジア情勢を振り返ってみれば、緊張の元になっているのは中国の不法の海洋進出であり、これまた中国の同盟国の北朝鮮の核開発や弾道ミサイルの火遊びなのです。
やはりヨーロッパで起こったことが30数年後に起こるという仮説はそんなにでたらめではないようです。
すなわち現在の中国、北朝鮮の強硬な政策は彼らが崩壊する序曲なのです。日本は冷静に推移を見ておけば良いのです。
