私は以前からこのブログでアメリカが中東において最も民主的なイランといがみ合い、逆に最も反動的なサウジアラビアとずぶずぶの関係にあることがいかに中東の不安定化に貢献しているかを力説してきましたが、今回エマニュエル・トッドの『問題は英国ではないEUなのだ』という新刊において彼も同じことを指摘しているのでそれについて書いてみます。
トッドは「理解に苦しむのは 、アメリカとスンニ派との関係です 。イスラム教のスンニ派は人類学的に西洋から最も遠く 、むしろシーア派の方が近いからです 」と西洋の本来の趣旨からもアメリカがイランと親和性があり、サウジアラビアとは敵対的な関係のはずだと指摘しています。
イランには議会が存在し、それは民主的な方法で選ばれていますし、大統領も制限付きですが選挙において選ばれています。ところが選挙で選ばれた大統領に軍隊の指揮権が存在せず、軍隊を指揮できるのは宗教指導者なのです。そのことが現在の西側における民主主義の観点から逸脱している点です。
このイランの政体は戦前の日本の体制に酷似しているのですが、そのシーア派のイランについてトッドはシーア派はイスラム教の「プロテスタント」であることを指摘してさらに次のように言っています。
「シ ーア派のイランは 、イスラム革命を成し遂げましたが 、あれも 『民主的な』宗教改革と見ることができます 。人類学的 ・文化的に見て 、イラン人は西洋人に近く 、国家建設の伝統をもっています 。ですから 、アングロサクソンの歴史のなかで育った人間ならば 、シ ーア派の方に親近感を覚えるはずなのです。」
ところが現実にそうなっておらず、アメリカはイランと敵対しサウジアラビアと友好関係を維持しているのです。
なぜそのような価値の転換が起こったかについてトッドは、「アメリカの寡頭政治とサウジアラビアの寡頭政治の間には 、何らかの共通性 、内的な共感 、隠れた親和性が存在するのではないか ?」という疑問を提起しています。
トッドのいうことを私なりに推測するとアメリカの政治的に有力な家系、例えばブッシュ家がいくらイランの宗教指導者と親密な関係になっても、イランでは政経分離が進んでいるのでお金を媒介とする利益はあまり期待できません。
ところが、サウジ家の有力者とブッシュ家が付き合えば、サウジでは全く政経分離が進んでいないので、かなりの富がブッシュ家に還流してくるというわけです。
つまり、アメリカのエスタブリッシュメントの「強欲」が人類学的な見地から逆らってサウジアラビアとの友好関係を存続させるというのがトッドの意見のようなのですが、私もある程度納得がいきます。
実はアメリカがサウジアラビアと親密な関係を結び、イランと敵対的な関係を続ける原因の多くが戦前戦後を通じてアメリカが日本より中国を大事に思う理由とかなり重なる部分があると思われるので次回はそれについてかいてみます。
