イスラム革命防衛隊の歴史についてニューヨーク・タイムズに良い記事が出ていたので紹介したいと思います。著者はNarges Bajoghliというイラン系の人でジョンス・ホプキンズ大学で准教授をやっているようです。

https://www.nytimes.com/2019/06/30/opinion/trump-iran-revolutionary-guards.html

 

「ホメイニ師がイラン革命を行ったときに、彼はそれまでの国軍であるArteshを信頼せずに、革命防衛隊をイランの革命を支えるものとして発足させ、Arteshは国境警備隊のような役割を担わせたのである。」

 

そして「イラクの侵略による8年にもわたるイラン=イラク戦争により革命防衛隊は陸、海、空軍を持つ巨大な軍隊に成長していった。」

 

ホメイニ師は革命防衛隊が政治に関わることを固く禁じていたのですが、イラン・イラク戦争後のインフラを復興するために革命防衛隊は駆り出され、イランの中で「最も裕福な機関」になったと書かれています。

 

ここでイスラム革命防衛隊の転機となる事件が起こります。それが2009年に起こったグリーン運動でした。この事件についてはこの記事では詳しく書いていないので、私がどのような事件だったか解説してみます。

 

たしか強硬派のアハマニネジャド大統領が2期目を狙おうとする選挙で、改革派はムサビという候補を応援していました。

 

選挙の結果、アハマニネジャドの再選が決定したのですが、改革派は選挙で不正があったと訴えて激しいデモを繰り返します。

 

本当に選挙で不正があったのかは私にはわかりません。Going To Tehran というアメリカ人の本ではアハマニネジャドは地方の農民の間に根強い人気があり、不正は無かったと書いていました。

 

ただこのデモを革命防衛隊が弾圧したことで、イラン国内に激しい分裂と弾圧を命令したハネメイ師の権威の低下という深刻な問題を突きつけたのです。

 

ただイランはこのような国内問題の分裂を抱えながらも、アメリカとの核合意を締結できたのは特筆に値します。

 

アメリカと交渉したロウハニ大統領も偉かったのですが、それ以上に宗教指導者のハネメイ師がアメリカを全く信じていない強硬派を必死になだめていたことがアメリカとの合意を可能にしていたのです。

 

しかし、トランプ大統領の一方的な合意離脱が全てを台無しにしてしまったのです。

 

日本の安倍総理がイランのハネメイ師と会談した後に、日本の船籍のタンカーが攻撃された事件が起こりましたが、ケネス・ポラックはイランの強硬派がやったことだと推測しており、私も賛成です。

 

イランの強硬派にしてみれば、せっかく穏健派の言うことを聞いて譲歩してきたのに、トランプ大統領のアメリカからさらなる制裁と石油の輸出を禁止されてイランがさらに困窮していくことが耐えられなかったのかもしれません。

 

現在のイランにおいて宗教指導者であるハネメイ師がイランの強硬派を抑えられないという危険な状態が生まれつつあるのです。

ケネス・ポラックというブルッキングス研究所の研究員がイランの政治について書いており、とても納得できるものだったので少しだけ訳してみました。

 

ポラック氏は以前アメリカのイラク戦争に賛成していましたが、現在ではイランとの戦争には反対しているようです。

 

「単純かもしれないが、イランのリーダーシップは2つの異なるグループに分かれていると言っても間違いではないだろう。現大統領のロウハニ氏を代表とする実際主義者達とイスラム革命防衛隊が支配する強硬派たちである。これらのグループの接点になっているのが宗教指導者のカメネイ氏である。ここ数年カネメイ氏は強硬派を好んでいたが、一般市民達が実際主義者を好んでいたことを十分に認識していた。そして実際主義者達が2015年のアメリカとの核合意を交渉し、合意に導いたのである。彼らの言い分はイランの核開発に制限を加えることによって国際的な経済制裁をやめさせるというものだった。そして、それによりイラン経済が復活し、イランの国民が幸せになり、イランの体制を安全にするというものであった。」

https://www.realclearworld.com/articles/2019/07/03/trumps_iran_policy_lucky_or_doomed_113050.html

 

私は現在のイランの体制が戦前の日本ととても似ているとしつこいほど指摘しているのですが、今回は1930年代にイギリスの駐日大使ロバート・クレーギーが日本について書いている文章を紹介してみたいと思います。

 

「すべての日本人が国家の利益の増大を希望するのは自然なことですが、穏健派と急進派との間には明確な線が引かれなければなりません。穏健派は、漸進的な経済発展を志向しています。彼らは日本経済を覆う病理を解決するために、死活的に重要な天然資源の獲得と海外市場の拡大を目指しています。対する急進派は神話的な狂信主義にとらわれており、世界制覇を目指しているのです。」

『大英帝国の親日派』アントニー・ベスト77ページ

 

クレーギー大使は、現在で言う「リアリスト」的な考え方を持っており、「穏健派へのアプローチを続ければ、最も困難な危機を克服できる共通の立場を発見できる」と考えを持っていました。

 

この点では同時期にアメリカの駐日大使を務めたジョセフ・グルーとよく似た考えを持っていたのですが、アメリカのルーズベルト大統領やイギリスのチャーチル首相らは彼らの提言にほとんど耳を貸さず、日本の強硬派の立場を有利にする外交を取り続けるのです。

 

その結果、クレーギー大使は太平洋戦争中の昭和18年に戦争回避のためにチャーチル内閣は「無為無策」であったと批判して物議をかもすのでした。

 

このような戦前の日本とアメリカの歴史を参考にするならば、アメリカがイランに対して行う外交はイランの穏健派の立場を強めるものでなければならず、トランプ大統領の核合意からの一方的な離脱はイランの強硬派の立場を強めるもので、トランプ大統領が全く望んでいないイランとの戦争をより近づける結果になりかねないのです。

 

イランの体制が戦前の日本に似ているということばかり書いているので飽きてきたと思われる人もいるでしょうが、軍事評論家の北村淳さんの記事で私の興味を引く部分があったので引用させていただきます。

 

「イラン軍(イスラム革命防衛隊・イランイスラム共和国軍)の最高指揮官は最高指導者ハメネイ師であり、軍部は、宗教的最高権威である最高指揮官に絶対的忠誠を誓っている。このようなイラン軍の構造を、かつての日本軍と重ね合わせてしまうのだ。旧日本軍は、政治的指導者ではない精神的最高権威である天皇に絶対的忠誠を誓い、貧弱な装備や弾薬・燃料・食料の欠乏にもかかわらず、頑強に抵抗を続けた。そのため少なからぬアメリカ軍人たちが『イランと戦うことになったら、日本軍と戦って以来、最強の正規軍と戦う覚悟をしなければならない』と口にしている。」

 

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56757

 

イランは決して弱くないので、アメリカは舐めてかかると本当に痛い目にあうと思います。