今回ジョージ・フリードマンの新刊を読んで思ったことは彼のものの見方がアメリカの戦略家であるエドワード・ルトワックとよく似ている点が多いということでした。
前にも述べたようにフリードマンは80年周期の体制変革に至る波をinstitutional changeと名付け、それよりも重要度の低い50年周期の波をsocioeconomic changeと命名しています。
ルトワックも『中国4.0』という本の中で、時の政権の一時的な政策を「変数」と名付け、国の性質を根本的に変えるような事態を「パラメーター」と定義しています。
特にパラメーターについて「『国の性質』のことだ。日本語では『国体』と言ってもいいかもしれない」と書いていて、これがフリードマンの指摘するinstitutional changeとほとんどそっくりと思ったので、この単語の訳を制度的変革とするよりも国体的変革にした方が良いと私は考えたのでした。
それよりもフリードマンとルトワックがとても似ているのは日本の歴史についての見方です。ルトワックはその著書『日本4.0』で「日本人は、つねにひとつの完全な戦略的システムを作り上げてきた。しかも、そのシステムが危機に直面するたびに、新たに包括的なシステムに更新してきたのである。これは世界でもあまり例を見ないことだ。」と書いています。
彼は徳川家康の江戸幕府を「日本1.0」と名付け、その特徴を「内戦というものをほぼ完璧に封じ込めたことだ」と指摘しています。
次の「日本2.0」は明治維新です。ルトワックは、それを「黒船=西洋近代という強大な勢力の挑戦を受け、日本人は江戸システムを捨て、まったく新しいシステムを選択した。」と書いています。
「日本3.0」は戦後において吉田茂が作った経済を優先に考える路線で、ルトワックはそれを「軍事的敗北を経済的勝利に変えることができたシステムである」と記しています。
このようなルトワックの日本の歴史の捉え方は、フリードマンが書いた『日本の例外主義』と本当によく似ていると思います。ルトワックの書いた『日本4.0』とフリードマンの『日本の例外主義』を読み比べてみてください。
https://ameblo.jp/mintelligence/entry-12291124118.html
ところでルトワックは日本が第2次大戦後に作った経済優先の路線はもう賞味期限が過ぎたと考えていて、日本は次のフェーズである「日本4.0」に移行するべきだと考えているようです。
その内容は「それは『同盟』を有効に使いつつ、目の前の危機にすばやく、実践的に対応しうる自前のシステムである」というものなのですが、ルトワックは、これからも将来にわたってアメリカが日米同盟を続けていくだろうという考えのようなのです。
彼は別のところで「米軍が朝鮮半島から撤退することはありえない。非核化が実現し、北朝鮮との関係が一〇〇%改善したとしても、米軍は撤退しない。」とも書いているので、アメリカが現在の「帝国」路線を放棄するつもりのないことを断言しています。
この結論部分でも「成熟した帝国になる」というフリードマンと合致しているのです。
これまでフリードマンやルトワックのことをアメリカのネオコンと同一視したことはありませんでしたが、アメリカが世界のあちこちに米軍を駐留させる「帝国」的な路線に彼らが賛同していることについて、私は疑問を感じています。
フリードマンが指摘する80年の波が次にアメリカを襲ったときに、本当にアメリカが現在と同じような軍事外交路線をとれるのでしょうか?
この問題を考える上でもアメリカのネオコンについてもう一度触れざるを得ないので、次回はそれについて書いてみます。
