つい最近イラン問題に関する評論を読んでいて、自分の英文の読解力が本当に正しいのか疑問に感じた瞬間がありました。

 

それは現在フォーリン・アフェアーズという権威ある外交雑誌を出版したり、外交政策を提言するシンクタンクを抱える外交評議会の会長であるリチャード・ハースが書いていたものでした。

 

この人はブッシュ大統領(息子)時代に国務省の政策企画局の局長を務めていました。この政策企画局は第2次大戦後にマーシャル国務長官がジョージ・ケナンのために作った部署でした。ハースはいわゆるアメリカの外交エスタブリッシュメントの一員と言っても良いでしょう。

 

彼が書いたものを要約すると次のような感じです。

https://www.project-syndicate.org/commentary/reviving-iran-nuclear-deal-viewed-skeptically-by-richard-haass-2021-11?

 

確かにトランプ大統領が一方的に核合意を破棄するまではイランはきちんと合意を遵守していたかもしれない。しかしながらイランの行動を抑制するためには核合意だけでは決して十分ではない。

 

イランがレバノンのヒズボラを支援していることでこの地域を不安定にしていることやミサイルの開発を続行していることで、いくらイランを再び核合意に戻すことができてもそれだけでアメリカは満足できないとして次のように書くのです。

 

「代わりの政策は公式の外交ではなく、非公式なものだ。それを暗黙の外交または同意無き軍備管理と呼ぼう。アメリカや関係する国家(イスラエルを含む)がイランに対してイランの核開発に関して我々の許容範囲を伝える。

 

そしてイランがこの範囲を超えたら、イランは実質的な代償を払うことになるだろう。さらなる経済制裁に加えてサイバー攻撃がイランに対して行われ、核施設および経済や軍事的価値を持つ施設への軍事攻撃が予定されている。」

 

アメリカとイスラエルを含むアメリカの同盟国が一方的に条件を示し、イランがそれを守らなければアメリカはイランを空爆するというのです。

 

私はこれまでこのようなイランに関する乱暴な議論をしばしば読んできましたが、リチャード・ハースのような立場の人が書いているのを読んだのは初めてです。

 

ところが、この文章を書いている時に割と有名なアメリカの元高官がイランに対して核合意の状態に戻るようにイランを軍事力で脅かせという文書を連名で発表していました。

https://www.washingtoninstitute.org/about/press-room/press-release/statement-improving-potential-diplomatic-resolution-iran-nuclear

 

レオン・パネタCIA元長官やデイビッド・ペトラウシ退役将軍、バイデン政権の国防長官の噂があったマイケル・フルノイ女史が含まれており、内容はハースが書いたものとそっくりなのでこれがアメリカの外交エスタブリッシュメントの総意なのかもしれません。

 

本当にこの方法でイランの核問題が解決するのでしょうか?不安が強まっていくばかりです。

現在のアメリカの外交がある有力な集団のロビー活動によって歪められているのではないかという懸念は私が発見したものではなく、早くも2007年にシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授とハーバード大学のスティーブン・ワルト教授の『イスラエル・ロビー』という本が指摘しています。

 

今回ジョージ・ケナンの回顧録でケナンがユーゴスラビア大使をしていた時の話を読んで、ほとんど同じことが現代においても繰り返されているのではないのかと感じた次第です。

 

私も『イスラエル・ロビー』は発売されてからすぐに読んだのですが、さすがに10年以上も昔なので細部のことまでは思い出しませんが、おおよそのことは記憶にあります。

 

AIPACなどのユダヤ系アメリカ人からなるイスラエル・ロビーはイスラエルの国益とアメリカの国益は本来別個なものだが、それがあたかも全く同じようなものだと考えて行動する。

 

基本的にイスラエル・ロビーの活動は選挙資金の提供を含め、アメリカの法律に違反しているものではないが、その活動が本当にアメリカの国益に沿っているかはかなり疑問であることをこの本は強調していました。

 

ただこの本の著者たちは、イスラエル・ロビーがアメリカの外交を決定しているという陰謀論は否定しており、それは大統領のリーダーシップにより防ぐことができると書いていたように思います。

 

そのことを如実に示したのが、2015年7月に結ばれたイランとの核合意だったのです。イスラエル・ロビーは最後まで反対しましたが、オバマ大統領の努力によってこの合意は可能になったのでした。オバマ大統領の最大の成果だったと私は今でも思っています。

 

『イスラエル・ロビー』の著者の一人であるスティーブン・ワルト教授もこの合意が結ばれた時に『フォーリン・ポリシー』のコラムに次のように書いています。

 

「イラン革命以来、国連が厳しい経済制裁をかけてから、いかにしてイランをこの『ペナルティー・ボックス』から徐々に脱出させることができるかどうかが課題になってくる。このペナルティー・ボックスから脱出できればイランの経済は回復し、ワシントンとテヘランの外交関係が復活することに道を開き、徐々にこの両国の関係がもっと普通にビジネス・ライクなものになることを可能にするだろう。」

http://foreignpolicy.com/2015/04/12/iran-nuclear-deal-obama/

 

アメリカとイランの核合意が結ばれたと言って、急に友好関係になるわけではないがビジネス・ライクな付き合いはできるのではないかと教授は書いたのでした。

 

私も当時はイランとアメリカが戦争になるのではないかと恐れていましたので、この合意が結ばれた時にホッとした気分になったことを覚えています。

 

ただ残念ながら事態はワルト教授が予想するようには展開しませんでした。

 

この後にアメリカでトランプ大統領が当選してイスラエル・ロビーやイスラエル本国のネタニヤフ首相が望む方向で、イランが合意を遵守しているのにも関わらず、一方的に合意を破棄し、さらにmaximum pressure(最大限の圧力)政策で更なる経済制裁をイランに課したのでした。

 

その結果、核合意が結ばれた時点ではイランが核兵器を作るのに一年ぐらいはかかるのだろうと言われていましたが、現在は1ヶ月以内で核兵器を作ることが可能な状態になっているそうです。

 

それゆえ我々はまたアメリカとイランが戦争をするか、それともイスラエルとイランが戦争しアメリカが巻き込まれていく心配をしなくてはならない状態に追い込まれているのです。

 

現在、イランとアメリカと同盟国の間で核合意に復帰する協議が行われていますが、かなり不透明な状態です。

アメリカの新聞やネットで外交問題に関する記事を読んでいる時にしばしばイランに対する悪感情をむき出しにしたものにぶつかって当惑してしまうことがあります。

 

そして、そのような記事に引きずられるようにアメリカの世論はイランに対して厳しい感情を持っているように私は感じています。

 

最近は中国もアメリカ国内でかなり評判は悪いですが、イランに対してはここ10年ぐらい一貫して悪いような気がしています。

 

日本においてはイランに対してそのような否定的な感情が存在しないためアメリカでの反イラン感情が余計に気になってしまうのです。

 

フランス出身のエマニュエル・トッドもアメリカのイランに対する扱いはおかしいと何度も書いているのを読んで、これは日本に住んでいる私だけが感じていたことではないのだと合点がいきました。

 

よく言われることは、イランで革命が起きた時にアメリカ人の多数が人質となり、カーター大統領が救出作戦を行おうとしましたが失敗して惨めな姿を全世界に晒したために、それ以来アメリカはイランに対してある種の恨みを抱えているのだというものです。

 

これにはイラン側にも言い分があって、第2次大戦後にイランで民主的に選ばれたモサデク政権が石油産業を国有化しようとした時に、イランの石油利権を持っていたイギリスがクーデターを起こそうとした時のアメリカの態度がイラン側にとって不満だったのです。

 

元来アメリカは反帝国主義や民主主義を唱えていたのだからイギリスを制止する立場に立ってもおかしくなかったのですが、アメリカのアイゼンハワー政権はイギリスと一緒になってクーデターを起こす側についてしまったのです。

 

その結果、イランの国民は革命までシャーの独裁に耐え忍ばなくてはならなかったのです。

 

このように歴史的に考えるとどちらにも言い分があって、外から見るとイランが一方的に悪いとは私には思えません。

 

さらにアメリカのイランに対する感情が厳しすぎると私が感じるのは、イランのライバルであり一応アメリカの同盟国であるサウジアラビアに対するアメリカの扱いの違いです。

 

アルカイダによる9.11事件はアメリカの本土が日本による真珠湾に次いで攻撃された歴史的な事件でした。そしてあの攻撃に加わった者はサウジアラビア出身者がかなり多く含まれていたのです。

 

だからアメリカ国民の怒りがサウジに向かう可能性はあったものの、アメリカとサウジの関係は多少ギクシャクしたものの同盟に危機が訪れることはありませんでした。なぜかアメリカの世論はサウジアラビアに対しては寛大なのです。

 

そしてつい最近もサウジの皇太子の命令によってワシントン・ポストの記者であるサウジ出身のカショギという人がトルコにあるサウジアラビアの大使館で結婚の証明書をもらおうと立ち寄ったところ、大使館内でバラバラにされて殺されるというショッキングな事件がありました。

 

このような甚だしい人権蹂躙が起こっても、アメリカとサウジの関係は相変わらず何も無かったように続いていくのです。

 

アメリカの識者はしばしばイランに対して、神権政治とか独裁とか非難しますが、少なくともイランにおいては選挙によって大統領が選ばれており、不十分とは言え選挙で選ばれる議員で構成される国会もあります。

 

ところがアメリカの同盟国であるサウジアラビアにおいては国会もなければ、指導者が選挙で選ばれることも全く無いのです。

 

何を言いたいのかといえば、アメリカのイランに対する否定的な感情は歴史的なものや社会制度上の違いからは全く説明することができず、それらとは違う全然別な要素からもたらされているのではないかということです。

 

それはケナンが回顧録でユーゴスラビア大使の時に経験した、アメリカの国益に反するユーゴスラビアへの政策がワシントンから次々と送られてくるのと同じように、アメリカの特定のグループが議会や世論に影響力を働かせて本当にアメリカの国益に資するかどうかわからない反イランの政策を実行させようとしているのではないか?

 

もっと具体的にいえば、アメリカの反イランの世論はイスラエル・ロビーによる成果ではないのかという懸念が私には拭えないのです。