アメリカの新聞やネットで外交問題に関する記事を読んでいる時にしばしばイランに対する悪感情をむき出しにしたものにぶつかって当惑してしまうことがあります。
そして、そのような記事に引きずられるようにアメリカの世論はイランに対して厳しい感情を持っているように私は感じています。
最近は中国もアメリカ国内でかなり評判は悪いですが、イランに対してはここ10年ぐらい一貫して悪いような気がしています。
日本においてはイランに対してそのような否定的な感情が存在しないためアメリカでの反イラン感情が余計に気になってしまうのです。
フランス出身のエマニュエル・トッドもアメリカのイランに対する扱いはおかしいと何度も書いているのを読んで、これは日本に住んでいる私だけが感じていたことではないのだと合点がいきました。
よく言われることは、イランで革命が起きた時にアメリカ人の多数が人質となり、カーター大統領が救出作戦を行おうとしましたが失敗して惨めな姿を全世界に晒したために、それ以来アメリカはイランに対してある種の恨みを抱えているのだというものです。
これにはイラン側にも言い分があって、第2次大戦後にイランで民主的に選ばれたモサデク政権が石油産業を国有化しようとした時に、イランの石油利権を持っていたイギリスがクーデターを起こそうとした時のアメリカの態度がイラン側にとって不満だったのです。
元来アメリカは反帝国主義や民主主義を唱えていたのだからイギリスを制止する立場に立ってもおかしくなかったのですが、アメリカのアイゼンハワー政権はイギリスと一緒になってクーデターを起こす側についてしまったのです。
その結果、イランの国民は革命までシャーの独裁に耐え忍ばなくてはならなかったのです。
このように歴史的に考えるとどちらにも言い分があって、外から見るとイランが一方的に悪いとは私には思えません。
さらにアメリカのイランに対する感情が厳しすぎると私が感じるのは、イランのライバルであり一応アメリカの同盟国であるサウジアラビアに対するアメリカの扱いの違いです。
アルカイダによる9.11事件はアメリカの本土が日本による真珠湾に次いで攻撃された歴史的な事件でした。そしてあの攻撃に加わった者はサウジアラビア出身者がかなり多く含まれていたのです。
だからアメリカ国民の怒りがサウジに向かう可能性はあったものの、アメリカとサウジの関係は多少ギクシャクしたものの同盟に危機が訪れることはありませんでした。なぜかアメリカの世論はサウジアラビアに対しては寛大なのです。
そしてつい最近もサウジの皇太子の命令によってワシントン・ポストの記者であるサウジ出身のカショギという人がトルコにあるサウジアラビアの大使館で結婚の証明書をもらおうと立ち寄ったところ、大使館内でバラバラにされて殺されるというショッキングな事件がありました。
このような甚だしい人権蹂躙が起こっても、アメリカとサウジの関係は相変わらず何も無かったように続いていくのです。
アメリカの識者はしばしばイランに対して、神権政治とか独裁とか非難しますが、少なくともイランにおいては選挙によって大統領が選ばれており、不十分とは言え選挙で選ばれる議員で構成される国会もあります。
ところがアメリカの同盟国であるサウジアラビアにおいては国会もなければ、指導者が選挙で選ばれることも全く無いのです。
何を言いたいのかといえば、アメリカのイランに対する否定的な感情は歴史的なものや社会制度上の違いからは全く説明することができず、それらとは違う全然別な要素からもたらされているのではないかということです。
それはケナンが回顧録でユーゴスラビア大使の時に経験した、アメリカの国益に反するユーゴスラビアへの政策がワシントンから次々と送られてくるのと同じように、アメリカの特定のグループが議会や世論に影響力を働かせて本当にアメリカの国益に資するかどうかわからない反イランの政策を実行させようとしているのではないか?
もっと具体的にいえば、アメリカの反イランの世論はイスラエル・ロビーによる成果ではないのかという懸念が私には拭えないのです。
