ウクライナ戦争は英語でいうところのpreventive warで日本語に訳すと予防戦争となり、これは国際法に違反しています。

 

だからロシアの侵略戦争に対して批判するのは当然だし、私もロシアのやり方には腹が立った。

 

ただ同じようにアメリカのブッシュ(息子)大統領が行ったイラク戦争も予防戦争であり、これも堂々とした国際法違反の戦争だったので、それに賛成していたバイデン大統領がロシアの体制転換を唱えたりするのことに私はとても違和感を感じている。

 

一言ぐらいあの戦争を支持していたことは間違っていたと認めたとしても罰は当たらないだろう。

 

今からイラク戦争を振り返ってみて、今回のウクライナ戦争と似たような数々の言説を思い出すことができる。

 

ウールジーCIA元長官は、アメリカがイラクに侵攻したら、イラクの道路(Iraq street)で人々が歓迎してくれるだろうと、まるでプーチン大統領がウクライナに侵攻する前に考えていたようなことを語っていたが、ウクライナと同じく全くそのようなことは起きなかった。

 

今フォックス・ニュースがアメリカがウクライナ国内で化学兵器工場を運営しているという陰謀論系のネタを流して批判されているが、イラク戦争以前はニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのような高級紙がサダム・フセインは核兵器を開発しているという虚偽の記事を頻繁に流していた。

 

サダム・フセインは核兵器を持っていなかったし、アルカイダとも関係がなかった。

 

そして、最後に一番似ていたのはこれ。

 

ラムズフェルド国防長官やネオコンのポール・ウォルフォビッツ国防副長官はイラクを侵攻するのには10万人以下の兵で十分であると主張していたが、日系のシンセキ将軍はイラクを平定するのには数十万の人員が必要と上院の公聴会で正論を吐いたのだった。

 

後から振り返ればシンセキ将軍は正しかったのだが、ブッシュ政権下では恐ろしいほど冷遇されていた。

 

今回のウクライナ戦争でアメリカの戦略家エドワード・ルトワックはロシアが15万の軍隊でウクライナを制圧するのは不可能だから、これは威嚇のための演習で戦争はないだろうと予測していました。

 

ところが、実際に戦争が始まりルトワックの予想は外れたのですが、兵隊が少なすぎるというルトワックの主張は正しかったのです。

 

こう見てくると、ロシアのプーチン大統領にとって最も必要だったのはウクライナの歴史でもなく第2次大戦の歴史でもなく、アメリカのイラク戦争の歴史だったのかもしれない。

 

フランスのエマニュエル・トッドは以前から自分の本でロシアは世界秩序における「安定勢力」と指摘していたので、今回のウクライナ戦争をどう考えているか私はずっと知りたかった。

 

今回、『文藝春秋』に彼の意見が出ていると知ったので、久しぶりに購入してみました。今回のブログではトッドの意見を参考にしながらウクライナ戦争について考えて見たいと思います。

 

やはりというべきか、トッドもシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授のNATO拡大主犯説を持ち出しています。

 

アメリカのカーター政権で国家安全保障担当補佐官であり、ポーランド出身のスビグニュー・ブレジンスキーの本から「ウクライナ無しではロシアは帝国になれない」という文を引用し、冷戦終了後のアメリカはロシアを米国に対抗できない状態にするために、ウクライナを「武装化」し、事実上のNATOの加盟国のような状態にしてしまったとトッドは指摘します。

 

「米国の目的はウクライナをNATOの事実上の加盟国とし、米国には対抗できない従属的な地位にロシアを追いやることでした。」

 

トッドが引用したブレジンスキーや前回の私のブログで指摘したキッシンジャーやジョージ・ケナンといった冷戦期に活躍したオールド・リアリストとでも呼べる人々は皆それぞれロシアからウクライナを取り上げる危険性を警告しており、特にキッシンジャーなどは熱心に中立化を提言していたのですが、なぜか冷戦後のアメリカの政策担当者はほとんど聞く耳を持たなかったのです。

 

この理由を筆者が考えてみました。

 

ブレジンスキーの本は私も何冊か読んだことがあり、今でも印象に残っているのは日本のことを平気でアメリカの「保護国」と書いていたことでした。

 

これは、ある意味プーチン大統領が、自国内に外国の軍事基地を置いている国は独立主権国家ではないと主張していたのと重なります。

 

日本のことを平気で保護国と書くブレジンスキーがロシアからウクライナを取り上げる危険性を書いていたのは、ロシアは決して日本のような敗戦国ではなかったからなのですが、冷戦後のアメリカの外交担当者はあたかもロシアが冷たい戦争の敗戦国であるかのような処理をし、毎年第2次大戦の勝利を盛大に祝うプーチン大統領の意識とはますますかけ離れたものとなっていったというのが私の推測です。

 

もちろんトッドはロシア側の失敗も指摘しており、その最大のものはウクライナの抵抗を完全に見誤っていたことだと言います。

 

そしてミアシャイマーが「ロシアは米国やNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨み、いかなる犠牲を払ってでも勝つだろう」と予想していることには反対し、アメリカにとってもこの戦争でウクライナが負けることを放置することは許されなくなってきていると不気味な予想を書いているのです。

 

https://www.youtube.com/watch?v=cZaG81NUWCs

ミアシャイマーの日本語訳が出ていたのでリンクを貼っておきます。

今回のウクライナ戦争においてロシアが完全に国際法に違反している予防戦争を行ったことに対しては本当に腹が立ったので、ウクライナを応援するために早速ウクライナ大使館が設定した口座に募金してしまった。

 

だが少したって冷静に考えると、このような状態になってしまったことに対してアメリカを筆頭とする西側に全く責任がなかったかといえばそうでもないので、今回気になったことを書いておく。

 

まず最初に取り上げなければならないのは、NATOの拡大についてである。アメリカの封じ込め政策の基礎を作った外交官のジョージ・ケナンや現実主義学派のジョン・ミアシャイマー教授は一貫して反対していたし、私も彼らの言い分は正しいと思っていた。

 

そもそもNATOは軍事同盟で、同盟というものはキッシンジャーが指摘するように「仮想敵」の存在を前提とする。仮想敵を想定しない集団安全保障とは正反対の概念である。当然NATOの仮想敵はソ連であったし、逆にワルシャワ条約機構の仮想敵はアメリカを筆頭とする西側だった。

 

ソビエト連邦が崩壊して冷戦が終了するとワルシャワ条約機構は無くなってしまった。当然ソ連の存在を前提としているNATOに意義はあるのかと、パット・ブキャナンなどのアメリカの孤立主義者やジーン・カークパトリック女史といった初代のネオコンたちは問いかけていた。

 

このような問いかけに対して、父ブッシュ大統領は統一ドイツの受け皿としてNATOに組み入れることを考えており、ヨーロッパにおけるドイツ問題の重要性を鑑みるに仕方ない処置かなと当時の私は考えていた。

 

ところがクリントン大統領の時代からNATOの東欧諸国への拡大が始まり、その時は経済の立て直しに大変だったロシアの言い分をほとんど聞かずに旧ワルシャワ条約機構からの乗り換えが進んでいった。

 

いくらNATOがロシアを標的にしていないと言っても、軍事同盟は必然的に仮想敵の存在を想定するものだし、加盟してくる東欧諸国の目的はロシアに対する安全保障だった。

 

逆にロシアから見ればアメリカの勢力圏がますます自分達の国境に進んでくる不気味な様相を感じ取っただろう。

 

私はNATOの拡大だけが今回の戦争を導いたものとは思っていないが、キッシンジャーや他のアメリカのリアリストが以前からウクライナをロシアから引き離す戦略の危険性を指摘しており、ウクライナの中立化をもっと真剣に考慮していれば、ロシアに戦争の口実を与えないという意味でもよかったと思っている。

 

結局、最後までウクライナの中立化を模索する動きは現アメリカの政策担当者からは見られなかった。

 

つい最近私は戦前に活躍したジャーナリストの清沢冽の『日本外交史』という本を読み終わったのだが、この本の中で彼が日英同盟について書いている部分で今回の問題意識に通じる点があったので少し引用してみたい。

 

日英同盟はイギリスと日本が共通の脅威としていたロシアと対抗するためのもので、日本がロシアと戦争する際にはかなり助けになり日本は強敵ロシアに勝利することができた。

 

日本が日露戦争に勝利したことでロシアからの脅威は軽減したために日英同盟を存続する意義は減ったものの、日本も英国もそれを廃棄しようとはしなかった。

 

だが日英同盟の存続に懸念を持つ国が数カ国あり、その代表がアメリカだった。日本と英国の仮想敵が万が一にもアメリカになってしまったら、その同盟によって大西洋と太平洋から排撃される可能性をアメリカは恐れたのだった。

 

アメリカがあまりに日英同盟に対して嫌がるので、米国に対して日英同盟は適用されないと明記したのが明治44年の第3回目の改訂の内容だった。

 

これでもアメリカは満足せず、ワシントン会議の時に英国全権のバルフォアは、アメリカのヒューズ国務長官に対して日英同盟にアメリカを加えることまで提案したのだった。

 

それでもアメリカは納得せず、結果的にワシントン会議で日英同盟を潰してしまったのだった。

 

この経過を見ていて興味深かったのは、アメリカがNATOに関してロシアに言っていることとほとんど同じことを日本と英国がアメリカに主張し、アメリカが全然納得していないことだった。

 

NATOは決してロシアを敵として扱うつもりはないとというのはアメリカが一貫して主張していたことだったし、ロシアをNATOに入れるというのはプーチン大統領も口走ったことがあった。

 

アメリカがほとんど関係がない日英同盟に対してこれだけ嫌がったのに、ロシアがNATOの拡大に素直に応じると考えるのは、あまりにも想像力が欠けていたように私には感じられる。

 

だからロシアとウクライナが戦争になるきっかけを作った責任の何割かはやはりNATOの拡大にあると言っても間違いではないのだろう。