板野潤治さんの『西郷隆盛と明治維新』を読んではっきりと認識できたことは、繰り返し書きますが、「安政の大獄」は「攘夷」か「開国」を巡る外交の問題ではなく、日本の進路を決める政治体制のあり方にありました。

井伊直弼は従来通りに、徳川家とゆかりのある譜代大名を中心とした体制を考えていたのに対し、薩摩藩主の島津斉彬などはオール・ジャパンの体制を考えていたのです。

「朝廷、幕府、親藩、譜代、外様大名の協力体制を作り上げるのに、薩摩藩主は最適の存在だったのである。」

そして、その薩摩藩主であった斉彬から絶大な信頼を受け、水戸、尾張、越前、肥後、長州などと協力していたのが西郷隆盛だったのです。

ところが、井伊直弼はオール・ジャパンの呼びかけに対して大弾圧で答えます。

その結果は、次の年表に明らかです。

安政の大獄 1858
下関戦争 1864
薩英戦争 1863

「安政の大獄」によって弾圧された側は、外国と戦争をするまでに「攘夷」思想を過激化させるのです。

もちろん彼らは西欧諸国に見事にやられますが、逆に西欧諸国からの優秀な武器を大量に仕入れることにつながり、それが最後には徳川幕府に向けられることになるのです。

これまで私は、明治維新が起こったのは黒船などの「外圧」のせいと考えてきましたが、板野さんの本を読んで「安政の大獄」という国内問題の方が遥かに明治維新に寄与していることが理解できました。
元外交官である天木直人さんが中国のTPP参加について書いておられます。

「 中国がTPP参加の可能性を検討していることがわかった。

 その報道の中で最も衝撃的なことは米国が中国に参加を要請していたというところだ。

 もしこれが事実であれば米国が日本を裏切っていたということになる。

 TPPが中国包囲網であると言っていたのは米国ではなかったか。

 それを真に受けて日本政府はそれをTPP参加の売りにして来た。

 メディアもまたそんな日本政府の説明を受け売りしてさんざん書きたてた。TPPに参加しない選択はないと。

 ところがそれが真っ赤な嘘だったことになる。

 日本は米国にハシゴを外されたことになる。」

私は天木さんの見方は基本的に正しいと思います。

そこで、前回に書いたTPPは鳩山政権の「アジア共同体」に驚愕したアメリカ政府がアジア経済から排除されないための仕組みだったという仮説に戻ります。

オバマ政権が誕生した当時の外交問題でさかんに語られていたのは、カーター大統領時代の高官だったスビグニュー・ブレジンスキーが語った米中のG2論であったり、イギリスの歴史家ニアル・ファーガソンの「チャイメリカ」という造語であったりしました。

当時、私はこれらの評論を読んで衝撃を受けました。何せ、全世界の問題を中国とアメリカの協議で決定するというものだったからです。東アジアにおける日本の運命は風前の灯火でした。

そのような時に誕生したのが、今から思えば恥ずかしい限りですが、鳩山由紀夫政権で、彼が掲げたのが「アジア共同体」だったのです。

筆者自身は「アジア共同体」などというのは不可能と冷めた目で見ていたのですが、アメリカ政府では大騒ぎになったようです。

『産経新聞』の古森記者が、オバマ政権の国家安全保障会議の東アジア担当部長ジェフリー・ベーダー氏の回顧録『オバマと中国の台頭』という本から次の文章を引用しています。

 「さらに最大の悪影響をもたらした第4の出来事として、鳩山政権が東アジア共同体の構想を推進しようとしたことが挙げられる。

 この構想は米国をこの共同体なる組織から除外することを意味しており、米国のアジアからの排除を示していた。アジアでの米国の最も緊密な同盟相手であるはずの日本がこんな米国追放の構想を打ち上げたことは、オバマ政権を仰天させた」

この鳩山構想によって、逆説的ですがチャイメリカやG2などという私が最も危惧していた政策が吹っ飛んでくれたのです。

当時の私にとって鳩山首相の「アジア共同体」は天からの恵みのようだったのです。

しかし、さすがはアメリカです。日本が2度とアメリカを排除できない経済体制を作ろうとTPPを画策して日本を強引に誘っておいてから中国に対して参加への勧誘を行ったのです。

日本としては、いかにしてチャイメリカや米中G2論を潰すことができるかというスタート地点に戻ってしまったのです。
Real Clear World という国際問題の論説を載せるサイトで橋下市長の「従軍慰安婦」問題発言に関してTodd Crowell という人が取り上げていたので、重要部分を訳してみました。

The incident showed that Hashimoto, despite his conservative and nationalistic leanings, had not assimilated the usual conservative talking points about the comfort women issue. They cannot deny that the brothels existed; that's documented. They cannot easily argue that no woman was forced into prostitution. There are still many living today that can testify otherwise.

No, they basically maintain that there is no proof of direct involvement by the imperial government in recruiting and managing the comfort stations, an area where the facts are a little more and subject to sometimes ambiguous arguments. (Did moving the women around on army trucks constitute state involvement, for example?)

Meeting with the international press, Hashimoto demonstrated that he has absorbed this point, as he dismissed the idea that the Japanese government was directly involved. He repeated this argument in answer to practically every question posed by the foreign press. (Abe holds pretty much the same position but is not, for the moment, interested in pushing it.)


この事件が見せたものは、保守的で国家主義的な橋下ではあるけれど慰安婦問題では彼は通常の保守的な考え方に染まっていないということだ。慰安婦が存在したことは否定できない:そのことは記録がある。慰安婦になることを強いられた人などいないということは決して簡単には否定できない。今現在生きている人で強いられたと証言する人はたくさんいる。

いや、橋下が強調したかったことは、日本の政府が直接に慰安婦をリクルートし慰安所の運営を行ったというはっきりとした証拠が無いということである。これに関しての事実は少し不明瞭でしばしば曖昧な議論になっている。(例えば、慰安婦を軍のトラックに載せていくことは国家の関与なのだろうか)

彼が外国のプレスに遭遇して、日本政府が直接に関与したことを否定しながらこれらのことを受け入れたことを示したのである。彼は外国の報道機関から質問されるたびにこの点を繰り返した。(安倍総理も同じような考え方だが、現在は口に出すのを控えている。)

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この英文を読む限り、橋下市長の言いたいことは伝わっていると考えてもいいのではないでしょうか。

これで、「日本軍が20万人の朝鮮人少女を拉致した」などとしばしば出くわす英文がなくなってくれれば良いと思うのですが、残念ながら筆者は否定的です。

それは橋下市長の訪米キャンセルに如実に現れています。

以前に石原莞爾将軍の東京裁判批判を連合国が無視したことを書きましたが、橋下市長の正論も少数の欧米ジャーナリストには届きますが、上の方には無理みたいです。

よく日本人は欧米人に対してはっきりと物事を主張しなければいけないといわれますが、じつは大嘘で、はっきり言うと橋下市長のように相手から逃げられてしまうのです。

それでも今回は良くやったと橋下市長を褒めてあげたいのが私の心境です。