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Promised Land -帰りたい何処か-

わたしにとっての「約束の地」はどこなのか?

その答えを今探しています。

試験まであと三週間。

平日は仕事でなかなか時間が取れない。
それに、仕事に行くと、
(意に沿わない職業・職種は)精神的に疲れてしまって
なかなか帰宅してからすぐに仕事ができない。


だけど。


すべては自分が引き起こしたものだ。
それを引き受けていくしかない。

残された時間を少しでも有意義に使うのみ。

悔いの残らないように。


過ぎ去ってしまったことは仕方が無い。
変えられるのは、今と、これからの自分だけだ。

残された時間で少しでもできることを、進めていこう。


あと3週間。
焦る気持ちは強いけれど、むやみやたらに焦ったところで仕方が無い。
少しずつやっていくしかない。できることを確実に。



1月末に懸賞で当たったミニバラ。
すぐにかれるかと思っていたら意外に生き延び、
今また新しい花を咲かせてくれた。



minirose



私ももう一度、花を咲かせたい。

絲山秋子「ニート」収録作品。


34歳という若さで夭逝した誠の婚約者・みちかと「わたし」との、

最後の一日。


田舎に帰るみちかちゃんの引越しを手伝いに来た私。

だけど、最後、「私」は気付く。


みちかちゃんは、実家ではなく、新しい何処かへ行こうとしているんだってことを。


「また連絡するね」

みちかちゃんはそういったけれど、

彼女は、やがて携帯の番号さえ変えてしまうのだろうと、「私」は予感した。


みちかちゃんは言った。

「きっとだんだん、いなくなるんだと思う。」


時間が経てば、過ぎ去ってしまった人やもののことは、だんだんいなくなっていく。

そうかもしれない。

悲しいことだけれど、必要なことなのかもしれない。

だんだんいなくならなければ、幸せはもうやってこない。


そんなことをふと思った。


*********************************************************


受験手続は終了。

時間はあまりないけれど、できるところまで、

出来る限り全力でやるしかない。

チャンスは是で最後。

精一杯、やっていきたい。

いや、やるよ。

金曜日の「Mステ」。
土曜日の「ギャルサー」のエンディング。
日曜日の「おしゃれイズム」。
そして、今日、月曜日の「HEY!HEY!HEY!」


4日連続藤木さんを見た。
そして、しかも、そのうち2回は歌っている藤木さん。


で、今日はダウンタウンや谷原章介さんにいじられながらも
私にとっては新しい一面を見せてくれた、というか
新しい直人情報をゲットした感じでうれしかった。


20代前半のころの藤木さんを見られたっていうのが収穫。
今も落ち着いていてすてきだけど、
若いころも、なんていうか、きれいな男の子ですてきです。



うちにはビデオがないので、レンタルショップにいっても
藤木さんが若い頃出演していたドラマを見ることができない。
早くDVD化してほしいものだ。



今の時期に、こんなにも藤木さんを見ていてはいかん。
(あ、ちなみにTOKYO STREAMは購入しちゃいました。あは☆)

・・・でも、恋人のいない私には、少しだけこういう時間も
やっぱりほしかったりするのよ。

10代のときのように闇雲に突っ走る元気がなくなった分は
多少寄り道したとしてもチャージしないと。


・・・で、今また元気になったので勉強します。



「目の前のことを一つ一つ叩き潰す」



難関試験突破を目指して仕事と両立させながら勉強しているある方の言葉。
私にとって、今では、心を落ち着けるための魔法の言葉になっています。
言ってることが5行ほど前とは多少矛盾しますが、
不安になったときの魔法の言葉。はこれ。

勉強が進まない。
できなかったらどうなるか。
試験に落ちるだけ。
落ちたらどうなるか。
化学系の仕事に戻る道が閉ざされてしまう。



私は今の、この仕事をしていることを、とても苦痛に思う。
数ばかりの膨大な事務仕事。
愚民相手の鬱陶しい応対。
明日が来ることを、月曜日が来ることを呪わない日は無い。


それと同時に、今までの努力の果てに手にした仕事を
手離してしまったことを、
その過程で出会った人との縁を無くしてしまったことを
とても残念に思う。悔やんでいる。



あの時、手を離さなければ、今頃幸せになっていたかもしれない。
・・・のに?




今できることは、勉強することだけ。
どんなに時間がなくたって、やるしかない。
できるところまでのことを、やるしかない。


目の前にあることを叩き潰すのみなのだ。


そう、それだけ。
シンプルじゃないか。

「太っちゃん」と「私(及川)」の同期の交流を描いた作品。
多分に、絲山秋子の10年間のINAXでのキャリアが
バックグラウンドになって描かれているように思う。


大手メーカーの総合職として入社した彼女。
最初の赴任地は博多。
そこで、一緒だった太っちゃんという同期、
いわば戦友のような彼との日々と、
万一どちらかが先に死んだ場合、
それぞれのPCのHDDを壊す約束の締結と
その遂行を描いた作品。



この作品が芥川賞受賞作となり、新聞等のコピーに書かれていたのが「同期愛」。
だけど、そりゃ、たしかにある意味「愛」かもしれないけれど、
そこには恋愛感情というものは存在しない。
会社という組織の中で、本音を吐露できる存在、自分の状況をわかってくれる存在、
(時には厳しいこともいうけれど)、同じ釜の飯を食った仲間、とでも言おうか。
損得勘定抜きで、ものを言える相手。
そういう人間関係だと思う。



大手は、総合職で40人入社したとしても、その40人が同じ事業所にいるわけではない。
私も、前職の会社では総合職41人中、同じ事業所だったのは自分を含めて5人、
なおかつ事業所内でも所属が全く違っていたので会うことは滅多になかった。
同期の中には中のいい子もいたが、結局事業所が違うとなかなかコンタクトなどとれはしない。
追い詰められていった背景。

もっと他事業所や同事業所の同期と連絡をとってればよかったな、と思う。
そしたら、もっと頑張れたかもしれない。

でも、他事業所は、北は北海道から南は九州まで、広範囲にあった。
なかなか会うことなんてできはしなかったな。


いずれにせよ、後の祭りだ。



昨日、大学院時代の同期からメールが来た。
別に恋愛関係にあるわけでもなんでもないが、とても懐かしかった。
今、彼は私が住んでいるところからそれほど遠くにいるわけじゃないので、
そのうち会ってみたいと思う。
年賀状を交わしているだけで、卒業以来会っていなかったから。



今年の夏休みには、松山・道後温泉に行こうと思っている。
去年は盛岡の会社の同期を頼って旅行にいったけれど、
今年は大学院時代の同期に会えたらな、と思っている。
たまに電話はするけれど、卒業以来彼とも会っていない。
私がこんなに痩せたことも、彼は知らないはずだ。
昔話や、近況を話せたら、と思う。



組織の中で生きていく時、同期は大切だ。
殊に、気の合う同期はある意味宝物のようなものだ。
私は、そう思う。
仕事においても、プライベートにおいても。


同時収録されていた「勤労感謝の日」も、なかなか面白かった。

近所のレンタルショップが超破格でDVDレンタルしていた。
で、思わず借りた作品。


この映画、実はロードショーのときに見にいった映画で、
この頃はまだ大好きだった人とも一緒にいて、
前の会社にも勤めていた頃。
東野圭吾の作品だなんてこれっぽっちも知らなかった頃。



この映画の原作である「ゲームの名は誘拐」は、ほんまに
本に穴が開くほど何度も読んだので話は覚えているのだが、
今改めてみると、原作と似ているようで似ていない部分も多い。



原作では、佐久間も樹理も、割と淡々としている。
ある意味冷静かつ冷徹だ。


だけど、映画の二人は、どこか、やはり人間的な感情が、
相手を「愛している」という気持ちが現れている。
役者さんのキャラクターのせいかもしれないが。



また、あの頃と違って今は藤木さんが大好きなので
(当時も好きだったが今ほどではなかった)
映画前編を通して出てくる藤木さんがとてもうれしい。。
露出も多いし・・・ってこれはエロ発言か(苦笑)。
細身の筋肉質、すてきです、藤木さん。


佐久間駿介はクールハンサムバージョン、とでもいうか。
藤木さんにはこの手の役がとても似合っていると思う。
今の「ギャルサー」の藤木さんは、正直あまり好きではない。
彼には、もう少し内容のあるドラマに出演していてほしい。



・・・と話がそれてしまったが、昔の映画を見直すのも
悪くないな、って思いました。。
藤木さん主演の映画の話、また出てこないかな。


ちなみに「宿命」と「g@me 」を比較すると、
私は「g@me 」が好きです。
原作でも、映画でも。


g@me の写真集、昔映画館で販売していたけれど、今から思えば
買っておけばよかったな。ちなみにサントラは持ってます。



DVD特典映像も見ることができたのでよかったです。



・・・・さて、休憩も十分すぎる位とったので勉強するか!!(後ろめたさ隠し・・・)

今週は、世間一般では九連休ということもあって
休みの人も多いせいか、客が非常に多い。

おかげで通常業務が全くできない。窓口応対ばかりで。

しかし、担当の仕事はあって、締め切りも迫ってる。



で、残業。



昨日は会社を出たのが10時半過ぎ。
コンビニでパンを買って途中で食べてはいたものの、
駅までの通り道で、前から気になっていた屋台に惹かれ、
ラーメンを頼んだ。


実は屋台ラーメン初体験。
昔福岡に住んでいたときでさえ行った事がなかった。


頼んだのは柚子塩ラーメン。
今までにもよその店で食べたことはあったが、
ここのお店の柚子塩ラーメンの特徴は・・・・。



「柚子胡椒使用で、スライスした柚子がトッピング」


おいしかったですよ。
柚子胡椒のピリ辛加減もいいし、やっぱり本物の柚子から出た
果汁の入ったラーメンこそ、「柚子塩ラーメン」と呼ぶに
相応しいです。



そして、もうひとつ心温まるお話。

実は、私、財布を見たら持ち合わせに小銭も千円札もなく、
一万円札1枚だったのでしたが、おじさんもあいにく細かい持ち合わせが
ありませんでした。


そしたら、店のおじさん、「今度覚えていたときでいいよ」と
言ってくれました。
もしかしたら「今度」もう来ないかもしれない、一元の客の私に・・・・。
ありがとう、でした。
基本的にそのお店は当然ながら夜しかやっていないそうなので、
連休明け、残業したときに返しに行こうと思います。



柚子塩ラーメン、おいしかったです。
いろいろありがとう、おじさん。

図書館で予約待ちすること4ヶ月。
直木賞受賞前からしてたのに・・・さすが東野圭吾。
ファンが多いです。


今回の話は、生きている希望を失いかけたそのときに
その存在そのもので人生に光を与えた母子を守るために
その天才的な頭脳を駆使する数学者石神(高校教師)と
彼と同窓の物理学者湯川との話。



しいて言うなら、この「容疑者Xの献身」は
ガリレオ(湯川助教授)シリーズの新刊ともいえると思う。


最後まで読んでしまえば、ああ、そういう手も考えられるなと
思えるのだが、読んでいる最中、私には話の展開を最後まで
正確に見通すことができなかった。

(・・・で、結果として最後まで一気に読んでしまったのだが。。)



なかなか完成度の高い作品だったと思う。


ただ、ヒロインの靖子の最後の行動、たしかに良心に従えば
当然の行動だとは思うが、石神の美しいまでの計画を台無しにして
しまって、ひいては自分自身がその自らの裁かれざるはずの罰を
耐えることを放棄することで、
石神を最後まで大切にはできなかったように思えてならない。
そもそも、最初子どもを守る、と言っていたのに、
自首したことで、子どもだって守れなくなったんだし・・・・。
なんだかこれほどの深い石神の愛に値しない、身勝手な女に少し見えた。



作品自体は、おもしろかったっす。

携帯電話の請求書が来た。 先月、前の携帯が壊れたので機種変したのだが、 それに伴い機能もアップした。 で、つい、ゲームに手を出してしまった。 ほんのちょっとやっただけなのに、 パケット通信料は8000円を軽くオーバー。 二度とやるまい。携帯でゲームなど。 風邪気味で調子が悪いため、今日は定時で退社。 7時には自宅にいた。 「ぴったんこ かんかん」を見た。 名古屋での安住アナと青木さやかのやりとりが とってもおもしろかった。

絲山秋子という名は、芥川賞受賞の発表で初めて聞いた名だった。


受賞作「沖で待つ」は、メーカー総合職の経験を生かして書いた作品だと
聞いていたので、そのうち読んでみるか、位に最初は思っていた。


だけど、朝日新聞「be」で彼女が取り上げられ、彼女の経歴を知るうちに
彼女に興味を持つようになった。



INAXで総合職として入社、営業職でバリバリと仕事をこなしていたが
躁うつ病になり、休職。その後復職するもまた躁うつ病になり、
2001年退社。
退社後、筆をとるようになり、文学界新人賞、川端賞を受賞、芥川賞も
2回候補に挙がり、今回3度目にして受賞になった。



10年やってきた彼女と、2年で退社した私とでは重ねるのもおこがましいが、
それでも、病に倒れるまで一生懸命(仕事もプライベートも)やってきた
彼女の描く世界に興味がわいたのだ。



「沖で待つ」は早々に図書館で予約したものの、やはり芥川賞受賞作だけあって
そう簡単には借りられそうになかったので、他の作品を借り出した。



今までに読んだ彼女の作品。
「イッツ・オンリー・トーク」 「袋小路の男」 「スモール・トーク」

なお、これらは本の名前なので、これらの中に「第七障害」とか
「アーリオ・オーリオ」とか短編集も含まれている。



そして、今まで読んだ中で一番気に入っているのが
「逃亡くそたわけ」。

タイトルは強烈、というかあまり品がないのだけれど、
内容はとても面白かった。


福岡の病院に躁うつ病で入院している「花ちゃん」と
軽いうつ病の「なごやん」の、病院からの脱走劇を描いたものだ。


舞台が福岡で、彼らの「逃亡」ルートが大分から阿蘇を経由して鹿児島、
最後指宿、薩摩半島最南端の長崎鼻というもので、九州に住んでいた私には
懐かしい地名が沢山でてきた。


「羽犬塚」(はいぬづか)とか「雑餉隈」(ざっしょのくま)とか見たときには
思わず懐かしい、と呟いたほど(笑)。



そして、阿蘇も、耶馬溪も、大学院時代に研究室旅行やプチ勉強会の途中で
行ったことのあるところだったし、
鹿児島~指宿~長崎鼻は私の大学院での卒業旅行先だったのだ。
開聞岳や、長崎鼻からの景色は、今でもよく覚えている。


絲山秋子が描く男女像は、決していわゆる「男女関係」があるものばかりではない。
簡単に「友達」と言い切ってしまえるものでもなく、
あえて言葉をつけるなら「同志」という感じだ。


いろんなことが素直に話せるけれど、男女の匂いは無く、友達でもない。
大学院時代にも、会社の同期にも、そういう関係の人が何人かいる。
女友達とはまた違う、よき仲間だ。



そして、出てくる主人公は割と自分を冷静に分析できていたりもする。

「逃亡くそたわけ」の最後、長崎鼻まで来た二人は、福岡に帰ろうというところで
終わるのだが、この数日間の逃亡生活が、心情描写も含めて、とても興味深かった。


躁うつ病の「躁状態」のことも少し知ることができたし。
私が今まで認識していたのとは少し違っていた。勉強になった。



去年の5月頃、うつ状態がひどくなって何もできなくなった時、
唯一できたのが東野圭吾の本を読むことだった。
忘れなければならなかった人に導かれた彼の作品は、殺人事件が多かったり
心理描写が淡々としていたりするせいか、読んでいるときは夢中になるものの、
読み終わった後なんともいえない焦燥感、不安感が広がった。
それでも、彼の作品を探しては読んでしまう。
いわば私にとって、麻薬的トランキライザーだった。
読み終わった後、不安定になるのがわかっているのに読んでしまう。



だけど、絲山秋子の場合、彼女の描く世界に穏やかに同調できるのだ。
そして、読み終わった後も、「ああ、こういう世界があったんだ、この世には。
私の創造の中だけじゃなくて」と、安堵さえ覚えるのだ。
この忙しい時期に読書なんて悠長にしている場合じゃないのはわかっているけれど
彼女の作品も探しては読んでしまう。
同調的トランキライザーだ。



ただ残念なことに、彼女は新鋭作家なので、作品が少ない。
図書館で保有している本でまだ私が読んでない本も残り3冊くらいになった。
(「沖で待つ」、「ニート」、「海の仙人」。ちなみに海の仙人は既に借りている)



公務員試験が終わる頃、また彼女の新しい本がでているかもしれない。
それに期待しよう。


今日は最後の模擬試験だったが、結果は惨敗。
この時期に、これはないでしょう。(自分ツッコミ)
「できてない」現実をしっかり踏まえ、仕事は言い訳にしないで、


最後のチャンスを生かさないと。自分自身のために。
もしあるんだとしたら、これからの私の未来のために。