「401号室のロンさんのお話。」
12.ロンさんが、川の絵を描き始めた話それまで、”本当の先生”とエイミーのお母さんのやりとりを聞いていたロンさんは、ふいに川の絵を描きたくなりました。でも、午後も教室のお仕事があります。ですので、仕方なく(!?)午後も教室のお仕事をしました。それでもさすがに待ちきれなかったのでしょう。普段ならゆっくり時間をかけて行う後片付けをたった5分で終わらせました。(”本当の先生”に、床の掃き掃除が不十分だ、と注意されましたけどね。)そして、教室をでると一目散にナンさんのアパートメントにある自分の部屋に帰っていきました。アパートメントの中庭のところで、402号室のトモくんに会いました。ロンさんがあまりに急いだ様子なのにびっくりしたトモくんが「なにかあったの?」と尋ねたとき、ロンさんは「ちょっとね」と答えただけでした。自分の部屋に入るとロンさんは、すっかり埃をかぶってしまっていたキャンバスと油絵の具の道具をつかみ、そしてまた急いで部屋をでていきました。ロンさんが川べりについた頃には、そろそろ日も暮れかけていました。沈む夕日が川面をきらきらと光らせていました。濃い紺色の空とうっすらした水色の空の間は、薄い紫色や、灰色や、朱色や桃色が、ぼんやりと縁取っていました。川べりは、仕事を終えた人が、夕食のことでも思っているのか、せかせかと歩いたり、また夕暮れのこの一時を楽しみたいと思っているのか、ゆっくりと歩く老夫婦などがいました。「なんてこったい」とロンさんはつぶやきました。本当に、なんとしたことでしょう。今までロンさんは、「素晴らしい川の絵」を描きたいと願ってきました。だから素晴らしい絵を描く気になるまでは、川の絵は描かないつもりでした。でも、今日、エイミーに会って、分かったのです。「絵を描きたい」気持ちがあれば、まず描いてみるべきだと。頭で色々考えるのではなく、まず描いてみるべきだと。素晴らしい絵も素晴らしくない絵も、描いてみて初めて評価できるのです。そしてもうひとつ。いつでも、ちゃんと見える目をもっている人の前には、素敵な風景があるものなのです。ロンさんが描きはじめてしばらくすると、すっかり日も落ちて、こんどは月が川面にきらきらとした光を投げかけていました。それはそれでとても素敵な光景だったので、ロンさんは「これは次々描いていかないと、間に合わないぞ」と、言いました。それからは、もう川べりでせかせか歩きまわるロンさんの姿をみかけることはなくなりました。そのかわりに、小さな折り畳み椅子に座って、キャンバスに絵の具を塗っているロンさんの姿がみられるようになりました。そして、時々、マグロストリートにある小さなギャラリーのショーウィンドーには、朝や夕や夜のコンソメ川を描いた絵が飾られるのですが、そのうちのどれ一つとして、同じものはありませんでした。<おわり>