麦わら太鼓団 -22ページ目

ばか達・・・。

来年のコンサート用の曲を創るべく9月は殆んど稽古に参加せず、創作活動に没頭していた・・・。


一応締め切りは9月いっぱいと決めていたので、20日を越えると焦りだす・・・。


小学生の夏休み後半の気分と、まるで同じである・・・。

25日を越えると、はっきりと言い訳を考え出す・・・。


書かなかったのでは無い。




書けなかった理由を・・・。




書こうとすると、突然右腕が突っ張る病にかかったとか・・・


書きかけると毎回地震が起きて机がひっくり返ったとか・・・


最終的には、重い病にかかり入院していた・・・とか。




おそらく、どんなウソをついても苦笑いしながらメンバーはスルーしてくれるだろうが・・・。



一家一門の頭領として、それではいけない・・・。







28日、突然頭が開いた(アタシは曲を書くときの感覚をこう思う)


一気に3曲書いた・・・。


メロディーパートは、鼻歌や口笛で録音しておき後で譜面に起こす・・・。


笛の良いメロが出来たのだが、




出来たのだが・・・



ファの♯が多く出てくる・・・。



ご存知の方は多いと思うが、


シ(7)の開放からファ♯(4♯)は非常に押さえにくい・・・。


やりにくそうな英樹を横目に、ある事を思いつく・・・。


笛そのものを改造すれば良いのでは・・・と。





ポンと小膝叩いて英樹は取りかかる・・・。



素晴らしい・・・。



出にくい音を、稽古せず、楽器を改造するのだから・・・。



普段から笛の自主製造をしているので、数分で出来上がった・・・。



頼もしい太鼓バカ達である・・・。




麦わら太鼓団

こんぴら代参6・・・。

何か興奮して寝つきが悪く、熟睡できないまま朝を迎えた・・・。


何が楽しいって、旅館やホテルの朝食でしょ!

先方のお計らいで、朝食バイキングに行った・・・。

ただ、こう見えて一人でバイキングは得意ではない・・・。

しかし!さすが、香川である。

朝食にまで「うどん」が用意してある。


いつもの悪い癖で食べ過ぎないよう、腹8分と決めて頂く・・・美味しかった・・・。


そして、ホテルを8時くらいに出て稽古場に向かい、車を置かせてもらうことに・・・。


参道までは歩いてすぐらしいので、とぼとぼと歩き出す。



麦わら太鼓団

へぇ~結構な階段やな・・・って感じで歩き出す。



麦わら太鼓団
やっと到着!!!

って思ったら途中でした・・・。


まだまだ歩く・・・歩く・・・歩く。


麦わら太鼓団

麦わら太鼓団

麦わら太鼓団

麦わら太鼓団





まだかいっ!!!って、一人言をブツブツ言いながら歩く・・・。





麦わら太鼓団

麦わら太鼓団



ひぃ~・・・どこまで階段やねん・・・。



麦わら太鼓団

麦わら太鼓団


やっと頂上らしい。




麦わら太鼓団


父の想いを連れて参拝に来たが、父が亡くなったのは彼が41歳の時。

まだまだ親父を超えられたとは思わないが、重ねた年齢だけがアタシの方が上回った・・・。

頂上から見える景色を目に焼きつけ、父はこの場所に、どんな思いを馳せたのか考えて見た・・・。





たぶん・・・






おそらく・・・






彼の事ですから・・・






ただの思いつきやったんやろな・・・。







まぁまぁ・・・それでもええやん。



こんぴら代参5・・・。

普通の居酒屋さんで食事を済まし、ホテルに戻る・・・。


11時前・・・。


する事が無い・・・。





周りには「四国名物こんぴらうどん」の看板が有るが、すでに閉店。





今どき無い18インチくらいのテレビを電源も入れず睨みつける・・・。





うなる峯英・・・。





テレビは嫌いだ・・・。





たまに聞こえてくる外の車の音を聞きながら、もの想いにふける・・・。


何故か、12歳の時に亡くなった父の事を考え出した。


家庭人としては全く機能していなかった父だったが、アタシは大好きだった。


ふと、父が亡くなる前によく口にしていた言葉を思い出した・・・。


「死ぬ前に、いっぺん金比羅さん行きたいなぁ~・・・」・・・と。






行く前に死んどるがな・・・と、一人突っ込みをいれるアタシ・・・。





あっ!ここ金比羅さんや!!!




稽古場の、すぐ近くに有ると聞いていたので、

稽古は10時から・・・

少し早起きして、お参りに行こうと思った。


「峯英 亡き父の思いを果たすべく四国は香川、金比羅代参の始まり!」




そして、寝る・・・。





この後聞きたい???







つづく・・・おそらく・・・。



こんぴら代参4・・・。

新しいグループと向き合うのは楽しい・・・。

その人たちが初めて太鼓と出会い、心が動き、音を出してみたい衝動に駆られ、稽古を始めだす・・・。


どんなご縁かアタシと出会うことになる。


他府県から人を招いてまで上手くなりたい・・・そういう心意気に動かされます・・・アタシの場合。


10代の若者ばかりのグループで相当イキの良いチームで有る。

メンバーの一人は指の骨にヒビが入っているのにバチを離さない・・・。

そのうち誤ってその手にバチが当たり、のたうちまわりながらも、翌日ケロッと稽古に来ている・・・。

はっきり言って、そういう向こう見ずな人は大好きなわけですよ・・・。


そして、稽古が無事に終わりホテルに戻る。

アタシの旅の楽しみは、その土地の旨いものを食べに行く事なので、フロントで

尋ねる。

「この近くで美味しいお鮨屋さん無いですか?」




・・・「無いです」



えっ・・・。



「じゃ、お酒が飲めて、食事が出来るところ有りますか?」




無言・・・



無言・・・



無言・・・色っぽい

色っぽない色っぽない・・・。



やっと口を開くフロントマン

「ここから歩いて5分くらいの所に居酒屋さんがあります」



満面の笑顔で聞き返すアタシ

「そこは美味しいですか???」



「普通です」



・・・新婚さんいらっしゃいの椅子が有れば、転げ落ちて差し上げたかった・・・。



つづく・・・きっと。


こんぴら代参3・・・。

少し早めに琴平に到着。

先にホテルにチェックイン・・・。

土曜の事なのでホテルの駐車場もいっぱいである・・・。


綺麗なホテル・・・エントランスも申し分ない。

お部屋も小奇麗な感じで、まずまず荷物を稽古用と、お泊まりセットに分ける・・・。

アタシは、海外の場合持ち歩くのが不便なので極力手荷物は少なくする。

必要なものは現地調達が原則なのだが、国内の場合、「これも要る。あれも要る・・・それも要るかもわからない・・・」と絶対に要らないものまで持っていく。


何故なら・・・











楽しいからである。




何か問題でもドクロ



そして、現地のスタッフの方が迎えに来てくれて稽古場に向かう。



感動である。


麦わら太鼓団

ここは、琴平の芸妓さんらの、おさらい会などが行われていた場所らしい。

今は、お姐さんがたの数が減り、ほとんど使われていないらしいが、

京都の歌舞練場のようなモノか・・・。


芸事の大先輩らが汗を流した場所で稽古させて頂くのは感激である。

今は琴平町の文化財として存在している。


麦わら太鼓団

これから始まる稽古と建物に敬意を表し一礼をして上がらせてもらう。



麦わら太鼓団

麦わら太鼓団

麦わら太鼓団

良いでしょ!

今風に言えば「レトロ」なんて言うのかも分かりませんが、

そんな軽い言葉では表現できません。

たくさんの方たちが芸を磨き、その頂点を誰もが目指した神聖な場所です・・・。


この建物に出会っただけでも・・・合掌です。


そして、稽古の準備をし始めます・・・。




っていうかぁ~、この話をしだしてからコメントが以上に少ないのですが、

興味ないですか!!!


けっ!!!どいつもこいつも・・・いつもありがとう。



そして・・・つづく・・・かもわからない。

こんぴら代参2・・・。

一人は好きやけど、淋しいのは嫌いだ!



特に意味は無いが冒頭の叫びである・・・。



ご縁を頂き、香川県は琴平町に指導に伺うことが決まった。

遠距離は大抵、誰かに運転をお願いするのだが、今回は19日・・・。

一義も富ちゃんも、そして有華に至るまでワークショップの日である・・・。

秀幸は手が空いてそうだったが、あいつの運転では命が危ない・・・。


来年のコンサート用の作曲や構成の事を考えたかったので、一人で行く事にした。

こう見えて運転は嫌いではないし、長距離を運転しながら創った曲もあるので、

考え事をするにはもってこいである・・・。

そして、以前会っていた琴平の太鼓メンバーも活きの良いチームなので会うのが楽しみだった・・・。


長距離を走ると、楽しみなのがサービスエリアのラインナップである。

ご当地チョッパーを確認しながら、美味しそうなものも物色する・・・。

普段は淡路島の真ん中くらいまでしか行かないので、淡路の最南端のSAに入り

「名物 鯛塩ラーメン」を頂くことにした・・・。


誤解されるといけないので、はっきり言います。



普通です。



普通の塩ラーメンに魚が食えない子供の為に、ほぐして上げたような鯛の身が乗ってあります・・・。





至って普通です・・・。





そして淡路から徳島に渡ります。


橋の隙間から見える鳴門のうずしおは、やはり圧巻で見とれてしまいますが、

運転しながらなので、落ちる訳にはいかない!!!

右目で前方を見ながら左目で海を見るという必殺技を駆使して乗り切ったのである・・・。


そして、四国上陸・・・・・



そして・・・



つづく・・・たぶん。



追伸・・・「豚しゃぶ Y」のフロントの姫・・・身体には気をつけてね・・・。

祇園の学ちゃん・・・やっと海賊旗のお礼が言えました・・・ありがとう。

そして、花山ばんざい!!!


みねひで金比羅代参・・・。

みなさんは廣澤虎蔵の浪曲「清水の次郎長」をご存知だろうか・・・?


特に知らなかってもアタシには関係ない。


子供の頃、おばあちゃんが河内音頭や浪曲好きのお陰を蒙って、アタシも聞いていた・・・。

中でも好きなのは森の石松の件で、有名なのは三十石舟の「すし食いねぇ」の所である。心酔する親分次郎長の代わりに、香川県は金比羅さんに刀を奉納しにいくのだが・・・。


時は変わって、現代。

しかも18日の土曜日の事である。


ご縁が有って、香川県は琴平町の和太鼓グループを指導に行ってきた。

さぁさぁ今から「みねひで一人旅、金比羅代参」のはじまりはじまりぃ~・・・。





                   つづく・・・たぶん。

みなさんお元気ですか・・・。

心配かけました・・・。



大復活!!!

お見送り・・・。



先日、大切な人を見送った。

今まで本当にお世話になりました。

こんな私を見捨てず愛してくれて本当にありがとう。


はじめて一打祭の企画書が通ったときに、同じ気持ちで喜んでくれましたね。


何かと口を挟みたいときも有ったでしょうに、何も言わず笑顔で受け入れてくれましたね・・・。


貴方が苦しんでいるときに何も手助け出来ませんでした・・・私は、いっぱい助けて貰ったのに・・・。


もう楽になってください・・・。


あなたの旅立ちを見送ります。

今まで本当にありがとう


                    合掌 峯英

節目・・・

折り目や、筋目・・・日本人は、はっきり「目」で確認できないといけない・・・。


昨日、無事に「和太鼓 響 10周年コンサート」を終える事が出来た。

響の歩みはアタシの歩みでもあるので、感慨深いものがあった。


今回、構成、演出を引き受ける事になり、一番クローズアップしたかったのは、

「10年間続けてこれてありがとう」と、「明日からリニューアル再スタートします」の線引きである。


どうしても公演そのものがゴールになりがちで有るが、それはそれ・・・やはり目線は少し上を向いていて欲しい・・・。


ラブリーホール大ホール・・・キャパシティ1300 SOLD OUT・・・なかなか出来るものではない。チケットが無くなっていても続々とお客様が詰めかけていた・・・。


何か大きいものが動いているようだ・・・。


この公演に携わってくれた全ての方に心からお礼を申し上げます。

そして、お疲れ様でした・・・また、会いましょう。